第576話 寡聞浅学

 万和5(1580)年現在、日ノ本唯一の海外領土は、アラスカのみだ。

 現代だと、南米の仏領ギアナが感覚的に近いかもしれない。

 それに不満を覚えていた公家が居た。

 世界地図を見ながら、唇を噛む。

(何故、近衛大将は、もっと深入りしないのだ? あらすかも、もう少し厳しく統治しないと。独立運動でもされたらどうするんだ?)

 その男の名は、一条。

 以前から、大河の寛容な統治方法に不満を持つ、高齢の公家であった。

(やはり、まだまだ青二才だった、という事か?)

 外部ルートを通じて、大河に、統治方法の変更を提案しているんだが、一切、無視されている。

 それも又、不満であった。

 長く厳しい戦国時代を見て来た彼にとっては、力では無く愛で人心を掌握する大河のやり方が不満で不満で仕方がない。

(日ノ本を富国にするには、世界進出は避けられない事なのだ)

 国土の67%―――3分の2が森林(*1)な日ノ本は、資源が乏しい。

 又、あったとしても、諸外国と比べて、高確率で来る大地震や台風等の天災もある為、余り成長は見込めないだろう。

 その為の代替資源を外国に求めるのだ。

(何度黙殺されても……儂は諦めんぞ)

 支配欲の下、一条は、再び提案書をしたためるのであった。


「……」

 与免は、城内を1人で探検していた。

 長姉、次女が登校している間、暇なのだ。

 一応は、侍女が相手をしてくれるのだが、与免からすると、が強く余り楽しくない。

 なので、侍女の目を盗んでこっそり学習室から脱出し、暇潰しに城内探検を始めていたのであった。

「……ん~?」

 与免が目を付けたのは、倉庫。

 重厚な扉が少し開いている。

「……」

 興味本位で覗く。

 中には、銃架があり、沢山の銃と弾薬がびっしりとあった。

「……ん?」

 床に1丁、拳銃が落ちていた。

 手を伸ばせ、入手出来る距離だ。

「……ん」

 短い手を頑張って伸ばす。

(もうすこし。もうすこし)

 あと数mmの所まで来た時、

「はい、そこまで~」

 体が浮いた。

 振り返ると、大河が優しい笑顔で抱き抱えていた。

「探検、楽しかった?」

「ん……ちょっと?」

「折角だし、見ていくか?」

「良いの?」

 怒られる、と思い来や大河は、一切、怒っていない。

 扉を開けて、倉庫に入れてくれる。

「……ここは?」

「武器庫だよ。有事の時―――ええっと、いくさが起きた時に、ここから皆、武器を持っていくんだ」

「ほぇ~……」

 感心する与免の頭を、大河は、優しく撫でる。

「興味ある?」

「うん。ちちうえがさむらいだから」

「侍になりたい?」

「わかんない」

 与免は、首を傾げた。

 まだ3歳。

 将来の夢は、全く想定していない年頃だろう。

「分かった。でも、ここは、危険な場所だから、来る時は、大人付き添いな?」

「うん!」

 与祢は、大きく首肯するのであった。


 与祢を肩に抱っこし、大河が部屋に戻ると、

「与免様~」

 探し回っていた与祢と出遭う。

「あ、若殿? 与免様と?」

「ああ、廊下でな。今、会ったばかりだよ」

 武器庫前で会った、というのは、流石に問題になりかねない為、大河は、嘘を吐く。

「申し訳御座いません。監督不行き届きばかりに」

「全然」

 与祢をも抱っこする。

 ぐ~X2。

 可愛くお腹が鳴った。

「お腹空いた?」

「うん!」

 元気よく返事する与免と、

「……恥ずかしながら」

 (*ノωノ)

 と、赤く頬を染める与祢。

 字面は似ているが、対照的な反応だ。

「じゃあ、ちょっと早いが、お八つ、どう?」

「いいの?」

 早くも与免は、涎を垂らす。

 まるでパブロフの犬だ。

「良いよ。丁度、献上品で八つ橋があったし。与祢もお食べ」

「……分かりました」

 遠慮がちな与祢だが、食べたいのは、本心なので、頷く。

「じゃあ、行こうか?」

「うん!」

「はい!」

 2人は、大河の腕の中で笑顔で返事するのであった。


 国家公務員である大河には、贈り物は、通用しない。

 その為、専ら、送り主は、朝顔を相手に贈る。

 1番多いのは、地元・京からの名産品であり、どれもが高級品ばかりだ。

 今日も届けられた八つ橋に、朝顔は、舌鼓を打つ。

「美味しいわ。でも、食べ過ぎると太っちゃうかも」

 管理栄養士の監督の下、1日のお八つは、計算されている為、爆食いは出来ない。

「……ん♡」

 管理栄養士が包丁で小型化した八つ橋を、美味しそうに頬ばる。

 小さい分、直ぐに無くなった。

 咀嚼は、続く。

 その効果は、以下の通り。

 ―――

『①肥満防止

 ゆっくりよく噛んで食べる事で、食べ過ぎを防ぎ、肥満防止に繋がる。

 ②味覚の発達

 食べ物の形や固さを感じる事が出来、味がよく分かる様になる等、味覚が発達。

 ③言葉の発達

 口の周りの筋肉をよく使う事で、顎の発達を助け、表情が豊かになったり、言葉の発音が綺麗になったりする。

 ④脳の発達

 脳に流れる血液の量が増え、子供は脳が発達、大人は物忘れを予防。

 ➄歯の病気予防

 よく噛むと、唾液が沢山出る。

 唾液には食べかすや細菌を洗い流す作用もあり、虫歯や歯肉炎の予防に繋がる。

 ⑥癌予防

 唾液に含まれるペルオキシダーセという酵素が、食品の発癌性を抑える。

 ⑦胃腸快調

 消化を助け、食べ過ぎを防ぐ。

 又、胃腸の働きを活発にする。

 ⑧全力投球

 身体が活発になり、力一杯仕事や遊びに集中出来る』(*2)

 ―――

 この為、朝顔は、一口ひとくち30回を目安によく噛む。

 消化に悪い為、水で流し込む事もしない。

「……」

 完食後、満足した朝顔は、のそのそと、大河の膝に乗り込む。

「はい、貴方も♡」

「有難う」

 大河に渡すと、彼も食べ始める。

 本来であれば、大河が先に毒見するのだが、その手続きは、朝顔の勅令により、事実上、廃止されていた。

 毎回、毒見があると、私的プライベートでも公務感があり、朝顔は、嫌がっているのだ。

「……」

 仕事柄、早食いが身に染みている大河は、朝顔と違い、直ぐに完食する。

「もう少し味わえばいいのに」

「有事の可能性があるからな」

「平時でも?」

「『汝平和を欲さば、戦への備えをせよ』、だよ」

「……仕事中毒」

 不満を露わにする朝顔。

 不真面目よりは良いのだが、大河がここまで真面目だと、夫婦生活を楽しめない部分もあるのは、事実だ。

 離婚を決意するほどではないが、それでも、この点で言えば、溝と言えるだろう。

 大河にもたれて、見上げた。

「もう少し楽に生きたら? 私の生活様式を変えるのに自分のは、変えないの?」

 皇族の生活様式は、大河が導入した働き方の下、180度様変わりした。

 何なら、場合によっては暇な時間の方が多い位だ。

「生涯の用心棒だからな。毎日が仕事だよ」

 微笑み返しで答えた大河は、その小さな体を抱き締める。

「……もう♡」

 満腹感と幸福感の朝顔は、無抵抗だ。

「いいなぁ。陛下は」

「伊万、御出で」

「は♡」

 指を咥えて見ていた伊万は、朝顔の許可が出た為、大河の隣に座る。

 流石に同じ膝に乗るのは、畏れ多い。

 朝顔は、伊万の顔をペタペタと触りつつ、自ら八つ橋を食べさせる。

「陛下?」

「良いの良いの♡ あねさせてよ」

 姉妹が居ない朝顔は、伊万等の後輩を実妹の様に可愛がっていた。

「有難う御座います♡」

 伊万も精一杯の笑顔で答え、朝顔に甘える。

「真田様♡」

 学校終わりの摩阿姫が、やって来た。

 そのまま大河の背中に飛び込む。

「学校、疲れました♡」

「御疲れ様」

 その頭を撫でると、摩阿姫は、微笑んだ。

「これ、宿題です」

「もう終えたのか?」

「はい。学校で済ましてきました」

 真面目さを主張アピールし、好印象に繋げていく。

 然し、当てが外れた。

「それは良いけど、家ではしないのか?」

 大河としては、宿題は家で行う心象イメージが強い為、家で行うのは、否定的、という訳ではないが、余り、+には繋がり難い。

 だが、そこは、前田利家の娘である。

 ちゃんと、計算づくだ。

「家だと嫁入り修行で忙しいので」

 ちらりと、襖の向こうを見る。

 顔は見えないが、隣室に芳春院が居るのは、確かだ。

 水害で避難して来たのだが、復旧しつつある今、彼女のみ、他家や利家が帰ったにも関わらず、居座っている。

 表向きには、四姉妹を気にしてのことだが、実際には、大河が幸姫以外の三姉妹と仲良くしているのか監視しているだけである。

(疑心暗鬼だな)

『貴方が子供に手を出さないからよ』

 一心同体の橋姫が突っ込む。

(前田殿と違うよ。俺は)

 満11歳11か月で芳春院は、幸姫を産んだ。

 世が世なら、大ニュースであり、警察が動き出す事は間違いない。

 摩阿姫が前に回り込み、膝に飛び乗った。

 遅れて、豪姫とお江も駆けつける。

「にぃにぃ!」

「兄者!」

 2人は、ランドセルを投げては、大河に体当たり。

「「只今!」」

「御帰り。元気だな?」

「にぃにぃ、みてみて!」

「おお! 満点じゃないか?」

 夏休み明けの試験で、豪姫が獲得したのは、五教科全て満点、という離れ業であった。

「苦手科目無いのか?」

「うん! べんきょーだいすき!」

「才媛だな」

 頭を撫でると、豪姫は、目に見えて喜ぶ。

「えへへへ♡」

 反対に、お江は目を逸らす。

「お江?」

「ううんと……兄者?」

「……若しかして悪かった?」

「!」

 分かり易い反応だ。

 冷や汗を飛ばしつつ、大河に胡麻ごまる。

「兄者の為に和菓子を作るんだけど、要る?」

「……うん」

 強い口調で、言われ、お江は渋々、試験結果を見せる。

 夫であると共に、大河は、義父の様な存在だ。

 教育等は、お市や茶々に任せている為、滅多に言わないが、流石に悪い場合だと介入せざるを得ない。

「……」

 お江の成績は、5教科全て赤点であった。

 豪姫とは対照的な結果である。

「……兄者、お願いなんだけど、母上と姉様には―――」

「なあに?」

「呼んだ?」

「ひ!」

 お江が振り返ると、そこには、心愛と猿夜叉丸を抱いた母娘が。

「貴方」

「真田様」

「はいよ」

「兄者!?」

 2人の気迫に押され、簡単に大河は試験の紙を見せるお江を売った

「「……」」

 母娘は、内容を見て、ぎろり。

「!」

 逃走を図るお江であったが、母娘はそれぞれ子供を抱き抱えまま、追走する。

 母は強し。

「ぎにゃあああああああああああああああああああああああああ!」

 大河は、お江の断末魔の叫びを肴にお茶を啜るのであった。 


[参考文献・出典]

*1:農林水産省 HP

*2:クリニカ HP

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