第577話 過庭之訓
お市、茶々にしっかり怒られたお江は、嫌々ながら勉強を始めた。
自室では、怠ける可能性がある為、行うのは大河の部屋だ。
朝顔や誾千代は、苦笑いである。
「市は、良い母親だな」
「ですね」
2人には、子供が居ないが、お市がお江の為に敢えて嫌われ者に徹するのは分からないではない。
因みにこの部屋の主である、大河は、謙信に組み伏せられ、ヨハンナに膝枕されていた。
「……何、この状況?」
「悪酔い♡」
「貴方♡」
2人は、仕事から帰って来た途端、この状態だ。
謙信は、御所で、ヨハンナは教会での説法で疲れた分、大河に癒されたい様である。
「重い」
「女性に失礼」
「淑女に失礼」
2人から手刀を受ける。
「2人共、子供の前だ。その辺で」
「「は」」
朝顔の苦言に2人は、直ぐに離れる。
「誾、御行き」
「良いんですか?」
「正妻は、貴女。しっかりしなさい」
朝顔に背中を押され、誾千代は、大河の隣に座る。
「……」
大河は、その背中を擦り、抱き寄せた。
「朝顔、大人になったな?」
「馬鹿にしてるの? 子供じゃないし」
唇を尖らせつつ、朝顔は、大河の膝に座る。
正妻の地位は、誾千代のものだが、膝の所有権は、渡さない、との方針の様だ。
「そう言えば、試験は?」
「勿論、満点よ。見てみる?」
鼻高々に朝顔は、試験結果を見せる。
全教科、満点。
こちらも素晴らしい成績だ。
「凄いな」
「でしょ? 褒めて褒めて♡」
先程までの威厳は、何処へやら。
大河に賞賛を請う朝顔のその姿は、上皇ではなく、少女そのものであった。
1刻後、お江は、復習を終えた。
「兄者~。試験、廃止して~」
涙目でお江は請う。
学生で1番嫌いなランキングで、試験は、堂々の第1位獲得間違い無しだろう。
「国力が衰退するから駄目」
即、却下し、お江を抱き寄せた。
左横は、誾千代(謙信と会話中)、膝には朝顔(読書中)なので、場所は、右横しかない。
「勉強は、苦手?」
「うん……」
一応は、最終学歴を卒業している為、お江は、退学しても問題無い。
それを踏まえて、お市を見た。
心愛に母乳を与えているが、大河の視線に気付く。
「……」
そして、首を振った。
「だ、そうだ」
「え~……」
中卒は、高卒や大卒等と比べると、圧倒的に求人数が少ない為、就職の点で不利だ。
運良く就職出来たにしても、給料は上記二つと比べると安い場合が多い為、茨の道、と言えるだろう。
現代日本では、
・棋士
・芸能人(歌手、俳優等)
・動画配信者(例:ユーチューバー等)
等であれば、中卒の人々も居るが、これらの場合は、一芸に秀でていないと難しい為、これらの才能が無ければ、やはり難しいだろう。
「試験から逃れたいなら、何か得意な物はあるか?」
「料理、かな?」
「じゃあ、料理人になるか?」
「ううん……夢ではないね」
「じゃあ、何になりたい?」
「兄者の御嫁さん以外、無いよ」
大河が学制を敷くまで、日ノ本には、教育という概念がほぼ存在しなかった。
その為、お江の様な「勉強して、仕事に就く」という感覚を持つ子供は、多い事だろう。
「それは嬉しいけれど、高校くらいは卒業して欲しいな」
「何で?」
「中卒は誰でも出来る。高卒は、ちゃんと試験を受かって。卒業しているから、中卒より評価され易いからだよ」
「……じゃあ、大学だと、もっと評価される?」
「そうだな。ただ、ちゃんと勉強していれば、の話だがな」
「……兄者は、中卒より高卒の方が良い?」
「学歴よりも中身重視だけど、出来たら高卒の方が良いな」
「……じゃあ、兄者の為にも頑張るよ」
「ああ、その意気だ」
お江が寄りかかる。
読書をしていた朝顔が呟いた。
「不正する、と思った」
「不正?」
「うん。教員に言って、成績、上げさせるのかと」
「そんな事しないよ」
朝顔の頭を撫でつつ、答える。
「生徒の成績には、何も関わっていないんだから」
「
「無いよ。不定期に教育委員会が監査に入るからね」
現代だと、虐め等の時に教育委員会が学校に介入する時があるが、日ノ本では、行政機関の権力が強い。
令和3(2021)年5月28日に、過去に
それ位、強権的な組織である教育委員会が、忖度を見逃す訳が無く、徹底的に捜査し、忖度が露見すれば、その教員は、早逝する事になる。
「教育委員会には、『怪しければ俺も捜査する様に』と厳命しているよ」
「……厳しいね?」
「その辺の配慮は、不要だからな」
賄賂を嫌い、不正を憎むその姿勢は、朝顔は勿論、朝廷も大いに評価している。
それは、家庭内でも同じ様で、愛妻が不正に卒業するのは、明確に否定的であった。
恐らく、日ノ本一、清廉潔白かもしれない。
「なら、私も安心よ。折角、頑張って勉強したのが、否定されるのは、嫌だから」
「そうだな」
世の中には、裏口入学なるものがあるが、それで泣き寝入りするのは、それまで真面目に入学の為に必死で努力していた学生達だ。
彼等を救う為にも、大河は、不正を許さない、という方針を採っているのであった。
「……♡」
上機嫌に読書を再開する朝顔。
その手は、大河の手を握ると、謝意を示すかの様に、力強く握り締めるのであった。
大河が余りにも学校の内部に関与しない為、教職員の間でも彼の評価は高い。
教職員室に来ることは勿論の事、朝礼にも来ない為、無駄に緊張もしない。
伸び伸びと出来る仕事が出来るのだ。
与免が将来、入学する為に見学に来ていた芳春院は、その校風に新鮮さを感じた。
(……自由ね。ここは)
大河が軍人なので、軍人気質の堅苦しいものを心象していたのだが、そのギャップに驚くしかない。
校舎から部活動を見る。
パンフレットには、
・
・
・
・
・
・
・卓球
・
・
:
・
・
・
・
・野球
・
・
・
・
・
・剣道
・
・
・
等、多種多様だ。
貴族のスポーツの心象が強い庭球や打球が出来る学校だけたって、部活動目当てで子供を入学させる保護者も多い位である。
「「「……」」」
芳春院以外の保護者も来て、校内を監査官の様な厳しい目で見回している。
校内には、
・虐め
・不審者
等の諸問題に対応する為に、アメリカの様な警察官と軍人が常駐している。
「「……」」
2人組は、保護者に敬礼しつつも、監視の目を止めない。
保護者に偽装する不審者も考えられるからだ。
念には念を入れよ。
これら全て大河の指示である。
・自由主義
・安全な防犯対策
・地方では、中々、見れないスポーツが出来る事
の3点は、どれも保護者には、重要なポイントだ。
(『甲』と)
芳春院は、メモしていく。
国立校は、幼稚園から大学院まである為、入れば、中で問題を起こしたり、余りにも成績が悪い場合でない限り、大学院まで通える。
なので、幼稚園に入れた時点で、事実上、勝ち組、と言えるだろう。
(帰ったら幸の意見も聞いとかないとな)
戦国時代、前田利家を支えていたその妻・芳春院は、安土桃山時代には、娘の為に奔走する母親となっていた。
[参考文献・出典]
*1:日本経済新聞 2021年5月28日
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます