世界進出

第575話 台湾共和国新政府

 16世紀は、欧州人による「征服の時代」である。

 特に、ポルトガルとスペインの動きは、活発だ。

 ……

・ポルトガル

 1505年、スリランカに上陸し、占領。

 1507年、モザンビークに要塞建設。

 1509年、ディーウ沖の海戦でイスラム勢力に大勝し、インド洋の覇権を掌握。

 1510年、ゴア(現・インド)占領。

 1511年、マラッカ(現・マレーシア)占領。

 1515年、ホルムズ島(現・イラン)占領。

 1538年、ディーウ沖の海戦でオスマン帝国に勝利し、インド洋の覇権を掌握。

・スペイン

 1511年、キューバ占領。

 1521年、侵略者コンキスタドールのエルナン・コルテス(1485~1547)によるアステカ文明滅亡。

 1532年、侵略者のフランシスコ・ピサロ(1470頃~1541)によるインカ帝国滅亡。

 1535年、チュニス(現・チュニジア)占領。

     メキシコシティに副王領設置。

 1537年、パラグアイ側湖畔に、都市建設(=現在の首都アスンシオン市)。

 1542年、リマ(現・ペルー)に副王領設置。

 1545年、ポトシ銀山(現・ボリビア)発見。

 1547年、初代ヌエバ・エスパーニャ副王のアントニオ・デ・メンドーサ・イ・パチェコ(1490~1552)が鉱山都市のグアナフアト(現・墨)建設。

 1571年、征服者、ミゲル・ロペス・デ・レガスピ(1502~1572)がマニラ(現・比領)占領。

 1580年、ポルトガル併合。

 ……

 日ノ本では、応仁の乱(1467~1477)以来、戦乱に明け暮れていたにも関わらず、この2か国は、照準を世界に定め、せっせと植民地支配に一本化していたのだ。

 当然、日ノ本にもポルトガル人が、天文12(1543)年に来ており、その標的に遭っていた可能性が高い。

 それでも免れたのは、不幸中の幸い、と言えるだろう。

「……」

 大河が見詰めているのは、世界地図だ。

 エリーゼが各国大使館から情報を得て、作り上げた恐らく世界最新版にして唯一のものだろう。

「だ。だ」

 大河の膝の猿夜叉丸が、興味津々に覗き込む。

「……だ?」

「うん。ここが日ノ本だよ」

「おほ~……おほみは?」

「近江は、ここだよ」

 仕事中にも関わらず、大河は、子供としっかり付き合う。

 デイビッドに母乳を与えているエリーゼは、苦笑いだ。

「育児に積極的なのは分かるけど、流石に今の時間帯は、仕事に集中したら?」

「そうだな。でも、難しいな。愛息だから」

 猿夜叉丸を抱っこして、脇腹をくすぐる。

「い~や~♡」

 大笑いで猿夜叉丸は、何とか脱出して、這い這いで逃走する。

 育児放棄や虐待ではない分、良いのだが、子煩悩が過ぎる為、周りも恐らく大変だろう。

「……それで、アラスカの方はどうなの?」

「儲けているよ。取り分は、開発費があるからこっちの方が多いけど」

「……いずれは独立させるつもり?」

「それは、先住民族次第だな。向こうが日本人で居たければ、そのままで良いし、独り立ちしたければ、独立すれば良い」

「……寛容なのね?」

征服者コンキスタドールではないからな」

 愛国者を自負している大河だが、その身は、侵略者ではない。

「そういえば、台湾から嘆願書が届いてたわね?」

「ああ、『統治者になってくれ』って話だろ?」

 日ノ本の支援の下、台湾共和国は、近代化の道を進んでいる。

 日ノ本同様、独自の憲法を作り、多民族国家の維持に努めている。

 然し、それでも原住民間の抗争が絶えない面がある為、台湾共和国政府は、多民族国家を束ねたい為に強い指導者を欲していた。

 その候補が大河なのである。

 約100年間もの内戦を終結させた成果が評価されたのが背景だ。

「有難い話だけど、政治家になる気は無いな」

「でも、貴方ほどの力があれば、台湾をまとめることが出来るかもよ?」

「チトーを尊敬しているが、チトーには、なれないよ」

 手を振って大河は、嘆息交じりに否定するのであった。


 多くの日本人は、台湾を多民族国家と思っていないだろう。

 然し、その中身は、非常に多様性に富んでいる。

 原住民だけでも以下の3種類が存在しているからだ。

・台湾政府が認定している原住民 16民族

・地方自治体認定原住民      3民族

・未認定原住民

 この他、

本省人ベンションレン(台湾光復以前の台湾への移住者)

外省人ワイセンレン(台湾光復以降の台湾への移住者)

・ベトナム系台湾人(広義では、ベトナム戦争以降の台湾への移住者)

 等が居る(*1)。

 この異世界には、原住民以外の移住者は、殆ど存在しない。

 居るのは、お雇い外国人として来ている日本人の顧問団か、西洋人の宣教師、その他、外国人商人くらいだろう。

 政権を担うのは、各原住民の代表者なのだが、如何せん数が多い為、国政を担うのは、上記の16民族なのだが、それでも、数が多いのは、否めないだろう。

 16民族の勢力図は、以下の通り(*1)。

 ―――    

 邦査族パンツァハ(20万人)

 排湾族パイユァン(9万8千人)

 泰雅族タイヤル族(8万7千人)

 布農ブヌン族(5万7千人)

 太魯閣タロコ族(3万人)

 卑南プユマ族(1万4千人)

 魯凱ルカイ族(1万3千人)

 賽德克セデック族 (9500人)

 ツォウ族(6600人)

 賽夏サイシャット族(6500人)

 達悟タオ族(4500人)

 噶瑪蘭クバラン族(1400人)

 撒奇莱雅サキザヤ族(860人)

 サオ族(770人)

 拉阿魯哇ラアロア族(300人)

 卡那卡那富カナカナブ族(200人)

 ―――

 このように、原住民によっては、人口に大きな差がある為、国会議員の定数は、当然、人口が多い分、その原住民に多く宛てられる。

 現代に近い事例で言えば、レバノンの選挙だろう。

 多民族多宗教国家であるレバノンでは、1989年以前までは、1932年の人口調査に基づく宗派の人口比から議席が配分されていた(*1)。

 今の所、日ノ本の厳重な監視の下、部族間対立は起きていないが、日ノ本が撤退した後が怖い。

 現代でも米軍が撤退したソマリアは、長期間、無政府状態にあり、国家としての機能を果たしていない。

 今日も今日とて、国会は、不穏な空気である。

「「「……」」」

 限られた予算は、当然、議席の多い政党(原住民)が優先的に得る事が出来るのだが、少ない政党は、不満が溜まる一方だ。

 は、政治に熱い一面がある。

 1990年代、中国国民党と民主進歩民進党の対立が激化し、国会では乱闘がよく起きた。

 この時の乱闘国会の様子は、当時の日本のテレビ番組でも紹介された。

 又、1995年には、『政治家にとって、他国と戦争するよりも、お互いに殴り、蹴り、騙しあう方が、より利益になることの実証に対して』との理由から、台湾国会は、イグノーベル賞の平和賞を受賞した。

 その対立は、2020年代現在も熱く、2020年11月27日には、アメリカ産牛肉輸入規制緩和決定に際して、抗議の為に豚の内臓が議場で飛び交ったほどである(*2)。

 日本の国会では、演説中に野次を行った議員に対して、水をかけた議員が、退場を命じられ、25日間の登院停止処分を受けた事例があるのだが。

 それと比べると、如何に台湾国会は、熱気に包まれている事が分かるだろう。

 話は戻って16世紀。

 現在の台北にある国会では、現代同様、乱闘寸前だ。

 視察に来ていた池田恒興は、嘆息する。

(我が国の初期を思い出すな)

 日ノ本でも、当初、民主主義が理解出来ずに国会内で刃傷沙汰があった。

 それを強権で抑えたのが、大河である。

 国会内に武器の持ち込みを禁じ、違反者を「法の番人」の名の下に躊躇無く処刑したのだ。

 一種の恐怖政治ではあるものの、大河に敵う訳が無く、一応は、日ノ本の国会は、平和が保っている。

 然し、台湾には、大河に代わる者が居ない。

 一部の台湾人が、彼に統治者を頼むのは、当然の話であった。

(この国には、強い指導者が必要だ。育成には、時間がかかるから、やはり日本人が最適か? 然し、近衛大将は、日本人が統治者になる構造を好んでいない……どうしたものか)

 現状、最も現実的なのは、これまで通り、日ノ本が文官(台湾共和国目線だと、お雇い外国人)を送り、文官が、監視するしかないだろう。

 又、台湾には、清に睨みを利かす為に、日ノ本の国軍が駐留している。

 これは、台湾の軍隊が、未熟の為、彼等が成長するまでの間、代理で国防を担っているのであって、決して侵略者、という訳ではない。

 日ノ本が、台湾軍が整備及び成長完了、と解釈出来た時点で撤兵する事が台湾新政府との間で決まっているのだ。

 台湾新政府の一部の親日派は、「半永久的な駐留を」と交渉しているが、事実上の日ノ本側の権力者である大河は、「台湾の国防は、台湾軍の任務であり、我が軍の任務ではない」とし、その要請には、明確に拒否している。

「……」

 恒興は、国旗を見た。

 台湾共和国の国旗には、国花である梅が意匠計画デザインされたものだ。

 史実での台湾の旗は、国際社会では、青天白日満地紅旗が使用される事が多く、この他、独立派の間では、

・四族同心旗(別称:八菊旗)

・台湾旗

・台字翠青旗

 等が存在しているが、台湾共和国のそれは、どれとも被っていない。

 開発途上国である台湾の原住民には、まだ台湾人としての自己同一性アイデンティティが備わっておらず、国旗も又、大河が決め、成長後、独自の国旗に変更する、という事になっている。

 その為、当たり障りの無い梅が採用された訳だ。

(近衛大将は、何故、この国にそこまで配慮されているのだろうか?)

 大河の真意を掴めない恒興は、首を傾げるばかりであった。

 

[参考文献・出典]

*1:ウィキペディア

*2:AFP 2020年11月27日

 

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