第570話 軽薄才子

 帰省のシーズンだけあって、京都新城には、

・上杉景勝

・島津義弘

・立花道雪

 も登城を果たす。

 雨の間隙を突いての来訪なので、長居は出来ないが、それでも、愛娘との再会は、嬉しいものだ。

 景勝は、累と交流する。

「……」

 ―――義父上とは仲良く?

「うん♡」

 累は、大河の絵を描き描き。

『泣く女』のような味のある絵だ。

 残念ながら美的感覚が素人な景勝には、その良さが分からないが、父子の関係性が良い事が分かる。

 島津の部屋では、楠と義弘が会談していた。

「学業の方は如何だ?」

「御覧下さい」

 通知表を見せる。

 殆どが、『甲』だ。

「流石だな。父上も喜んでいるよ」

「大殿は?」

 上杉家は、景勝が来ているのに対し、島津家は、貴久ではなく、義弘だ。

 後継ぎである義久でもない。

 上杉家と比べると、格落ち感が否めない。

「父上は、体調不良だ。兄は、その介護と国政で薩摩から離れる事は出来ん。だから、俺が代理だ。不満か?」

「いえ、そういう訳では……」

「冗談だよ」

 強面を崩し、義弘は笑顔で告げる。

「焦らす気は無いが、次会う時は、薩摩隼人と会いたいな」

「運次第ですよ」

 楠は微笑みつつ、自分の腹を撫でる。

 妊娠した時の膨らみを想像しているのだ。

「……」

「楠、君は我が家の光だ。いずれは、島津の姓を名乗れ」

「!」

 姓を授かる。

 それは、島津家に正式に入る、という事だ。

 楠は、動揺する。

「有難いのですが……良いのですか?」

 史実での島津家は、

 15代当主・貴久(1514~1571)

 16代当主・義久(1533~1611)

 17代当主・義弘(1535~1619)

 と続いている。

 貴久の子である四兄弟の内、義久、義弘が当主になり、この他、三男・歳久(1537~1592)は、当主になれなかったが、日置島津家の祖となり、四男・家久(

(1547~1587)も四兄弟の中で最も早くに亡くなったが、ルイス・フロイス曰く、

 ―――

『極めて優秀な武将カピタン』(*1)

『勇敢な戦士であり老練な主将でもある』(*2)

 ―――

 と褒められている。

 この為、外様である楠が付け入る隙が無いのだ。

 その為、態々わざわざ島津を名乗る必要性は無い様に見える。

 楠も、そう考えていた為、義弘の提案は、予想外であった。

「君達の子供の第1子は、島津を名乗らせた上で迎え入れ、家臣団に加える事を我等四兄弟は、考えている。第2子以降は、真田姓だ」

「……」

 焦ららす気は無い、と先程、義弘は言ったが、第2子も望んでいるとなると、やはり、産んで欲しい気持ちが強いらしい。

 尤も、部外者からすると、「圧力」に見えるだろうが、そこは、義弘と楠の関係性だ。

 楠は圧力よりも嬉しさが勝る。

「有難う御座います!」

 両者の会談は、恙無つつがなく進む。


 上杉家、島津家と違い、立花家は、非常に不安定な立ち位置だ。

・誾千代が不妊症で大河との間に子供が居ない

・それでも、事実上の当主

 まるで、大統領はA党でありながら、国会議員の多数派はB党のような逆転現象のような感じである。

 道雪としては、家を守る為には、誾千代に末永く当主の座に居続けてもらわないと困る。

「婿殿とは仲良しかね?」

「はい。このように♡」

 父娘の関係が修復された以上、誾千代に羞恥心は無い。

 大河に凭れ掛かり、その親密さをアピールしている。

 大河も愛妻を抱き寄せ、今にも開戦しそうな勢いだ。

 目の前で娘が婿に抱かれる姿は、流石に”鬼道雪”でも見たくは無い光景である。

戦場いくさばで数多の敵をほふって来て死体や殺人は見慣れているのだが……それ以上に愛娘が婿に抱かれるのは……嫌だな)

 苦笑した後、牽制する。

鴛鴦夫婦おしどりふうふなのは分かったよ。ただ、場を弁えてくれ。大殿にも2人の事を御報告せにゃならないから」

「大殿に?」

 その言葉に誾千代は、姿勢を正す。

 それでも、大河の手を離さない。

 凛々しい姿であっても、夫を慕っているのは、包み隠せないようだ。

 大殿―――大友宗麟は、誾千代が豊後に居た時から、数少ない味方であった。

 世は男尊女卑が令和以上に激しい戦国時代。

 女性が戦場に出て、男達に命令するのは、抵抗感がある者も多かった。

 そんな中で宗麟は、誾千代の能力を見出し、武将として高く買った。

 それが、大友氏が九州北部で勢力を築き上げる事が出来た一因と言えるだろう。

 対照的に九州南部で一大勢力を築き上げた島津家は、四兄弟が示す通り、男社会だ。

 楠のように女性を見出す例もあるにはあるが、誾千代のように、戦場に送り出してはいない。

 性別を問わず評価する大友氏と、戦場はあくまで男の現場と考える島津氏。

 同じ九州に位置し、九州を二分した大家は、対照的と言えるだろう。

 尤も、両者ともにそれで成功している為、どちらが正しく、どちらが間違いとは言えないが。

 道雪は、大河を見た。

「婿殿、急な話で悪いが、立花の姓を名乗る気は無いか?」

「!」

 動揺する誾千代と、

「婿養子、ですか?」

 冷静沈着な大河。

 道雪の予想通りの反応だ。

(こいつは、一体、何手なんて先まで読んでいるんだ? 本業が棋士ではあるまないな?)

 日本人は外国人と比べると、感情表現が少ない人種とされる。

 そんな中で大河は、無表情や無感情が多い。

 否、笑顔はあるのだが、その瞳の奥の闇は、誰でも触れる事が出来ないように感じられる。

 驚きの提案であっても、この反応だから道雪は、今更ながら恐怖心を覚えた。

「義父上?」

「う……何でもない」

 娘婿に弱気な態度は見せられない、と道雪は、内心で居住まいを正す。

 咳払いした後、現役時代の”鬼道雪”に戻る。

「失礼ながら、婿殿の事は調べさせてもらった―ー―」

「父上!」

「黙れ」

 愛娘を一喝すると、道雪は、尚も大河を見据えた。

 義父が怒ったにも関わらず、尚も大河は、びくついた様子は無い。

「真田を名乗っているが、本家とは無関係だよな?」

「はい」

 隠さずに認めた。

「……嘘は吐かないんだな?」

「真田本家にも朝廷にも御報告している事ですからね」

「だったら話は早い。立花を名乗るのは如何だ?」

「有難い話ですね」

 大河は笑って、襖を見た。

「居るんだろ? 御出で」

「「?」」

 立花父娘が見ると、襖は開いて、阿国が恐る恐る入って来る。

「気付いていたんですね?」

「”表裏比興の者”の娘だ。間諜なくらい気付いているよ」

「……」

 恥ずかしそうに阿国は、父娘に一礼すると、大河の隣に座った。

 誾千代は慣れているが、道雪は唖然とする。

「……それは?」

「舞踏家の衣装ですよ」

「……露出多くないか?」

 道雪が指摘したのは、阿国の恰好であった。

 上半身は、ブラジャー風のトップスで、下半身は、ハーレム・パンツ。

 腹部が丸出しで、太腿が透けて見える煽情的な意匠計画デザインだ。

 敬虔なヨハンナや地方出身者が見れば、憤死するかもしれない。

「自分が提案者ですから」

 微笑んだ後、大河は阿国を抱き寄せる。

 無論、誾千代も忘れない。

 2人を侍らせつつ、大河は、嗤った。

「もう公文書に『真田』として登録しています故、改名はしませんよ。手続きが面倒ですし」

「……では、私的な場面でのみ『立花』を名乗るのは―――」

「面倒臭いです」

 誾千代と阿国の頬を交互に接吻しつつ、大河は、笑みを絶やさない。

 武田信玄に、

 ―――

『鎮西に戸次道雪という者が居て、戦に秀れているということを噂に聞くが、一度戦ってみたいが互いに遠く相離れている為、残念ながらその戦技を競う事が出来ない』(*3)

『道雪樣へ武田信玄より名譽の御働を聞及ばれ御対面あり度しとの書状之あり、之は遍参僧持参なり』(*4)

 ―――

 と言わしめたほどの武将は、異世界人・大河の前では、ただの凡人だ。

「立花は名乗りませんし、誾とは離縁しませんし、真田は名乗り続けます」

 我儘わがままと言えるような内容である。

 大河は、誾千代と接吻し、その仲をアピールする。

「御提案は有難いですが、自分は、このままで十分です。立花を名乗るのであれば、今後の子供次第です」

「……分かった」

 大河の圧に根負けし、道雪は、婿養子計画を諦めるのであった。


 大河と阿国が退室後、部屋には、父娘だけが残った。

「……艶福家、と聞いてはいたが、結構、独占欲も強いんだな?」

「それはもう……」

 赤くなりつつ、誾千代は、頷く。

 その反応に、道雪は察した。

(毎日、愛されているようだな……)

 父親としては複雑だが、娘が幸せなら安心だ。

「もし、嫌な事があれば、何時でも帰って来るんだぞ?」

「分かってるよ」

 父娘が親子水入らずの会話を楽しむ中、隣室で大河は阿国とイチャイチャしていた。

「覗き魔には、罰を与えにゃならんな?」

「ですからこの格好で御機嫌を直して頂こうかと―――あ♡」

 押し倒され、首筋に接吻された阿国は、喘ぐ。

 ショーに出ていない癖に、この様な衣装をしていたのは、見つかった際、大河の敵意を軽減させる為であった。

 然し、その読みは甘いもので逆に大河を興奮させている。

「正妻の前で誘惑した罪、そして俺以外の男にそんな煽情的な恰好を見せたのも罪だ」

「……義父上に嫉妬を?」

「そうだよ。悪いか?」

 しまった、と阿国は内心で悔やむ。

 この男は、お市の前夫・浅井長政、そして、小少将の実子・愛王丸に対してでも、嫉妬心を隠さないのだ。

「あ♡」

 隣室に正妻と義父が居るのに愛されるこの背徳感に、阿国は興奮を隠せない。

「(声を出すなよ?」

「(はん♡)」

 イケボで囁かれ、耳でも発情する阿国。

 そして、2人は、隣室を気にしつつ、愛を深めるのであった。


[参考文献・出典]

*1:「フロイス日本史 豊後編III」67章

*2:「フロイス日本史 豊後編III」70章

*3:旧柳川藩儒者・笠間益三

*4:『浅川聞書』


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