第569話 学歴社会

 大河の最終学歴は、高卒である。

 然し、それは、日本での話であって、日ノ本では、自分が定めた義務教育すら受けていない。

 なので、学歴社会になりつつある日ノ本では、その最終学歴が疑問視された。

『真田よ。貴殿は勉学の方、どうなんだ?』

 久々に皇居に呼び出された大河は、そこで帝から直接御簾越しに下問された。

「は。日々、勉強させて頂いています」

 答えた後、大河の鼻孔を美味しそうな匂いが突く。

 お中元のカステラをお食べになられている様だ。

 本来であるならば、呼び出した部下の前で帝が食べる事は無いのだが、態々わざわざそうしているのは、「お中元有難う」という意思表示であろう。

 帝は、続ける。

『最近、官僚が貴殿の最終学歴を気にしている。国民も気にしている筈だ。何か考えているのか?』

「はい。文部科学省に申請しています」

 日ノ本では、一定の教育レベルである事を論文等で証明すれば、文部科学省から認定を受ける事が出来る。

 この制度があれば、社会人が最終学歴の為だけに態々わざわざ、学校に入る必要は無いのだ。

『認定されたらどうなる?』

「高校卒業です」

『……大丈夫か?』

 朝廷に働く官僚の殆どは、大学入学資格検定大検を得て、通信制or夜間の大学に入り、大卒の資格を得ている。

 その為、官僚なのに高卒なのは、当然、白眼視されるだろう。

「資格は、必要不可欠ではありますが、自分は、現在、両陛下に仕えています。その時間を優先する為に敢えて高卒を選びました」

『気持ちは嬉しいが、有給休暇を使ってでも、得た方が良くは無いか?』

「それも考えましたが、勉学を優先させると、仕事に支障が来たすかもしれませんので、有給休暇は、家族の為に使おうと考え



ています」

 帝の意見を覆すのは、場合によっては不敬、と解釈されても可笑しくは無い。

 然し、敬意を払いつつ、自分の意見をしっかりと述べる忠臣に、帝が不快感を抱くことはない。

『そうか……陛下の方は?』

「勉学に公務にお忙しくされています」

『疲れていないかな?』

「努力家なので、適度に休んで頂いています」

 朝顔の体調管理も大河の仕事だ。

 上皇が体調を崩せば、各方面に悪影響が出る。

 例えば、訪問先の行事が中止になる事が考えられる。

 そうなった時、行事を楽しみにしていた人々にとっては、非常に悲しい事だ。

 その為、朝顔は、風邪が重症化しても公務を優先させたがる場合がある。

 心意気は賞賛に値するが、それで倒れてもらってもは困る為、大河は、朝顔がどれ程頑張ろうとしても、強制的に休ませ、代わりに朝廷に代理の派遣を要請していた。

『最近、手紙で「真田の管理が厳しい」との事だ。もう少し、お手柔らかに出来んか?』

「例え陛下の御頼みでも、こればかりは、仕事ですから」

『お、おう……』

 真向から反論する大河に、帝は、苦笑いするのであった。


 皇居から帰ると、今度は、朝顔に呼ばれた。

「宿題、終わったのか?」

「そうよ。もうクタクタ」

 脳を使い過ぎた様で、朝顔は、チョコレートを齧っていた。

「にぃにぃ、しゅくだいおわった!」

 豪姫がびっしりと埋まった漢字ドリルを見せる。

「お~。偉い偉い」

「えへへへへ♡」

 頭を撫でられ、豪姫は、笑顔で背伸びする。

「若殿、私も終わりました」

 与祢も成果を見せる。

「これで2学期も安心だな?」

「はい♡」

 与祢は、すり寄って、膝に座る。

「「あー!」」

 遅れて来た伊万と摩阿姫が悲鳴にも似た叫び声を上げた。

 騒音計は、90dbデシベルを示す。

 このくらいだと、

・カラオケ音(店内中央)

・犬の鳴き声(直近)

 並だ(*1)。

 不快に感じるようになるのは、50dbから(*1)なので、その約2倍、うるさい訳である。

「若殿、褒めて褒めて♡」

「あいよ~」

 軽く返し、頭を撫でる。

「わたしも~♡ ―――あは♡」

 豪姫もされ、2人して鼻息を荒くさせる。

 安○先生のように、顎をタプタプされ、2人は、満足気だ。

「「わぁ~♡」」

 2人を片手で癒しつつ、朝顔を抱き寄せる。

「確認だけど、与祢は、将来、ここに就職希望だよな?」

「はいです♡」

「豪は?」

「にぃにぃのおよめさん♡」

 満面の笑みで返される。

 芳春院のは、計算づくの邪悪な笑みだが、純粋な豪姫の笑顔は、誰しもが癒される。

「豪、良いね♡」

 義理の妹になる可能性がある為、朝顔は、豪姫にメロメロだ。

 豪姫を抱っこして、抱き締める。

「へいか♡」

「豪~♡」

 キャッキャウフフな2人。

 非常に仲睦まじい。

 その間、空席を伊万と摩阿姫が奪取する。

 これで、大河の膝は、与祢を含めて3人で占拠された。

「真田様、2学期は、甲を目指します」

「ほお~。そいつは頼もしい」

「ですから、今後も宜しくお願いしますわ」

 摩阿姫は、大河の胸に指を這わす。

「こ~ら」

 パチンと、その手を叩いたのは、幸姫であった。

「妹が姉の夫を誘惑しちゃ駄目でしょ?」

「え~……」

 長身の幸姫に睨まれ、摩阿姫は、怯えて大河に抱き着く。

 その行為が更に幸姫の神経を逆撫でにした。

「はい」

 威圧感に圧倒され、夫婦であるにも関わらず、敬語になってしまう。

「宿題頑張った御褒美に……ね?」

「お、おお……」

 そのままずるずると引っ張られる。

「骨の髄まで愛してあげるから♡」

 幸姫の脅迫めいた愛の言葉に、大河は、失禁を覚悟するのであった。


 雨の中、幸姫と手を繋いで歩く。

 朝顔、伊万、与祢、前田家三姉妹も一緒だ。

 幸姫の抜け駆けは許さない、と摩阿姫が朝顔に告げ口し、その結果、全員参加、という訳になったのだ。

 幼い与免は、その幼さを前面に利用し、大河の肩に乗っている。

 空いているもう一つの手は朝顔だ。

 その為、傘はこの中で最も長身な幸姫が差している。

「もうすぐ夏も終わりね?」

「そうなるな」

 幸姫は、握力を強める。

「えへへへ♡ ねえさま、あまえんぼ~♡」

 長姉を弄る妹だが、彼女も大河の頭をベタベタと触れている。

 これだけ見ると、与免の方が甘え度が高いような気がするが。

 兎にも角にも、姉妹仲が良いのは、良い事だ。

 大河の脳内で森山直太朗の夏を題材とした曲が奏で出す。

(久し振りに聴きたいなぁ)

 と思っていると、

「……」

 朝顔が左の袖を引っ張る。

「ん?」

「今夏、あんまり思い出作れなかったね?」

「そうだな」

「……冬は楽しめるかな?」

「気象次第だね。こればかりは、祈るしかないよ」

 技術の発展に伴い、人類は、自然の操作にも挑戦するようになった。

 例

・人工降雨

・人工降雪

 それが、+に働けばいいが、大河は、自然崇拝主義者なので、極力、自然に手を加えるのは、余り乗り気ではない。

 その最悪の失敗例が、アラル海だろう。

 この地は、カザフスタンとウズベキスタンに跨る塩湖で、1960年代までは、世界第4位の約6万6千㎢(=東北地方とほぼ同じ面積)もの湖沼面積を誇っていた(*2)。

 然し、ソ連が無理な自然改造計画を行い、2010年11月時点で1万3900㎢(=福島県とほぼ同じ面積)にまで減少している(*3)。

 この結果、砂漠化した大地からは塩分や有害物質を大量に含む砂嵐が頻発(*4)。

 そして、周辺住民に呼吸器疾患(*5)や腎臓疾患(*6)等の健康被害が出た。

 こういう事がある以上、大河は、極力、自然には手を出さない姿勢だ。

 なので、気象に関しては、祈る事しか出来ない。

「……?」

 朝顔、幸姫の肩が濡れている事に気付く。

 大きな傘だが、それでも3人は、ギリギリの様だ。

「……」

「「!」」

 無言で2人を中心に引っ張る。

 そして、背を向けたまま部下を呼ぶ。

「アプト」

「は」

 半歩後ろに居たアプトが、隣に来た。

「2人に懐炉を」

「は。陛下、幸様、どうぞ」

「あ、有難う……」

「有難う御座います」

 懐炉を受け取り、2人は返礼する。

 礼儀には礼儀を。

 例え、身分的に相手が下位であっても、礼儀が重視されるのが、山城真田家である。

 大河の心配りに、与免は感心しきりだ。

「さなださま、やさしい♡」

 そして、その頭を終始、撫でるのであった。


 食料品店で御菓子を多数買った後、大河達は帰る。

 山城真田家の女性陣は、御菓子が好きで、よく食べるのだが、ここ最近は、宿題で忙しく食べる暇も無かった。

 頑張った御褒美、という訳だ。

「わぁ!」

 お江は、大喜びして、御菓子の山に飛び込む。

 山が崩れた。

「お江、はしたないぞ?」

「御免、兄者♡」

 大河に抱っこされ、お江は、謝るも反省している素振りは無い。

「何でも選んで良いの?」

「良いけど、1人三つまでな? それ以上だと、管理栄養士に怒られるから」

「は~い♡」

 お江を下ろすと、彼女は、他の女性達と共に御菓子を選び出す。

 今の大河は、キャバ嬢達に高級品をばら撒く太客ふときゃくのようだ。

「ふ~……」

 女性陣の笑顔を見た後、大河は、大きく息を吐いた。

 女性陣が宿題を行っている間、家の中は、少し緊張した空気であった。

 国立校の校長である為、それを止めさせる事も、助ける事も難しい大河は、その時間から解放されたのだ。

「……御疲れ様」

 楠が、水を差し出す。

「有難う」

 侍女の仕事なので、アプトや珠が戸惑いの色を浮かべている。

「良いよ。皆の分もあるから」

「「は」」

 大河の許しが出た所で2人も選び出す。

 同じナチュラは、既にラナと仲良く選んでいるが、それはスルーだ。

「よっと」

「んしょ」

「よいしょ」

「失礼しますわ」

「「失礼します」」

 楠は、股の間に。

 綾御前は、後ろに。

 早川殿は、右に。

 小少将は左に。

 井伊直虎、甲斐姫も、当たり前の様に其々、右膝、左膝に座る。

「皆は、選ばないの?」

「貴方が1番の御菓子よ♡」

 楠が凭れ掛かる。

 綾御前は無言で抱き締め、左右の早川殿、小少将も寄りかかる。

 直虎と甲斐姫は、御菓子の方が優先なようで、

「可い様は何方どちら派?」

「茸派かな? 直虎は?」

たけのこ一択よ」

 令和の現代でも、きのこたいたけのこの戦争は、続いているが、万和の今でも同じようだ。

(こいつら……)

 人の膝を椅子代わりにしている事に、イラっとした大河は、

「俺は、うなじ派だよ」

「「きゃ♡」」

 宣言後、項に濃厚な接吻を行うのであった。


[参考文献・出典]

*1:マンションと暮らす。 HP 2020年4月20日

*2:加藤九祚『シルクロードの古代都市』岩波書店 2013年9月

*3:ロシア連邦宇宙局 地球観測研究センター HP

*4:ウィキペディア

*5:ラウシャン・バリカノフ “世界に衝撃与えたアラル海の縮小” IPSジャパン

*6:地田徹朗「第二章 アラル海救済策の現代史」『調査研究報告書 2012』日本貿易振興機構(ジェトロ) アジア経済研究所 2013年

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る