第571話 自称天皇
山城真田家は、如何せん大所帯だ。
今日も今日とて、大河は、愛妻達と寛いでいた。
「久し振りに晴れたな?」
「そうですね」
今日の逢引相手は、早川殿だ。
5人も産んでいる為、出産には、山城真田家一、慣れている。
次点では、3人を産んだお市だろうか。
それでも、早川殿は、大河との子供を望んでいた。
今回の逢引は、気が早いが、その時に備えたの物と累達の為の買い物だ。
甲斐姫も一緒だが、如何せん出産歴が無い彼女には、玩具の類は分からない。
兎をマスコットにした播磨国(現・兵庫県)に本社を置く乳幼児用品、小児用雑貨専門店『東松屋』に入る。
安土桃山時代に入って以降、ベビーブームが続く日ノ本では、このような企業の成長が目覚ましいが、中でも東松屋は、元々、呉服屋だった分、この手の事業は、得意科目だ。
コス○コのような広さを持つ規模で商品を所狭しと陳列していた。
来店客の多くも若夫婦や子連れだ。
「……どれがどれやら」
甲斐姫は、目を回す。
初めて来たのだが、その商品の多さに圧倒されているのだ。
「可い、靴下を見て頂戴」
「靴下、ですか?」
「これから秋になるからね。足元が寒くなるから、その対策よ」
「成程」
早川殿の教えを、甲斐姫は忠実にメモする。
5人も育てた経験者だ。
1人も産んで育てていない甲斐姫には、
2人が選ぶ間、大河は、少し離れた所で
「う~ん……」
「如何しました?」
アプトが店員のように声をかけた。
言わずもな、大河が外出する所、侍女と用心棒在りだ。
アプト以外にも与祢、珠、ナチュラ、鶫、小太郎は来ている。
流石に夫婦間の会話に介入する事は無いが、大河が1人の
「麻覆布だよ。布製か医療用か悩んでいる」
「? 布製で良いんではないでしょうか?」
「いや、麻覆布によっては、接触性皮膚炎を起こしたり、耳が痛くなったりして合わない場合があるんだよ」
「あー……」
アプトも経験があるのか、納得した様な反応だ。
侍女は風邪等が流行期、感染予防の観点から麻覆布を着用する事がある。
その為、侍女によっては、先のような症状で悩む者も居た。
2020年から2年以上、世界を震撼させた新型ウィルスでも、麻覆布で悩む人々は居り、中には、着ける事が難しい人々も居る。
例(*1)
・発達障害
・感覚過敏
・脳の障害
・皮膚の病気
・呼吸器の病気
等
この為、自治体によっては、その意思表示のバッジを配布している。
例
・千葉県松戸市(*1)
・沖縄県南風原町(*2)
・山口県山口市(*3)
・埼玉県草加市(*4)
・沖縄県うるま市(*5)
等
山城真田家でも、この様な事情に配慮して、バッジを作り、希望の侍女に配っている。
強権的な心象が強い山城真田家であるが、その内実は、福祉に満ち満ちており、恐らく世界一、働き易い職場だろう。
「若殿」
鶫が綿ガーゼや絹等の天然素材で作られた麻覆布を指差す。
「これらだと肌当たりが柔らかく、吸湿性もあるので適当かと」(*6)
「そうか。じゃあ、取り敢えず、1人1枚ずつ買って様子見だな」
「有難う御座います」
意見が採用され、鶫は店員のように微笑んだ。
大河は、織田信長のような人物だ。
才能ある者、有能な者であれば、別に宇宙人であろうが、地底人であろうが、敵意が無い限り、積極的に採用する方針である。
東松屋京都支店でのこのやり取りは、多数の目撃者によってSNSで拡散されていく。
『近衛大将、御子様の玩具を御選びに来て、侍女の助言、聞いていたわ。凄くね?』
『普通、家庭内の件で侍女の助言、採用するか?』
『関係者の話だと、近衛大将、侍女や家臣団の御家族の分も御購入されたらしいぞ?』
『篤志家過ぎて尊い』
『金配りお兄さんやんけ』
大河の私生活は、菊禁忌に触れる可能性がある為、皇族同様、
なので、滅多に記事にはならない。
だからこそ、国民の多くは、気になり、そのSNSを閲覧する。
写真は盗撮に当たる為、処罰に遭うが、この様な投稿は悪意が無い限り、基本的に黙認されている。
「……真田は、世論操作が巧みだな」
大河の上司・近衛前久は、感心しきりだ。
政治家を引退して以降、公の露出は極端に減ったが、その分、愛妻家の逸話がSNS上で賑わせている。
・出張時は、毎回、御土産を購入
・贈り物は必ず人数分
・実家へのお中元、お歳暮は忘れない
……
どれも当たり前の事なのだが、一部の男性は、人間性に問題があるのか、結婚後、掌を返したように妻や義父母を冷遇する場合がある。
又、冷遇しなくても、男尊女卑の時代が長かった分、悪気無しに相手を貶める事もある。
このような男性が多い為、世の女性の多くは、大河を「理想の夫」と見る様になり、多くの女性票を得ていた。
出馬したら、どんな選挙でも瞬く間にトップ当選を果たすだろう。
御簾の向こうの帝も嬉しそうだ。
『奥方が多い分、心配していたが、大丈夫そうだな』
「はい。間者からの御報告も問題ありません」
朝顔を心配している帝の為に前久は、間者を送り込み、逐一報告させていた。
私生活を監視するのは、良心の呵責に苛まれるが。
『近衛、又、間者を送っているのか?』
「はい」
『気にはなるが、不敬だぞ。止めろ』
「は」
勅令により、前久による山城真田家監視計画は、中止するのであった。
首都・京都の防衛部隊が一時的に削減された為、反山城真田派には、この上無く好都合な機会である。
「真田を討ちたいでおじゃる」
そういって扇子を噛むのは、
白髪の老人だ。
現在、国民から人気が高い大河への反旗は、同調圧力からタブー視されているのだが、隠れアンチの橘には、もう臨界点を突破しそうなくらい、憎んでいた。
又、証拠は何一つないのだが、橘家では代々、「我が家は、南朝の血統である」と口伝され、橘家=「皇族の分家」なる妄想が行われていた。
尤も、公家でも名家でもない家柄なので、あっても落胤の可能性だろうが、結局の所、証拠が無い為、全てが自称である。
が、代々、口伝されてきた為、橘はそれを真実と妄信し、自分がいずれ帝になる事を夢見ていた。
そのレベルは、受診すれば、「誇大妄想」と診断されそうなくらい、上がっている。
ボロボロの長屋で、橘は、なけなしの金をかき集める。
そして、構想を練り始めた。
「浪人を雇って……挙兵し……それから」
ぶつぶつと呟く声に隣家の住民は、そそくさと夜逃げの準備を始めるのであった。
世界には、奇天烈な主張を行う王族僭称が沢山居る。
アメリカの皇帝を名乗ったジョシュア・ノートン(1818~1880)やローマ帝国5代目皇帝のネロ(37~68)に化けたテレンティウス・マクシムス(? ~?)等だ。
ノートンの場合は、その穏やかな人柄と公約がサンフランシスコ市民の心を掴み、名君として名を馳せているが、マクシムスのように、行動が悪質過ぎた為に最後は処刑という末路を辿った。
その為、王族僭称は、ノートンのように人々から愛されたら良いが、場合によっては落命する危険性がある。
そんな事を知ってか知らずか、日本でも歴史上、王族僭称者は後を絶たない。
そのどれもが、政府に認められていない為、自称の域に過ぎない。
歴史的に見ても、最も可能性があろう一休宗純(1394~1481)も、
―――
『秘伝に云う、一休和尚は後小松院の落胤の皇子なり。
世に之を知る人無し』(*7)
―――
くらいが、資料の為、令和4(2022)年現在、日本政府や歴史学者は、公式に彼を皇族とは認めていない。
その為、一休であっても、分からないのが実情だ。
万和5(1580)年8月下旬。
京都新城、執務室にて。
冷房の下、大河は、仕事していた。
家族の多くは、まだ夏休みだが、日々、忙しい彼には、空き時間を見付けては、新規の仕事の処理を行っているのだ。
当然、残業代は貰うし、働いた分、休暇を取得するのだが、如何せん、周りが夏休みの中、働くのは、ちょっと悲しい気分である。
「……」
「何見てるの?」
楠が報告書を覗き込む。
「自称・帝だよ」
「自称?」
名簿には、ざっと100人ほどの個人情報が記されていた。
「……多くない?」
「全くだよ。仕事、増やさないで欲しいね」
1人1人、皇統譜とDNA鑑定の結果を見つつ、墨で塗り潰していく。
「……大変だね?」
「本当だよ」
疲れているのか、大河は、大きく背伸びした。
そして、楠の手を握り、膝に座らせる。
「仕事中、だよね?」
「そうだよ」
「……遊んで良いの?」
「息抜きだよ」
楠の項に顔を埋める。
「あ♡」
大河が行っている仕事は、王族僭称者の監視だ。
ノートンのような人畜無害であれば、問題視しないが、中には、血統を犯罪行為に利用する輩も存在する為、近衛大将として監視する必要があるのだ。
彼等が事件を起こせば、皇室にも迷惑がかかりかねない。
それを早めに摘み、被害を最小限に食い止める必要がある。
と、同時に、真偽をはっきりさせ、真実であるならば、皇統譜に記載していくのが、今回の仕事だ。
尤も、現時点で90人が偽だと判明した為、彼等は、
・不敬罪
・詐欺罪
の下、刑務所送りだ。
100人中90人が犯罪者確定とは、先が思いやられる。
楠の体臭をクンカクンカしつつ、大河は、思う。
(あと、10人、全員、偽だと良いな)
1人でも本物が居たら、大ニュースとなり、その人を皇族に加えなければならない。
人間的に問題性があったら?
前科者だったら?
等、色んな不安が浮かぶ。
「……」
「御疲れ様」
大河の疲労に察した楠は、彼を抱き締めて癒すのであった。
[参考文献・出典]
*1:松戸市 HP 2021年12月24日
*2:南風原町 HP 2021年5月13日
*3:山口市 HP 2021年7月5日
*4:草加市 HP 2021年7月6日
*5:沖縄県うるま市 HP 2021年8月27日
*6:医肌研究所 HP
*7:公卿・東坊城和長(1460~1530)『和長卿記』明応3(1491)年8月1日
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