第555話 撃壌之歌

『【神社本庁、近衛大将に贈賄未遂】

 30日、神社本庁の報道官が、近衛大将に贈賄未遂があった事を発表し、謝罪した。

 内容は、先日、大審院が下した平泉寺の管理権によるもの。

「僧兵が蔓延り、おおよそ、宗教施設とは言い難い平泉寺には、解散命令が下され、その管理権が白山比咩神社が移っていたのだが、その裁定に近衛大将が関与した、との噂が宗教界に流布されおり、それを真に受けた使者が勝手に行動を起こしたもの」

 としている。

 使者の行動に激怒した近衛大将は、その場で手討ちにし、遺体を神社本庁に送り返すと共に贈答品を最寄りの警察署に預けた。

 その額は不明だが、天文12(1543)年以来、係争状態にあった問題を解決した裁判だけあって、莫大な金額、と推定されている。

 京都新城の報道官は、手討ちは認めたものの、それ以外については無回答とし、近衛大将も何も正式な声明文は、発表していない。

 警視庁によれば、近衛大将の殺人については、

「適切な対応だった、と判断している」

 とし、検察庁も事情聴取のみに留め、不起訴が事実上、確定している』(国営紙瓦版 1580年7月31日付)

 ―――

 警察、検察が共に積極的に動かないのは、言わずもがな大河に配慮しているからだ。

 一切の権利を放棄している大河であるが、まだ法治国家として未成熟な日ノ本を支える為に、全権委任法のみを保持し、国家権力が暴走しないよう、自分がストッパーになっているのである。

 今回に関しては、100:0で神社本庁が悪者の為、世間の厳しい目は、大河よりも神社本庁に注がれている。

 国家の英雄である大河を逮捕、起訴すれば、警察、検察は、世間から大いに叩かれる可能性が高い。

 叩かれたくない両組織は、空気を読んで、最低限の捜査に留め、大河を無罪としたのだ。

 そんなこんなで上級国民・大河は、京都新城に来た警視総監と検察庁長官、それに大審院の長官と軽く談笑をし、を終わらせる。

 3人は、中々、入る事が出来ない京都新城の天守以外の内部を案内され、喜び、上機嫌だ。

「この度、近衛大将自ら、御案内して下さり、有難う御座いました」

「貴重な体験を出来ました。有難う御座いました」

「家族や故郷に自慢出来ます。有難う御座いました」

 3人は、深々と頭を下げて、帰っていく。

 とても殺人犯にする態度ではないが、省庁の上層部には、大河の支持者も大勢居る為、この様な事は、別段珍しくない。

 手を振って3人を見送った後、大河は、鶫を抱擁し、接吻。

「有難うな。事後処理」

「いえいえ。仕事ですから♡」

 秘書官であると共に愛人だ。

 最近は、小少将等、新参者が相次いだ為、愛人との時間は以前よりは格段と減っている。

 普段より正妻や側室、婚約者よりも格が低い為、冷遇され易い状況下で更にこれだ。

 耐えられる愛人は、少ないだろう。

 小太郎が天井裏から覗き込む。

「若殿、もう終わりましたか?」

「ああ、見ての通りだ」

「失礼します」

 飛び降りて、大河の背後に着地し、そのまま背中に抱擁。

「若殿♡」

 彼女も仕事終わりだ。

 少し汗で体が濡れている。

「じゃあ、入るか?」

「「は♡」」

 2人は、同時に笑顔で首肯した。


 その後、ナチュラとも合流し、大河は、3人と共に城内の大浴場に入る。

 京都新城には、複数の大浴場がある。

・大河が認めた者のみ入れる家族風呂

・家臣団が使う大浴場

・侍女限定の女湯

 等だ。

 今回、4人が入ったのは、侍女達が使う女湯であった。

 当然、女湯だけあって、大河は入る事が出来ないが、そこは、時間を調整すれば、入る事が出来る。

 これらの御風呂は、24時間365日、いつでも利用可能な為、その時間帯のみ貸し切りにすれば、問題無い。

「御流しします」

「失礼します」

 小太郎と鶫が湯女ゆなの様に、垢擦あかすりや髪梳かみすきを行う。

 ナチュラは、前から、大河の揉み上げや髭を剃刀で慎重に剃っていた。

「……」

 髭剃り位、自分で出来るのだが、尋常性毛瘡じんじょうせいもうそう(=剃刀負け)を起こす可能性もある為、簡単そうに見えて結構、難しい事なのだ。

 その対処方法としては、

『①剃刀は、錆び・欠けや汚れが生じていない、切れ味の良い衛生的な物を使用。

 ②剃刀の当て方(刃の角度、力の入れ方)に注意を払い、無理な逆剃りをNG。

 ③髭剃り前には、

・皮膚を蒸しタオルで蒸らす

・石鹸やシェービングクリーム等を塗って刃の滑りを良くしておく事

 等。

 ④髭剃り後の肌を清潔に保つ』(*1)

 等が挙げられる。

 大河も気を付けているのだが、やはりそこは、人間だ。

 完璧とは言い難い。

 そこで担うのが、愛人の仕事だ。

 侍女に任せても良いが、距離感から緊張してミスをする可能性がある。

 その為、侍女の代わりに愛人が行うのだ。

 普段から距離が近く、又、暗殺の可能性も薄い。

 普段、冷遇される事が多い愛人には、心労がある分、接する事が出来る為、万々歳である。

「……出来ました♡」

 手鏡で、出来上がりを見せる。

「うん。滑々すべすべだ。有難う」

 満足した大河は、ナチュラを抱き寄せて、自分の膝に対面で座らせる。

「……若殿♡」

 ナチュラからの接吻を大河は、躊躇ない受け入れた。

 数十秒間、交わし合った後、漸く離れる。

「若殿、お慕い申し上げます♡」

「俺もだよ」

 2人は、抱き合う。

「「……」」

 背後の2人は、不満げに抱き着く。

 3人は、愛人同士、仲良しなのだが、恋敵である事は変わりない。

 大河を独占出来ない様、鶫と小太郎は、タッグを組み、子泣き爺の様に彼の背中にしがみ付く。

 大河が好色家である事も利用し、胸部を必要以上に押し当てる事も忘れない。

「……積極的だな」

 2人の態度に苦笑いの大河は、手を回して、2人の頭を撫でる。

「じゃあ、仲直りだな」

 直後、3人は押し倒され、激しく求められるのであった。


 神社本庁の使者が大河の怒りを買い、殺害されたのは、宗教界に衝撃的であった。

 一向一揆を抑え込んだ前例から、大河は、中立派を自称しているが、上皇を娶った為、中身は神道に好意的なのでは? と思われていたからだ。

 以前、妻を連れ立って神社巡りしたのも理由の一つであろう。

 この様な事から、そう誤認する聖職者は多かった。

 それが躊躇いなく使者を殺害した事から一転、

『真田は、信長以上の無神論者』

 との見方が強まり、神社本庁も震えるしかない。

 最高幹部のみ集まった緊急会議では、その事が議題に上がった。

「近衛大将は、未だに御怒りか?」

「何も声明文を出されていない為、何とも……」

「畜生。まさか、あれ程、無神論者とは……折角、手駒に使えそうだったのに―――」

「し! 盗聴されているかもしれないんだぞ? 『壁に耳あり障子に目あり』だ」

「う……」

 各省庁の各部屋には、国家保安委員会の盗聴器が仕込まれている、と専らの噂だ。

 何せ、各省庁の施設の施工業者は、全て山城真田家の関連企業である。

 建築の際に盗聴器を仕込むのは、簡単な筈だ。

 噂では、「国家保安委員会は、職員の屁すら盗み聞きしている」とされる。

 その真偽は不明だが、国家保安委員会のモデルとなったKGBカー・ゲー・ベーは、失脚後、別荘ダーチャで生活を送るフルシチョフを盗聴し、彼を激怒させた(*1)。

『便所にまで盗聴器を仕掛けるとはな!  君等(=党中央委員会)は国民の税金を使って儂が屁をするのを盗み聞きしておるんだぞ!』(*1)

 と。

 この為、事実である可能性が高い。

「「「……」」」

 盗聴の恐怖に幹部達は、黙り込む。

 沈黙が数分経った頃、扉がノックされた。

「「「!」」」

 びくんと、幹部達が反応した直後、訪問者が自己紹介を行う。

『済みませ~ん。水道工事の調査に来ました』

「……はぁ」

 急な時機に一同は唖然となったが、1番近くに居た者が開ける。

 が、次の瞬間、その顔は絶望となった。

「者共! 神妙に縛につけ!」

 弥助の号令と共に、雑賀孫六が多数の兵隊を引き連れて、侵入してくる。

「な!」

「う!」

「い!」

 一同はその場で拘束された。

 訳が分からない。

 混乱する彼等を前に、弥助は、悪い笑みを見せた。

「先の汚職未遂事件の捜査に来た。『』だ」

「「「!」」」

 その刹那、幹部達は盗聴されている事を知ったのであった。


『―――現在、神社本庁前です。

 先の汚職未遂事件で強制捜査が行われました。

 家宅捜索を行うのは、軍警です。

 これは、民警の場合、警察官の中に神道の信者が居る可能性がある為、情報が事前に漏れぬよう、軍警に捜査権が渡った模様です』

 神社本庁前では、多数の記者が集まり、生中継を行っていた。

 着物での中継を行っているのは、国営放送。

 民間放送民放は、洋装や和装とテレビ局によってバラバラだ。

「神社本庁って前、否定してなかったけ?」

 スクランブルエッグを頬張りつつ、誾千代は、首を傾げた。

「そうだよ」

 首肯した大河は、与免と累を膝に乗せ、御飯を食べさせていた。

 育児は、本来、侍女に任せているのだが、大河は出来る限り、協力的である。

 与免の方は、累を羨ましがり、おねだりした結果だ。

 本来であれば、拒否する所だが、如何せん与免は、側室候補といえども、累と同じ年齢である。

 この歳で差をつけると将来、両者の間に禍根が残るかもしれないから、極力、大河は、我が子同様に接しているのである。

「でも、どうして?」

「虚偽の報告の可能性を大審院が指摘したから動いたんだとさ」

 自分が命じた癖に、余りにも他人事な態度。

 呼吸するかの如く、平然と嘘を吐けるのは、一種の才能と言えるだろう。

「神に仕える聖職者が、嘘を?」

「神様は偉大でも、人間はそうじゃないからな。幾らでも腐る事が出来るよ」

 聖女として今尚、世界中から尊敬されているマザー・テレサでさえ数々の疑惑がある。

 キング牧師でさえ、女性関係については、清廉潔白とは言い難い。

 聖職者=清廉潔白、というのは、あくまでも固定観念であって、理想と現実には、大きな乖離があるのだ。

 大河もその点については、自分もそうなので、余り棚に上げる事はしないが、それでも、不信感を覚えた場合、徹底的に捜査しなければ気が済まなかった。

「……現実的だね?」

「釈迦の様な生活を送るのが、真の聖職者だと思っているよ」

 言い切ると、大河は、膝の上の2人の頭を撫でる。

「えへへへ♡」

「うふふふ♡」

 2人は、仲良く抱き着いた。

 累からすると実父だが、与免からすると、将来の婚約者ではなく、まだまだ「優しいお兄さん」という部分が強いのかもしれない。

「……げぷ」

 げっぷをした後、与免は、大河のスーツを毛布代わりにする。

「お腹一杯?」

「うん」

「眠たい?」

「うん……ふわぁ」

 大きな欠伸に累も釣られる。

「ふわぁ……」

「じゃあ、御昼寝しようか?」

「「うん」」

「私も参加していい?」

「良いよ」

 昼御飯の後に、夫婦は子供達と共に昼寝。

「「zzz……」」

 非常にまったりとした雰囲気の中、子供達は、熟睡するのであった。


[参考文献・出典]

 *1:ウィキペディア

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