第554話 舐犢之愛

 大河にされた小少将は、その愛に溺れて、惚けた顔であった。

「……」

「母上?」

 朝食の席で、実母がその様な状態な為、愛王丸は、心配で心配で仕方が無い。

「……母上?」

「うん、大丈夫……」

 大河に抱かれたのは、何となく察したものの、今の母親は、非常に女性っぽい。

「……御馳走様」

 殆ど食べずに手を合わせて、そそくさと退室。

(……まぁ、幸せなのかな?)

 戦後、苦労を重ねた母親が、大河に嫁ぎ幸せならば、見守る以外、無いだろう。

 食事後、愛王丸は、亡き父の仏壇に手を合わし、母親の幸せに夫婦生活を満喫している事を報告するのであった。


「♡」

 実子との時間を過ごしつつも、小少将は、約束通り、大河との時間を優先する。

 朝食を殆ど摂らなかったのは、彼と共に食べる為だ。

 部屋に行くと、既に、

・朝顔

・ヨハンナ

・誾千代

・井伊直虎

・早川殿

・甲斐姫

・綾御前

・松姫

・幸姫

・稲姫

・阿国

 が彼の周りに居た。

 朝顔は、いつも通り膝の上、ヨハンナは右、誾千代は左。

 その他は、四方に居る。

「おお、小少将、御出で」

「はい♡」

 朝顔等、他の女性陣を前に優遇されるのは、気が引ける所があるが、それでも気分は良い。

「陛下、失礼します」

「うむ」

 朝顔も、小少将が愛息と再会した事を喜んでいる為、彼女が優遇されるには、寛容だ。

 小少将に用意された朝食を彼女は、摂り始める。

 朝顔が尋ねる。

「息子は、元気そうか?」

「はい♡」

「それは良い事よ」

 4歳年下の義理の息子である。

 いずれは、良好な関係を構築しなければならないだろう。

 誾千代、ヨハンナも母性本能が刺激された様で、両側から寄りかかる。

「不妊治療、また頑張ろうかな?」

「貴方、がんばろ?」

「ああ、そうだな」

 冷静沈着に返すと、大河は、味噌汁を啜る。

 彼女達以外にも8人の熱い視線を受けている為、下手な事は言わないのだ。

 朝顔をバックハグしつつ、8人に「分かっている」と視線を送る。

「「「「「「「「♡」」」」」」」」

 8人は安心し、妖艶に唇を舐め濡らすでああった。


「こんにちは!」

 与免の大きな挨拶に、愛王丸は、戸惑いを隠せないながらも、返す。

「こ、今日こんにちは」

 愛王丸の部屋に集まったのは、子供達であった。

 与免を始めとする、

・摩阿姫

・豪姫

・累

・デイビッド

・猿夜叉丸

・元康

・心愛

・伊万

 の合わせて、9人。

 前田家出身者と伊万以外は、全員、大河の実子である。

 比較的、愛王丸に近しい年代の者達が集められていた。

・小少将

・早川殿

・綾御前

・甲斐姫

・井伊直虎

 を侍らせた大河が、説明する。

「愛王丸、今後、君と接する機会が多いであろう者達だ」

「は……」

 前田家三姉妹と伊万以外は、大河の実子なので、恐らく、その5人は、今後、公的な行事で、一緒になる事が多い筈だ。

 早めに良好な関係を作った方が良いだろう。

「じゃあ、頼んだよ」

 子供部屋の隣に大河は、女性陣と共に入っていく。

「あ、にぃにぃ。わたしも~」

 豪姫が付いていき、その後を摩阿姫、伊万が追っていく。

「……」

 残された愛王丸は、戸惑いながらも接触を図る。

「愛王丸です……どうぞ宜しくお願い致します」

 緊張した面持ちの愛王丸だが、子供達は明るい。

「おぼーさん♡」

 与免は、剃髪された頭に興味津々。

 心愛も触りたいらしく、

「だ♡ だ♡」

 と手を伸ばす。

 デイビッドも、ほぼ初めて見る間近な異教徒に関心が絶えない。

「……」

 超正統派の信者は、揉み上げを伸ばす事があるが、愛王丸の揉み上げは、綺麗に剃られている。

「「「……」」」

 元康、猿夜叉丸、累は、凝視するのみだ。

 それでも嫌悪感を抱いている様子は無い。

(まぁ、これも仕事だから。しょうがないか)

 平泉寺では、戦災孤児を集めて、幼稚園を開いていた。

 その為、子守りには、慣れている筈だ。

「なんかおもしろいはなし、して~」

「う~ん……」

 仏法の話をしたい所だが、いかんせん、この子達は、幼い。

 その為、愛王丸は、子供部屋にはあった、絵本を手に取った。 

「では、この絵本を読みますね? 聴きたい人~?」

「「「「「は~い」」」」」

 累、与免、デイビッド、猿夜叉丸、元康は、挙手し、

「だ! だ!」

 心愛も乳母車から必死に賛成の票を投じるのであった。


 隣室の楽しそうな様子に、大河は安堵する。

(大丈夫そうだな)

 それから、小少将と早川殿を抱き締めた。

「「うふふふふ♡」」

 2人は、嬉しそうに抱き締め返す。

 今にも始まりそうな雰囲気だが、隣室に子供達が居る手前、流石に大河も自制する(以前した事がある為、絶対にしない、という訳ではないが)。

「にぃにぃ、しんぱいしょ~」

 大河の背中を突っつくと、豪姫は懐から潜り込む。

「うんしょうんしょ」

 そして、大河のスーツの内側から顔出し。

「にぃにぃ♡」

「おお、豪?」

「うん♡」

 居心地がいいらしく、豪姫はそこから出る事は無い。

 服を共有するのは、真夏の下では暑い為、余りしない行為なのだが、京都新城は、冷暖房完備の施設だ。

 ガンガンに冷房を利かせている部屋もある為、逆に真夏なのに寒い部屋もある。

「アプト」

「は。現在、20度です」

 アプトに確認させ、室温が分かった。

「豪、寒い?」

「うん」

「分かった。じゃあ、気の済む迄、ここに居り」

「はーい♡」

 豪姫に続いて、摩阿姫、伊万も同じ様に内側から入って来る。

 3人は、大河と密着し、笑顔で年上の恋敵を牽制した。

 幼さで勝つ、と。

「「ぐぬぬ」」

 小少将、早川殿は唇を噛んだ。

 左右を井伊直虎、甲斐姫、背後を綾御前が陣取る。

 5人がどれだけ睨んでも、3人は場所を譲らない。

 我の強い女性陣である。

 並の男性が、娶っていれば、日頃からその圧力プレッシャーに押し負け、今頃は、病んでいる事であろう。

 大の大人5人に睨まれても、動じない三人娘に感心しつつ、大河は、綾御前に寄りかかる。

「綾」

「はい♡」

 綾御前は、大河を抱きとめた。

 前夫・長尾政景の様ではないが、久し振りの夫婦生活だ。

 楽しくない訳が無い。

 早川殿、直虎、小少将もよりかかる。

 この4人は夫を早くに亡くした元寡婦だ。

 正妻・誾千代、お市も寡婦の経験者である為、山城真田家では、寡婦はあるあるであった。

 綾御前にもたれ掛かったまま、大河は、リラックス。

「アプト、かき氷、頼む」

「は」

「俺達の用意した後、自分達も食べて良いからね?」

「は♡」

 休みの命令が出て、アプトは笑顔になる。

 休みは別にあるのだが、こうも頻繁に出してくれる上司は、非常に有難い。

 離職率が、世界一、低いのも頷けるだろう。

 大河は、三人娘を抱っこしつつ、小少将を撫でる。

「あの子は実子同様の権限を与える」

「!」

「継承権は流石に無理だがな」

 ちゃんと線引きされた事に綾御前達は、内心、安堵する。

 愛王丸が継承者ならば、今迄の妊活が無駄になる可能性があったからだ。

「……はい」

 不満げだが、小少将も強く主張しない。

 主張するのは、『言論の自由』の下、合法な事だが、その代償は余りにも大き過ぎる。

 特に織田家は、猛烈に反発し、最悪、愛王丸暗殺に動く可能性も否めない。

 お市と三姉妹が居る為、山城真田家では、織田派は、一大勢力だ。

 投票の下、排斥が決定された場合、民主主義の導入者である大河も民意を全面に押し出されたら、流石に尊重せざるを得ない筈だ。

「小少将、若し、後継ぎに推薦したい時は、俺との子供が出来た時だ」

「……朝倉の復権は、お願い出来ますか?」

「それは、朝倉次第だよ」

 小少将の頬に接吻後、大河は続ける。

「あれ程の裏切者が出た家の復興に援助する程、俺は篤志家じゃないからな」

「……はい」

 浅井家からも、裏切者は居るには居る。

『離反者名簿:史実でのその後

浅井井規あざいいのり:内応し、織田方を城に手引きするも、戦後、処刑。

阿閉貞征あつじさだゆき:本能寺の変で明智方に与し、戦後、処刑。

浅見道西あさみどうせい:所領を没収されるも、柴田勝家に仕える。

大野木秀俊おおのぎひでとし:投降後、殺害される。

 等』(*1)

 にも関わらず、復権出来たのは、お市の援護射撃が大きかった。

 大河も小少将の為に朝倉家も援助したい所だが、生憎、朝倉家は、織田家と親しくない。

 信長の義弟であり、事実上、織田家の身内である大河は、実家に配慮にして、表立っての援助は、難しい。

「今後も妊活、頑張ろうな?」

「……はい♡」

 夫の優しい言葉に、小少将は、再び愛に溺れそうになる。

「真田様。私もお願いしますね?」

「真田様、私もです♡」

 早川殿、甲斐姫は、接吻して、自己アピール。

 これからは、女性の時代だ。

 家庭的な女性が好まれていた戦国時代とは違い、安土桃山時代は、女性の権利が向上しており、控えめだと、色々な面で不利になり易い。

「「「……」」」

 三人娘は、大河と密着しながら、彼とイチャイチャする女性陣の様子をつぶさに観察。

 大河が喜んでいる所を見るに、好みである事が分かる。

(真田様は、この手の攻め方が有効的なんですね)

(にぃにぃ、でれでれしててかわいい♡)

(真田様、デレデレし過ぎ)

 摩阿姫は今後の攻め方に活用しようとし、豪姫は愛で、伊万は、イラっとしていた。

 三者三様の反応だ。

「今晩は、皆が当番だよな?」

 5人は頷く。

「「「「「はい♡」」」」」

「今日も熱帯夜らしいから水分補給は大切にな?」

「「「「「はい♡」」」」」

 軈て、かき氷が届けられ、全員は、アイスクリーム頭痛と戦いつつ、完食するのであった。


 平泉寺が神社になった事で、京都新城には、神社本庁から使者が来た。

「この度、をして下さり、有難う御座います」

 神社本庁と大河は、昔から付き合いがある。

 愛妻・朝顔が事実上、神道の最高位なので、付き合いは避けられないのだ。

「……はい」

 笑顔の使者と対照的に、大河は、げんなりした顔だ。

 この様な裁定は、内容が内容なだけに本来、大審院(現・最高裁判所)が担うのが筋なのだが、今回は、全権委任法に基づき、大河が早急に下した。

 然し、それは、家を守る為であって、神社本庁の都合を優先した訳ではない。

 大河の反応に気付かずに、使者は、続ける。

「今回の贈り物です」

 木箱を大河の前に置く。

「失礼します」

 珠が開けて、中身を確認した。

「……お金です」

「……分かった。有難う」

 心底、うんざりした顔でそう言うと、大河は、グロックを取り出し、

「!」

 躊躇無く、使者を撃つ。

 頭に風穴を作り、仰向けで死ぬ。

 映画『ディパーテッド』並の唐突な死だ。

「……」

 珠は、余りの事に立ち尽くす。

 久しく見ていない殺人だ。

 動揺しない訳がない。

「俺に汚職は通用しない事を忘れていたのかな。この馬鹿は」

 グロックをホルスターに収納すると、大河は、清々しい顔で、関節内轢音クラッキングを楽しむ。

「……お疲れ様です」

 漸く心が落ち着いた珠は、大河を労った後、死者の前で十字を切って、冥福を祈る。

 使者が切支丹かどうかは定かではないが(神道の信者の可能性が高いが)、今、彼女が出来る事はこれ位だ。

 銃声を聞きつけて、焦った顔で鶫が飛んできた。

「若殿、御無事―――!」

 死体を前に固まる。

 そして、数瞬置いた後、理解した様で、

「……この者が無作法を?」

「そういう事だ。神社本庁に死体を届けて、金は、警察に届けろ」

「は」

 唸る程、金は持っている為、今更、大金といえども、大河には微々たるものだ。

 又、国家公務員である為、副収入は、基本的に受け付けていない。

 神社本庁も国家公務員であり、その感覚は分かっているのだろうが、余りの嬉しさから、大河が度のつく程、汚職嫌いな事を失念していたのかもしれない。

 或いは、まだ出来たばかりの組織の為だから、その辺の感覚がまだまだ緩いのか。

 どちらにせよ、大河は、汚職に対して、滅茶苦茶、厳しい姿勢を採っている。

 これは、生来のものなので、終生、変わる事は無いだろう。

 珠は、改めて思う。

(この人は……直情的で、清廉潔白だ)

 民主主義者を自称している癖に、汚職に関しては、まるでゴキブリ並の毛嫌いだ。

 これ程厳しい姿勢なので、朝廷も不祥事になる事は無い為、安心しているだろう。

(贈答品……気を付けなきゃ)

 ビビりつつ、珠は、大河を背後から抱き締め、動揺を鎮めるのであった。


[参考文献・出典]

 *1:ウィキペディア

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