第553話 外巧内嫉

 挨拶の場で現実的な意見を述べた大河であるが、その背景には、愛王丸の保護者・桂田長俊が不穏な動きを見せているからだ。

「……黒幕が居たか」

「どうします?」

 報告書の提出者は、小太郎が尋ねる。

「冬が来る前には、対応した方が宜しいかと」

「そうだな」

 雪国では、行軍が困難になり易い。

 有名な事例だと、ナポレオンとナチスであろう。

 両者は、ロシアに侵攻した際、大雪の前に敗れた。

「……あの寺、揉め事抱えていたな?」

「そうよ」

 同意したのは、楠であった。

白山比咩神社しらやまひめじんじゃと」

 その揉め事の歴史は長い。

 ―――

『天文12(1543)年

 平泉寺が白山比咩神社の利権(白山山頂の管理権、入山料等)を奪おうと企図。

 以降、対立状態に。

 

 寛保3(1743)年

 江戸幕府寺社奉行によって、管理権が、

 御前峰・大汝峰の山頂→平泉寺

 別山山頂      →長瀧寺(長滝白山神社)

 と決定。


 慶応4(1868)年

 神仏分離令により寺号を捨て神社になり(*1)、寺院関係の建物は解体。


 明治5(1872)年

 白山各山頂、主要な禅定道→白山比咩神社の所有に』(*2)

 ―――

(……時代が早いが、神社にするか)

 越前の地図を机上に広げ、大河は暫く考える。

「……家宅捜索だな。犯人蔵匿及び証拠隠滅の罪で」

守護使不入しゅごしふにゅうで理論武装するかと」

「なら、宗教法違反も追加だ。報告書に改竄があった、という事で」

「「は」」

 2人は、最敬礼して去っていく。

 正妻と愛人だが、そのコンビネーションは、日ノ本一だ。

「お疲れ様です」

 ことん、とアプトが紅茶を置く。

「有難う」

 感謝しつつ、大河は、アプトの手を引き、自分の膝に座らせる。

「仕事中ですよね?」

「そうだよ」

「奥方様の逆鱗に触れるかと」

「知らん」

 アプトを正面から抱き締めて、大河は、その体温を一身に感じる。

 仕事人間に見えるが、こう見えて甘えん坊な所が愛くるしい。

 アプトも抱き締め返し、接吻を受け入れる。

  何度も交わした後、大河は、抱擁したまま思考に入る。

(……さて、最終段階かな)

 相手が実子であっても嫉妬する大河が、敢えて愛王丸と小少将を2人きりにさせたのは、全て計画通り、事を進めさせる為であった。

 2人が仲睦まじく過ごせば、桂田長俊は、油断し易い。

 こちらの計画が上手く行っている、と。

 人は、油断する生き物だ。

 高等な運転技術を持った人が、どれだけ慣れた道を運転していたとしても、慢心すれば、事故に繋がり易い。

『猿も木から落ちる』『弘法も筆の誤り』という諺が示す通り、昔からどんな熟練者であっても、ミスを絶対しない訳ではないのだ。

 敢えて油断させ、その隙を突く。

 大河が好む心理戦の一つである。

「アプトは、越前蟹好き?」

「はい。大好きです♡」

「じゃあ、届けてもらおうかな」

 舌なめずりした後、アプトを押し倒すのであった。


 越前国平定作戦の表向きは、演習である。

 公に認めると、『日ノ本は内戦状態である』と諸外国に認識され、外交や貿易に影響が出かねない。

 その対策の為の隠蔽工作である。

「進め!」

「「「応!」」」

 弥助の号令と共に歩兵が突っ込む。

 戦車も負けじと砲撃する。

 ドーン!

 ドーン!

 ドーン!

 野原は抉れ、漁船は吹き飛び、僧兵達は逃げ惑う。

「く、糞!」

天魔てんまめ!」

 立ち向かう僧兵だが、直後、その頭が爆発する。

制圧クリア!」

 雑賀孫六が、叫んだ。

 続けて、他の僧兵も撃っていく。

 使用しているのは、ブローニングM2。

 肉体を損壊させる程の威力を持つ、その悪魔な武器に、僧兵達は、蜘蛛の子散らす様に四方八方、逃げていく。

 山に逃げれば、山狩り。

 海に逃げれば、海軍が出て、川に飛び込めば水軍の仕事だ。

 余りにも本格的な演習であるが、政府が「演習」と言い張ればそれは、演習なのである。

 一向宗の残党は、どんどん数を減らしていく。

 山上にある平泉寺にも残党がしに来るが、既に武装した宗教警察が取り囲んでいる為、近付いただけで射殺されている。

 平泉寺自体も危機に瀕していた。

 桂田長俊は、唇を噛んでいた。

「……」

 相対するのは、文官・石田三成。

貴寺きじは、今後、神社になって頂きます」

「……何故、ですか?」

 突然の求めに、長俊は、絞り出す様な声で聞き返す。

 失っていた視力が復活する程の衝撃的な事が起きていた。

 自分の宗教施設が、丸ごと別の宗教の施設になる。

 これは、受け入れ難い事である。

「宗教法等、各種、法律違反が認められた為、内務省と文化庁は、貴寺をと判断し、この度、この結果になりました」

「……」

 改めて長俊は、通告書を見る。

『変更後の管理者は、白山比咩神社しらやまひめじんじゃとする』

 揉めている相手に管理権を渡すのは、あからさまな嫌がらせ、或いは意趣返しと解釈出来るだろう。

 敢えて、長俊は訊く。

「何故……白山比咩神社なんですか?」

「貴寺と違って宗教法人ですから」

「だからって、他宗教にする事は―――」

「決定事項です。異論反論があるのであれば、決定者である内務省と文化庁に意見書を御送り下さい」

「う……」

 理路整然とした態度に、長俊は、二の句が継げない。

「……それと、桂田様。貴方を逮捕します」

「な!?」

 驚愕した直後、長俊は、警察官に捕まる。

 首を膝で押さえつけられ、

「苦しい……」

 と喘ぐ。

「前波吉継殿」

「!」

「あの世で朝倉義景殿が御待ちですよ?」

 首筋に注射され、長俊の意識は、奪われていく。


「良いんですか?」

「大殿の御命令だ。逆らえん」

 担架に乗せられ運ばれていく長俊を見て、部下と三成は、その様なやりとりを行う。

 あれ程、一向宗を弾圧している大河が、一転、寺への攻撃を止めたのだ。

 軟化した、とも思えるが、実際には、ただの方針転換である。

 幾ら問題ある宗教法人でも、宗教施設には、非は無い。

『信教の自由』を守る為に、宗教施設自体への攻撃を止め、標的を人間のみにしたのだ。

 これにより、参拝者や檀家の心の平穏は、ある程度守られる。

 賽銭もあれば、国家への収入に成り得る。

 僧兵以外の者にとっては、WINWINと言えるだろう。

 三成は、賽銭箱の中身を見る。

「……よし」

 結構な収入だ。

 これだと、越前国の維持費にもある程度、賄う事が出来るだろう。

 宗教施設というのは、立地条件等にもよるが、高収入な所だと笑いが止まらない事がある。

 例えば、有名な某神社では、年間数十万人もの集客力がり、収入も数十億円、とされている。

 それだけあれば、放蕩する者も居る訳で、御賽銭等の収入から豪遊する宮司も中には居る。

 お寺でも同じで、高級車を乗り回す僧侶も居り、その様は「神仏に仕える聖職者」というより、「事業ビジネスに成功した実業家」の言う表現の方が、近いだろう。

「よぉし、9対1で分配だ。ここに残すのは、最低限の人件費と維持費のみ。後は、全部回収しろ」

「は」

 御賽銭からお金が回収されていく。

 信長だと、徹底的に破壊されていたが、大河のやり方も結構、えげつない。

 平泉寺から僧兵は追い出され、僧兵は、他の寺に移籍。

 代わりに宮司が巫女と共に入山する。

 新しい管理者・白山比咩神社には、ここで見込んでいた収入が必要最低限になる為、不満ではあるが、これとは別に、

 白山山頂の、

・管理権

・入山料

 等の収入がある為、困らなくはない。

 揉め事が棚から牡丹餅で勝利し、平泉寺を無償で手に入れる事が出来たので、これ以上の望みは不要だろう。

 必要以上に増長すれば、大河に睨まれる可能性がある為、賢明に受け入れる迄だ。

 こうして、平泉寺は、史実よりも288年早く、神社として生きていく事になった。


 ほぼ誘拐の様な形で、長俊は、山城国に連行される。

 目覚めた彼は、震えていた。

「……」

 目前に居るのは、妖しい笑みを浮かべた小少将。

 彼女は大河の膝に乗り、何事か彼に囁いている。

「……ふむ」

 何とか威厳を保とうと、長俊は、虚勢を張るが、眼帯の軍人から向けられる視線に、震えが止まらない。

 いつの間にか、失禁してしまう程だ。

「……貴殿が裏切者か?」

「ち、違う! 私は―――」

?」

「ひ」

 不良少女顔負けの小少将の凄みに、長俊は、目を背けた。

 朝倉氏滅亡に一役買った彼の責任は、重い。

「……」

 自覚がある為、長俊は、震えるしかない。

「……小少将、どうしたい?」

「裏切者の末路など、一つですよ」

 小少将の意見は、大河と一致していた。

 大河も又、裏切者を厚遇する程の寛容さは無い。

 それが妻を悩ます仇敵であれば、尚更だ。

 愛妻家として動かざるを得ない。

「貴殿との面会を望む者はまだ居る」

「……え?」

 大河が指パッチンフィンガー・スナップを決めると、

「!」

 長俊の目前に青白い人魂ひとだまが浮かび上がる。

 それは、徐々に人の形に変わっていった。

「……まさか……」

 震度7級に長俊の体は揺れに揺れる。

 人魂の正体は、僅か15歳(満年齢。『朝倉家禄』では16歳)―――現代だと中学3年生で戦死した朝倉道景であった。

 眉目秀麗な顔であるが、そこは死者なので、生気が無い。

 復活した道景は、長俊に侮蔑の視線を送ると、振り返った。

「小少将、お久しぶりで御座います」

「久し振り。元気にしてた?」

「はい。冥界の方で、上様や他の方々等と過ごさせて頂いています」

「……夫はなんと?」

「『愛王丸を頼む。幸せにな』と」

「……うん」

 両目に涙をため込んだ小少将は、大河に抱き着き、嗚咽を漏らす。

 本当は、朝倉義景に来て欲しかったが、再会したら可能性があった為、大河の反対により叶わなかったのだ。

 今思えば、この判断は、正しかっただろう。

 伝言だけでこの反応だ。

 直接会っていれば、もっと激しく感情が揺さぶられたかもしれない。

「道景殿、初めまして。真田大河です」

「初めまして。朝倉道景です。上様が『御配慮感謝致す』と」

 その意味は、二つあった。

・自分ではなく道景を指名した事

・妻子を引き取ってくれた事

 である。

 妻子を溺愛した義景の事だ。

 感情的には、自分が会いたかった筈だが、それを自制して、道景に託したのである。

 その決断は、まさに断腸の思いであった事だろう。

「いえいえ。御対応は、手筈通り、そちらにお任せすれば良いんですよね?」

「はい」

 にっこりと道景は微笑む。

 裏切者の処分を委任してくれたのだ。

 これ程喜ばしい事は無い。

「では、お願いします」

「有難う御座います」

 御辞儀した後、道景は、振り返り、長俊を睨みつける。

「……裏切者めが」

「ひ」

 死者からの言葉に、長俊は、口から泡を吹いて気絶した。

 数瞬後、跡形もなく消えていく。

 神隠しに遭った様だ。

「冥界に送還する事が出来ました。重ね重ね、処分をこちらに任せて頂き有難う御座います」

「いえいえ。もう帰るのですか?」

「はい。生者の世界に死者が長居するのは、相応しくないので」

 と、言いつつ、道景の視線は、小少将に。

 未だに泣きじゃくる主君の妻を心配しているのだろう。

「義景殿に伝言を頼めますか?」

「はい」

「では、『妻子は、絶対に幸せにするから、見守って下さい』と」

「!」

 小少将が、大河を見た。

 夫は相変わらず柔和な笑みを浮かべている。

「小少将、最後になるかもしれん。義景殿に御伝言、あるか?」

「……」

 少し考えた後、小少将は泣き顔のままで道景を見た。

「『貴方あなた』と」

「……は」

 僅か3文字の短文であるが、その中に朝倉義景と小少将の夫婦としての時間、想いが詰まっていた。

 貰い泣きしそうになった若武者は、頭を垂れ、

「命に代えてでもお伝えします」

 と返し、消えていくのであった。


 その後、小少将は、目一杯泣く。

 大河の胸の中で。

「……」

 大河は、その頭を撫でつつ、背後に現れた女神に感謝した。

「橋、有難うな?」

「……それだけ?」

 唇を尖らせつつ、橋姫は、大河の背中に抱き着く。

 一仕事終え、疲れた体を愛する夫と密着する事で、癒されよう、というのだ。

 今回、死者を人間道に招く事が出来たのは、橋姫の力技である。

 幾ら大河が日ノ本の黒幕であっても、そんな力は持ち合わせていない。

 その為、橋姫の協力無しでは出来なかった。

「……」

 前後から挟まれつつ、大河は先程の小少将の言葉を思い出す。

 ―――『貴方』。

 これと同じ事が、昭和の時代にあった。

 1957年1月29日、第1次南極観測隊が南極に在る東オングル島に上陸し、昭和基地の始まりとなった。

 当時、SNSはおろか、携帯電話も無い時代である。

 長距離のコミュニケーション・ツールは電報位でんぽうくらいだ。

 日本に残された隊員の妻は文字通り、命懸けの越冬に臨む隊員達を心配し、電報を送る事にした(*3)。

 然し、電報は、長文だと高額な出費になる為、出来るだけ短く伝える必要がある(*3)。

 されど、積もった想いは長文になる為、難しい(*3)。

 そこで考え出されたのが『アナタ』である(*3)。

 受け取った隊員は、それを読むなり大号泣した、という(*3)。

 小少将と朝倉義景は、そんなやり取りなのだ。

 受け取った義景は、今頃、号泣している頃だろう。

 然し、大河は、複雑だ。

 愛妻が前夫に寄せる想いは、理解しているつもりだが、それでも嫉妬心は拭えない。

 現在の夫は自分自身なのである。

 多妻なのを棚に上げて自分だけ見て欲しいのは、自己中心的であるが、兎にも角にも、大河には、余り気持ちの良い事では無い。

 泣きじゃくる小少将に囁く。

「小少将の今の夫は俺だけだよ」

 そして、押し倒し、義景を忘れさせる様に必死に上書きしていく。

「……」

 今回の功労者である橋姫は、自分の事が棚に上げられている事に不快感を覚え、参加する。

 この日、小少将は、暫く義景を思い出す事が出来ない程、大河に猛烈に愛されたのであった。


[参考文献・出典]

 *1:「日本の道100選」研究会『日本の道100選〈新版〉』

    国土交通省道路局(監修) ぎょうせい 2002年

 *2:ウィキペディア

 *3:日本テレビ系『人生が変わる1分間の深イイ話』 2008年1月8日

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