第541話 班女辞輦

 昼から入浴するのは、良いものである。

 特に潔癖症のがある大河は、極端な話、1日中、入浴したい程だ。

 最も、暗殺の観点からそれは、出来ない話だ。

 例えば鎌倉幕府2代将軍・源頼家は、修善寺で(*1)、その祖父・義朝も法山寺 (*2)で襲われた。

 これは、日本だけではない。

 海外でもやはり、その時機タイミングは、絶好の機会な様で、フランス革命の指導者であるジャン=ポール・マラー(1743~1793)も又、入浴中に殺害された。

 厳密には、マラーは、持病の皮膚病を患い、その療養の為に1日中、入浴していたので、前例の2人とは少々、事情が異なるのだが、それでも、入浴中に暗殺されたのは、変わりない。

 余談だが、この出来事は、新古典主義の画家であり、マリーと同じ派閥に属していたジャック=ルイ・ダヴィッド(1748~1825)により、『マラーの死』(所蔵:ベルギー王立美術館)という名前を名付けられた上で作品に残されている。

 日仏共に暗殺事件の現場になっている事から、幾らリラックス出来る場所とはいえ、偏執病パラノイアの症状の一種である、被害妄想が強い大河には、ここでも、心底安心する事は出来ない。

 なので、大浴場に小太郎等の忠臣を据えて、万が一に備えているのである。

 小太郎等としても、業務量が増える一方、それだけ信任されている証拠なので、文句は無い。

 それ所か、妄執する大河と近い距離に居れる為、ある種、御褒美とも言えるだろう。

 よく言えば、固い絆で結ばれた主従関係、悪く言えば、カルト教団。

 それが、山城真田家の家長と家臣団の関係性である。

「……凄いね」

「そうですね」

 アプト、珠は、営みを扉の隙間から出歯亀ピーピング・トムになっていた。

 嬌声を肴に小太郎、直虎、楠、鶫、ナチュラ、与祢と共に御菓子を頬張る。

 ナチュラは、興味津々に尋ねた。

「何回戦ですか?」

「3回戦。休みなしです」

 答えた珠は、若干、引き気味だ。

 大河の好色さは身をもって知っているのだが、お市と小少将の狂い様を見ると、もう今後、尊敬出来る人生の先輩とは、思え難くなる。

 尤も、無自覚なだけで、珠もあれ位、なるのだから、人の事は言えないのだが。

「贈答品の件、いつ、決行するの?」

 そう切り出したのは、楠だ。

 紅白餅を食べつつ、全員を見た。

 当初、鶫、小太郎だけの話であったが、平等性を重んじる大河の性格上、最側近の侍女だけには、共有しておこう、という運びになった訳である。

「若殿の時間が読めないですからね。今日は、奥方や御子様との時間を最優先する様ですので」

 アプトが予定表を確認しつつ、告げる。

 最側近であるものの、身分上、正妻が優先されるのは、当然の話だ。

「今晩も?」

 次に尋ねたのは、与祢。

 最近は、伊万や前田家三姉妹の勢いに押され気味で、いつかは形勢逆転を狙っているヤンデレ系少女である。

「今晩のお相手は、

・立花様

・上杉様

・綾御前様

・お市様

・松様

・阿国様

・幸様

・茶々様

・お初様

・お江様

:春様(早川殿)

・可い様(甲斐姫)

・小少将様

・稲様

・井伊直虎

 です」

「え? 私?」

 最後に名指しされた直虎は、寝耳に水、と言った反応だ。

「若殿の御指名だから。もし、体調不良になった時は、早めに報告を。代わりの者が担うから」

 アプトの言葉は、嫉妬を隠した事務的なものだ。

 山城真田家は、女性陣が多数派なので、アルバイトの様に、急遽、欠勤しても代役を捜すのに苦労しない為、その分、休み易い長所メリットが挙げられるが、その分、次の好機チャンスを失う可能性がある。

 アプト等の様に、その後釜を狙う者が多いからだ。

 無論、平等を掲げる大河には、全員を愛すつもりなのだが、子供が欲しい者には、同性は全員、敵だ。

 エリーゼ、千姫の様に、出産後、育児に専念する者も居る一方、謙信や茶々、お市の様にまだまだ現役の者も多い。

 普段は、仲が良いアプトも大河の事になれば、別人の様になるのは、対して驚くべき話ではないのだ。

「……極力、風邪等で無い限り、断らない様に」

 苦言を刺したのは、楠だ。

 今晩の夜伽から漏れた為、当然、直虎に良い感情は持っていない。

 それでも、結構な頻度で呼ばれる為、他の女性陣同様、この程度の事では、そう簡単にへこたれる事は無い。

 直虎は、無邪気に質問する。

「真田様は、これ程の人数を相手にする事は出来るのですか?」

 流石に15人で1人の男と愛し合う事はしたことが無い。

 まさに直虎には、未知の話だ。

「先輩」

 与祢が溜息交じりに反論する。

「若殿は、”壊し屋”ですよ」

「”壊し屋”?」

「計算上、若殿に抱かれた奥方様の実に9割は、翌日の御活動に支障を来たしています」

 大河の健康状態を知る為にも彼の夜伽を調べるのも、優秀な侍女の義務だ。

「それに耐えているのは、立花様と上杉様のみです。もし、若殿の真の御寵愛を受けたいのであれば、お二人の様な、包容力が必要不可欠です」

 大河が2人にのみ、手加減している可能性もあるのだが、それでも特別に愛されているのは、変わりない。

 大河は無自覚だが、2人が夜伽に呼ばれる頻度は高い。

 女性陣の夢は、2人の様になる事だ。

「誰が”壊し屋”だ?」

「「「「「「「「!」」」」」」」」

 8人が振り向くと、大河が扉を開けて立っていた。

 その腕の中には、惚けた顔のお市と小少将が。

「「……」」

 2人共、よだれを垂らし、半死半生と言った感じである。

 3人共バスローブを着ている為、局部が見える事は無い。

「”壊し屋”の異名通り、お前等も壊してやるよ。与祢」

「あ、はい」

「2人を頼む」

 与祢に2人を託すと、大河は、目にもとまらぬ早さで、更衣室を施錠。

 その瞬間、8人は、詰んだ事を悟る。

「与祢、済まないが、介抱に徹してくれ」

「分かりました」

 流石に少女を抱く趣味は無い。

 指の関節を鳴らしつつ、大河は、7人を見る。

「覗き魔への罰だ」

 覗き魔ピーピング・トムの語源は、ゴダイヴァ夫人(990頃~1067)の伝説に登場する仕立て屋のトムに由来する。

 ―――

『ゴダイヴァ伯爵夫人(990頃~1065)は聖母の大そうな敬愛者で、コヴェントリーの町を重税の苦から解放せんと欲し、度々夫に対して祈願して(減税を)迫った。

(略)

 伯爵はいつもきつく叱りつけ、二度とその話はせぬよう窘めたが、(それでも尚、粘るので)遂に、

「馬に跨り、民衆の皆が居る前で、裸で乗り回せ。

 町の市場をよぎり、端から端迄はしまで渡ったならば、お前の要求は叶えてやろう」

 と言った。

 ゴダイヴァは、

「では私にその意があればお許し頂けますのですね?」

 念をおしたが、

「許す」

 と言う。

 さすれば神に愛されし伯爵夫人は、髪を解き解き、髪の房を垂らして、全身をヴェールの様に覆わせた。

 そして馬に跨り2人の騎士を供につけ、市場を駆けてつっきったが、その美しいおみ足以外は誰にも見られなかった。

 そして道程を完走すると、彼女は喜々として驚愕する夫の所に舞い戻り、先の要求を叶えた。

 レオフリク伯は、コヴェントリーの町を前述の役から免じ、勅令(憲章)によってこれを認定した』(*3)

 ―――

 この時、夫人は、領民に対し、事前に「窓を閉め切って、外は絶対に見ない様に」と厳命を下し、多くの領民は、これを遵守した、とされる(*4)。

 この時、1人の男が覗きを行い、後に彼は、死で償った、と町では言い伝えられている、という(*4)。

 この時は、後に仕立て屋(*5)やトム(*6)と断定されるのは、更に後年の話である。

 この伝説に則り、大河は覗きを行った侍女達への罰を実行しよう、と言うのだ。

 7人は、恐怖心と喜色の混ざった表情になる。

「「「「「「「……」」」」」」」

 何人かは、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

 与祢は、お市と小少将を介抱しつつ、7人に向かって、合掌する。

 生きて帰ってこれます様に、と。

 そして、数瞬後、獣と化した大河は、7人に襲い掛かるのであった。


「満足なり」

 思う存分、抱きに抱く事が出来た大河は、上機嫌だ。

 一心同体である橋姫もこれには、ドン引きである。

「もう少し、自制出来ないの? 午前中だけで9人を昇天させるとか。貴方、本当に人間?」

 大河の体力スタミナは、1952年のヘルシンキ五輪オリンピックで、

・5千m

・1万m

・マラソン

 の3種目で金メダルを獲得したチェコ人(当時は、チェコスロバキア)陸上選手、”人間機関車”ことエミール・ザトペック(1922~2000)並であろう。

 もう人外、と表現しても良い位、途轍もない事だ。

「橋、一応、夫なんだけど?」

 珍しく体内から出てきてナース服で看護する妻を、大河は微笑を浮かべて抱き寄せる。

「知ってるわよ」

 橋姫は、唇を尖らせる。

 要は、「あれだけやるのだから、普段は、もっと愛せ」と言ってるのだ。

 一心同体である以上、大河が他の妻を抱くのは、営みに参加している様な感覚を覚え、又、愛しい夫を寝取られている様にも感じる。

 その為、橋姫は、快感と嫉妬心をその度に感じ、非常に複雑な事になっているのであった。

 一心同体である為、他の女性陣、極論、誾千代よりも近い位置ポジションを得ているのだが、その代償がこれなので、並の女性だと発狂していても可笑しくは無い。

「今晩も15人を相手にするんでしょ? もう少し、ぺーす配分を考えてよ?」

「済まない」

 正論なので、大河は、只管ひたすら反省しきりだ。

 ただ、大河の無尽蔵の体力は、橋姫も存在が理由だ。

 一心同体になった為、徐々に体力が橋姫のと混合し、それが夜、どれだけハッスルしても殆ど疲れない、という妻達にとっては、ある種、迷惑千万な事になっているのだ。

 元々、軍人として、体力には、自信がある方であり、又、天性の好色性で、以前から、妻達を満足出来る程、性欲があったのだが、橋姫と心身共に一心同体になった事で更に身体強化に成功してしまった。

 事実上、昼夜、最強という人外な体を手に入れてしまった大河は、休日無しで愛欲の日々を過ごせてしまう。

 これに半強制的に付き合う事になった橋姫は、正直、しんどい。

 魔力で調整しなければ、どんどん大河は、魔人化してしまうだろう。

 橋姫は、大河を抱き締める。

「私も見てよね? 一応、奥さんなんだから」

「……一応は、余計だよ」

「あ♡」

 押し倒され、橋姫は身包み、剝がされる。

 数瞬前、「ペース配分を」と苦言を呈したのに、すぐにこれだ。

 結局の所、橋姫も無意識の内では、抱かれたかった事は言う迄も無い。

 意地悪く、大河は問う。

「前言撤回?」

「私だけは、特別よ。都合の良い女で―――」

「いいや。俺が都合の良い男だよ」

 橋姫の自嘲を打ち消し、大河は、橋姫の唇に自分のそれを重ねる。

 これにより、橋姫が本日、10人目のになるのであった。


[参考文献・出典]

 *1:『愚管抄』

 *2:『知多四国巡礼』(歴遊舎)

 *3:ロジャー・オブ・ウェンドーヴァー(?~1236)『歴史の花』

 *4:ポール・ド・ラパン=トワラ(1661~1725) の現地報告ルポルタージュ 『英国人名事典』(1885)より

 *5:トマス・ペナント『チェスターからロンドン』( 1782 年)

 *6:コヴェントリー市公式年代記(1773年6月11日付)

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