第540話 三千寵愛

 信孝との会見を終えた清の密使は、次に大河と面会した。

「……」

 密使は震えていた。

 向かい合う大河は、柔和な笑みを浮かべているが、左目の眼帯が猛将さを感じさせる。

 傍に控える、

・鶫

・与祢

・直虎

・アプト

・珠

・ナチュラ

・楠

・小太郎

 の視線も鋭い。

「「「「「「「「……」」」」」」」」

 大河が居なければ、密使は、文字通り、切り刻まれている事だろう。

「その先日の御怪我は、誠に我が国も不幸で―――」

「貴国の軍人が犯人なのに、貴国も被害者面ですか?」

「う……そういう訳では……」

 密使は、冷や汗を拭う。

 外交上、失言は、命取りだ。

 文世光事件で、日本側は、責任の一端があるにも関わらず、他人事の様に対応した為、韓国政府は憤慨し、一時は、断交の可能性が出てくる程、両国間は悪化した。

 その後、何とか両国の外交官が断交回避に尽力した為、最悪の事態は避けられたが、朴正煕大統領の夫人であり、この事件で犠牲になった陸英修ユク・ヨンスの葬儀の際、田中角栄首相が、「えらい目に遭いましたね」と発言した為、朴正煕は、憤慨したとされる(*1)。

 初出が無い為、真偽は分からないが、もし、事実であるならば、田中角栄の失点と言えるだろう。

「我が国は、平和主義国家です。貴国が敵対視を止めれば、我が国は、国交を結ぶ用意があります」

「……は」

「我が国が求めるのは、それだけです。望むことは、貴国が唐の様な尊敬出来る、王朝になって頂く事です」

「……唐の様な?」

「はい。我が国は、遣唐使廃止以来、中国への敬意が薄れています。残念ですがね」

「……」

 大河は、密使を前に、アプトを抱き寄せる。

「あ、若殿―――」

「嫌か?」

「そういう訳では……あ♡」

 アプトの首筋に接吻しつつ、大河は、告げる。

「皇帝に御伝え下さい。『友好出来るのは、陛下次第です』と」

「……は」

 密使は、大河の真意を汲み取った。

 情報によれば、既に清国内では、日ノ本の工作員が多数、浸透しており、大河が命じれば、工作員が挙兵する事も考えられる。

 つまり、ヌルハチの判断が誤れば、一気に清は倒れかねない、という事だ。

(……まるで玃猿かくえんだな)

 ―――

『蜀の西南の山中には棲むもので、猿に似ており、身長は7尺(約1・6m)程で、人間の様に歩く。

 山中の林の中に潜み、人間が通りかかると、男女の匂いを嗅ぎ分けて女をさらい、自分の妻として子供を産ませる。

 子供を産まない女は山を降りる事を許されず、10年も経つと姿形や心迄が彼等と同化し、人里に帰る気持ちも失せてしまう。

 子を産んだ女は玃猿により子供と共に人里へ帰されるが、里へ降りた後に子供を育てない女は死んでしまう為、女はそれを恐れて子供を育てる。

 こうして玃猿と人間の女の間に生まれた子供は、姿は人間に近く、育つと常人と全く変わりなくなる。

 本来なら姓は父のものを名乗る所だが、父である玃猿の姓が判らない為、仮の姓として皆が「楊」を名乗る。

 蜀の西南地方に多い「楊」の姓の者は皆、玃猿の子孫なのだという』(*2)(*3)。

 ―――

 玃猿かくえんの顔をした権力者に、密使は、只管ひたすら死の恐怖に怯えるのであった。


「若殿、丸くなりましたね?」

「そうか?」

 同衾する鶫は、嬉しそうに微笑む。

 彼女が知る以前の大河は、もっと攻撃的で凶悪で、敵対者には、厳しかった筈だ。

「自覚は無いけどな」

「あ♡」

 抱擁され、鶫は甘い声を出す。

 痛々しい傷のある顔で、偏見が根強いこの時代において、すっぴんでも構わない大河は、相変わらず、可愛がってくれる。

 昼間は愛妻優先だが、夜、鶫の番だと、滅茶苦茶、優しい。

 常に気を遣い、薬でも嫌がらず塗ってくれる。

 愛妻に配慮して、避妊しているが、いずれは、妊娠するかもしれない。

「良いなぁ」

 ……咥えているのは、井伊直虎。

 一緒の番なのだが、鶫ばかり愛される為、羨望の眼差しを送っている。

「若殿、次は直虎をお願いします」

「良いのか?」

「はい。もう幸せです♡」

 本音では、独占したいし、他の女性とイチャイチャするのは、嫉妬してしまうのだが、大河の好色振りに付き合っていると、いずれ過労死は目に見えている。

 健康を考えれば、1対1は、非常に危険だ。

 その為、大奥を管轄する誾千代は、朝顔を除く妻達に対し、『大河の相手をするときは、基本的には2人以上でする事』と布告を出す程である。

 嘗ては、零戦が高性能で、米軍は、「零戦1機に対し、必ず複数機で戦闘する事」と命じたとされる話があるが、それに通じる事であろう。

「分かった。有難う」

 鶫が離れた後、大河は、直虎と接吻した。

 流石に同じ部屋に居る気は無いので、鶫は、お辞儀して退室する。

「……ふぅ」

 一仕事終えた感で、背伸びする。

「お疲れ」

 小太郎が声をかけてきた。

「今日も沢山愛された?」

「もうね。疲れたよ」

 苦笑いしつつ、鶫は、冷蔵庫から清涼飲料水を取り出す。

 営みは、一種のスポーツだ。

 然も、睡眠時間も削られる場合がある為、それ程、疲れは取れない。

 長所として挙げられるのは、

・愛情の再確認

・妊娠の可能性

 だろうか。

 襖越しに聞こえる直虎の嬌声をBGMに2人は、夜食である拉麺ラーメンを作り始める。

 即席インスタントなので、3分程。

 時間、分、秒の概念が出来たのは、明治時代以降の事なので、この時代の人々にとって、分単位は、見慣れない事だが、大河と生活していくと、その概念が大体分かって来るものだ。

 待っている間は、ガールズトークを楽しむ。

 鶫が、小太郎を抱っこしつつ、尋ねる。

「若殿の復帰祝いに何か贈ろうと思うんだけど、何が良いかな?」

 2人は、親友であり、百合の関係だ。

 日ノ本では、男色、女知音おんなちいんが寛容だ。

 史実の日本では、明治時代、脱亜入欧の流れで徐々に寛容であった、同性愛が白眼視される様になった。

 もし、これが無ければ、日本は、現在のタイの様なLGBTレズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダーに寛容な国になっていたかもしれない。

「何が良いだろう?」

 大河の好みは、

・武器

・女性

 位しか思いつかない。

「……やっぱり私達で良いんじゃない? 仮装したらお喜びになるかと」

 家庭内では、仏並に優しい大河は、基本的に何でも、受け取ってくれるだろう。

 それは、女性陣には、安心出来る一方、本心から欲しい物が分からない為、熟考せざるを得ない。

「……仮装ねぇ」

 ハロウィン等の行事の際、仮装しているのだが、それと重複しているので、余り、鶫は乗り気ではない。

 然し、対案があるのか、と言われたら、無い。

「……何、着る?」

「猫とか良いんじゃないかな?」

 小太郎が、本棚からファッション雑誌を取り出す。

 見開きページには、ドン! と、『気になるあの人の心を盗め! 今期は、泥棒猫で行こう!』と太文字で大きく書かれている。

 浮世絵には、猫耳を装着し、黒猫が意匠計画デザインされた、下着の女性が。

「「……」」

 2人は、それを凝視する。

 気付いた時には、3分以上経ち、拉麺がのびていた事は言う迄も無い。


「にゃぱ~♡」

 万和5(1580)年6月30日。

 公休日に、与免は、大はしゃぎであった。

 大河と追いかけっこ。

 朝から、天守を走り回る。

「ほら、追い詰めた」

 一時、弱体化したとは雖も、大河は、軍人だ。

 あっという間に、壁際に追い詰め、通せんぼ。

「ぐぬぬぬ……」

 唇を噛んだ与免は、逃げ道を捜す。

 そして、一転突破。

 蹴球サッカーの股抜きの如く、大河の股の間を駆け抜ける。

「う」

 予想していたものの、何分、大河は大人なので、かがむのに時間がかかる。

 見事、突破した与免は、大笑いだった。

「やった~♡」

 然し、勝利の余韻も束の間、余所見よそみしていた為、前を見ていなかった。

「はい、捕まえた」

「あ!」

 朝顔がGKの様に正面から受け止める。

「へーか、ずるい!」

 抗議するが、朝顔は、済まし顔だ。

「余所見する方が悪いのよ」

 抱っこすると、引き攣った表情の幸姫に明け渡す。

「幸、ちゃんと看ておかないと怪我するわよ?」

「申し訳御座いません」

 上皇直々の注意に、幸姫は、汗びっしょりだ。

 ただ、朝顔は、嬉しそうだ。

 久々にゆっくり大河と過ごせる日である。

「真田」

「ん?」

「今日は、休みね?」

「そうだな」

「だから、御殿で過ごそうよ」

「了解」

 公休日の際、基本的に外出して、温泉や外食等を行う事が多いのだが、たまには、家で過ごすのも良いだろう。

 ヨハンナ、マリア、ラナ、ナチュラも居る。

「スパゲッティ、作ってみたのだけど。食べてくれる?」

 ヨハンナの圧が凄い。

「良いよ」

 朝は、一汁三菜だったのだが、小腹が空いているのは事実なので、スパゲッティが盛られた皿を受け取る。

「陛下もどうぞ」

「有難う」

 日ノ本では、余り見慣れない料理だが、ヨハンナが時々、作る為、山城真田家の女性陣には、拒否反応は無い。

「サナダ、はい。あーん♡」

 ラナが食事介助する。

 自分でも食べれるのだが、久々な故、断れる事も無く、大河は、受け入れる。

「真田様~♡」

 伊万が駆け寄り、膝に飛び乗る。

「何、それ?」

「『スパゲッティ』って言う外国の料理だよ。食べてみる?」

「うん!」

 マリアがフォークが用意し、伊万に持たせようとするも、

「マリア、危ないから、済まんが、食べさせてくれ」

「分かりました」

 大河の指示を受け、マリアは、伊万を抱っこし、食事介助する。

 フォークは、匙と違い、針の様に尖っている為、慣れていない子供には、危険性がある。

 そもそも、日ノ本は、箸の国だ。

 最近、匙に慣れている人々が多いが、まだフォークは、匙より受け入れられていない。

 子供の怪我も多い為、保護者としてその危険は排除するのが、妥当だろう。

「サナダは、子煩悩ね~♡」

「子供は、宝だからな」

 笑顔のラナは、ナチュラと共に大河にべったり。

 褐色の美少女コンビの挟撃だ。

 思春期の男子だと、これだけでもう、鼻の下は、伸びまくりであろう。

「……む~」

 伊万は、不満顔だ。

 彼女だけでなく、与祢、摩阿姫、豪姫、与免も同じ様な反応だ。

「艶福家は、辛いね」

「ほんとほんと」

 その様子を眺めていた謙信と累は、大河を白い目で見るのであった。


 外出しない、と決めた以上、後はダラダラ過ごすだけだ。

 昼間は、屋上の露天風呂にて、大河は過ごす。

「「……」」

 大河は、お市と混浴していた。

 無言で2人は、都を見下ろしている。

 大浴場には、お市以外にも小少将が混浴に参加している。

「……」

 お市が振り返り、目配せすると、御眼鏡に適った小少将が大河の隣に座る。

「ん?」

「いけない?」

「いや、良いよ」

 小少将は、嬉しそうにしな垂れかかる。

「最近、夢で愛王丸と出逢ったわ」

「ほう?」

 大河は、目を細める。

 もし、存命ならば、義理の息子になっていた可能性のある子供だ。

「貴方に感謝していたわ。『母を幸せにしてくれて有難う』だって」

「……そうか」

 小少将をお市も抱き締める。

 お互い遺児を経験した者同士。

 同情しない訳が無い。

「お市様。申し訳御座いませんが、真田様をお借りしても宜しいでしょうか?」

「今晩?」

「いえ。お盆の時期に。今庄いまじょう(現・福井県南越前町の一部)を訪れたいのです」

 越前国今庄は、愛王丸最期の地だ。

 ここで、信長の密命を受けた丹羽長秀によって僅か4歳(数え年)でその短い生涯を終えた。

 現代感覚だと、可哀想な事この上無いが、平治の乱の翌年、永暦元(1160)年、平清盛が政敵・源義朝の嫡男・頼朝(当時13歳)を捕らえ、処刑を検討した所、義母・池禅尼が猛反対。

 遂には、ハンガーストライキを始めた為、清盛は泣く泣く流刑に減刑した。

 然し、その後、頼朝は、平家に反旗を翻し、遂には、倒す事になった。

 この様ながある以上、信長や他の戦国武将が、例え相手が子供であっても危険視するのは、当然の事だろう。

「……いいわよ。上に相談してみるわ」

 お市も古参だが、やはり、正室の筆頭格は、誾千代だ。

 彼女の許可が無ければ、大河を束縛する事は厳しい。

 逆に言えば、誾千代に気に入れられさえすれば、大河を好き勝手出来る、という事である。

「有難う御座います」

 小少将は、お市に深々と頭を下げた後、大河と接吻を交わす。

 都の絶景をさかなにそれから3人は、激しく愛し合うのであった。


[参考文献・出典]

 *1:ウィキペディア

 *2:干宝『中国古典小説選』2 編:竹田晃 黒田真美子 明治書院 2006年

 *3:實吉達郎『中国妖怪人物事典』講談社 1996年




 

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