第498話 単一論点政治
明智光秀の選挙運動が始まる。
まずは、都知事を辞任する為に根回しだ。
与党系都議会議員に挨拶周りを行い、理解を求める。
事前に大河からも説明があったのだろう。
議員の多くは、驚きはせず、淡々と受け止めた。
「父上」
「大丈夫さ」
孤軍奮闘する光秀に珠は、心配だ。
前評判の時点で敗色濃厚である。
元々、織田一門の支持基盤が盤石なので、それに光秀が付け入る隙は無い。
与党系都議会議員は、彼等の支持者なので、表だっての支持を表明すれば、袋叩きに遭う可能性がある。
それでも、始めた以上、引っ込めない。
選挙資金も馬鹿にならない。
地方の党員の支持も集めたい為、遊説の為の経費がかかる。
「父上、お金、大丈夫? 若し足りなければ私が一部を―――」
「案ずるな。珠のお金は珠のだ。私の為に使う必要は無い」
「父上……」
出馬した以上、珠はどんなことがあっても、光秀の支持を覆す事は無い。
(……禁忌だけど)
珠は、決意する。
禁じ手を使う事を。
「―――成程な」
珠からの相談を受けた大河は、阿国を抱き締めつつ、その話を聴いていた。
政争に巻き込まれるのは、御免だが、それ以上に珠の疲弊した姿を見るのが忍びない。
「勝つには、そうさな……」
「はい」
「衝撃が大切だろう」
「衝撃?」
「ああ、有権者―――今回は、党員だけどさ」
阿国の頭を撫でつつ、大河は続ける。
「現状に不満が無い訳だ。あっても言い難い環境下だろうが」
「はい」
「それを汲み取った公約を掲げ、ごっそり、『隠れ明智』をごっそり頂くんだ」
「隠れ明智……」
選挙で勝つ為には、
・プラッドリー効果 等
・隠れトランプ
と言った有権者が鍵を握る場合がある。
―――
『①ブラッドリー効果
1982年、カリフォルニア州知事選挙で黒人の元ロサンゼルス市長トム・ブラッドリーが白人の共和党候補ジョージ・デュークメジアンと争った。
事前に行われた世論調査ではブラッドリーが圧倒的有利な状態で、殆どのメディアはブラッドリーの勝利を予想し、サンフランシスコクロニクルは「BRADLEY WIN PROJECTED」の見出しを掲げた。
然し、いざ選挙当日になってみると、それまでブラッドリーを支持していた白人有権者がデュークメジアンに投票し、多くの票がデュークメジアンに流れた結果、当選確実といわれていたブラッドリーは敗れてしまった。
これは、白人に投票すると言う意見の表明自体が、調査者に人種差別主義的イメージを以て解されるのを嫌った一部の人が、
「ブラッドリーに投票する」
と世論調査で答えた結果だと社会心理学的な解釈が行われている(*1)。
多くの白人有権者が黒人候補者に投票するといいながら、実際は白人候補者に票を投じる投票行動を政治学者は『ブラッドリー効果』と名づけた。
2008年、大統領選挙でアフリカ系アメリカ人のオバマが出馬している事で、再びブラッドリー効果が注目を浴びた。
大統領予備選で勝利確実とされていたニューハンプシャー州予備選でヒラリー・クリントンに敗れた際、ブラッドリー効果ではないかと騒がれた(*1)。
然し、2008年大統領選にはブラッドリー効果はないとする意見もあった。
ノースカロライナ州立大学のコブ助教授は、世論調査が以前は面接が主だったが今は匿名で済む電話やインターネット等に切り替わり、個人が特定される可能性が薄い事で、本音を言える様になったと指摘している。
又、オバマの妻であるミシェルは、
「ブラッドリー効果が今もあるのなら、夫は党候補に指名されなかったはず。あれは数十年前の話」
とアメリカ社会が一定の成熟を遂げていると指摘していた(*1)。
加えてオバマの選挙スタイルが、過去の黒人候補者の様に黒人の権利擁護を前面に主張するものではなく、白人にも受け入れられる普遍的なもので白人の警戒感を解いているという見方もあった(*1)。
そして2008年11月4日に行われた本番の大統領選挙では、白人のジョン・マケイン候補の確定選挙人数173人に対し、オバマは365人を獲得し、圧勝(*2)。
これにより、黒人初のアメリカ大統領が誕生した(*3)。
②ワイルダー効果
類似した白人有権者の振る舞いは1989年、ヴァージニア州知事選挙の黒人の民主党候補ダグラス・ワイルダーと白人の共和党候補マーシャル・コールマンの間でも起こっている。
選挙はワイルダーが勝利し、アフリカ系アメリカ人初の公選州知事となったのだが、ワイルダーの得票率は事前に行われた世論調査とは大きく異なった。
③ディンキンズ効果
1989年、ニューヨーク市長選挙で白人候補であるルドルフ・ジュリアーニと争い、勝利したものの事前に行われた世論調査と異なり僅差となったデイヴィッド・ディンキンズに由来する』(*4)
―――
『隠れトランプ』に関しては、当時、散々、ニュースで紹介されていた為、今更、説明する事は無いだろう。
今回の投票で、争点になるのが、この、
・日ノ本版ブラッドリー効果
・隠れ明智
だ。
日ノ本版のは、人種でなく、出生地で決まる。
例えば、洛中と洛外では、一気に京都至上主義者の公家は、当然、洛中出身者を選ぶ。
洛外出身者だと田舎者、というのは、彼等の考え方なのだ。
今回の立候補者2人は、どちらも京都出身者では無いが、光秀は、亀岡等を発展した功績がある。
名誉都民、として受け入れる公家も居るだろう。
又、都知事としての経歴も評価されているかもしれない。
逆に信孝は、首相として国全体を纏めている為、当然、京よりも国が中心になっている。
この点だと、公家は、光秀の支持に回る可能性があった。
もう一つ、隠れ光秀は、織田一門の中で、信孝に対して、不満を持つ家臣団が、表向きには、信孝支持を表明しつつ、投票時には、光秀に入れる事も考えられる。
無記名投票なので、信孝やその派閥に後に知られ辛い。
―――
『第15条
公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。
2 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。
3 公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。
4 すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。
選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない』
―――
と憲法で守られているのも光秀には、追い風だ。
「今の明智殿の公約は、正直、福祉政策に重点を置き過ぎて、福祉政策に関心が無い有権者は、置いてけ堀だ」
「……」
「あ、福祉政策自体は良いからな。それは否定しないよ」
実父自体を否定された様に感じた珠の涙目に、大河は、フォローする。
「有権者の中には、外交や国防、国内政策を重点に置いて欲しい人々も居る。単一論点政治は、上手く行く事もあるが、それを任期中、ずっとなのは、流石に難しい筈だ」
単一論点政治を掲げる政党は、現代、複数ある。
イギリスでは、EU離脱を掲げたブレクジット党(現・リフォームUK党)が、それのみの一点突破で有権者の心を掴み、選挙で勝利。
見事、
公約を遵守した後、活動停止に入るのは、清々しい政党であろう。
然し、同年、イギリス政府の新型ウィルス対策に反発し、名前を変えた上で再始動。
再び政党としての存在感を出している。
日本では、主に、
・NHKから国民を守る党
・安楽死制度を考える会
等がそれに挙げられる。
然し、NHK以外のは、令和3(2021)年現在、政党要件を満たしていない為、あくまでも政治団体、といいう位置づけだ。
但し、日本の
イギリスで成功したから日本でも成功する、とは限らないのだ。
大河は、阿国を愛でつつ、続ける。
「議員なら単一論点政治でも構わない。選挙区の有権者だけ見てれば良いからな。でも、首相は国の統治者だ。単一論点政治だと、公約に掲げていない所が弱点になり、短命政権になる可能性がある。もう少し、全国民を意識した公約を考えた方が良い」
「……」
「亀岡や福知山で名君だったんだろ? 今の所、都政も問題無い。明智殿は、御自身にもっと自信を持つべきだ。弱腰の政治家を国民が支持すると思うかい?」
「……そうだね」
「後は、分かっていると思うが、身辺に気を付ける事だ。特に女性関係はな」
「! 父上に限って、そんな事は―――」
「煕子殿を亡くした寂しい男を誘惑する、
「!」
「選挙ってのは、精錬潔白な争いじゃない。誹謗中傷、揚げ足取りは当たり前の汚い世界なんだ」
「……」
当選すれば、安泰。
落選すれば、無職。
たった1票の差でも、立候補者の運命が変わる平和的な戦争だ。
後世、戦後、現職の首相や大臣が国政選挙で敗退する事例もある。
当選しても、場合によっては、こうなるのだから、支持を得続ける、というのは、並大抵の事では無いのである。
「助言、分かった?」
「……有難う御座います。父上にお伝えします」
「ああ」
珠は、大河に口付けしたの後、御辞儀し、退室。
「大変ね。あの子」
「歌劇団を経営している阿国もな」
「そうですけど」
「御疲れ様」
「あは♡」
首筋にキスマークを付けられ、阿国は悶えるのであった。
[参考文献・出典]
*1: 2008年10月25日号「熊本日日新聞」内『2008米大統領選』
*2:NIKKEI NET 開票速報
*3: スポニチ 2008年11月5日 “オバマ氏勝利 初の黒人大統領が誕生”
*4:Wikipedia 一部改定
*5:憲法15条
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