第499話 国利民福
大河が光秀の参謀に就いた、という噂は、織田一門を動揺させた。
「真田が離反しただと?」
「一体、どういう事だ?」
「真田を呼ぶんだ! 説明責任を果たさせろ!」
会議場では、紛糾していた。
・羽柴秀吉
・丹羽長秀
・池田恒興
等、早々たる顔触れが並ぶ中、
「……」
信孝は、考えていた。
(奴が明智に? 何故だ?)
裏方に徹し、基本的に政治には、一定の距離を取っている大河の異例な事に、信孝も又、ショックを受けていた。
考えられるのは、
(……珠、か?)
情に厚いあの男の事だ。
光秀の子供・珠が父親の苦戦する様子に、処罰覚悟で大河に協力を求めた、と言った所だろうか。
「……猿」
「は」
「真田を調べろ。造反者かもしれん」
「「「!」」」
大河、造反説に家臣団は、動揺した。
「殿、本気ですか?」
大河を嫌う秀吉もこの提案は、流石に受け入れ難い。
「あくまでも可能性だ。調べて何も無ければそれで良い」
「……は」
「「「……」」」
秀吉以外の家臣団は、言葉が出ない。
織田家と山城真田家。
全面衝突の過去は無いものの、信忠が武力行使出来かなかった程、その戦力差は歴然だ。
現代と、織田家=イラン政府軍、山城真田家=イスラム革命防衛隊の様な、国家の内部における国家の表現が最も近しいだろう。
服従する秀吉は、内心、発汗していた。
(場合によっては……儂も?)
後日、秀吉は、使者を送った。
羽柴秀長、羽柴家の中で最も大河と親しい適任者だ。
「真田殿、お久しぶりです」
「大和大納言殿。どうされた?」
予約無しの登城であったが、大河は、
他家の人間で、厚遇される者は、限られている。
なので、秀長が無断で登城出来るのは、それだけ大河から信頼されている証拠だろう。
どかっと大河の前に座る。
余り見られない態度に鶫がムッとするが、気にしない。
「単刀直入に訊きます。党首選が近々行われますよね?」
「はい」
「我が殿は、御出馬されます。対抗馬は居らず、無投票当選が確実視されていました」
「はい」
大河の表情は、崩れない。
終始、穏やかな笑みだ。
然し、瞳に光が無い為、疑っている事は間違いない。
「ですが、最近、都知事の明智殿が御出馬を画策している様で」
「はい」
驚いた様子は無い。
興味無さげにも感じる反応だ。
「その明智殿の参謀に真田殿が御就任された、という噂を聞いたのですが?」
「参謀、と言う程の聴こえが良い物ではありませんが、助言はした事は事実です」
「!」
秀長は、目を剥く。
のらりくらりと
狼狽させるつもりが、逆に狼狽してしまう。
「えっと……何故です?」
「明智殿が『都政の次は、国政で挑戦したい』と仰られたので、その御相談に応えました。後、これは、信孝様の為でもあります」
「……? というと?」
完全に大河が主導権を握っていた。
「無投票当選だと、独裁者として後世、信孝様が
「う……」
支持基盤が盤石だと無投票当選は当然の事だ。
然し、後世の歴史家次第では、それを悪意的に解釈すれば、信孝は、それで悪者になりかねない。
現代でも無投票当選は、場合によっては、本当に民意を反映しているか疑問視される場合がある。
例
・スハルト(インドネシア) 7選 1968~1998
「民衆も党首選を希望しているのではないでしょうか? 信孝様が圧倒的勝利すれば、国民に主張する事が出来ます。僅差でも活動写真の様に国民に注目され、今後の政権運営に利用出来るのでは?」
「う……う~む」
大河の意見に、秀長は、納得するも、首を傾げる。
どうも言いくるめられている感が否めないのだ。
「誤解が生じている様ですね。信孝様には、後程、直接お詫び申し上げますので」
「……分かりました」
ここまで言われたら、引き下がるしかない。
秀長は、すごすごと撤退するのであった。
「正直者ですね」
隣室から遣り取りを見ていたサカジャビアは、感心していた。
偉ぶらず、嘘を吐かず、相手を丸め込む。
とても、スペイン帝国等を破った軍人には、思えない程の穏健派だ。
「敵対する気は無いですからね。それよりも中座して申し訳御座いません」
一介の留学生相手に大河は、深々と頭を下げた。
羽柴秀長が登城した時、大河は、サカジャビアと今後の北米大陸についての交渉を行っていたのだ。
「いえいえ。気にしていません。こちらこそお忙しい中、無理を言って、時間を作って頂いたので」
「有難う御座います。それでは、先程の話ですが」
「はい」
「自分は、北米については、将来的には、独立国になって頂きたいのです」
現在、北米(現在のアメリカ本土、カナダ、米領アラスカ州)は、日ノ本の一部だ。
日章旗が掲げられ、日本人移民も多数、流入している。
「独立国、ですか?」
文化を尊重し、侵略もしない日ノ本に対し、先住民は好意的だ。
日本語を勉強し、帰化を目指す者も居る。
「はい」
「……その、変な事言いますが、支配は永続的でも宜しいかと」
自分達を弾圧するより、好意的な日本人と仲良くした方が、先住民としても生活し易い。
ただ、先住民の中にも、日ノ本の支配を評価しつつも、やはり外国人に支配されている現状に耐えられない勢力も居る。
公言や政治活動はしないが、サカジャビアは、どちらかというと後者だ。
然し、現実論としては、日ノ本の一部の方が、半永久的な平和が手にする事が出来る。
サカジャビアの考えに、大河は、静かに首を振った。
そして、
「アプト」
「は」
近くに居たアイヌ人の女性に目配せ。
そんな美女が、ある半紙をサカジャビアに見せた。
『民族自決』
聴き慣れない漢字が四つ、並んでいた。
「えっと、これは?」
「民族が、自分の意思でその運命を決定出来る考え方です」
―――
『【民族自決】
各民族が、自らの意志によってその運命を決定するという政治原則。
人権の一つとも考えられている。
自決の権利は、1950年の国連総会で基本的人権として認められた。
更に1960年の植民地独立付与宣言によって人民の自決の権利が植民地の独立にも適用され、1966年の国際人権規約にも規定された。
歴史的には、フランス革命後の19世紀の伊独の民族主義に見られ、単一民族による国民国家としての政治的自決という考え方が生まれた。
19世紀後半~20世紀初めにかけて、マルクス主義者の間で階級自決と民族自決を巡って論争があったが、蘇はレーニンの影響下に民族自決権を形式的にのみ援用して連邦制を採った。
WWI後には,米大統領ウッドロー・ウィルソンによって一国家における少数民族の自決が唱えられたが、これは独蘇の影響が拡大しつつあった東欧諸国とバルト三国の独立を支援するものであった。
WWII後にはアジア・アフリカにおける反植民地・独立運動のイデオロギーとなり、各国の独立に繋がった。
こうした歴史を踏まえ、1960年代以降、世界各地で少数者集団による民族自決を掲げた運動が生まれた。
又、1980年代末の冷戦体制の崩壊以降、東欧革命、ドイツ統一、ソ連及びユーゴスラビアの解体に際してもこの原則が掲げられた』(*1)
―――
世界では、この考えの下、独立運動が盛んな地域がある。
例
・ブーケンビル州(パプアニューギニア)
・西サハラ問題(モーリタニアVS.モロッコ)
・ケベック州(カナダのフランス系住民)
・バスク(スペイン)
・カタルーニャ独立運動(スペイン)
・北アイルランド問題(イギリス)
・スコットランド独立運動(イギリス)
等
意外な所では、アメリカのプエルトリコでも独立運動が存在する。
特に朝鮮戦争と同時期である1950~1954年にかけては、独立派によるテロ事件が頻発し、トルーマン大統領暗殺計画を立案したり、議会が襲撃に遭ったりと、過激な時代であった。
現在でも左翼政党・
現状、プエルトリコ人の独立派は少数派で、独立国になる可能性が低いが、これが独裁国家であれば、例え少数派でも弾圧されている事は明白なので、この運動がある事自体、アメリカの民主主義が機能している、と言えるだろう。
ほぼ単一民族国家である日本(日ノ本)では、これ程大規模な運動は見られない。
その為、多民族国家の人々からは、羨ましがられる事がある。
諸外国並の民族紛争が無い事は、日本が平和な理由の一つと言えるだろう。
大河は、乳母車の心愛を覗き込む。
「我が国は、平和を重んじています。民族対立は望んでいません」
「……」
「貴国には、
「! 金鉱があるんですか?」
「はい」
微笑んで、大河は、心愛を抱き上げた。
「zzz……」
それでも、心愛は起きない。
心底、大河を信用している様だ。
「予想では、近々、10万貫もの金が発見出来るでしょう」
「! そんなにも?」
1貫=3・75㎏(*2)。
約4㎏にして、計算すれば、約40万㎏だ。
「あくまでも予想値ですので、差異はあるでしょうが、金は必ず出ます。その権利を先住民にあります。本国の世話役にお伝え願いますか?」
「……は」
震えつつ、サカジャビアは承諾した。
(この男には、勝てない)
と。
[参考文献・出典]
*1:株式会社平凡社百科事典マイペディア 一部改定
*2:少し賢くなれる単位の部屋 HP
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