第494話 応病与薬
万和5(1580)年4月1日。
春休みは、あっという間に終わり、世間は新学期に入る。
北庄城(現・福井城)に赴任していた石田三成、大谷吉継のコンビは、自治に取り組んでいた。
「雪害が凄まじいな」
「ですね」
今年は、例年以上の大雪で、積雪は最高5m。
各地で雪崩を記録し、越前国では、多くの死傷者を出していた。
越前国―――福井県は、北陸に位置している為、どうしても雪害に遭い易い土地だ。
後世には、平成30(2018)年豪雪と命名された雪害が起きている。
その被害内容は、以下の通り。
『2月6日
国道8号で、坂井市からあわら市の10 km区間で車約1500台が立ち往生。
福井県は自衛隊に災害派遣を要請し、災害対策本部を設置。
多くの小中高校、大学が臨時休校の措置。
多くは13日まで休校が続いた。
福井市で車に乗っていた男性が一酸化炭素中毒で死亡。
雪降ろし中の転落事故等で27人が重軽傷(石川県、富山県も含む)。
JR西日本北陸本線の金沢駅~敦賀駅間では、始発から終日運転を見合わせ、サンダーバード等、特急88本と普通列車146本が運休。
2月7日
朝、4日以降の大雪で新潟・富山・石川・福井の4県で合計34人が重軽傷。
午後、国道8号の通行止めは総延長38.5 kmに及ぶ。
坂井市内の国道364号では雪山に乗り上げた車に乗っていた男性が一酸化炭素中毒で死亡。
国道8号の立ち往生は9日未明まで続いた。
物流の遮断により、スーパーマーケットやコンビニエンスストアで欠品や品薄になった他、給油所でも燃料が不足し、給油制限が行われた。
最深積雪
記録的大雪となったアメダス地点
地名 積雪量(cm) 日付 観測点での記録
九頭竜(福井県) 301 2月13日 昭和57(1982)年観測開始 歴代1位
武生(福井県) 130 2月13日 平成元(1989)年観測開始 歴代1位
主な気象官署の最深積雪(気象台・旧測候所)
地名 積雪量(cm) 日付 観測点での記録
福井 147 2月7日 明治30(1897)年観測開始 37年ぶりの大雪
主な低温記録
美浜(福井県):−6・8度 2月9日 昭和53(1978)年観測開始。
34年ぶりに観測史上最低を更新』(*1)
時代が違うが、今回の雪害は、後世のその時の非ではない。
4月になっても多くの場所では雪は消失せず、溶けても、その水が水害を起こしている。
更に越前国は、多くの雪に囲まれ、孤立状態にある。
一応、ベルリン空輸作戦の様に、国軍の山城真田隊が、空軍機で物資を落下させている為、民が飢える事は無いが。
何にせよ、何時迄この状況が続くか分からない。
北庄城も雪に覆われ、身動きが出来ない。
三成は、提案する。
「いっその事、我が隊を出し、火炎放射器で溶かしてはみては?」
「そのことなんだが、大殿が御否定されている為、出来ない」
「? というと?」
「『氷の相転移
昭和37(1962)年12月末から翌年2月始めにかけて、豪雪が、日本全域を襲った。
死者は、228人、行方不明者3人を出した。
この時、富山県薬師岳(標高2926m)で愛知大学の山岳部が遭難し、死者13人の悲劇も起きている。
又、航空自衛隊の救難分遣隊のヘリコプターが、任務終了後の帰り道で墜落し、死者10人が出る二次被害も合わせて発生。
この災害は、後に気象庁から『三八豪雪』(昭和38年1月豪雪)と命名され、豪雪の怖さを後世に伝えている。
日本の気象史に残るこの災害の時に陸上自衛隊が、火炎放射器を使用し、消雪作業に当たったものの、ほぼ無効果であったとされる。
その理由が、『氷の相転移潜熱』。
0度の氷を0℃の水にする為には、約80kcal/kgものエネルギーが必要であり、これは、一般的な家庭用灯油ストーブでは、全出力をつぎ込んでも、1分に1~ 2 kg位の氷しか融かせないのだ(*2)。
又、海外のYouTuberがヒストリーチャンネルにて、同様の実験をした所、雪は溶ける所か、丸焦げになるだけであった(*3)。
これは、火炎放射器の中の成分であるガス等が、炭になったもの、と考えられている。
尤も、あるアメリカ人が火炎放射器で除雪するニュース(*4)もある為、一概には、言えないが、一般的には、火炎放射器=除雪作業に不向き、と言えるだろう。
日ノ本の軍隊も火炎放射器を所有しているが、この様な後例がある為、大河も余り、賛同的では無かった。
「では、気長に待つしかない?」
「恐らく……それともう一つ、大殿が『雪中行軍はするな』と」
訓練の一環として雪中行軍する場合があるが、大河は、それを事前に布告で、「豪雪の場合のみ、中止せよ」と日ノ本全土の部隊に厳命していた。
念頭にあるのは、言わずもがな八甲田雪中行軍遭難事件(1902年)である。
この事故では、210人中実に199人もの軍人が死亡する、という世界最大級の遭難事故として有名だ。
「何でも『
「……大殿は、博識ですね」
「全くだ」
理由を説明してくれる為、納得がし易い。
まさに理想的な上司だろう。
「それと、殿」
三成が、ある報告書を提出した。
「? ……これは!」
吉継は、自分の目を疑った。
国家保安委員会が纏めたそれには、こう書かれている。
『近衛大将暗殺計画』
と。
「……」
捲って内容を読む。
「……大殿は?」
「御存知です。複写を御送りしましたので」
「……分かった」
カストロ議長並に暗殺計画が多発されている大河だ。
本人はもう慣れっこかもしれないが、家臣団は発覚する度に動揺してしまう。
「一応、雪が溶け次第、大殿に援軍を」
「御遠慮されると思いますが」
「それでも送るんだ。大殿が嫌がろうと油断大敵だからな」
「は」
同時刻。
京都新城の敷地内にある、浅井家の屋敷では。
「猿夜叉丸、風邪引いたかぁ?」
「くちゅん。くちゅん」
「あーあー。風邪だな。こりゃあ」
「若殿、私が看病しますが?」
「良いって。アプトは、休んどき」
「然し―――」
「じゃあ、命令だ。休め」
「……は」
強制的に休暇を貰い、アプトは、複雑そうな表情で退室していく。
茶々が尋ねた。
「何故、女官に任せないのです?」
「任せても良いが、若し、うつったら、労働災害だよ。だったら休んでもらった方が良い」
「……はぁ」
アプトへの優しさは分かるものの、どうも、茶々には、しっくりこない。
「私としては、真田様に罹患した時の方が、大問題なんですが」
「それもそうだな。でも、子供の風邪位は、自分で対処しときたい」
「くちゅん」
「これで、今日、20回目だな」
記録簿に大河は、嚏の数を書いていく。
余り意味が無いのだが、我が子の成長の為に記録しているのだ。
大河の子煩悩さが伺える。
鼻紙で、猿夜叉丸の鼻を拭き取っていくと、彼は、
「……」
実父をマジマジと見詰めた。
「何?」
「だ?」
「ああ、御父さんだよ」
「だ♡」
大河に頬擦りし、猿夜叉丸は、微笑む。
普段、忙しさを理由に父親らしく出来ていないのだが、こうしてみると、猿夜叉丸も事情は分かってくれている様だ。
茶々もそれは嬉しい為、大河を追い出す事は出来ない。
猿夜叉丸が風邪と診断された直後、大河は、育児休暇を取り、その看病に入った。
その速さは、まるで、ボ〇ト並で恐らく100mを8秒台で走っただろう。
茶々は、大欠伸。
「眠たい?」
「そうですね。心配でしたので」
「寝とき」
「良いんですか?」
「ああ」
「じゃあ、御言葉に甘えます」
子供の時、長政とお市が同じ様なやり取りをしていた事を、茶々は思い出す。
無論、当時は戦国時代だった為、これ程悠長では無かったが、長政同様、子煩悩な大河には、安堵しかない。
御辞儀すると、茶々は、隣室に行った。
寝室ではなく隣室な所を見ると、やはり彼女も心配な様だ。
「猿夜叉丸」
「だ?」
「氷菓、食べる?」
「!」
爛々と輝かせる。
具合が悪くなって以降、御粥程度の食事しかしていないので、氷菓に対するこの反応は、当たり前だろう。
然し、病人に氷菓は、如何な物か。
橋姫が、出現し、苦言を呈す。
「貴方、正気なの?」
「正気だよ」
「でも―――」
「まぁ、見てろって」
大河は、隣室を気にしつつ、隠し持っていた氷菓を猿夜叉丸に与える。
「……」
猿夜叉丸も悪い事は分かっている様で、大河同様、隣室を気にしつつ、舐め始める。
「……それでどういう風の吹き回し?」
「風邪だけ―――」
「股間、削げ落とすよ?」
小粋な冗談だった筈だが、橋姫の怒りは割と本気だ。
「バニラビーンズの中にある、リナロールという成分が、ウイルスと戦って免疫力をアップしてくれるんだよ」
―――
『アイスは「アイスクリーム」と書かれているものがエネルギーや蛋白質が豊富。
バニラビーンズにはリナロールという成分が含まれており、ウイルスと戦って免疫力を向上させてくれる効果が期待出来る』(*5)
―――
横文字ばかりで橋姫には、余り意味が分からないが、猿夜叉丸を視ると、確かに、体内でリナロールという成分が、ウイルスと戦って免疫力を向上させている。
「ただ、飲み合わせの関係で、薬次第では、駄目な場合があるから、一概には、言えんがな」
そして、大河は、頬をバニラで汚した息子を抱き抱える。
「猿夜叉丸」
「だ?」
「母上には、内緒だからな?」
「だ」
(……楽しそう)
2人のいたずらっ子の様な嗤いに橋姫は、似た者父子を感じ取るのであった。
[参考文献・出典]
*1:ウィキペディア
*2:山猫だぶサンチームのツイートより 2018年2月20日、21日
*3:ニコニコニュース 2019年1月30日
*4:ニコニコニュース 2020年12月31日
*5:グルメノート 2019年7月7日 一部改定
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