第495話 春和景明
万和5(1580)年4月5日。
今日は、入学式です。
真田様に御用意して頂いたスーツを着飾って、私は登校です。
真田様の手を握って行きます。
もう片方の手は、与祢様が握られています。
正妻・誾千代様が、後ろから微笑んでいる為、私達の姿は、本物の家族に見えるかもしれません。
童顔の癖に、真田様の掌は、ゴツゴツとした感触で、筋肉質です。
又、大きくもあり、私の手は、すっぽりと包まれています。
侍として、訓練を怠っていないその姿勢は、両親も高く評価されており、最上家の模範として、度々、真田様の御名前が、上がっています。
真田様の忠臣中の忠臣である鶫様の御話によれば、お忙しい間を縫って、今尚、訓練をされているそうです。
恐らく、完全なる休日は、殆ど無いでしょう。
私の遊び相手もして下さる為、本当に有難いです。
だけども、お体が心配です。
合戦で連戦連勝の真田様ではありますが、軍事的な才能と、お体の調子は、別物ですから。
「伊万」
「はい?」
優しい口調です。
御釈迦様も御存命でしたら、この様な声音だったのかもしれません。
「これから6年間が成長への鍵だぞ?」
「うん」
私は、最上氏の次期家長となる身。
言い方が悪いのは、理解していますが、そんじょそこらの平民の出の生徒とは訳が違います。
勉学に礼儀作法、体育にも精を出し、将来に備えなければなりません。
幼稚園では、ある程度許された無礼や非礼も、初等部に上がった途端、厳しめになります。
体罰はありませんが、問題行動は、逐一、保護者に報告が行く為、名家であればある程、恥が大きくなります。
最悪、実家にも責任が及ぶ程の醜聞にもなりかねません。
真田様は、その事を仰ってるのでしょう。
「6年間、頑張るんだぞ?」
「は~い♡」
元気一杯に返事をして、恋敵・与祢様に存在感を主張します。
(泥棒猫)
私は、内心で非難します。
正直、伊万様は、悪女の様な気がします。
何時も若殿を甘えて困らせて、業務を滞らせている様にしか見えません。
本人に悪気が無さそうなのが、更に腹が立つ。
伊万様が嫌い?
好きか嫌いかの二択で言えば、勿論、後者です。
何故なら、最年少である私の立ち位置を、後から奪い取ったのですから。
今の所、真田様が、伊万様の御好意に気付いている様子はありません。
内心では、どう思っているかは、仏の御心のみぞ知る事ですが、接する態度を見るに、好意的でしょう。
ただ、真田様は、子供が好きなので、その様な態度になるのは、当然でもあります。
「与祢」
「はい?」
「今年で9歳だよな?」
「はい♡」
年齢を覚えて下さっていた。
「折り返し地点だ。今後は、どうする?」
「生徒会長になる」
「おー、高いな」
・幼稚舎
・初等部
・中等部
・高等部
・大学
では、其々、生徒会が設置されており、校内の自治を任されている。
その自由度の高さは、凄まじく、例えば修学旅行の行先を学生(生徒、児童)が、決定権を有し、生徒会はそれを合否する組織なのだ。
一切、学校側からの干渉を受けない、という方針は、管理社会が多い、異世界の他校に比べると、凄まじい程の放任主義、と言えるだろう。
生徒会は、学年、性別無関係に入る事が出来る。
入退会に際しても、推薦等の手続きは無い為、やる気さえあれば、入会は可能だ。
但し、
・余りにも成績が悪い場合
・素行不良の場合
は、流石に学校側から「入会不敵格」として拒否される事もある。
私の場合は、自分でいうのも何だが、
・給料の大部分を実家に仕送り
・成績優秀
・学業、労働の両立の成功
等があぴーる・ぽいんとになり、学校側は高く評価して下さるだろう。
何れは、山城真田家に嫁ぐ身。
それ相応の実績は、積んでおきたい。
浅井家三姉妹や千様等の御実家に比べたら、我が家は、貧弱。
又、天子様や布哇王国の王女様、耶蘇会の元盟主もいらっしゃる。
その為にも私は、生徒会長を目指し、箔をつけるのだ。
「それで、入ったら何を目指す?」
「男女の交流をもっと盛んに出来る様な制度を設けたいかと」
「ほー……」
感心されている。
これは、当たりかもしれない。
一応、国立校では、男女共学だが、中には、男女別学を目指す生徒会員も居る。
彼等の主張はこうだ。
『学校は、勉学に励む場所。恋愛に
男女交際にも反対し、折角、若殿が設けて下さった教育の場を、壊している様にしか見えない。
若殿は、御自身の影響力から生徒会の自治に対して、不干渉を徹底されているが、この様な保守派の意見は、耳障りと感じておられるだろう。
目安箱でその様な意見を読んだ時、付き合いが長い者にしか分からない感覚だが、若殿からちょっと怒りを感じる。
分からず屋共め、とでも言いたげに。
勿論、これは、私の拡大解釈かもしれないが、私は、保守派とは馬が合わないのも事実なので、生徒会長に当選した暁は、改革一直線だ。
「……まぁ、頑張る事だ」
経営者である以上、自治に関しては、中立を決め込む若殿。
私の支持を公言したら、票が私に流れる可能性がある為、当然の事だろう。
「はい♡」
伊万様に牽制する様に、私は、精一杯の甘い声を出し、若殿にあぴーるするのであった。
始業式と入学式が同時に始まった。
始業式は、各自の教室で。
入学式は、体育館で。
全生徒が参加している間、大河は、
・朝顔
・誾千代
・ヨハンナ
・ラナ
・稲姫
の5人。
校長室で、残務処理だ。
「真田って潔癖症?」
埃一つ無いその部屋に、ヨハンナは、姑の様に指で硝子窓をなぞる。
「そうかもな」
大河は、膝に朝顔、誾千代を抱えて、事務だ。
朝顔が、尋ねる。
「貴方、これ何?」
「生徒会が出した今年度の改革案だよ」
「そんな事も署名するの?」
「そうだよ。一応、中身を確認した上でだがな」
2人は、興味津々に内容を見る。
『・生徒会長の直接選挙制導入
・農民の生徒(学生、児童)の為に秋休み制導入
・奉仕の報奨制導入
……』
意外にもしっかりとした内容だ。
「真田、生徒会長って直接選ばれないの?」
「そうだよ。今の制度では、
①全生徒が生徒会員を選ぶ
②当選した生徒会員の中で生徒会長選挙
だから」
「何で、そんな面倒臭い事を? 直接選べばいいじゃない?」
「最初はその案だったがな。生徒達から不評だったんだよ。『誰が適任か分からない』って」
「「あー……」」
生徒会をよく知らない生徒が、直接、生徒会長を選ぶのは、当然、不安要素がある。
ド素人を選んでしまった場合、後が地獄だ。
自主退学が確定路線だろう。
又、自分達の責任を回避する為にも、生徒達は、その重荷を生徒会員に背負わせている責任転嫁としての見方も出来る。
稲姫が推測する。
「時間が経った今は、生徒達が生徒会を認知出来た為、直接選挙に移行しようと?」
「そういう事だ」
不備の有無を確認後、大河は、署名する。
生徒会に全権を託している為、中身に関して、意見を言うつもりは更々無い。
「疲れたぁ……」
慣れない日本語の大量の書類を見ていたラナは、机に突っ伏した。
集中力が切れたらしい。
ラナは、喋りには問題無いが、読み書きは、それ程だ。
慣れない言語を見続けるのは、確かに頭が混乱するだろう。
「真田~。お昼、食べに行こうよ~」
そう言って、大河にしな垂れかかる。
「まだ巳の刻(現・午前9~11時)だけど?」
「お腹空いた」
「分かったよ」
根負けし、大河は、仕事を中断。
「貴方?」
「食堂に行く。皆もな?」
誾千代の手を取ると、大河は立ち上がった。
生徒達が授業を受けている間、食堂で早くに昼食を済ますのは、職員の特権だ。
今回は、三巨頭(朝顔、ヨハンナ、ラナ)が居る為、食堂の周囲を、
・皇宮警察
・スイス人傭兵
・布哇王国駐在武官
の三つの組織が、合同で警護している。
朝顔に関しては、時々、御忍びで来る為、食堂の職員達もある程度、慣れているのだが、3人が揃うと、オーラが単純計算で3倍だ。
3人の机上に和菓子と洋菓子が大量に置かれる。
「陛下、聖下、殿下、どうぞお召し上がり下さい」
「有難う」
「
菓子が用意されているのは、其々、
・朝廷
・バチカン市国
・布哇王国
からの要請である。
日ノ本に
女子会で菓子を肴に仲良くなるのが、国際交流である。
「聖下、お刺身には慣れた?」
「全然。ラナは?」
「私も。寿司は大丈夫だけど。やっぱり生身は未だ抵抗ある感じ」
3人が仲良く菓子を摘まみながら、ガールズトークだ。
その間、大河は、誾千代、稲姫の挟み撃ちに遭っている。
「はい♡」
「大盛だな?」
「良いから良いから♡」
「おお……」
大匙一杯に
誾千代の愛は、重い。
普段、他の女性陣に譲歩している分、いざ自分の番になると、想いが込み上げるらしく、桂〇葉みたいな目になり易い。
稲姫も同じく。
「さぁさぁ、食べて食べて」
熱い熱い味噌汁を飲ませる。
傍から見れば幸せそうだが、本人からすると、拷問にしか感じない。
若しかしたら、2人は、
「あちちち」
「きゃははwww 猫舌?」
「そうだよ。糞ったれ」
大河は、肯定しつつ、水で舌を冷やす。
誾千代が尋ねる。
「稲ってさ。二重人格?」
「どうしてです?」
「千と一緒に居る時は、お淑やかだけど、今は全然じゃん?」
「父上が厳しいですからね。幸様と一緒ですよ。名家だからこそ、
「そうなの」
「でも、夫はそういうの気にしてなさそうなんで。このままで行きます」
「その方が良いわ」
誾千代、稲姫も馬が合う様だ。
自分を1人にさせ、仲良くする稲姫にイラっとした大河は、
「稲」
「うん―――!」
いきなりその口を閉じさせた。
重なり合った唇に稲姫は、驚き、離れ様とするも、大河は、
約1分間、その姿勢を保った。
そして、ちゅぽん。
漸く離れると、稲姫は、腰砕けに遭った様で。
「……」
へなへなと、しな垂れかかる。
それから、頬を上気させつつ、大河を睨んだ。
「……
「そうだよ」
大河は嗤った後、誾千代にも同様に行う。
本多忠勝の娘であっても、大河には、勝てないのだった。
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