第473話 雨奇晴好
万和5(1580)年2月8日。
針供養が無事終わった。
その日の夜、寝所の当番は、
「あの、聖下がですね」
前日にあった意味深な言葉を伝える。
「―――どういう事なのでしょうか?」
「聖下が恋をした、という事じゃないか?」
同じく同衾する稲姫が、推理する。
「恋?」
「多分。じゃなきゃ、そんな事言わないんじゃないかな?」
「……」
大河は、考える。
「若し、聖火が誰かに御好意を抱いているのならば、応援するよ」
「教義に背いているのに?」
「教義を守るのは、分かるが、1回きりの人生だ」
「「……」」
「
「は」
「真田様」
「うん?」
「明日、逢引宜しくね?」
「ああ」
稲姫に接吻され、その後、強引に首投げに遭う。
本多忠勝の娘だけあって、大河は、1回もリードする事は出来なかった。
翌日、大河は、約束通り、稲姫と逢引に行く。
ただし、2人きりではない。
千姫、松姫、楠、三姉妹と一緒だ。
猿夜叉丸を抱き抱えた茶々は、嬉しそうに大河の左腕に絡めている。
右腕は、新妻・稲姫だ。
元康を抱っこしていた千姫が、苦言を呈す。
「稲、少し位、
「千様、少しの時間、御許し下さい」
「もう……」
不満げだが、強要はしない。
元康の前でヒステリックになるのは、教育上、良くないからだ。
この場に居ない妻達を、大河は思う。
(誾や朝顔には、悪いな)
彼女達が居ないのは、11日に予定している建国記念の日が理由だ。
上皇として、朝顔は、出席しなければならないし、誾千代等は、その手伝いで駆り出されている。
今回、このメンバーは、それから外れた者達だった。
近衛大将である大河も外れたのは、意外だが。
「兄者、兄者。兄者は、如何して呼ばれなかったの?」
肩に座るお江が、頭上から尋ねた。
「多分、仕事無いんじゃね?」
「無職?」
「そうなるな。まぁ、謙信も景勝も居るから大丈夫だろう」
2人が呼ばれているので、恐らく、朝廷は、「真田だけに任すのではなく、万が一に備えて、上杉にも警備を任せたい」という思惑なのかもしれない。
一行は、近くの大型商業施設に入る。
ここで、服飾と食料品を買う予定だ。
「
「は」
少し離れた所で付いて来ていた従者を呼ぶ。
「皆に合いそうな服を」
「は」
業界では、玄人なので、ここは、
その間、大河は、片肌脱ぎのマネキンに興味津々だ。
「若殿のお買いになられてはどうですか?」
アプトが近寄ってそう提案した。
「じゃあ、選んでくれよ。俺、感覚悪いから」
「では」
アプトに手を引かれて、入店する。
河原町にあるここは、客層が10~20代だけあって、非常に若々しい商品が溢れている。
ハイブランドで固めた所謂、『お兄系』と、美脚パンツ等で構成された『お姉系』が、最近の流行りらしい。
「若殿、どうぞ」
「有難う」
サングラスとスーツを渡される。
どちらも国産で値札を見る限り、大河の金銭感覚では、高めだ。
試着室に入り、着替える。
その間、僅か40秒。
軍人だけに時間は、超早い。
仕切りを開けると、アプトが満面の笑みで待っていた。
「予想通りですね。若殿、御似合いですよ」
「有難う。御礼に好きなの買い」
「え? 私はそんなに―――」
「俺に提案した癖に、俺の提案は断るのか?」
「いえ、そういう訳じゃ―――」
慌てて、アプトは、首を横に振る。
「冗談だよ」
にっこりと笑い、大河は、アプトを抱き寄せた。
「有難うな。嬉しいよ」
「そう、何度も仰られも―――」
何度も御礼を言われ、アプトは、蟹の様に真っ赤になった。
「本心だよ」
3・11の時、台湾が支援してくれた事を、日本国民の多くは、忘れていない。
なので、2013年のWBCアジア予選の時等、事あるごとに、台湾への感謝を表明し、その度に台湾人を感激させている。
この絆は、ある意味、日米のそれよりも深いかもしれない。
大河は、その日本の様に、何度も感謝する
「このまま着て帰るよ。―――済みません」
「はい?」
「お会計御願いします」
値札を見せて、その場で支払う。
「兄上~」
「兄者~」
女性陣も商品が決まった様だ。
「それでは……」
正妻に配慮し、アプトは引き下がろうとするも、
「良いよ。一緒で―――」
「ですが―――」
「俺が一緒に居たいんだ」
「!」
キュン、とアプトの琴線が刺激された。
無理矢理、アプトの手を取り、女性陣の所へ連れて行くのであった。
「
「有難う御座います♡」
今年で17歳なので、コスプレ、という感じでもないだろう。
次に茶々。
ペプラムジャケットが良く似合う。
ミニスカートをしなかったのは、大河の考え方に合わせたからだろう。
大河は、「母親になった時は、外出時、極力、ミニスカート等、露出が多い服は控えてくれ」と妻達に要請している。
これは、世間の目を気にしているからだ。
子持ちの母親が、ミニスカートで歩けば、市民は、「ちゃんと育児しているのだろうか?」と不安がるだろう。
それが偏見であり、朝顔への不評にも繋がる。
大河と結婚すれば、朝顔とも家族になる為、自由にも制限がかかる場合がある。
千姫は、パンツスーツ。
楠等、未だ子持ちではない妻達は、ミニスカートだ。
「どう?」
「似合うよ」
「どの部分が?」
「おみ足を拝める所が」
「変態♡」
楠は、嬉しそうに蹴る。
松姫は、メモだ。
「『真田様は、太ももが御好き』、と」
お初は、太ももを隠し、ゴキブリを見るかの如く、冷たい視線を向ける。
一方、お江は、嬉しそうだ。
「兄者、ほら奉仕♡」
「おっほ」
クレヨン〇んちゃんの様に、大河は興奮する。
「真田様、私はどう?」
稲姫も太ももを見せる。
見た目が美人なのに、競輪選手の様な太く筋肉質なそのそれは、ギャップ性だ。
「良いよ」
それでも、大河は、興奮する。
性癖の広さが露呈しているが、稲姫には、都合が良い。
「アプトにも
「え?」
「は。分かりました。では、先輩」
「え? え? え?」
「命令ですから」
2人が消えた後、大河は、囲まれた。
「兄者、何その服?」
「アプトに選んでもらったんだ」
「兄上には、私が選ぶ予定だったのに」
お初が、唇を尖らせる。
「あ、そうだったの? じゃあ、頼むよ」
「え~。あぷとに負けてるから嫌だ」
「そうか……」
大河の感覚では、
アプト→美人
お初 →美少女
だ。
どちらも良いのだが、お初はアプトの美貌に打ち負かされ、苦手意識を持っている御様子。
大河は、わざとらしく縁起する。
「あー、お初の選んだのも着てみたかったなぁ」
「……そこまで言うなら。―――お江」
「は~い」
姉らしく、厳めしい口調で妹を呼びつけ、一緒に選び出す。
微笑ましい光景だ。
大河は椅子に座ると、左右に稲姫、松姫が陣取り、膝には楠が座る。
向かいには、千姫、茶々が着席。
楠が、大河からサングラスを奪い、自分で着けてみる。
「わぁ、真っ暗」
「真田様、何故、真っ黒な
猿夜叉丸が興味津々で、サングラスに手を伸ばすのを、茶々が止めさせる。
読んで字の如く、目が4個ある為だ(*1)。
その語源は、宣教師が来日した際、眼鏡を掛けていたのだが、その存在を知らない日本人は、恐れ戦いた事に由来する(*2)。
大河が転生した時も、未だ日本人の多くは、眼鏡に抵抗感があったが、彼とその妻・誾千代が社会福祉事業の一つに視覚障碍者の支援を始めた所、広く受け入れられ、今では、誰もが知る様になっている。
「格好つけだよ。この手をしたい人達は、皆から注目を浴びたいんだ」
「山城様は、何でも似合いますね?」
「そう? 有難う」
「だ!」
元康が賛同するかの如く、大きな声を上げた。
姉妹が選んだのは、チェスターコートであった。
スーツの上からだが、試着。
「兄者、それ逢引で着てよ」
「了解。お初はどう?」
「うん。兄上、格好良い♡」
「有難う。じゃあ、
「は」
銭貨を渡し、
ポツポツ……
「ん?」
店外を見ると、弱雨が。
「
「畏まりました」
それから、大河は、振り返った。
「アプト、似合うじゃないか?」
「うう……」
涙目のアプト。
その訳は……
「似合うよ」
お江がその頭を撫でる。
まっピンクなジャンパースカートが、眩しい。
(恥ずかしい……死にたい)
アプトの
然し、姿見で確認する限り、似合っているのは、紛れも無い事実だ。
「アプト」
「!」
手を握られ、アプトは狼狽した。
「え? え? え?」
「似合ってるよ―――」
「ちょっと、私が今日の主役―――」
「知ってる」
大河は、稲姫の抗議を最後まで言わせずにその手を握る。
「う……」
流し目で言われ、稲姫は言葉が出て来なくなった。
「松、後で傘、頼む」
「はい♡」
彼等のイチャイチャ振りを冷やすかの如く、雨は強くなっていく。
[参考文献・出典]
*1:コトバンク
*2:宣教師のフランシスコ・カブラルの記録
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