第471話 遊嬉宴楽

 万和5(1580)年2月3日。

 今日は、節分の日である。

 日ノ本全土では、寺社が主導して節分の行事を祝っていた。

「鬼は~外」

「福は~内」

 鬼役の人を子供達や女性達が豆を投げ付け、家々から追い出している。

 余談だが、渡辺の姓の家は例外だ。


『名字が「渡辺」なので豆をまかない。

 昔、渡辺綱わたなべのつなが鬼を退治したので、渡辺という家には鬼がはりつかないという』

 渡辺氏の祖である渡辺綱(953~1025)は、頼光四天王の筆頭の武将であり、大江山の酒吞童子退治等、鬼の伝説には、切っても切れない有名人だ。

 渡辺氏には、鬼が寄り付かない事が全国に伝播した理由は分かっていない(*2)。

 この様な事から、日ノ本全土の渡辺氏の家々では、節分を控えていた。


 これとは反対に行うのが、皇室だ。

『豆撒きは、唐(618~690)代、日ノ本で言う所の飛鳥時代に伝わった「追儺ついな」と呼ばれる風習がその由来とされている。

 この追儺は当初、大晦日に行われていて、節分に行われる儀式とは別物であった。

 追儺が日ノ本で初めて行われる事になったのは、疫病が発生した慶雲3(706)年の大晦日。

 当時、疫病による犠牲者が多数出た為、疫病を祓うための儀式が行われた事が『続日本書紀』に記載されており、その儀式が追儺だったと考えられている。

 その後、追儺は平安時代の宮中行事に取り入れられ、大晦日の儀式として定着する事になった様だ。

 この儀式では、鬼を追い払う役目の役人が手下を引き連れて、

「鬼やらい、鬼やらい」

 と唱えながら、災厄を追い払っていた様だ。

 疫病をもらたすとされる鬼を追い払うという主旨は、今の豆撒きとほぼ同じだが、当時は豆ではなく、桃の弓と葦の矢、小豆、五穀、小石等が使われていた様だ』(*3)


 宮中行事に採用されている以上、皇室ではその伝統を遵守し、今尚、続けていた。

「鬼は外~」

「福は内~」

 朝顔が帝と皇太子、皇女と一緒になって鬼役の官僚に豆を投げている。

 官僚の中には、大河も居た。

 投げる人々が多い分、その投法も様々だ。

 上手投げオーバースロー4分の3スリークォーター横手投げサイドスロー

 下手投げアンダースローまで居る程だ。

 これだけ多種多彩なのは、野球人気の御蔭かもしれない。

「真田め! 積年の恨み!」

 皇族の中で最もはしゃいでいるのが、朝顔であった。

 嬉々として上手投げで大河を狙い撃ち。

 当たれば良いが、大河も一応、軍人なので、簡単に被弾すれば面目丸潰れだ。

 何とか逃げ回る。

 帝や皇族達は、大笑いだ。

 日ノ本で最も恐れられている近衛大将を尻に敷く上皇の図。

 御所は、笑いで包まれる。


 散々、豆撒きをして疲れ切った朝顔は、

「zzz……」

 大河の背中で鼻提灯を作っていた。

 結局、大河はちょこまかと動き回り、豆を食らう事は無かった。

 大人気無いが、意地になってしまったのだ。

「真田よ。大義であった」

 帝も満足気だ。

「は」

「褒美に善哉ぜんざい《ぜんざい》、饅頭まんじゅう《まんじゅう》、赤飯を城に送っておいた。家族に振る舞うんだ」

「有難う御座います」

 朝顔と皇太子、皇女を喜ばせた御蔭か、帝は上機嫌だ。

「え~、さなだかえるの~?」

「もうちょい、あしょぼ~?」

 幼年の皇族が取り囲む。

 御所に居る時は、彼等の遊び相手を務める事もある為、大河は、彼等からうたのおにいさん的な人気があった。

「申し訳御座いません。陛下を連れて帰らなくてはならないので」

「ちぇ~つまんないの~」

「じゃ、またね~?」

 千切れんばかりに腕を振るう幼年皇族の方々。

 大河は、まずは帝、次に彼等に会釈をして御所を出る。

 馬車に乗り、下ろすと、

「ううん……?」

 朝顔が起きた。

「お早う」

「……あれ? 私は?」

「熟睡していたよ。御疲れ様」

「……寝顔、見たの?」

「うん。可愛かった―――」

「今すぐに忘れて。恥ずかしいから」

「御意」

 大河は、微笑んで隣に座る。

 豆撒きでは、逃げられ、その上、寝顔まで見られた。

 朝顔には、今年―――未だ2か月しか経っていないが、最大級の屈辱だ。

「本当、大嫌い」

 ふん、と鼻を鳴らして、外を見る。

「俺は、大好きだよ」

「……」

 大河の告白を無視するも、その耳は赤い。

「ふふふ」

 微笑を浮かべた後、大河は、窓から顔を出す。

「珠、出してくれ」

「は」

 馬車がゆっくり進み始める。

 常歩なみあしで時速5~6㎞のそれは、御所から京都新城にどれだけ遅くても1時間以内には、着く。

 それまでの間、車内は、2人きりだ。

「……」

 大河は、用意していた本を開ける。

 が。

 ばたん。

 横から伸びた手が、無理矢理閉じた。

「……」

 再度、開ける。

 ばたん。

 三度みたび

 ばたん。

 結局、3連続で閉じられた。

「何?」

 そこでようやく犯人を見る。

 犯人―――朝顔は、外を見ながら呟いた。

「折角の2人きりなんだから夫らしい事をしなさい」

 夫らしい事。

 何とも哲学的な無理難題だが、大河は、考える。

「……こんな感じ?」

 備え付けの冷蔵庫からパフェを取り出して、朝顔の前に見せる。

「馬鹿、違う」

「そうか」

 間違えたので、パフェを冷蔵庫に戻そうとすると、

「誰も戻せ、とは言ってないわ」

 大河の手からパフェを引っ手繰り、そのまま貪り食う。

「匙あるよ」

「有難う」

 さじ引手繰ひったくる。

 300gのパフェは、ものの数分で完食された。

「御馳走様。御代わり」

「御腹下す―――」

「煩い。早く」

「はいはい」

 冷蔵庫からもう1品出すと、朝顔は隣席から膝の上に移動して来た。

「何?」

「早く早く」

 匙を渡し、せがむ。

 食べさせろ、という事らしい。

 言いたい事は山程あるが、大河は、そのまま従う。

 夫であり、近衛大将でもあるから。

 二人羽織の様に食べさせると、朝顔はどんどん上機嫌になっていく。

 大河は、再び指示する。

「珠、ゆっくりな?」

「はい」

「今は、私以外見るな」

「ぐえ」

 首を引っ張られ、大河は、思わず気を失いかける。

「ちゃんと反省しているの?」

「御免なさい」

「宜しい。続けなさい」

「はい」

 朝顔の覇気に圧倒され、大河は改めて忠誠を誓うのであった。


 帰宅すると、予告通り、沢山の褒美が宴会場で家族に振る舞われていた。

善哉ぜんざい

饅頭まんじゅう

・赤飯

 どれも、朝廷御用達の御用商人が作った物で、500m先からでも香ばしい匂いがする。

「うまうま♡」

 山城真田家一の食いしん坊であるお江は、フードファイターの様に爆食いしていた。

「心愛、はい」

「♡」

 お市も心愛に饅頭まんじゅうを千切って食べさせている。

「あ、貴方♡」

 エリーゼがデイビッドを抱っこして、やって来た。

「御帰り」

「只今」

 2人は、頬に接吻し合う。

「ぐぬぬ」

 あからさまに朝顔が嫉妬した。

 それを感じ取ったエリーゼは、直ぐに譲る。

「陛下、どうぞ」

「よし」

 途端、朝顔は笑顔に。

 非常に分かり易い。

 大河は、アイコンタクトで謝った。


『済まんな』

『良いのよ。陛下、可愛いし』


 デイビッドが出来た分だけ、エリーゼには、心の余裕がある。

 以前の様に癇癪かんしゃくを起こす事も少なくなった。

 1日中、デイビッドの相手を優先し、大河は二の次だ。

「デイビッド、陛下に挨拶を」

「あうあう♡」

 デイビッドが朝顔の顔をベタベタ。

 不敬ではあるが、朝顔は、メロメロだ。

「でいびっど、可愛いわねぇ♡」

 抱き上げて、頬擦り。

「だだwww」

 母性本能が刺激されたのか、朝顔は、デイビッドを高い高いするのであった。


 エリーゼ、デイビッドの母子と別れた後、中心地へ行く。

「父上~」

 愛姫が、饅頭まんじゅうを胸に一杯抱えて走って来た。

「美味しいよ」

「知ってるよ」

「あれ、食べたことある?」

「いや、皆の笑顔を見たら、美味いに決まってる。1個、くれるかい?」

「1個じゃなくて何個でも」

「そんなに食べれないよ」

 微笑んで、大河は、朝顔の分も含めて2個貰う。

「鶫達にも配っておいで」

「はーい♡」

 愛姫はジャンプして、大河の頬に接吻した後、再び走っていく。

「元気だな」

「愛は、貴方の事好きなの?」

「らしいな」

「浮気者」

 すねを蹴られた。

「痛いよ」

「人気な貴方が悪い」

「そりゃあ理不尽な」

「はい」

 朝顔は、万歳する。

「何?」

「抱っこ」

「子供―――」

「あ?」

「御免なさい」

 勅令が下った以上、大河が従う他無い。

 御姫様抱っこし、周囲にアピールする。

「あ~陛下。ずるい」

 1番にお江が見付けて駆け寄る。

 既に両頬は、饅頭まんじゅうで汚れていた。

「御免な。朝顔優先なんだ」

「じゃあ、私2番目♡」

「了解」

 朝顔は、笑顔で大河の頬に接吻。

「暫くは堪能させてね? 忠臣♡」

「へいへい」

 そのまま練り歩く。


 宴会場の1番奥に、

・誾千代

・謙信

・茶々

・松姫

・阿国

 の5人が座っていた。

 大河を待っているかの様に、誾千代と謙信の間が空いている。

「帰ったよ」

「御帰り」

 真っ先に誾千代が労い、大河に口付け。

「陛下もお帰りなさいませ」

「私はついでって訳?」

「そういう訳では―――」

「分かってるって」

 誾千代に配慮し、下りようとするも、

「よっこいせ」

 大河は、そのまま座った。

「え? ちょっと―――」

だ」

 悪戯っ子の様に嗤った大河は、そのまま朝顔をホールド。

 誾千代、謙信等に見られ、朝顔は、どんどん恥ずかしくなっていく。

 たまらず謙信がジト目で尋ねる。

「貴方? 何してるの?」

「いや、『今日は離れなくない』ってさっき、勅令を下さってさ」

「「「「「あー……」」」」」

 朝顔の甘えたがりは、知っていた為、それ程驚きは無いのだが、まさか、職権乱用するとは思いもしなかった。

「「「「「「……」」」」」

 5人から生温かい目で見られ、朝顔は、更に真っ赤になる。

 大河を睨むと、

(してやったり)

 とわらっていた。

(不敬罪。後で罰する)

 怒りつつも、照れが勝り、何も出来ない純粋な乙女であった。

 

[参考文献・出典]

*1:北海道博物館学芸主幹・池田貴夫

   論文「大豆から落花生へ――節分豆の変化をめぐる一考察」(2001)

*2:Jタウンネット 2021年2月2日 池田貴夫氏談

*3:オリーブオイルをひとまわし 一部改定

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