第424話 行住坐臥
訓練は世界一厳しい国軍山城真田隊であるが、全国の軍人志望者の憧れの的でもある。
なので、志願兵が後を絶たない。
「小野忠明と申します」
「……」
面接官・大河は、渋面だ。
この小野忠明、という男。
武芸には秀でているのだが、性格に難がある。
現代にも伝わっている話としては、
1、将軍非難
2代将軍・秀忠が持論の兵法を、小野忠明に説いた。
忠明「兵法というのは実際に腰の刀を抜き、生死をかけた修羅場で行うものです。
口先の兵法等は畳の上の水練と同じで何の役にも立ちません」
口先の兵法=柳生新陰流の柳生宗矩の事だ。
2、戦場での暴走
第二次上田合戦時、上田城の物見(徳川家の動きを見に行く役)を斬った。
*斬ったのは、別人説もある。
その後、上野国(現・群馬県)で
大坂の陣でも、「戦場で見苦しい振る舞いがあった」と旗本4人を非難。
『徳川実紀』によれば、4人は諸大名が居る時に秀忠に直訴し、大騒ぎになり、 喧嘩両成敗から忠明含む全員が閉門処分となった。
3、喧嘩屋
町道場で天下無双を名乗る剣士に対して、喧嘩を売る。
然し、実戦で忠明は剣を使わず、鉄扇で相手の額を叩き付けた。
これを聞いた将軍は、徳川将軍家の御流儀の剣術が町道場相手に喧嘩を売り、
そこで、
自分の意思をはっきりするのは、悪い事ではない。
なので、大河は将軍非難の話は、そこまで問題視していない。
だが、暴走や喧嘩屋であれば、流石に黙認は出来ないだろう。
履歴書には、永禄12(1569)年生まれとあり、目の前の忠明は、10歳の少年だ。
然し、将来が決定付けられている様に、その表情は厳めしい。
既に
(……自由主義者、か)
性格に難あるのは、逸話から見て間違いないだろう。
武芸は認めるものの、人間性に問題があるのであれば、軍内部でも諍いは目に見えている。
大河は、履歴書をアプトに渡した。
そして、忠明を見た。
「その年で志願兵になる心意気は認める。だが、まだ10歳だ。義務教育を修了してから、まだその意思があるならば、その時にな?」
遠回しに不合格を告げる。
大河なりに気を遣った結果だ。
然し、忠明は不満げである。
「近衛大将様、失礼ながら、そちらの与祢様は、自分より年下にも関わらず、御入隊されています。前例があるのですから出来るのでは?」
睨まれた与祢は、逆に睨み返す。
アプト、珠、鶫、ナチュラ、小太郎と共に、人間性を事前に調べている為、この様な問題児は入って来て欲しくないのだろう。
後方でナチュラが尋ねた。
「(あぷと様、何故、あの様な者が面接出来ているんですか?)」
「(出自が原因よ)」
アプトは、溜息を吐いた。
通常、多忙な大河は面接を行っていない。
大抵は左近や孫六等の部下に任せて自分は、人事に関してノータッチだ。
今回例外なのは、忠明の実家・小野氏が、清和源氏義光流だからである。
清和源氏は、第56代清和天皇の皇子・諸王を祖とする源氏氏族で、賜姓皇族(臣籍降下)の一つだ(*2)。
尊皇派の大河が、清和天皇まで
又、今回の推薦者は、里見氏でもある。
里見氏も、
・「関東副帥」(関東管領の異称)
・「関東副将軍」
を自称出来る程の安房国(現・千葉県南部)の統治者だ。
「(若殿も大変ですね)」
「(そうね。だから、夜はちゃんと、御褒美をあげなくちゃね?)」
「(はい♡)」
2人の熱視線を感じつつ、大河は、説明する。
「与祢は確かに軍人だが、本業じゃないよ。侍女もしているし、学生でもある。予備兵という位置づけだ」
「有事の際のみ御出動する?」
「そういう事だ」
大河に見られ、与祢は微笑んで、その膝に座った。
先程の忠明とは真逆な反応だ。
「本人は正規兵になりたい様だが、侍女の仕事も学業もあるからね。若し、本気ならば、義務教育修了後だよ。な、与祢?」
「はい♡」
頑張り屋な与祢は、仕事も学業も頑張って両立させている。
その上、軍人にすると、確実に体が壊れるのは目に見えている。
管理者として婚約者として、大河が気を遣うのは当然だろう。
「御言葉ですが、近衛大将様。予備兵制度は廃止された方が宜しいかと」
「「「!」」」
爆弾発言に、室温は一気に氷点下まで下がった。
珠、鶫、小太郎は、今にも抜刀しそうな勢いで睨む。
与祢も死刑宣告する裁判官の様な表情だ。
ギリギリで理性を保っているのは、大河が居るからだろう。
与祢が暴走しない様に、抱き締めつつ、
「理由は?」
「正規兵が居る以上、
「ああ」
「では、何故、経費が高騰する様な真似を?
忠明の意見は、一理ある。
実際に国軍は、予備兵を招集せずとも、正規兵だけで事足りる。
又、国民皆兵なので、事実上、国民1人1人が軍人なのだ。
忠明の様に疑問視している者が居ても可笑しくは無い。
ただ、言い方に
現に鶫に至っては、殺気を抑えきれていないのだから。
「経費が
「……まぁ、そうですが」
「それに君は、予備兵を軽視しているのかい?」
「はい」
素直に頷いた。
「……」
与祢の額に青筋が浮かぶ。
大河の構想を否定した挙句、自分まで軽視されたのだから、彼が止めていなければ、今頃、殴りに行っている事だろう。
「分かった。じゃあ、与祢と戦ってみ」
「!」
「良いんですか?」
与祢は、両目をキラキラと輝かせた。
「……」
一方、忠明は不快感を隠しきれない。
年下の、それも女の子と戦うのは、自尊心が許さないだろう。
「流石に
「何だい? 負けるのが怖いかね?」
「! ……分かりました。手合わせ御願いします」
大河の挑発に簡単に乗った。
上田城攻防戦で物見を斬殺した逸話から、かなりの激情家では? と思っていたが、こうも簡単に乗せられ易いのは、それも又、問題だろう。
主君・里見氏も若しかしたら、厄介払いしたかったのかもしれない。
若しくは、山城真田家に預けて、矯正させたいのか。
与祢が振り向く。
「若殿、剣術披露の好機を下さり有難う御座います」
「ああ、怪我だけは、勘弁な?」
「はい♡」
笑顔で与祢は、頬に接吻するのであった。
「与祢が剣術を?」
話を聞いた朝顔が、大河の後ろに隠れたまま、尋ねた。
この様な状態なのは、慣れていない忠明を動揺させ、その結果、敗戦の言い訳に利用されたくないからだ。
誾千代、謙信、お市、三姉妹、千姫、エリーゼ等も勢揃い。
全員、縁側に座って、庭を見詰めている。
その視線の先には、
「「……」」
睨み合う、与祢と忠明。
体格差や筋肉量では、後者が圧倒的有利だ。
使用する武器は、エアーソフト剣。
これならば、撲殺も刺殺も斬殺も有り得ない。
遠くで鶫が呟いた。
「叩き潰せ」
と。
小太郎が、鐘を鳴らす。
開戦の合図だ。
完全に舐め腐っている忠明は、一瞬にして蹴りをつけたいらしく、一気に間合いを詰めて、振り被る。
思いっ切り、脳天に叩き込む様だ。
然し、与祢は逆に近付く。
そして、スライディングし、思いっ切り、刺した。
「ぐへ!」
睾丸を刺された忠明は、涙と涎、鼻水を同時に出し、倒れる。
綺麗に股の間からすり抜けた与祢は、体勢を立て直すと、今度は、忠明の首に剣を宛がった。
そして、囁く。
「(死にたい?)」
誰の目で見ても明らかな与祢の勝利だ。
剣術というより、格闘技っぽかったが、勝利である事は変わりない。
「……」
忠明は、痛みで気絶していた。
与祢が本当に止めを刺す前に、大河は動く。
「よくやった。見事な勝利だ」
「でしょう?」
剣を放って、与祢は、大河に抱き着く。
「褒めて下さい♡」
「褒めたけど?」
「足りないです♡」
「しょうがないな」
頭を撫でると、目を細める。
忠明が搬送された後、漸く朝顔が顔を出す。
「もう、与祢は甘えん坊ね?」
「陛下程ではありませんよ」
「あら、不敬ね?」
朝顔、13歳。
与祢、8歳。
皇族と平民。
上皇と侍女。
何もかもが懸け離れた2人だが、歳が近い分、本当の姉妹の様だ、
姉妹に憧れを抱く女性陣は多い。
三姉妹が、滅茶苦茶仲が良い為、自然と疑似姉妹の様な関係性を構築しているのだろう。
朝顔は、ぎゅーっと、大河を抱き締める。
「あ~。陛下、
「貴女、汗臭いでしょう? 一旦、着替えてからしたら?」
「ええ? 若殿、私、汗臭い?」
「全然」
大河は、与祢の額の汗を舐めとる。
まるで、母猫が子猫にする様に。
「にゃ!」
猫の様な声を上げた後、与祢は更に赤くなる。
熱さに加えて、心理的な発汗でもある。
「ぐへへへ。幼女の味がするぜ」
「止めなさい」
床下から現れた楠が、飛び蹴りをお見舞い。
「ぐへ」
2人を抱き締めたまま、大河は後頭部を床に強打する。
「畜生、痛いな?」
「今のは、貴方が悪い」
目を開けると、橋姫が、見下ろしていた。
まるで、汚物を見る様な、ドン引きした目で。
「もう少し、発言に品位を持ちなさい。仮にも陛下の夫なんだから。ほら、陛下もドン引きされているわよ」
見ると、朝顔も渋面だ。
「真田、1回、近衛から教育を受けたら?」
「今のそんなに悪い?」
「「悪い」」
朝顔、橋姫が、両側から頬を引っ張る。
被害者・与祢はというと。
「……♡」
完全に出来上がり、大河に頬擦り。
被害者がこの状態だから、それ程問題にはならない様に思えるが、2人の反応も間違いではないだろう。
「若殿の汗も欲しいです♡」
そう言って、大河の懐に潜り込むのであった。
[参考文献・出典]
*1:揚心館 HP 2020年3月28日
*2:ウィキペディア
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