第421話 一飯君恩

 石見銀山は利権が絡む為、御所としても、極力巻き込まれたくはない。

 然し、御料所になっている以上、巻き込まれる事は必至だ。

「陛下、どうしましょう?」

『うむ……事が事なだけに責任重大だな』

 御簾の向こうの帝も渋い顔だ。

 近衛前久も考えを巡らす。

(さて、どうしたものか)

 現状、考えられる選択肢は、以下の通り。

 

 1、返還

 →誰かに所有権を移譲或いは払い下げて、御所との関係性を切り離す。

 短所:・責任転嫁と非難される可能性大

    ・新たな所有者次第で火種になる事も


 2、維持

 →権威を振りかざして、維持し続ける。

 短所:・紛争に巻き込まれる可能性が更に高くなる


 3、政府へ譲渡或いは、払い下げ

 →政府管理下に置けば、今後、政府が、問題解決の責任者になる

 短所:・1同様、責任転嫁と見られ易い


(……3が1番被害が少ないかな)

 石見銀山が御料所になったには、永禄5(1562)年の事。

 当時、交渉に当たった責任者や、その記録があれば、良いのだが、如何せん、紛失している。

 公文書の保存を定めた、公文書管理法が出来たのもこれ以降の事だ。

 法律成立前の事だった為、管理が杜撰ずさんだったのだ。

 ただ、管理者の責任は、問えない。

 法の不遡及ふそきゅうの下、それを責める事は出来ないのだから。

『真田よ、貴君は、どう思う?』

「は。おそれながら……」

 近衛大将であるが、政治顧問ではない為、大河は、この様な類の発言権は無い。

 然し、帝から直々に問われれば、発言権が発生する。

 隣に居る信孝も同じく。

「御所が政争に巻き込まれない様に、ここは国有化すべきかと」

「……」

 信孝も頷く。

 同じ事を考えていた様だ。

『信孝、貴殿は賛成か?』

「畏れながら、陛下。私も賛成であります」

 毛利が御所に権利を譲渡したのは、滅びゆく室町幕府を見限っての事だろう。

 然し、織田率いる新政府になった今、政府を脅かす者は存在しない。

(あるとすれば……)

 ちらりと、信孝は、大河を見た。

 相変わらず、柔和な笑みを浮かべているが、実際には日ノ本全土に情報網と監視網を構築し、敵対勢力を発見次第、弾圧している。

 一応は政府側の人間なので、信孝とは対立する事は無いが、野心さえあれば、直ぐに寝首を搔かれるだろう。

 尊皇派でもある為、信孝が御所に対し、敵対行動を採れば、極論、乙巳の変の蘇我馬子の様に、御前で襲うかもしれない。

『分かった。ではこの件は、信孝。貴殿に任す』

「はは~」

 深々と頭を下げ、正式に石見銀山の国有化が決まった。


 その日の午後、大河は、毛利邸に居た。

「そうですか。事情は分かりました」

 隆元は、残念がる。

 折角の資金源が、国有化されたのだ。

 内心、はらわたが煮えくり返る程、怒っているかもしれない。

 それをおくびに出さないのは、流石、毛利家家長だろう。

「よく説明をして下さいましたね? 前の所有者に説明する義務は無いかと思いますが」

「筋を通したまでです。自分は、元就公に大恩ある身。毛利家には、時に有難迷惑かもしれませんが、無礼は避けたいのですよ」

「分かりました」

 嬉しそうに隆元は、頬を掻く。

 毛利氏は男児が多く、生憎、山城真田家に娘を送る事が出来ていない。

 それでも大河が流浪人だった時に元就が厚遇した為、それ以来、両家はほぼ家族同然の仲だ。

 予約しなければ殆ど登城が困難な京都新城に毛利氏ならば、例外である。

 ただ、京都新城は、「第二の皇居」でもある為、そんな事をすれば、朝敵になりかねない為、するには相応の覚悟が必要だが。

 兎にも角にも、両家は仲良しだ。

「そうだ。真田様に御土産があったんですよ」

「はい?」

「どうぞ。お納め下さい」

 恭しく、隆元は、箱に入った紅葉饅頭を差し出す。

 茶色いその真ん中には、厳島神社が描かれていた。

「あー……」

 大河は、戸惑う。

 善意なのは、分かるのだが、近衛大将は、国家公務員だ。

 大河も遵法精神の塊(?)なので、法律に抵触しそうな事はしない。

「申し訳ありませんが、受け取れません」

「収賄ではないのに?」

「はい。ですから、これで御願いします」

 大河が、珠に目配せ。

「……」

 彼女は頷き返し、ジュラルミンケースを用意しては開く。

「!」

 大量の金貨が、敷かれていた。

「……こ、これは……?」

「紅葉饅頭の代金です。これなら問題無いでしょう」

「これ程大金は―――」

「何れは、御用達になるかもしれません。このお金を工場にでも充てて下されば幸いです」

「!」

 意味を悟った隆元は、土下座した。

「はは~」


 その後、紅葉饅頭は朝顔が大層、気に入り、それが報じられると、紅葉饅頭が、一気にブームとなり、大河のお金で造られた紅葉饅頭製造工場はフル稼働するのであった。

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