第420話 石見銀山

 平成19(2007)年、石見銀山が世界遺産に登録された。


①16世紀から17世紀初頭の石見銀山が世界経済に与えた影響

②銀生産の考古学的証拠が良好な状態で保存されている

③銀山と鉱山集落から輸送路、港に至る鉱山活動の総体を留める


 以上、三つの理由から。

 石見銀山で採掘された銀は、1500年代中頃以降、世界経済に大きな影響を与えた。

 当時、石見銀山を支配していた戦国大名達は、海外との交易にこの銀を利用した。

 その理由は、


「中国(当時は明)では、北西より侵略してくる蒙古に対する防御資金を賄う為、銀で税金を納める制度を作り、大量の銀を必要としていた」


 からである。

 日本からの銀は当初、直接中国に流入していたが、この貿易の主導権はすぐに欧州人の手に渡る。

 澳門マカオを拠点とするポルトガルの商人が東南アジアで生糸を買い、それを日本で銀に交換して中国に運び込んだ。

 この交易は、ポルトガル人に莫大な富を齎し、ポルトガル人は日本の事を「銀山の王国」と呼び、日本の銀はポルトガルの海上帝国全域で流通する様になる。

 推計では、1500年代後半に世界中で取引された銀の総量の内、少なくとも10%は石見銀山のものであったとされている。

 こうした交易は、江戸幕府が鎖国する1600年代初頭まで盛んに行われた(*1)。


 世界史にそれ程大きな影響を与える石見銀山の万和3(1579)年現在の所有者は、毛利氏である。

 発見されたのは、慶長2(1309)年。

 大内弘幸(? ~1352)が、石見を訪れた時、妙見菩薩みょうけんぼさつの託宣により、銀を発見した(*2)。

 その後、石見銀山は目まぐるしく支配者が変わっていく。


 享禄元(1528)年、尼子経久(1448~1541)が奪取。

 享禄4(1531)年、大内氏奪還。

 天文6(1537)年、尼子晴久(1514~1561)、再奪還。

 天文8(1539)年、石見の国人・小笠原長隆(? ~1542)が尼子氏の奉行追放。

          大内氏が奉行を派遣し、銀を吹かせた。

 天文9(1540)年、長隆は晴久の安芸侵攻に呼応して家臣を派遣して攻略。

          大内氏の奉行を自害させる。

 弘治2(1556)年(永禄元/1558年とも)、忍原おしばら崩れで尼子氏が掌握。

 永禄2(1559)年、降露坂の戦いで尼子氏が毛利氏を退け、銀山支配を維持。

 永禄4(1561)~永禄5(1562)年にかけて結ばれた雲芸和議とその間、行われた出雲侵攻により、毛利氏が優勢になった事等から、石見銀山は、毛利氏の支配下になる。


 その後、石見銀山は朝廷の御料所(直轄地)として献呈された。

 史実ではこの後、天正4(1576)年以降、毛利輝元は足利義昭を擁し、織田信長との戦いを長期に渡り繰り広げるのだが、それを可能にしたのはこの石見銀山からの富の御蔭であった(*3)。

 その後、天正12(1584)年に輝元が豊臣秀吉に服属する事になると、銀山は豊臣秀吉の上使である近実若狭守と毛利氏の代官である三井善兵衛の共同管理となり、秀吉の朝鮮出兵の軍資金にも充てられた(*4)。


 雲芸和議以来、毛利氏支配が続く現状に尼子勝久は、不満を持っていた。

「……」

 一文字三星が翻る銀山を、苦々しく見詰めていた。

 細い目と口髭、太々ふてぶてしい面構えは、肖像画にもなっている。

 史実だと天正6(1578)年の上月城の戦いで敗れ自害しているのだが、ここでは、惣無事令の下で助かっていた。

 然し、尼子領は毛利氏に吸収され、全盛期程の力は無い。

 その為、全国的に尼子氏は、「一時は栄華を誇ったが、今では地に落ちた弱小大名」と見られている。

 尼子氏再興運動指導者としては、これ程受け入れ難い評価は無いだろう。

 余談だが、横溝正史の代表作の一つ、『八つ墓村』に登場する落ち武者は、彼の家臣という設定だ。

「殿、近衛大将に直談判されていは如何でしょうか?」

 提案したのは、三日月の前立てに鹿の角の脇立ての兜をした武者。

 ―――山中幸盛(32)である。

「真田に?」

「ええ」

「然し、あの者は、毛利と親しいぞ?」

 毛利氏と大河は、仲良しだ。

 縁故主義は確認出来ていないが、それがあっても可笑しくない程、昵懇な間柄だ。

 通常、友人の香典の相場が、3千~1万円(*5)なのだが。

 元就の葬式には、1千万円もの大金を包んでいる。

 当初、継承者・隆元は丁重に断ったのだが、大河は「恩人に報いる最後ですから」と、珍しく反発し、置いていった。

 隆元は深く感謝し、葬儀費用と49日等の祭祀に充てた。

 以来、隆元は大河と積極的に交流し、飲み友達になっている。

 独立心が強い勝久は、仇敵と仲が良い大河に不信感を抱いていた。

「ですが、『公正中立』と評価されています。御所にも自由に出入り出来ているのは、評価されている証拠です」

「……策はあるのか?」

「毛利はあそこを献呈しました。つまり、実質的な所有者は、御所にあります。交渉で我々の物である事を主張し、返還して頂きましょう」

「……成程。理に適っているな」

 毛利氏の所有権だったものが、御所に変わったので、所有権を主張して何が悪い? というのが、尼子氏の言い分だ。

「では、鹿之助、真田に会ってくれるか?」

「は。行って参ります」

 ”山陰の麒麟児”と称される武者は、握り拳を作るのであった。


 初めて上京した幸盛は、その都会の発展振りに驚くばかりだ。

「……」

 山陰では、殆ど見ない白人や黒人、アラブ人にペルシャ人。

 蟹文字やアラビア語、ペルシャ語等、聴き慣れない言語が飛び交う。

「……如何しました?」

 帯刀した武士が、話しかけて来た。

「ああ、京都新城に行きたいのですが、道が分からなくて」

「……」

 武士は、幸盛をじっと見る。

「失礼ですが、何処の家臣の御方ですか?」

「尼子勝久が家臣・山中幸盛です」

「ああ、御予約の」

 微笑んで、武士は、頭を下げた。

「申し遅れました。真田大河の最側近を務めさせて頂いています、宮本武蔵です」

「おお、剣豪の?」

 赤くなった武蔵は、頬を掻く。

「それ程の者ではありませんが」

 否定が弱い。

「孫六、敵じゃないよ」

「は」

 電柱の陰から、孫六が現れた。

 その手には、狙撃銃が。

 武蔵と2人1組ツーマンセルで都内を哨戒しているのであった。

「予約者の山中殿だ。人酔いしましたか?」

「ええ、まぁ……」

 出雲国と比べると、京は、人が多過ぎる。

 地方から出た人々は、この人の多さに酔い易いのだ。

「どうぞ。こちらへ」

 2人の案内の下、幸盛は、京都新城に向かうのであった。


 京都新城に登城した幸盛は、後悔した。

 何せ目の前に上皇が居るのだから。

「御免なさいね。今、介助しているんだよ」

「は、はい……」

 その圧倒的なオーラに今にも吐きそうな位だ。

 朝顔は、大河の膝に座り、腹部に抱き着いている。

 余り威厳が無い御姿であるが、それでも、そのオーラは、凄まじい。

 介助(?)されている大河も可笑しい。

 20代位の青年、と聞いていたのだが、目の前に居るのは、10歳位の少年。

 大河は、朝顔を抱き締め返しつつ、

「済みません。こんな格好で」

 と、包帯の両腕を見せる。

「ええっと……又、回復後に来た方が宜しいですかね?」

「いえいえ。折角、来て頂いてので、又、来るのは、二度手間でしょう。御話をお聞かせ下さい」

「は、はぁ……」

 上皇の耳にも入るのは、余り本意ではないが、促された以上、喋るしかない。

 幸盛は、石見銀山の歴史と尼子氏の現状を事細かに説明する。

 ……

「―――以上が、今回、登城した理由です」

「成程」

 大河は、頷いた。

「失礼します」

 与祢が入って来て、幸盛に御茶と和菓子を出す。

「どうぞ」

「あ、有難う御座います」

 ぺこり、と与祢は頭を下げた後、大河の隣に座る。

「?」

「あ、お気になさらずに」

 笑って与祢は、大河にしな垂れかかる。

「皆は?」

「隣室に居ます。呼びますか?」

「来たい人だけね」

「は」

 与祢は、大河の頬に接吻してから出て行く。

 噂通りの好色家っぶりに幸盛は、圧倒されるばかりだ。

「事情は分かりました。検討します」

 事情が事情なだけに、直ぐには答えれない。

 御料所なので、大河1人では判断は不可能だ。

 近衛前久に報告し、更に帝にも説明する必要がある。

 朝顔も分かっている為、今回はノーコメントだ。

 こうして、石見銀山問題が始まった。


[参考文献・出典]

*1:石見銀山世界遺産センター

*2:『石見銀山旧記』

*3:「毛利輝元」『朝日日本歴史人物事典』

*4:『仁摩町誌』 1972年

*5:小さなお葬式 HP

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