経世済民

第409話 桃源洞裡

 最上氏の内紛を無事治めた大河には、沢山の使者が来ては、贈答品を渡す。

 これを機に、山城真田家と縁故コネクションを持ちたい、という欲だ。

 但し、大河は朝顔を娶っており、又、京都新城は皇居という事もあり、宮内省が窓口になっている。

 その為、宮内省次第では、「不審者」と判断された場合、門前払いを食らう。

 来客も相応の品位と家柄が求められる為、当然、平民には敷居が高い。

「はえ~……」

 伊万は、感嘆の声を漏らした。

 京都新城を守る、近衛兵の恰好に興味津々だ。

 青い上着に熊の毛皮の帽子は、イギリスの近衛兵を模範にしている。

 イギリスのは赤ver.だが、日ノ本では、「サムライブルー」「キタノブルー」等に代表される様に青が好まれる。

 ただ、イギリスのは、まだ存在していない。

 以下は、各隊の創設年である。


近衛歩兵第2連隊コールドストリームガーズ  1650年

 継続して任務に就いている連隊としては世界最古(*1)。

近衛擲弾兵連隊グレナディアガーズ   1656年

・スコッツガーズ   1661年   

・アイリッシュガーズ 1900年

・ウェルシュガーズ  1915年


 その為、別段、赤にしても良いのであろうが、そこは、イギリスに敬意を払う大河なのだ。

 近衛兵は、京都新城前の大通りを行進していく。

 ザッザッザッ……と。

 

「何故、美男ばかりなの?」

 天守閣で朝顔が、不思議がっていた。

 近衛兵の全員が、大手芸能事務所に居そうな美男ばかり。

 当然、沿道からは、黄色い歓声が飛んでいる。

 団扇には、兵士の名前や似顔絵が描かれ、さながら、アイドルのコンサートの様な人気振りである。

「そりゃあ、外国からの賓客に見られるからな。余り、顔面偏差値が低い者には、任せられないよ」

 儀仗兵を務める第302保安警務中隊は、国賓を相手にする為だけあって、美男子で構成されている、とされる。

 現に第302保安警務中隊を「イケメン部隊」と名付けた写真集まである程だ。

 これは、日本に限らず、アメリカや香港等でも、同じ様になっている。

 国家を代表する為、顔面偏差値が高い者が選抜され易いのは、当然の事だろう。

 朝顔が、安心した。

「衆道に走ったのか、と」

「残念ながら、その気は無いよ」

 今回のは、『天覧馬備てんらんうまぞなえ』と名付けられた行事イベントだ。

 朝顔と同席している、帝、ラナも大興奮だ。

「真田、あれは、何だ?」

「あれは、大陸間弾道弾ICBMと申します。1375里(約5500km)先の大陸にまで届きます」

 5500㎞、という数字は、1975年の第一次戦略兵器制限交渉に米蘇間で、有効射程が「米本土の北東国境と蘇本土の北西国境を結ぶ最短距離である5500km以上」の弾道ミサイルと定義された事による。

「何と!」

 帝は、仰け反った。

 弾道ミサイルは、開発する度に説明しているのだが、大陸間弾道弾は、初めてだ。

 京から5500㎞先と言えば、ネパールのカトマンズや、オーストラリアのダーウィン位に相当する。

 世界地図は、大河が地球儀で帝に講義している為、その距離の遠さは、分かっている。

「真田、確認だが、無暗矢鱈に撃つ事は禁じる」

「承知しています」

 大河は、頭を下げた。

 一方、ラナは、手摺てすりから身を乗り出さんばかりの勢いで、大陸間弾道弾を見詰めていた。

「凄い! 凄い!」

 布哇ハワイ王国までは、ぎり届かない。

 然し、このミサイルの存在は、日ノ本と布哇ハワイ王国を繋ぐ架け橋だ。

 両国は、友好関係にあり、政変未遂事件では、その武力が改めて世界中に衝撃を与えた。

 このミサイルさえあれば、布哇ハワイ王国は、日ノ本と友好関係がある限り、防衛には、不可欠な魔法の兵器になるだろう。

「ねぇねぇ。真田」

「うん?」

「水無月島にも置いてよ」

 水無月島―――現代では、ミッドウェー島に当たる島だ。

 この世界では、大河が周辺諸国に領土でない事を確認し、正式に日ノ本に版図に加え、信天翁アホウドリ捕獲の為に日本人の入植を進め、国軍基地も設置させ、日ノ本化させている。

 そこに、大陸間弾道弾発射基地を造れば、布哇ハワイ王国は侵略され難くなるだろう。

「防衛の為に?」

「うん」

「貴国との交渉次第だな」

 大陸間弾道弾の費用は、種類によってピンからきりまで。


 種類     :有効射程距離:価格

 ピースキーパー:約1万4千㎞ :約70億円

 ミニットマン :約1万㎞   :約8億円


 と、なっている(*2)。

 行進中の大陸間弾道弾は、以上の物の比べると、有効射程は短く、価格も安い。

 然し、開発次第では、どんどん長くなり、価格も高くなるだろう。

 輸出品にすれば、日ノ本の貴重な外貨にも成り得る。

「あの島は、日本人の為の拠点でもあるから、貴国には、勝って欲しいけどね」

「じゃあ、実家と相談だね」

「そうだな」

 現時点では、大河の一存では、決められない。

 大陸間弾道弾を運ぶ船や、それを設置、運営する人件費、当然、基地の建築費用も要る。

 大河の個人的な感情では、売却する事は難しいのだ。

 朝顔が寄り掛かる。

「あれを使わないのが、1番幸せの世界なんだけどね」

「……そうだな」

・『崩れ落ちる兵士』

・『ちょっとピンぼけ』

 等の写真で有名なハンガリー人戦場カメラマン、ロバート・キャパ(1913~1954)は、


『戦場カメラマンの1番の願いは、失業する事』


 という名言を遺している。

 事実、彼は第二次世界大戦後に、『職業:無職』と書かれた名刺を喜んで配り歩いていた、とされる。

 戦場の現実リアルを知る、戦場カメラマンらしい言葉だろう。

 大河もシリア内戦を経験している為、殺人や拷問は好むものの、侵略戦争には反対の立場だ。

 大河は呟く。

「平和を欲さば、戦への備えをせよ」

 先制的自衛権を行使したり、軍拡に励むのは、あくまでも平和の為だ。

 決して、侵略戦争の為ではない。

 大河の死後の日本人が暴走しない様にも、平和教育に努める必要がある。

 大陸間弾道弾は、静かに進む。

 歓声の中を。


 観衆の中には、ヨハンナも居た。

 侍女は、珠だ。

 同じ切支丹キリシタンとして、大河の計らいで、専属の侍女として、名誉教皇の身の回りの御世話を行っている。

 初対面では、嘔吐しそうな位、緊張していた彼女であったが、今では、少し緊張するだけで初対面程の事は無い。

 教会のルーフバルコニーで同じく侍女のマリアと共に、3人は、御茶をしていた。

「凄い武器ね」

「本当」

 ヨハンナとマリアは、言い合う。

 熱々の紅茶が冷めてしまうほど、長時間凝視していた。

「あれって、珠。使われた事あるの?」

「畏れながら聖下。私は、戦場を直接見た事が無い為、分かりかねます」

 そう言いつつ、冷めた紅茶を片付け様とする。

「あ、大丈夫よ。飲むからおいておいて」

「然し―――」

「その事で資源を無駄にする必要は無いわ。悪いのは私なんだから」

「……は。出過ぎた真似を―――」

「謝る事は無いわ。直ぐに自分の非を認めるのは、高潔だけれども、謝り過ぎるのは、日本人の短所よ。さ、ここに座りなさい」

「良いんですか?」

「良いわよ。それとも、には、従えない?」

「……いえ」

 笑顔の圧力プレッシャーに、珠は負けて指定された隣席に座る。

 ヨハンナとマリアに挟まれた形だ。

 元教皇と元王族の御茶会に一介の侍女が同席しているのは、非常に奇妙な形だが。

 2人共、敵対勢力が居ない日ノ本での生活を大いに楽しんでいる。

 外出するにしても、大河の放った国家保安委員会の監視付き警護があるものの、どれ程御洒落したり、どれ程飲酒しても、何も言われない。

 母国には無かった自由がここにあるのだ。

 なので、監視で抗議する気は更々無い。

 警護されているので、暗殺の危険性も低い。

 大河の事だ。

 敵対行動をとれば、事故死等に見せかけて殺害する事はあっても、無暗矢鱈むやみやたらには殺さない。

 生粋の快楽殺人鬼ではないのである。

「それより、珠。貴女、切支丹キリシタン《クリスチャン》なんでしょ?」

 マリアが話題を振る。

「はい」

「『神の恵みグラツィア』って洗礼名クリスチャン・ネームなんでしょ?」

「はい」

「如何して名乗らないの?」

 日ノ本では切支丹キリシタンの反乱以降、反基督キリストが渦巻き、一時は、切支丹キリシタンである事を理由に信者が殺傷されるほど、信者には住み辛い国になった。

 現在は国家が宗教団体を管理下に置いた為、その様な事件は少なくなっているが、それでも襲撃事件が無くなった、とは言い難い。

襲撃を恐れて、洗礼名クリスチャン・ネームを隠して生きる隠れ切支丹キリシタンも多い。

 然し、マリアは強い女性で幾ら差別に遭っても、直ぐに宗教警察が飛んでくる為、態々わざわざ隠す様な真似はしない。

 宗教差別には負けない、という強い意思表示は、珠がマリアを尊敬する理由の一つであった。

「弾圧が怖い?」

「それもありますが……」

 珠は迷うが、結局は言う。

「時々、私は切支丹キリシタンではないんじゃか、と思うんですよ。平気で一夫多妻の所に嫁いだので」

「「あー……」」

 2人は、納得した声を漏らす。

 教会には、この手の相談が多い。

 既婚者にも関わらず、妻帯者を好きになってしまった等である。

 

『5:27

「姦淫するな」と言われていた事は、貴方方の聞いている所である。

 5:28

 然し、私は貴方方に言う。

 誰でも、情欲を抱いて女を見る者は、心の中で既に姦淫をしたのである。

 5:29

 若し貴方の右目が罪を犯させるなら、それを抜き出して捨てなさい。

 五体の一部を失っても、全身が地獄に投げ入れられない方が、貴方にとって益である。

 5:30

 若し貴方の右手が罪を犯させるなら、それを切って捨てなさい。

 五体の一部を失っても、全身が地獄に落ち込まない方が、貴方にとって益である』(*3)

 

『8:3

 すると、律法学者達やパリサイ人達が、姦淫をしている時に捕まえられた女を引っ叩いて来て、中に立たせた上、イエスに言った、

 8:4

「先生、この女は姦淫の場で捕まえられました。

 8:5

 モーセは律法の中で、こういう女を石で打ち殺せと命じましたが、貴方は如何思いますか?」

 8:6

 彼等がそう言ったのは、イエスを試して、訴える口実を得る為であった。

 然し、イエスは身を屈めて、指で地面に何か書いておられた。

 8:7

 彼等が問い続けるので、イエスは身を起して彼等に言われた、

「貴方方の中で罪の無い者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」

 8:8

そして又、身を屈めて、地面に物を書き続けられた。

 8:9

 これを聞くと、彼等は年寄から始めて、1人1人出て行き、遂に、イエスだけになり、女は中に居たまま残された。

 8:10

 そこでイエスは身を起して女に言われた、

「女よ、皆は何処に居るか? 貴女を罰する者は無かったのか?」

 8:11

 女は言った、

「主よ、誰も御座いません」。

 イエスは言われた、

「私も貴女を罰しない。お帰りなさい。今後はもう罪を犯さない様に』(*3)


 とある様に、姦淫は厳しい目で見られている。

 更には旧教では離婚が認められず、教会法上、その存在すら無い。

 その上、避妊は大罪となっている。

 一夫多妻制の山城真田家では、そのどれにも違反しているのは、明白だ。

「珠」

 優しくヨハンナは、諭す。

切支丹キリシタンなのは、貴女の気持ち次第よ。神様は、敬虔な貴女の心を知っておられるわ」

 マリアも加わる。

「真田も切支丹キリシタンだったら問題視するけれどね。貴女には貴女の生き方がある。自分の信仰心で相手の生き方を否定しちゃ駄目よ」

「……はい」

 2人になぐめられ、珠は大粒の涙を流すのであった。


[参考文献・出典]

*1:『衛兵の交代-衛兵の交替とその他の儀式-』訳:打木城太郎 (株)アイエム 1978年

*2:NazoDawn

*3:『新約聖書』マタイによる福音書

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