第410話 舐犢之愛

 万和4(1579)年7月。

 出羽国(現・山形県)から、最上義光が帰って来た。

 釈妙英と共に登城する。

「娘が、大変御迷惑を……」

「誠に申し訳御座いません」

 2人共顔面蒼白だ。

 それもその筈、里帰りしていた際、伊万が勝手に登城し、やりたい放題していたからである。

 お転婆な姫様は、大河が使用していた茶器を壊したり、壁に落書きをしたり、挙句の果てには、彼の使用する布団で勝手に寝ておねしょまでした。

 当然、最上家は騒然とした。

 義守が挙兵し、討ち死にした直後の時機タイミングで更に迷惑をかけた相手が、天下の近衛大将であれば尚更だろう。

 その為、伊万が斬首に遭い、最上家は御家断絶の空気が漂った。

 2人の登城は、その危機を払拭する為である。

 然し、2人の想いとは裏腹に、大河は笑顔であった。

「全然、怒っていませんよ。元気な証拠ですから」

 そう言う横で伊万は、上機嫌に彼の髪の毛を触っている。

 2人がどれ程視線で「止めなさい」と言っても、止めない。

 2人だけでない。

 アプトや珠、与祢の侍女兼婚約者三人衆も渋い顔だ。

「「「……」」」

 怒りたい所だが、大河が余りにも自由にさせている為、怒るに怒れない、と言った具合だ。

「伊万、大河は忙しいから、こっちおいで。ほら、かすてらあるよ」

「わー!」

 カステラに一直線。

 誾千代と共に食べ出す。

 傍から見れば、本当の母娘の様だ。

「本当に、本当に申し訳御座いません」

「直ぐに連れ帰り教育的指導を行います故」

 2人は、畳の額が赤くなる位、擦りつけている。

「全然、気にしていませんから。それよりも奥様、教育的指導とはしつけの事ですか?」

「は、はい……」

 顔を上げずに答える。

 その声は、震えていた。

 逆に失礼な感じも否めないが、近衛大将をそれ程怖がっている証拠だろう。

「御存知の通り、体罰は禁止ですからね?」

 大河は、語気を強めて言う。

 歴史上、世界で初めて体罰を全面的に禁止したのは、1979年のスウェーデンである。


『【子供と親法6章第1条 1983年改正】

 子供はケア、安全及び良質な養育に対する権利を有する。

 子供は、その人格及び個性を尊重して扱われ、体罰又は他の如何なる屈辱的な扱いも受けない』


 法律が出来る前の1960年代には、体罰肯定派が6割近く、体罰を用いる人も9割以上だったが、2018年には、いずれも1~2%まで減っている。

 こうした傾向は他国でも見られ、


            年(体罰容認派) 法改正   年  (体罰容認派)

 フィンランド   1981年 47%     1983年  2014年  15%

 ニュージーランド 1981年 90%     2007年  2013年  40%


 と、結果が出ている(*2)。

 日本でも令和2(2020)年に施行され、今後、減少傾向に転じていく可能性がある。

 日ノ本では、武家社会の為、当然、体罰容認派が多数派だが、大河は全権委任法で児童虐待防止法を制定した。

「言って聞かない様でしたら、通報して下さい。逮捕します故」

「「え?」」

 大河の言葉に2人は、耳を疑った。

「親の言う事を聞かない子供は、社会に出た際に人に迷惑をかける可能性があります。我が国は法の下の平等であり、例え相手が子供だろうが、同じ人間として扱い、逮捕します。それが法治国家です」

「「……」」

「自分は、寛容ですが、度を越した場合は、容赦しません。御理解下さい」

「「……は」」

 大河の圧倒的な迫力に2人の冷や汗は止まらない。

「うま~♡」

 親の心子知らず。

 伊万は、2人とは対照的にカステラを頬張るのであった。


 2人が伊万を連れて帰った後、大河は、与祢に肩もみされていた。

 誾千代は、村上茶を飲みつつ、問う。

「何で伊万ちゃんにあれ程優しいの?」

「子供だからな」

「でも、前、累が悪戯した時、激怒したじゃない?」

「あれは、俺の大切な物を壊したからな」

「あの時は、通報しなかったの?」

「執行猶予だよ。反省さえすれば、俺だって、怒りを鎮めるさ」

 誾千代の手を握り、膝に座らせる。

「ちゃんと考えているんだね?」

「あれ位、放任主義で良いんだよ。叱る時は叱る。これが教育だ」

 教育に正解は無いが、束縛するよりかは良いだろう。

 教育が行き過ぎると、子供の成長が妨げられ、最悪の場合、殺人鬼になってしまう可能性がある。

 その例が数々のホラー映画のモデルになったとされる、エド・ゲイン(1906~1984)だ。

 彼は、


『人間は生まれながらにして邪悪であり、飲酒は悪徳行為であり、そして、(自分を除いた)全ての女は淫乱であり、悪魔の手先である』


と母に押し込まれ、友達さえ作る事を禁じられた(*2)。

そして、親友であり、恋人の様な存在であった母親の死後、2人を殺害(*2)。

更には、90人以上の遺体を盗み、それらでを作った(*2)。

中には、の女性用スーツもあったという(*2)。

常人には、理解出来ない世界だ。

無論、教育が全て原因とは言い切れないが、もっと違った家庭環境であれば、この様な殺人鬼には、ならなかったかもしれない。

「真田」

 朝顔が、伊万の手を引いてやって来た。

 仲良くなったのだろう。

 伊万も、

「陛下♡」

 と、懐いている。

「可愛いわね」

 お市も大きくなったお腹を擦りつつ、お初、お江と共に部屋に入る。

「与祢、空気の入れ替えを」

「は」

 扇風機を回したい所だが、たまには自然を愛でるのも良いだろう。

 朝顔は、目の前に座る。

「又、今日も誾を愛してるわね?」

「済みません。陛下、直ぐ退きます―――」

「いや、そういう意味はじゃない」

 笑って、朝顔は抱き枕の様に伊万を抱き締める。

 大河を愛せない分、代わりの時間は、彼女を愛でる様だ。

「さっきね。産婦人科に行ってきたの? そしたらもうすぐ生まれるんだって」

「まじ?」

 誾千代を抱き締めつつ、お市を見た。

「うん。だからね。覚悟してて欲しいんだ」

「分かった」

 久々の赤子だ。

 大河のテンションも自然と高くなる。

「珠、皆は?」

「御子様は、皆、奥様と御昼寝をしています」

「う~ん。なら、しょうがないな」

 湧き上がる嬉しさを発散出来なくて、大河は戸惑う。

 代わり、と言っては何だが、誾千代を強く抱き締める。

「家族が増えるよ」

「そうね」

 誾千代も嬉しそうだ。

 不妊症の正妻ファースト・レディーは、時々ではあるものの、やはり、辛い時がある。

 愛した男の子供を妊娠出来ず、場合によっては、「外れ」と言った心無い言葉を受ける場合もある。

 後者に関しては大河が発言者を発見次第、する為、問題視していないが、心の持ち様は難しい。

 子供が居ない分、誾千代の心の支えは、大河のみ。

 他の女性との間に子供が次々と出来るのは、嫉妬しない訳ではないが、それでも妊活が終われば、彼女達には、育児が待っている。

 その間、寵愛は独占出来るのが、誾千代の強みだ。

 誾千代の頬に接吻後、大河は尋ねた。

「市、予定日は?」

「来週」

「分かった。じゃあ、目一杯祝わないとな」

「何してくれるの?」

「出産祝いだ。旅行だよ」

 もうすぐ夏休み。

 学校も休みになり、公務員も夏季休暇を取得しなければならない。

 雄琴温泉辺りで湯治するのも良いだろう。

「兄上、雄琴温泉で」

「あ、私も賛成! 兄者、行こうよ!」

 姉妹も同じ事を思っていた様だ。

「良いけど、出産したら、その前に行く場所があるよ」

「「どこ?」」

「尾張国―――」

「「えー」」

 マ〇カ〇並に同じ反応だ。

 実父を殺した伯父を嫌っている為、当然だろう。

 気持ちは分からないではないが、猿夜叉丸が浅井を名乗る以上、次子は織田姓を名乗らせたいかもしれない。

 浅井氏の復権を認めた信長の顔を潰さぬ様に根回しが必要だ。

 姉妹は両端から、大河の耳朶じだを噛む。

 本気を出せばみ千切りそうな勢いだ。

 池田恒興(1536~1584)の母の養徳院(1515~1608)が乳母になるまで、乳母の乳首を噛み破る癖が治らなかった信長の姪だけある(失礼)。

「嫌なら無理についてくる必要は無いよ。俺と市だけで行くから」

 信長だけでない。

 彼の正室・濃姫からの熱烈な誘いがあるからだ。

 信長と濃姫は、大河と誾千代同様に実子が居ない。

 2人の実子と思われる長男であり、嫡男の信忠は、濃姫からすると養子だ。

 濃姫と三姉妹は大河が見る限り、そこまで仲は悪く無い感であるが、濃姫としては、夫を嫌う三姉妹より、未だ大人な対応のお市に好感を覚えている様な気配さえある。

 なので今回の妊娠に濃姫は、大喜びし、お百度参りするくらい今か今かと待ち侘びているという。

 それ程されたら、濃姫にも会わなくてはならないだろう。

 大河は、お市のお腹に触れて、

「赤ちゃんや。美人に育つんだぞ? 市が嫉妬する位にな?」

 すると、偶然か必然か。

 お腹から振動が。

「あ、蹴った」

「おお、喜んでいるのかな? 早く顔を見せてくれぇ~」

 大河の頬擦りに、女性陣は「「「親馬鹿」」」と突っ込む。

 今日も山城真田家は平和な日々なのであった。


[参考文献・出典]

*1:2020年5月4日付 東京新聞

*2:ウィキペディア

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