第407話 闇将軍ノ長ゐ腕

 政宗は、夢を見ていた。

「母上、御賞味下さい。『ずんだ餅』なる新作を作ってみました」

「毒見?」

「違いますよwww」

「政宗様、私も食べて良い?」

「良いですよ」

 母親と愛妻が、幸せそうにずんだ餅を食べる。

「あら、美味しい♡」

「まだまだ沢山あります故、母上、御代わり如何ですか?」

「有難う」

 これが、政宗が求めていた家庭であった。

 隻眼になって以降、義姫は自分を疎んじ、邪魔者扱い。

 こちらから幾ら歩み寄っても、毛嫌いするのみだ。

 幼い政宗には、自分が何故嫌われたのか理解出来なかった。

 何度も何度も接触を試みて、鷹狩りの戦利品を献上しても、喜ばない。

 どれだけ学校で好成績を収めても、母親が可愛がるのは、弟の政通。

 古来、嫡子は長男からの筈なのに、道理に反した行為は政宗を傷付けた事は言うまでも無い。

「母上……」

 母を想い、眠る政宗は涙する。

 すると、

「もしもし?」

 ゆさゆさと、揺さぶられた。

「ふぁい?」

 寝惚け眼で起きると、目の前には、義姫が。

「え?」

 慌てて飛び起きる。

 布団で寝ていた筈なのに、いつの間にか、膝枕されていたのも、この反応の理由だ。

 義姫が、心配そうに顔を覗き込み、涙を手巾しゅきんで拭く。

「悪夢を見ていたのね? もう大丈夫よ」

 そして、抱擁する。

 背中を擦られ、母親の温かい体温と感触が身にみる。

「?」

 政宗は、混乱していた。

 あれ程、自分を嫌っていた癖に、これ程優しいのだ。

 一瞬、母親似の侍女なのでは?

 と疑ってしまう位である。

「母上……」

「はいはい。怖かったですね」

”奥羽の鬼姫”と呼ばれた義姫の、180度変わった人格は、直ぐに東北全土で噂になるのであった。


「貴方、何をしたの?」

 出羽国の旅館にて。

 大河は、女性陣と同衾していた。

 誾千代はまたがり、謙信、橋姫は左右。

 その又、左右に小太郎、鶫という布陣だ。

「橋に御願いして、ちょっと、別人にしてもらったんだよ」

「そんな事出来るの?」

「人間は単純だからね。簡単に変えられるんだ」

 大河が施したのは、前頭葉白質切截術ロボトミー

 大脳を切り取る事で、精神病患者から攻撃性を無くなさせる事を目的とした、治療法である。

 当初、治療不可能であった精神病に効果があるとされ、考案者のポルトガル人医師、エガス・モニス(1874~1955)は、このが評価され、1949年、ノーベル賞受賞に至った。

 然し、この手術を受けた人達には、重大な後遺症が残り、JFKの妹、ローズマリー・ケネディ(1918~2005)は、知的障害となり、父からは絶縁され、兄(JFK)、弟(ロバート)から距離を取られる程、家族生活にまで悪影響を及ぼす程であった。

 日本でも、その被害者が主治医の家族を殺害する、所謂、『ロボトミー殺人事件』(1979年)が起きている。

 考案者のモニス自身も患者から銃で撃たれ、脊髄を損傷し、身体障碍者となった。

 患者から人間性を奪う、この非道徳的な手術方法は、後に問題視され、現在では薬物療法に切り替わっている。

 欧米等では、被害者と、その家族達がモニスのノーベル賞受賞取消運動を行い、今尚、被害者の戦いは、続いている(*1)。

 無論、前頭葉白質切截術は流石に出来ない為、大河が橋姫に頼んだのは、という、極めて難しい内容であった。

 ブラッ〇・ジャ〇ク並の名医でない限り、出来ない事だろう。

 実際には、産みの親である手塚治虫が精神外科に対し、否定的に描写している為、その様な依頼があった場合は断っているかもしれない。

 今回のも非道徳的とも言えるだろうが、大河は敢えて、赦した。

 義姫が美人なのも理由の一つだろうが、マザコンな政宗の今後の悪影響をおもんばかっての事である。

「私にはしていないよね?」

 謙信が問うた。

 途端、心配になった様だ。

 自分には、惚れ薬的なのが使われているのではないか?

 と。

「全然。媚薬くらいだよ」

「それはそれで問題だと思うけど?」

 現代では、MDMAを使用した上での性行為を『キメセク』と呼ぶ。

 普通と比べ、何十倍も快楽が増すのが、特徴だ。

 

『相手と話がしたくなり、共感を持つ、仲良くなれる、肌も敏感になる、ずっと性的絶頂になる』


 と元麻薬取締官は、語っている(*2)。

 日ノ本では、日本同様、麻薬は非合法なので、当然の事ながら、大河は、性行為の際、キメセクは行わない。

 使用するのは、厚生労働省が認めた、安全性が示された国家公認の媚薬のみだ。

 麻薬に手を出し、身を滅ぼす程、大河は愚か者ではない。

 謙信の頬を撫で、そっと口付け。

「じゃあ、今後は、媚薬は控えるよ」

 謙信は、嬉しそうだ。

「私には、媚薬使っても良いよ」

「誾?」

「どうせ子供生まれないしさ」

「……」

 言葉が重い。

「余り自分を卑下するなよ」

「そう?」

「ああ、でも、極力多用は避けたい。体にどんな副反応が起きるか分からないからな?」

「意外と心配性ね?」

「妻が先に死んだら後追い自殺する位、愛妻家だからな」


 輝宗の猛追に、最上義守、中野義時の父子は、陸奥国現・青森県まで逃げていた。

 山形城は落城し、人質にしていた義姫も奪われたが、勝機はある、と信じている。

 2人が頼りにしたのは、蝦夷地のアイヌ人独立派であった。

 彼等は、大河の暗殺を計画した程の反体制派である。

 今では穏健派になっていはいるが、中央に睨まれている者同士、匿ってくれる、と淡い期待をしているのであった。

 陸奥国の山中にて、80騎の家臣と、一旦、休息を取る。

「父上、何故、北上するんです?」

「真田は、南国から来たよな?」

「はい。確か、琉球の者だと伺っています」

「ならば、寒冷に弱い筈。冬将軍が味方して下さる筈だ」

「……」

 義時以下、部下達は不安に感じた。

 全て他力本願。

 山形城を落とされた事で、自信を喪失したのか。

 以前程の覇気は無い。

 それ所か、別人の様だ。

 ただ、他力本願になるのは、分からないではない。

 東北地方の諸大名は、伊達氏に服従し、輝宗の指示の下、各地で落ち武者狩りが繰り広げられている。

「! ここにも」

 家臣が、木に打ち付けられた張り紙には、


『最上義守 王将

 中野義時 玉将

 ……』


 と、将棋の駒に例えられた最上氏の残党が、似顔絵付きで紹介されていた。

 空には、空軍機が飛び交っている。

 表向きには、演習だが、捜索作戦の可能性も捨てきれない。

「……父上、もう切腹して果てましょう」

「目標を捨てろ、と?」

「そうは言ってはいません。我々は、完敗だったのです。これ以上、無様な真似は―――」

「黙れ!」

「!」

 義守は激高し、軍配を投げ付けた。

 その光景に将兵の心は、益々離れていく。

「「「……」」」

 皆、白眼視で、中には鎧兜を脱ぎ捨てて、逃げていく者も。

 この様に、5千もの軍勢は、一桁手前まで減り続けていた。

「我々は、負けん! 例え最後の1人になっても戦わなければならないのだ! 貴様は、何時から侍としての信念を忘れたか!」

「父上、もう時代は、侍ではないのです! 現実を御覧下さい!」

「何を? 嫡男にした事を忘れたか?」

「「……!」」

 父子は睨み合う。

 敗走中で心が荒んでいるのだ。

 保守派の義守と、現実主義者リアリストの義時。

 世代間格差も関係しているのだろう。

 チュンチュンチュンチュンチュン……

 近くの地面に風穴が開き、

「ぐわ!」

「ぐえ!」

「ぐふ!」

 何人か、頭部や首、腹部に被弾し、倒れる。

 父子は咄嗟の判断で、木陰に隠れた。

 見上げると、UH-60 ブラックホークが飛んでいた。

 口論に夢中で接近していた事すら気付いていなかったのだ。

 機銃掃射の後、くるりと反転し、木々を見詰める。

「……」

 無機質な表情は、静かな刺客アサシンを連想させた。

「「……」」

 父子が生唾を飲み込む。

 直後、ミサイルが発射された。

「「!」」

 逃げる間も無く、父子を地獄の業火ヘル・ファイアが襲う。

 

「……」

 剥げた山肌に輝宗が立っていた。

 目の前には、黒焦げになった死体。

 歯形から義守と断定されたのは、つい先程の事だ。

 一方、生存者は、

「……」

 虚ろな目で、車椅子に座る義時。

 重傷を負ったものの、何とか一命を取り留めていた。

「……何故、自分は、殺さないのです?」

「中野殿は、真田殿の御配慮により、対象から外されました」

「! 私が? 指名手配になっていたのに?」

「使者の殺害を命じたのは、義守ですよな?」

「は……」

「では、大罪人は彼であって君ではない。今後は、義殿と共に、最上氏を弔って頂きたい」

「! 叔母は、無事なので?」

「ええ。真田殿の御配慮で。今では、政宗と仲良く暮らしていますよ」

「!」

 全く意味が分からない。

 混乱する義時を前に、輝宗は告げた。

「今後は、仏道に入る事。これが助命の条件です。受け入れて下さいますよね?」

「……は」

 こうして、最上氏の反乱は幕を閉じるのであった。


[参考文献・出典]

*1:ウィキペディア

*2:テレビ東京系『じっくり聞いタロウ~スター近況㊙報告~』2020年2月21日

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る