第388話 婦女童蒙

 珈琲コーヒーを飲んだ直後、枢機卿達は次々と倒れ、高熱にうなされる。

 防護マスクを装着したヨハンナは、心配した。

「真田、これは食中毒か?」

 同じく防護マスクの大河が答える。

「恐らく……生魚が体に合わなかった、のかと」

 日本人が海外で生水を飲めば、腹を下す場合がある様に。

欧米人も日本の食文化には、慣れていない場合がある。

 モンゴル人力士も相撲部屋に入門後は、日本食が合わず、逆に痩せてしまう例がある程だ。

 こればかりは気を付けようが、食べなければ、餓死しかねない為、対策は難しい。

 問題は、、だが。

「私も魚を食べているが?」

「体質の問題かと。全員が全員、あたるとは限りませんから」

 本当は珈琲コーヒーに毒を盛ったのだが、大河は巧みに印象操作を行う。

 診断書にも毒の記載は無い。

 大河が用いたのは、トリカブト。

 事前に知識が無ければ、玄人の医者でも気付き難い、毒物だ。

 これを悪用したのが、昭和61(1986)年のトリカブト保険金殺人事件である。

 16世紀の医学のレベルでは、当然、想いもつかないだろう。

(死刑囚で人体実験した甲斐があったな)

 致死量ではなく、ギリギリの所が味噌だ。

・大量の発汗

・悪寒

・手足麻痺

・嘔吐

 ……

 それらが、ずーっと続くのである。

「これ以上の公務は、続けられないな」

「ですよね。補助の方はどうします?」

「うむ。そこだな」

 枢機卿達が居なければ、ヨハンナは安易に公務が出来ない。

 事実上、ヨハンナは孤立無援になったのだ。

 幸いにも日ノ本が敵国でなく、好意的の為、襲われる危険性は低い。

「……彼等を置いて帰国も出来ないしな」

「でしたら、我が国が、最大限サポートさせて頂きますよ」

「! いや、それは……」

 願っても無い提案だ。

 然し、バチカンにも自尊心がある。

 日ノ本の厚意は嬉しいが、簡単には、受け入れられない。

 大河が、駄目押しに更に提案する。

「あくまでも、代理の方々が来るまでの事です」

「……代理を呼んだのか?」

「はい。聖下も貴国も体面に傷がつかない様、配慮させて頂きました」

「……」

 余りにも早い対応にヨハンナは、勘繰かんぐる。

(まさか、こいつが……?)

 心眼で見るも、大河に嘘は無い。

 呼吸をするかの如く嘘をつける彼に、まんまとヨハンナは騙された。

(まさか、な)

「これを機に両国の友好が深まれば、と思います」

 枢機卿達を苦しませ、尚且つヨハンナを騙す、世紀の大悪党がここに居た。


『真田。聖下の家臣団が、食中しょくあたりになったのは、本当かね?』

「その通りで御座います」

 皇居にて、大河は説明を行う。

 帝は大層、心配していた。

『見舞いに行った方が良いかな?』

「お気持ちは有難いですが、今の病状からすると面会も厳しいかと」

『! それ程危険なのか?』

 御簾みすが揺れる。

「はい。飛沫による感染の可能性も捨てきれない為」

 実際には殆どの食中毒は空気感染しない、とされている。

 逆に感染し易いのがノロウイルスだ。

 これに関しては、

・空気感染

・接触感染

・飛沫感染

 の感染経路ルートがある(*1)。

 の為、大河の答えは間違いではなかろう。

 本心は、トリカブトに帝を近付けさせたくないだけであるが。

『快癒を祈るよ』

「その旨、お伝えしておきます」

『有難う』

 帝は、席を立った。

 祈りに行かれたのだろう。

 大河は、小さく呟いた。

「(毒が勝るか、祈りが勝るか、か……)」


「枢機卿が倒れたって、凄い話だよね」

「そうだね」

 御昼の話題は、それだ。

 誾千代、謙信はパフェを食べつつ、言い合う。

 千姫、エリーゼはアイスコーヒー。

 お市、三姉妹、与祢は八つ橋だ。

「真田」

「はい」

 大河は、朝顔にショートケーキの欠片をさじで持っていく。

 幸姫、橋姫、ラナ、松姫のお姫様カルテットはシュークリーム。

 阿国、アプト、ナチュラ、鶫はモンブラン。

 小太郎、珠、楠はビスケットをそれぞれ、食している。

 男女比1:20。

 まさにハーレムであろう。

「兄者も、はい、あーん♡」

「有難う」

 お江に八つ橋を食べさせられ、大河も笑顔になる。

 場所は、帝国旅館の食堂。

 デザート食べ放題の昼食は、女性陣が数日前から楽しみにしていた行事だ。

 彼等以外にも、左近や孫六等も家族を呼んでいる。

 弥助は、妻子と一緒だ。

 城主が家臣とその家族を招待する等、異例の事だ。

 然し、好評の様で、

「御招き下さり有難う御座います」

 と、家族が引っ切り無しに挨拶に来る。

「だ!」

「あ、こら、累。ケーキに突っ込まないの!」

 累、元康、デイビッド、猿夜叉丸も居る。

 子守りは、華姫だ。

 4人纏めては、難しいが、助けを求めれば、アプト、珠、与祢がフォローに回る為、問題は無い。

「真田様、この度御招き頂き有難う御座います」

 政宗が挨拶に来た。

「……」

 景勝も一緒だ。

「? 仲良しなのか?」

「……」

 ―――今、知り合いました。

「華の事?」

 ―――はい。賄賂を渡して来ました。

 景勝の言葉が分からない政宗は、

「?」

 だ。

 よく意思疎通がままならない相手に贈答品を贈った物だ。

 そうまでしても華姫を手に入れたい、意思の表れだろう。

 2人を引き合わせた慶次は、利家に見付かり、水風呂の件でこっ酷く叱られている。

 まつも加勢し、慶次は今にも泣きそうだ。

「幸、ありゃ何だ?」

「揉め事だよ」

「見りゃあ分かるけど」

「ちょっと行ってくるね?」

 幸姫は、顔を真っ赤にして、3人の下へ。

 そして、3人をどこかに連れて行った。

 家の恥をさらすなら別室でやれ、という事だろう。

「ほ~。可愛いのぉ♡」

 道雪が、ほくほく顔で累を抱っこしてやって来た。

 義理の孫娘に当たるのだが、実のそれの様に可愛がっている。

 信長はお市の腹部を擦り、家康は元康におしっこをかけられても、笑顔だ。

 山城真田家の親族、勢揃いである。

「景勝、楽しんでいるか?」

「……」

 ―――はい。御蔭様で。甘党になってしまいそうです。

「口内炎に注意しつつな?」

 ―――はい。

 会釈して、景勝は、立食に戻っていく。

 その後ろ姿を見送りつつ、政宗を見た。

「景勝を攻めても何も出ないぞ?」

「家族になる為の前準備です」

「……」

 政宗が華姫にこだわるのは、一目惚れもさる事ながら、生母・義姫と不仲だからかもしれない。

 義姫と違い、勝気でも優しくて可愛らしい華姫に、望んでいた母の姿を重ね合わせているのだろう。

「本当に好きなんだな?」

「そうです。真田様と一緒ですよ」

「ん? 俺?」

「はい。自分も真田様の様な家庭を築きたいんです」

「……そうか」

 大河は、政宗の覚悟を汲み取る。

「じゃあ、華と仲良くするんだな」

「! 良いんですか?」

「あくまでも、華の意思を尊重してだよ―――華」

「は~い♡」

 呼ばれて素っ飛んできた。

「ちちうえ~♡」

 滅茶苦茶、甘い匂いがする。

 相当、食べた様だ。

 ちょっと、ふっくらした感が否めない。

「子守り、御疲れ様。済まんな、頼み事して?」

「ちちうえのたのみだもん♡ ことわれないよ♡」

「じゃあさ。政宗と―――」

 目の前に居るにも関わらず、華姫は、断固拒否。

 大河以外の男性には、気を許したくない様だ。

「最後まで聞けよ」

「婚約、でしょう?」

「いいや。仲良くしてもらうだけだよ」

「でも、そのさきは、えんだんでしょう?」

「それは、別の問題だ。俺は自由恋愛を推奨している。縁談しなくても、伊達家は名家だから年が近い華には、政宗と友達になって欲しいんだよ」

「いえのもんだいでしょ? わたしのきもちもかんがえてよ?」

我儘わがままに拒否される政宗の気持ちは考えないのか?」

「……」

 沈黙する華姫。

「好き嫌いは自由だが、人を傷付けるのであれば、我が家には必要無い」

 強い口調で言うと、大河は、政宗を本当の父親の様な目で見る。

「あれだったら、政宗が養子になるか?」

「え?」

「優秀であり、人間的に問題が無ければ、宇宙人も良いよ」

「……」

 政宗にとって、実家を見返す最大の好機チャンスだ。

 一方、華姫は首をブンブンと振った。

「ちちうえ! それだけは―――」

「なら、正しく生きろ。感情的にならずにな?」

 諭した後、大河は、政宗の頭を撫でた。

「あくまでもこれは、俺の考えであって、最終的な決定権は妻達にある。だから、あくまでも選択肢の一つだ」

「……御提案は非常に有難いのですが、自分としては伊達の名を変えたくはありません」

 はっきりと、告げた。

 山城真田家と伊達家の力関係を考慮すれば、「何様だ?」という事にもなりかねない。

 それでも言えたのは、大河と長らく交流して、彼がそんな事で怒らない事を重々知っているからであろう。

「そうだな。じゃあ、撤回だ。俺も君は、伊達が相応しいと思っているから」

「有難う御座います」

「じゃあ、華。握手」

「……はい」

 大河の口車に乗せられた気がするが、これにて、華姫と政宗に雪解け(?)が漂う。

 そんなこんなで昼食会は進むのであった。


 宴酣えんたけなわになった頃、会場が騒然とした。

「凄い甘い匂いがすると思ったら、凄い会場ね?」

「聖下、食べ過ぎには、御注意を」

 ヨハンナとマリアの登場である。

「これはこれは、聖下」

 大河が、素っ飛んで問う。

「どうなされました?」

「旅館の中を散策中に匂いに釣られたのよ。私も参加して良い?」

「どうぞ」

 大河が冷静で居られるのは、予想していたからだろう。

 よく旅館内を散策するヨハンナだ。

 今回の様なハプニングが起きても何らおかしくは無い。

「初めまして。聖下」

「ええっと……?」

「上皇の朝顔です」

「そうですか。貴女が」

 ヨハンナは、会釈した。

 本当は日程最後の方に2人の会談をセッティングしていたのだが、これが初顔合わせである。

「人払いを―――」

「良いわ。皆様が楽しんでいるのを邪魔しちゃ悪いから」

 大河の提案を断ったヨハンナ。

 朝顔同様、人に配慮出来る人物らしい。

 2人は、向かい合わせに座り、洋菓子を食べ始めた。

「ぱふぇ、好きなんですか?」

「いや、ここに来て初めて食べましたよ」

 和やかな雰囲気に、会場の参加者達は、後ずさり。

「凄いな。後光が見える」

「神道と耶蘇やその長か……貴重だな」

 今回はあくまでも私的な事。

 公文書にも写真や絵にも残らない。

 予定がこれで混乱する事になるが、大河は気にしない。

 又、調整すれば良いのだから。

「それでですね―――」

「まぁ、そんな事が?」

 いつしか2人は笑顔が増え、親友の様に交流するのであった。


[参考文献・出典]

*1:知恵の実エッセンス

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