第389話 窈窕淑女

 事実上の会談が行われたその日の晩。

 朝顔とヨハンナは、仲良くなったのか、夕食も共にしている。

「俺、要る?」

「饗応役として当然よ」

 朝顔に手を握られ、逃げられない。

 折角の女子会を大河が邪魔している感が否めない。

「2人の仲は、良いね?」

「そうだね」

「「うふふふふふ」」

 上品に2人は、笑い合う。

 高貴だけあって、その周囲には、花が見える。

 最初こそ敬語であったが、今では見ての通り、溜口ためぐちだ。

 マリアを含めた4人が摂っているのは、イタリア料理。

・スパゲッティ

・マルゲリータ

・リゾット

・カルパッチョ

・サラミ

・ゴルゴンゾーラ

・モッツアレラ

 ……

 現代の日本人が知っている様な料理の数々だ。

 因みに洋酒ワインは、キャンティ。

 未成年の朝顔とマリアは、飲めない。

 一方、成人の大河とヨハンナは、ちびちびとながらも楽しんでいる。

 キリスト教は、仏教やイスラム教と違い、食事制限が殆ど無い。

 信仰する民族・国家が幅広い為、キリスト教全体で統一的に禁止している事項はなく、基本的に信者は個人の好みに合わせて自由に食事をしているのが現状だ。

 もっとも、完全に無い訳ではなく、宗派によっては、禁止事項がある場合もある。

 又、ローマ・カトリック教会や東方正教会には断食や食事制限(主に肉類・アルコール類等)を一時的に行う習慣がある。

 食品別食事制限は、以下の通り。


・モルモン教(*1)

 禁止:・アルコール類

・アルコール入り調味料(料理酒、味醂みりん)等

・デザートに含まれるリキュール

・香りつけに使用するワイン

・カフェイン入り飲料(例:珈琲、紅茶、日本茶、緑茶)


「真田って、酒、飲めないんじゃなかったっけ?」

「はい。よく御存知で」

「欧州でも有名よ。貴方の下戸は」

 少し酔ったのか、頬が赤い。

「聖下も下戸なので?」

「そうよ。貴方と一緒ね?」

「聖下、酔い過ぎですよ」

 マリアがたしなめる。

「だって、羨ましいんですもの。恋が出来て。私も新教になろうかしら」

「「「……」」」

 酔っているとはいえ、爆弾発言だ。

 この場に記者が居ないのは、不幸中の幸いだろう。

 流し目で、大河を見る。

「違う人生だったら、貴方に惚れていたかも―――」

「駄目」

 朝顔が、大河を抱き寄せる。

「聖下、流石にそれ以上は、幾ら友達といえども譲れないよ?」

「冗談よ」

 ヨハンナは微笑み、朝顔は危機感を募らせるのであった。


 その晩、大河は当然の如く、朝顔に呼ばれた。

「ヨハンナは可愛い?」

「可愛いっていうか、美人だな―――」

「そうやって、手を出す」

 朝顔は、膝の上に乗ると、睨んだ。

「彼女には、手を出さないで」

「出すつもりは無いよ」

 これ以上、妻が増えると、後々厄介である。

 妻子が増えると、それだけ対立し易いのだから。

 朝顔を抱き締める。

「聖下は聖下だよ。それに彼女に限らず、縁談は断っているじゃないか?」

「……そうだけど」

 大河には、1日平均50件もの縁談の誘いが来る。

 彼の権力や資産を目的とした物が殆どだ。

 朝顔等、多くの妻達がこれ以上、恋敵が増えるのは嫌がり、危機感を募らせている。

 新妻に寵愛が向けられ、自分は愛されなくなるのではないか? と。

「現時点で、手一杯なのに、これ以上、増やす長所は無いよ」

「……本当だよね?」

「本当だよ」

 安心させる為に、接吻する。

「……約束して」

「……ヨハンナには、手を出さない」

「そう。私にも、天照大御神様にも誓って」

「ああ、誓うよ」

 ぎゅっと抱き締める。

けぬれば るるものとは 知りながら なほうらめしき 朝ぼらけかな」

 ―――貴女と一晩中過ごした夜が明けていく。

 夜はまたすぐに来るという事は分かっているが、それでもこの夜明け前の時間が恨めしい。

「……良い歌だな?」

「今の時間帯にぴったしでしょ?」

「……そうだな」

 火灯窓かとうまどから見える夜の月は、本当に綺麗だ。

「子供が欲しい」

「お市に触発された?」

「それもあるけど、1番は、累かな?」

 大河の実子の中で最年長の累は、誰にも懐き易く、朝顔も可愛がっている。

 朝顔13歳、累2歳。

 年の離れた姉妹の様にも見えるだろう。

「累を抱っこしていたら、母性が出たのか、謙信が凄い羨ましく感じるの」

「成程なぁ」

「貴方もある?」

「あるよ」

 独身時代、何度か、シリアで難民の赤ちゃんを抱っこした事がある。

 その時はどれだけ疲労困憊でも、その寝顔に癒され、数日戦えたものだ。

 子供の存在が戦える理由になる。

 戦友も多くが、子供の写真を肌身離さず持ち歩いていた。

 彼等が戦死した時は、可能な限り、棺にそれを一緒に収めていた事を思い出す。

 子供は国の宝であると共に、親の宝でもあるのだ。

「ただ、焦ったら駄目だよ。望み過ぎて出来なかった時は、相当、嫌だろう?」

「……うん」

 誾千代は、子供を欲しがっていたが、結局出来ず、その結果、病んだ。

 今では、大河の支えにより持ち直しているが、全快に至った訳ではない。

「……私、焦り過ぎ?」

「まぁな。でも、気持ちは分かるよ」

「……御免」

「責めてない」

 朝顔の首筋に口付け。

「あ♡」

 諭す様に言う。

「俺はね。正直な所、子供より、妻の方が生き甲斐なんだ」

「子供は2番目?」

「残念ながら本心だ」

 当然、華姫や累等の目の前では絶対に言わない。

「極論、子供は、作れる。でも、妻はこの世に1人だけだ」

「……そうだけど」

 嬉しい反面、複雑な表情を見せる朝顔。

 彼女は、子供が第一、という意見なのだろう。

 無論、それは否定しない。

 民主主義国家・日ノ本。

 言論の自由がある。

「……子供は、ゆっくりな? 最低後3年」

「16歳?」

「ああ」

「……分かった。我慢するよ。私の為だよね?」

「そうだよ」

「……じゃあ、接吻までね?」

「ああ」

 2人は、接吻する。

 夜通しずっと。

 これが、2人の夫婦生活だ。

 

 大河が朝顔と過ごしている頃、

「与祢、真田様はお優しい?」

「うん!」

 山内家の屋敷にて、与祢は一豊、千代と川の字になって寝ていた。

 夫婦は、大河にいたく感謝している。

 与祢を厚遇し、自分達の屋敷まで用意してくれたのだから。

 一豊は、不安げに尋ねる。

「夜の方はどう?」

「添い寝だけだよ」

「そう、か……」

 安心した様で、複雑な反応である。

 父として当然だろう。

 娘をこの歳で嫁に出すのは、受け入れ難い部分もある。

「当たり前です。与祢がもう少し大きくならないと、孕めないでしょう」

「与祢は、世継ぎを生みたい?」

「うん。10人位ね?」

「「多いなぁ」」

 夫婦は、微笑む。

 戦国時代が終わって以降、路頭に迷う可能性があった中、山内家は救われた。

 この御恩を世継ぎ、という形で返さなくてはならないだろう。

 今度は、千代が尋ねる。

「華様とは喧嘩しない?」

「まぁ……」

 あからさまに言葉を濁す。

 素直で分かり易い。

 与祢の山城真田家内での様子は、大河が逐一、書状で報告している為、夫婦はそれ程心配していない。

 唯一、不安に思っているのが、華姫との関係性だ。

 後継ぎ候補から外れたとはいえ、華姫は、大河から可愛がられている為、山城真田家内での影響力が無い訳ではない。

 極力、良好な関係性を築いた方が良いだろう。

「良い? 与祢?」

 真面目な顔で千代は言う。

「華様は、何だかんだで、真田様の御嬢様です。表面上だけでも仲良くしなさい」

「うん。分かってる」

 自分の行動次第では、家の発展にも繋がる。

「後、もう一つ。累様にもね?」

「累様?」

「はい。あの娘は、家の火種になりかねない存在です」

「火種?」

「あくまでも勘ですが、ね」

 女の勘と言った所か。

 累が、大河に恋しているのは、公然の事実だ。

 気付いていないのは、大河だけかもしれない。

「累様を危険視しろ、と?」

「そうは言っていません。あくまでも、注視しなさい」

「千代、流石にそれは―――」

「貴方は、黙って下さい。これは、女同士の話ですから」

「……はい」

 強い口調で言われ、一豊はシュンとする。

 平和な時代は、女性活躍社会だ。

 男性の権威は低下し始め、逆に女性の地位が向上している。

「ただ、危害を加えちゃ駄目よ。その時は、一族郎党撫で斬りに遭うから」

「うん。心得ているよ」

 大河の知らぬ所で、累の対策が成されているのであった。

 前田家でも屋敷でも。

「ふむ。真田様に愛されているんだな?」

「もう週4の頻度だよ」

「奥方が多いのに、凄いなぁ」

 感心しきりの利家。

 兎にも角にも、これで前田家は安泰だろう。

「母上は、又、妊娠したの?」

「そうだよ」

 まつは、大きくなった自身の腹を擦る。

「7人目よ。来年位に産まれる予定だよ」

「凄いねぇ……名前は決めているの?」

千世ちよだよ」

「良い名前。でも、山内様の奥様と同じ名前だね?」

「同音異義語だけどね。『幾代、平和な治で生きられます様に』って名付けたの」

「成程。じゃあ、私も妊娠したら、同じ位の年頃になるかな?」

「多分、そうだね。その時は、姉妹みたいに仲良く育てたいね?」

「母上は、女の子を希望?」

「どちらでも構わないわ」

 まつは、笑む。

「千世に合わせての事だから、別におのこでも良いよ」

 世継ぎ、という考え方からすると、男子の方が望ましいだろう。

 然し、時は男女平等。

 保守的な家は嫌がるだろうが、後継ぎが女性でも、何ら問題無い。

 現に立花家では、誾千代が当主として成功しているし、大河も一時とはいえ、華姫を後継ぎに指名していた。

 九州の英雄の1人と”一騎当千”が、そんなのだから、前田家でも女性が次代を担っても構わない。

 重要なのは、性別ではなくて、「有能かどうか」だ。

「貴女も早くはらむ事よ?」

「うん」

 まつに御腹をこすられ、幸姫は将来の妊娠に期待するのであった。


[参考文献・出典]

*1:CAN EAT

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