第387話 修道誓願

 ヨハンナが滞在中の帝国旅館に怪しい人影が。

「「「……」」」

 反ヨハンナ派の枢機卿達が放った刺客だ。

 彼等は、修道士の恰好をして、堂々と帝国旅館への侵入を成功させる。

 余りにも、簡単で笑いが込み上げて来そうな程に。

「(本当に出来そうなだな?)」

「(ああ)」

 刺客は、3人。

 余りにも大所帯だと、逆にバレ易い、との判断だ。

 3人は、教皇が滞在中の階層に着く。

 そして、部屋の前まで来る。

「……行くぞ?」

「「応」」

 合鍵を使って開けた。

「ようこそ」

「「「!」」」」

 執事の恰好をした大河が出迎えた。

「いやぁ、皆さん。お早いですな。流石、聖職者です」

 拍手しつつ、大河は、3人との距離を詰めた。

「「「!」」」

 3人は、一斉に抜刀する。

 が、それ以上の事は出来ない。

「あらあら、どうしました? 禁欲主義で腰抜けになったんですか?」

 大河が煽る。

 3人が微動だに出来ないのは、大河の背後に居た彼の部下達であった。

 弥助に孫六、武蔵に左近。

 山城真田四天王ともいうべき、有名な家臣団だ。

 吉継、三成もこの中に含まれるほどの有能なのだが、彼等は生憎あいにく敦賀勤務。

 ここには居ない。

「「「「……」」」」

 4人は、M16を構えて、今にも発砲しそうな勢いであった。

 大河は、わらいつつ続ける。

「歓迎式典ですよ。是非、御参加下さい」


 3人は、武器を奪い取られたものの、それ以上の事は無かった。

 只管ひたすら、肉を提供されるだけだ。

 毒殺を疑うも、何も無い。

 全く、意味が分からない状況だ。

 一方、提供者の大河は、一切、口にしない。

 あくまでも執事というていを守っているらしい。

 食事も一段落した所で、刺客は問う。

「美味しかったです。有難う御座います」

 リマ症候群というやつか。

 大河が余りにも好意的の為、刺客は当初の目的を忘れるくらいに楽しんでいた。

「いえいえ」

「この豚肉、非常に美味しかったです。どこの豚なんですか?」

「こちらになります」

 大河が、指を鳴らす。

 左近が台車を押して、やって来た。

「「「!」」」

 3人は、腰を抜かす。

 台車に載っていたのは、であったから。

 意味を知った3人は、嘔吐する。

「いや、持て成す事が出来たのは、こちらとしても、万々歳ですよ」

「「「……」」」

 現実逃避したのか、3人は無感情だ。

「大殿、流石にやり過ぎでは?」

 左近も引き気味だ。

「そうだな。でも、1回位、こういう時の人間の反応が見たかったんだよ。次はもう無いさ」

「……」

 信じられないが、それを口には出さない。

 大河は、愛妻家だが、やる時はやる男だ。

 敵対者は、例え出国しても追い続けるだろう。

 政敵の1人であるトロッキーをメキシコで殺したスターリンの様に。

 3人に提供されたのは、死刑囚。

 清の時代まで行われていた凌遅刑で殺害した男の肉を食わせたのである。

「こいつらどうするんで?」

「そうだな。南の首狩り族に輸出し様」

「人身売買は、非合法では?」

「それは、善良な市民のみだ。犯罪者は、適用対象外」

「……分かりました」

 明確な線引きで分かり易い。

 左近は、つくづく思った。

(この人は、狂っている)

 と。


 日ノ本は、南方の首狩り族や人食い族とも交流を深めている。

 もっとも、流石に大使を送る真似はしない。

 国としては認めないものの、輸出入でのみ交流する、という姿勢スタンスだ。

 刺客は、冷凍保存され、船に載せられる。

 死刑囚もだ。

 大坂で出航する船を見送った後、大河は京に戻る。

「楠、首謀者は判ったか?」

「枢機卿の一団よ」

「やっぱりか」

「あら、知ってたの?」

「まぁな」

ずるい」

 楠は、不満顔。

「勘だから確証を得るまでは言えないよ」

 高位者だからこそ、自分の言葉が簡単に風に乗り、流布される。

 それが誤報だった場合。発信源は責任が取れるだろうか。

 ギリギリまで隠し通すのは、当たり前の事だろう。

「それで、どうするの?」

「その事なんだが―――小太郎」

「はい」

 小太郎が、報告書を出した。

 先代の教皇の不審死に関する情報だ。

「こ、これは……?」

 楠は驚き、大河にしがみつく。

 ヨハンナを担ぎ上げ、彼女に殺人を犯させた枢機卿達の名簿リストが、そこにはあった。

「やっぱり、情報力は、良いなぁ」

「ばちかんにまで間者を?」

「現地の協力者だよ。『敵の敵は味方』だ」

 大河が利用したのは、新教プロテスタントだ。

 旧教プロテスタントと対立する彼等は、旧教を弱体化させる大河に好意的で、彼の求める情報は、何でも安価で提供してくれる。

 大河としては、旧教よりも新教の方が好印象の為、旧教がどうなろうが、知った事ではない。

 極論、旧教が滅びても、同情しないレベルだ。

「教皇に報告するの?」

「その必要は無い。逆に枢機卿達を殺る」

「え?」

「ヨハンナは調べた限り、嫌々、担ぎ上げられた被害者だ。いずれ限界が来るかもしれない」

「「……」」

「バチカンに手を出したくは無いが、腐っている以上、放置は出来ないよな」

 重い腰を上げる。

「「……」」

 くノ一達も神妙な面持ちだ。

「次期教皇に相応しそうな人物を選定しろ」

「あれ、教皇選挙コンクラーヴェは?」

「よく知ってるな?」

「勉強家だからね」

 楠は、胸を張る。

「腐っているんだ。中身を変えるのは、簡単だよ」

「買収?」

「さぁな」

 大河は、意味深にわらう。

・買収

・暗殺

 色々な事を考えているのかもしれない。

「ま、火刑だろうな」

 切支丹キリシタンが、恐れるのは、火刑だ。

 死後、復活出来なくなるのは、彼等にとって、悪夢である。

「大河って結構、残虐だね?」

「島津より、優しいと思うけど?」

「何ですって?」

 軽く首を絞められる。

 絞殺ほどではないにせよ、凄い力だ。

 もっとも、大河は簡単には、死なない。

「……」

 ユーフォ―キャッチャーの様に、楠を掴み上げる。

「あら、凄い力?」

「軍人だからな」


 暗殺団が返り討ちに遭った事に枢機卿達は、困り果てる。

「糞、どこで情報が漏れたんだ?」

「もう良い。神の軍隊はどうした?」

「接触を図っていますが、余り芳しくありません」

「役立たずが」

 枢機卿達は、苛立っていた。

 実の所、暗殺団を放ったのは、今回が始めてではない。

 毒殺や事故に見せかけての暗殺計画を行ったのだが、全て失敗した。

 まるで、カストロの様だ。

「警備が厳しいのか?」

「いや、あの車がある様に、全然、厳しくは無い」

「じゃあ、何故、出来ない?」

「分からない。神の御加護があるのかもしれない―――」

「女に加護などあるものか」

 枢機卿の多くは、女性の司祭に反対の立場だ。

 彼等が理想とする社会は、女人禁制で徹底した禁欲主義の中で宗教活動を行うアトス自治修道士共和国の様な世界だ。

 日ノ本にも女人禁制はあれど、ここまで徹底した所は存在しないだろう。

 女性は信仰に必要無し。

 それが、彼等の考えである。

 女性嫌悪主義者ミソジニスト、と言っても良いだろう。

「失礼します」

 枢機卿達の下に、小姓が、台車が押して来た。

珈琲コーヒーとなります。どうぞ」

 珈琲コーヒーが一つずつ、置かれていく。

「失礼しました」

 再び台車を押して戻っていく。

「あの小姓、同胞か?」

切支丹キリシタンだな。近々、欧州ヨーロッパに派遣される。そこで、聖下と謁見するんだと」

「今回の返礼?」

「そういう事だな」

 枢機卿達は、一口飲む。

「う……変な味がするな」

れ方間違えたんじゃないか?」

「かもな。猿に我々の崇高すうこうなる珈琲コーヒーが分かる訳が無い」

「そうだなwww」

 キャッキャッとわらい合う。

 この時、彼等は知らなかった。

 既に、大河の術中にハマっている事に。

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