第373話 怨気満腹

 大河暗殺未遂事件は、浅井家を動揺させた。

「この度の失態は、我々としても遺憾で……」

「あー。全然。気にしていませんから」

 大河は、達磨の様に四肢を失くした狙撃手を前に笑顔を浮かべていた。

「……!」

 男は、声を出せない。

 楠が打った薬が効いているのだ。

 場所は、京都新城の地下。

 国家保安委員会が、容疑者を尋問する部屋でもある。

何卒なにとぞ、処分は寛大で……」

「何もしませんよ。貴家とは家族ですから」

 大河は、男に向き直った。

 その素性は、既に明らかになっている。

 国家保安委員会が、数時間で集めたのだ。

 優秀な部下の御蔭で今後は、やり易い。

「主、どうします? この地下組織は?」

 男が所属しているのは、反政府組織・『神の軍隊』。

 弾圧された耶蘇教の過激派が、集まって組織されたパルチザンである。

 国家保安委員会の監視対象にしていたが、今回、その目を掻い潜って、京都新城敷地内にまで侵入した様だ。

「そりゃあ処分だよ」

 男が隠し持っていたロザリオを手に取ると、

「……造りは良いな」

 それから、大河は、ロザリオを鍋に入れる。

「主、どうするんですか?」

「溶かす」

「!」

 男が目を見開いた。

「神様もどう思っているんだろうな? 信者がこんな暴力を採るとはな。平和な宗教じゃないわな」

「……!」

 反論し様にも口が利けない。

 一言も喋らせない。

 それが、今回、大河の選んだ策であった。

 蝋燭に火を灯し、男のへそに突き刺す。

「!」

「董卓の完成だな」

 大河は嗤うと、錆びた日本刀を用意し、

「直ぐに死ぬなよ? 楽しませてくれや」

「! ……! ……!」

 足首、背中、頬と。

 急所を敢えて外し、拷問ゲームを楽しむのであった。


 男が死んだ後も暫く拷問を楽しんだ後、大河は漸く、手を止めた。

 男の体は、危機〇髪ゲームの様に、穴だからけだ。

 蝋燭の火で皮膚が焼け、脂が染み出し、悪臭がする。

 小太郎と楠、鶫は、マスクを装着しているが、並の人間には、耐え切れない程だろう。

 現に浅井家の家臣団は、耐え切れず逃げ出している。

 嗅覚が馬鹿になっているのか。

 アドレナリンが出て、感覚が麻痺しているのか。

 この状態で素面な大河が異常だろう。

「さぁて」

 大河の肌は、まるで赤子の様に清い。

 ”血の伯爵夫人”の様に、血が若返るたちなのかもしれない。

「戦争だな。楠、貧民街を潰せ」

「島津隊に任せて良い?」

「良いよ」

 神の軍隊は、貧困層を中心に支持を集めている。

 富裕層を相手に強盗を働き、その得た金をばら撒いているので、義賊の様なものだろう。

 然し、犯罪を資金源にしている為、犯罪組織には、変わりない。

「……若殿、死体は?」

「豚に食わせておけ」

「は」

 大河は、小太郎と共に退室。

 そして、私室に入った。

 そこでは、侍女が待っていた。

「「「若殿、御疲れ様でした」」」

「ああ」

 適当に返し、大河は椅子に座る。

 与祢が、その膝に飛び乗った。

 甘えたい―――のではなく、大河の怒りを鎮める為だ。

 返事の仕方と雰囲気で、彼のその深さを3人は、気付いたのである。

「若殿、昨晩は、申し訳御座いませんでした」

「何が?」

「帯同しておきながら、襲撃の際に居なかった事です」

「あー……」

 大河は、頬を掻く。

「その事なんだが、さ。やっぱり、護衛は、用心棒で良いと思うんだ」

「え?」

 瞬間、与祢は、凍り付く。

「俺はさ。君達が死傷するのは嫌なんだよ」

 そして、与祢を抱き締める。

 と、同時に、鶫、アプトを見た。

 2人共泣き顔だ。

「済まんな……」

「若殿がそう仰るなら……」

 2人は、悔しそうだが、反対はしない。

 大河の想いを汲み取っているのだろう。

 一方、与祢は、嫌がる。

「……私は」

「うん」

「死んでもいいので、若殿の御傍に居たいです」

「……親御さんは、悲しむぞ?」

「武人ですから」

「……そうか」

 大河は、それ以上、何も言わない。

 愛しているからこそ、束縛は極力したくない。

 皆を想っての事なのだが、それが嫌なのならば、仕方が無い。

 強要はしないのが、大河の流儀だ。

 与祢の頭を撫でて、思いやる。

「有難う。じゃあ、与祢には、今後も一緒に居て欲しいな?」

「! 本当ですか?」

「ああ。一緒に居たいから」

「……若殿」

 先程以上に涙を溜め込む。

「大好きです♡」

 破顔一笑。

 両目から涙を流し、鼻水を垂らして大河に抱き着く。

 顔面がそれで汚れるが、大河は気にしない。

「……愛してる」

「私もです♡」

 与祢は、太腿に自分の股を擦り付けた。

「若殿、愛を下さい♡」

「未だ早いよ」

「え~。良い時機なのに」

 そこは、遵守する大河である。

「若殿は、私と陛下には、Aまでですよね?」

「そうだよ」

 昔、日本で、恋愛のABCなるものが流行った。

 A=接吻

 B=前戯

 C=H

 という様なものだ。

 この派生として、

 D=妊娠する事

 E=結婚する事

 F=家族になる事

 平成以降は、

 H=H

 I =愛が生まれる事

 J =子供ジュニアが出来る

 K=結婚する事

 となっている(*1)。

 この方式に当てはまれば、山城真田家の殆どの女性陣は、Fだが、与祢の言う通り、彼女と朝顔は、Aまでだ。

「私も早くJにまで行きたいんですけど?」

「焦るな」

 与祢の涙を拭きつつ、大河は、更に強く抱きしめる。

「大事だからこそ、体が成熟するまで待ってるんだよ」

「でも……世継ぎが」

「そこは考えなくて良い」

 家の事を第一に考えるのは、否定しない。

 大河も家長だからこそ、山内一豊と同じ思いだからだ。

 与祢の背中を撫でつつ、大河は、アプトを手招き。

「若殿? ―――あ♡」

 

 寝た後、大河は、小太郎と与祢を連れて、大広間に居た。

 朝顔に呼ばれたからである。

 京都新城最上階が、彼女の部屋だ。

「昨晩は、大変だった様ね?」

 大河の姿を見るなり、心配そうに覗き込む。

 一睡もしていない事を確認すると、自分の膝を叩いた。

「ここで寝て」

「膝枕?」

「そうよ。心配だから」

「有難いけど、それだったら自分の部屋で寝―――」

「ん?」

「何でもないです。はい、御免なさい」

 上皇には、歯向かえない。

 これは、夫ではなく、近衛大将としても事もあるだろう。

 言われた通り、大河は、膝枕を堪能する。

 与祢、小太郎は、彼の足を揉む。

「……昨日は、散歩していたそうね?」

「ああ」

「何か最近、悩み事でも?」

「ん? いや、無いよ。単純に目が冴えていただけだから」

「ふ~ん……」

 何か思う事があるのだろう。

 然し、朝顔はそれ以上、追及はしない。

 思想の自由の下、例え夫婦でも、深くは聞き出さないのが、常識人であろう。

「早死にしないでね?」

「ん?」

「私の心の支えは、貴方だから」

「……ああ」

 2人は、接吻する。

 後世のダイアナ妃は、過食症を患った。

 ―――

『プレッシャーに影響されました。

 公務で外出する日は胃も心も空虚になって帰宅するのが常でした。

 その頃私は瀕死の人や重病者、結婚生活に悩む人と関わっておりましたが、帰宅すると先程まで沢山の人を慰めていたのに、自分自身をどう慰めたらいいか分からず、冷蔵庫の中の食べ物を胃の中に流し込むのが習慣になってしまったのです―――1日に4回か5回、時にはそれ以上お腹一杯に食べます。

 すると気分が楽になります。

 2本の腕で抱かれているような気分になるのです。

 でもそれは一時的なものです』(*2)

 ―――

 精神的支柱である大河が居なくなれば、朝顔の心の均衡バランスは、忽ち崩れ、過食症等を発症しても何ら可笑しくは無い。

「……」

「何?」

「いや、朝顔ってさ。段々、美人になってない?」

「え? そうなの?」

「やっぱり恋が変えるのかね?」

「多分ね。でも、1番の原因は、貴方よ」

「俺?」

「貴方は、改革者よ」

「そうかな?」

「そうよ」

 大河の頬に口付け。

 大きなハートマークが出来た。

「口紅、濃くなったな?」

「あ、違いに気付いたんだ?」

「それ位はな」

「もう少し薄いのが良かった?」

「好みは薄い方だな。でも濃くても、自分の趣味だろ? 俺に配慮しないで好きなの選び」

「有難う♡」

 何度も口付けし、大河の顔はキスマークで溢れていく。

 100個位付けた後、満足したのか、朝顔は、壁に背中を預け、瞳を閉じた。

 相当、心配していたのだろう。

 朝顔も又、寝不足の様だ。

「……zzz」

 船を漕ぎ出す。

「(小太郎)」

「(は)」

 機転を利かした大河の指示に小太郎は、動く。

 押し入れから毛布を出し、朝顔の肩にかける。

 城内とはいえ、寒いのは寒い。

 ここで転寝したら、風邪でも引くだろう。

「(若殿)」

「(主)」

「(ああ、俺達も昼寝だな)」

「「(はい♡)」」

 2人は、大河の脇に入り込む。

 こうして4人は、仮眠するのであった。


[参考文献・出典]

*1:Racoon

*2:石井美樹子『恋する王冠 ダイアナ妃と迷宮の王室』御茶の水書房 2000年

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