第374話 聖体拝領

 大河の耶蘇やそ会に対する締め付けに対し、立ち上がったのが、耶蘇やそ会過激派で構成されたのは『神の軍隊』。

 元々、敬虔けいけんな信者達の集合体であったが、近年の耶蘇やそ会に対する偏見への強さから独自に自警団を組織していた。

 幸い、日ノ本を耶蘇やその国にしたい国々は、大勢ある。

 その国々の支援を受けて、武器弾薬を得て、密かに国家転覆を計画していた。

 現代で分かり易い例だと、トルコが近いかもしれない。

 トルコは代々、軍部が政教分離原則を遵守しているのだが、場合によっては、イスラム教を推す政府と対立する事がある。

 その直近の出来事が、2016年に起きた政変未遂であろう。

 この時、反乱軍は、代々の伝統である政教分離原則を守っていきたかったのだが、イスラム教を推したい大統領と対立。

 彼が休暇中に首都等を襲い、政変を狙ったのだが、

・計画の準備不足


・国民からの不支持


・諸外国からの非難


 等、沢山の事が重なって失敗。

 逆に、処分を受ける等、当然の様な末路を迎えた。

 もっとも、大統領も処分を遣り過ぎた結果、

・軍人

・警察官

が人手不足となり、その後、国内でテロが頻発してしまうという悲劇が起きてしまったが。

 その頭目は、マルコ。

 洗礼した為、和名は捨てた。

「……失敗したか」

「簡単に侵入出来たのは、こちらとしても驚きです。完璧ではない事が判りました」

 マルコは、顎を撫でる。

「……いや、奴の事だ。陽動かもしれない」

「では、我々の動きは、筒抜けと?」

「多分な」

 決行日翌日の国営紙には、何もその事件は、報じられていなかった。


『【京都新城の浅井邸で爆発】

 昨日未明、京都新城敷地内にある浅井邸で爆発があった。

 琵琶湖を模した大きな池が突如、爆発した様だ。

 報道官によれば、

「水道管が破裂しただけ。鯉が数匹死んだだけで、人的死傷者は居ない」

 と説明している』


 どこにも暗殺者や笛等の事は書かれていない。

 国民に真実ではなく、事実のみしか伝えない、という大河の姿勢が分かる。

「……同志は?」

「行方不明です」

「「「……」」」

 居並ぶ誰もが、驚かない。

 大河と敵対した者の末路は、

・死

・行方不明

 のどちらかだ。

 死体になっても、ほぼ遺骨が実家に送られる事は少ない。

 あっても、柴田勝家等、大河が認め、敬意を払う者くらいだ。

「……」

 マルコは、洋書———『のすとらだむすの大予言』を開く。


 ―――

乙亥おつぼくのいのししの年、空から黄色い魔神が来るだろう。

 兵馬俑を蘇らせ、

「我は死神なり、世界の破壊者なり」

 という言葉と共に世界を支配するだろう』

 

 通詞つうじの訳し方で、西洋感0だが、要約すると、


『1575年、空から黄色い魔神が降り立ち、兵馬俑へいばようを蘇らせ、

「我は死神なり、世界の破壊者なり」(*1)

 という言葉と共に世界を支配するだろう』


 これは、ノストラダムス(1503~1566)の詩集なのだが、彼が占星術師(本人は、「占星術師」ではなく「愛星家」という肩書きを名乗る事が度々あった))であった事を良い事に出版社が、彼の死後、『予言集』と銘打って、再販したのだ。

 その結果、飛ぶ様に売れ、日ノ本まで伝わっていた。

 一部の切支丹は、現世を患難かんなん時代と位置付け、この予言集を聖書と同一視していた。

・戦乱

・疫病

 を救う最新の聖書として頼りにしているのである。

 無論、詩集なので、一切の宗教性は無いのだが。

 一部の切支丹と同じ様にマルコは、本気でこの内容を信じていた。

「この魔神こそ、真田だ。あ奴は、乙亥きのといの年に突然、現れ、瞬く間に各武家を乗っ取り、吸収し、浅井家を蘇らせた。まさに予言通りだ」

「そうだ!」

「ぶっ殺せ!」

「あいつこそ邪神だ!」

 現代でも陰謀論を信じて止まない人々が居るが、マルコ達はその類であろう。


 その特徴は、次の通り(*2)。

・真実は我にありという絶対的な確信

 例

「俺は常に正しい!」「俺だけが真実を知っている」「他の奴は皆馬鹿だ」


・アメリカ等の「権力者」は必ず陰謀に関わる義務があると思っている

 例

「あれもこれも全部○○の仕業に違いない!」「もしかしたらそれも○○が…!」


・反論する人間は内容を読む前に「陰謀に加担している」と断定し、話を聞こうとしない(説得不可能)

 例

「お前ら○○の手先だな!」「○○はここにまで浸透しているのか!」「工作に違いない!」


・陰謀論を信じる者以外を敵と見なしている為、投票や多数決等の民主主義的な意見決定を全く軽視する

 例

「国民は操作されてる」「投票も操作されてる」「警察も議会もテレビも新聞も官僚も……」


・どんな立場の人間でも、陰謀に加担していると見なせば人間扱いしない

 例

「友人でも親でも子供でも上司でも同僚でも女でも障害者でも病人でも、陰謀に加担した奴は容赦しない!」


・故に無責任な中傷や名誉毀損を大いに楽しみ、デマを指摘されても開き直る

 例

「怪しげな行為を働くから酷い目に遭うんだ! 俺は悪くない!」


・時代の変化や流行の流行り廃り、実績を考慮しない。

 ―――

 マルコ達の場合は、人民寺院の様なカルト教団と方が適当かもしれない。

「日ノ本を神の国に!」

「「「えいえいおー!」」」


 時は同じくして、場所は欧州―――バチカン市国、バチカン宮殿。

 そこで新教皇、ヨハンナは、読書していた。

 ―――

Cipanguジパングは、Qitaiカタイ(現・中国北部)の東の海上1500miマイルに浮かぶ独立した島国で、莫大な金を産出し、宮殿や民家は黄金で出来ている等、財宝に溢れている。

 又、Cipanguには、偶像を崇拝する者(仏教徒)と、そうでない者とが居り、外見が良い事、又、礼儀正しく穏やかである事、葬儀は火葬か土葬であり、火葬の際には死者の口の中に真珠を置いて弔う習慣がある』(*3)

 ―――

 本を閉じて思う。

(……ジパング、か)

 日ノ本に対する欧州の心象は、はっきり分かれている。

 一つは、好意的な意見。

 日本趣味ジャポニズムがその代表例だ。

 日ノ本への旅行を望む貴族や王族は多い。

 日ノ本と行き来している商人は、欧州では、現代のサッカー選手並に高収入である。

 無論、海賊や山賊に襲われる危険性がある為、サッカー選手とは違い、命の保証は無い職業であるが。

 もう一つは、恐怖心。

 モンゴル帝国がポーランドまで攻め入った様に、日ノ本も又、中欧までやって来た。

 更に恐ろしいのが、それが全軍ではなく、一部隊である事。

 空を飛ぶ鉄の鳥や、大木のみならず家々をも踏み潰す巨大な戦車まで兼ね備え、その上、連発式の自動小銃まで持っているのは、未だに信じられない。

「……」

 イギリス大使から貰った大河の肖像画を見る。

 若いが、ベルフェゴール(怠惰たいだ、好色を司る悪魔)の様な恐ろしい見た目だ。

 米神からバッファローの如く、角が生え、へそまで伸びた髭。

 全裸で、同じく全裸の女性の肉体を舐めている。

 余りにも悪く書かれ過ぎて、原形が分からない。

 ただ、司祭を火刑に処す等、問題のある人物だと聞いている。

(……国交を結んだ方が良いだろうな)

 枢機卿の中には、先の大戦で日ノ本が派兵した事への恐怖心や、十字軍遠征の調停役を蹴った日ノ本に対する心証が悪い。

 然し、国交が無い以上、友好関係が構築出来ない。

 非公式に司祭を何人か送っているが、返事があるのは、ジョヴァンニだけだ。

 後は、日ノ本に監禁されているのか、殺されたか、旅の途中で事故死したか分からない。

 鈴を鳴らす。

 執事が来た。

聖下せいか、御呼びでしょうか?」

「日ノ本に行く」

「は?」

「二度は言わん。『時は金なり』『思い立ったが吉日』だ」

 急転直下で、訪日を決めるヨハンナであった。


 バチカンは、日ノ本と国交が無い為、第三国を介してしか交流出来ない。

 その白羽の矢が立ったのが、イギリスであった。

「日ノ本ね。聖下に『謹んで御受け致します』と返書を」

「は」

 エリザベス女王の勅令に秘書官は、敬礼して去っていく。

 大英帝国とバチカン市国も厳密には、国交が無い。

・ヘンリー8世の離婚問題


・国王至上法によってイギリス国教会設立


 によって、ローマ教皇がイギリス王を破門する形で断絶していたのだ。

 史実と違うのは、”処女王”―――エリザベス女王とヨハンナが以前から竹馬の友であった事。

 その為、ヨハンナが就任して以降、両者は歩み寄りを見せ、国交を回復させていたのだ。

 無論、友情の為だけに協力するのではない。

 大河をもっとよく知りたい、とエリザベス女王は考えていた。

(……教皇が日ノ本に行く時は、我が軍が護衛させて、我が国の存在性を世界にアピールし様)

 大英帝国の目論見と、バチカン市国の目的。

 両国の思惑が重なるのであった。


[参考文献・出典]

*1:ヒンドゥー教の聖典『バガヴァッド・ギーター』11章32節

*2:「なぜ人はニセ科学を信じるのかⅡ」(マイクル・シャーマー 訳:岡田靖史 早川書房 2003年 一部改定

*3:『東方見聞録』

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