第335話 摂取不捨

 万和3(1578)年12月24日。

 数日前から降り続いていた雪は弱まり、京はホワイト・クリスマスになった。

 この日、大河はお初、阿国を連れて、買物に出掛けていた。

「兄様、この帽子、可愛いですね?」

「ああ、おろしあの物だからな」

「『おろしあ帽』というんですか? 初めて見ました」

 百貨店で女性陣が注目したのは、独特な形をした毛皮の帽子。

 現代だとロシア帽ウシャーンカという名前で製品化されている物だ。

 毛皮の耳当てが付いた帽子は、ロシアの心象が強いが、現代まで使用されているロシア帽の基になったのが出来たのは、20世紀の事。

 白軍の司令官、アレクサンドル・コルチャークが、冬服の軍帽にそれを採用した。

 然し、白軍は、内戦に負け、赤軍であるソ連は、それを認めなかった。

 代用品になったのが、ブヂョーンヌィ帽という兜帽ヘルメットに似せた物であったが、耐寒性が無く、冬戦争で多くの凍死者を出してしまう。

 戦後、ソ連は、その反省を踏まえ、フィンランドが使用していた『turkislakki M36トゥルキスラッキ』を基にした軍帽を開発した。

 それが、現代も使用されているロシア帽である(*1)。

 この為、ロシア帽は、「ロシア」と名の付くものの、発明者はフィンランドと言えるだろう。

 日本で近い現象は、中華料理で御馴染みの回転ターンテーブルが、実は日本人が、

「席に座ったまま料理をとりわけ、次の人に譲る事が出来ないか?」(*2)

 と考え、昭和7(1932)年に考案したのが起源とされる(*3)。

 これを世界中に広めたのが、華僑だ。

 便利である事に目を付けた彼等は、世界中の中華料理店で導入される様になった。

 その結果、日本発祥というのが薄まったのだろう。

 現代でも多くの中国人もこの事実を知らない、と思われる。

 日本が表立って起源を主張していない事もあるだろう。

 この『おろしあ帽』も同じで、実はフィンランド産ではない。

 当然、ロシア産でもない。

 大河が自前の企業に企画書を出し、開発された物である。

 メイド服やスクール水着、ブルマ等と一緒に山城大河ブランドの代表作の一つだ。

「これ、全員分、買おう」

「そうですね。母上も喜びます」

「これで踊ったら可愛いかも」

 お市を想う心優しいお初と、着眼点が踊り子らしい阿国だ。

 大河は、3m程離れていた与祢に問う。

「与祢、今、何時?」

とりこく(午後5~7時)です」

「じゃあ、そろそろ帰るか。あ、皆も自由も選び?」

「「「は」」」

 アプト、与祢、珠は許可が出てから選び出す。

 それまでは侍女に徹し、以降は婚約者とちゃんと切り替えているのだ。

 彼女だけでなく、更に後方に居た秘書、奴隷、愛人の3人も動き出す。

 1テンポ遅れたのは、わざとでない。

 婚約者達に配慮しての事だろう。

 婚約者達は侍女でもある為、好きな物は自分の財布から出す。

 一方、愛人達は大河の御小遣いで暮らしている。

 別段働いても良いのだが、愛人である以上、同僚となった女性の目を気にする事になるだろう。

 なので、自然と物理的に大河の近距離でしか働けないのだ。

 大河は椅子に座り、先に会計を済ませた阿国とイチャイチャ。

「真田様、似合います?」

「ああ。可愛いよ」

「もっと言って下さい♡」

「ああ、世界一の踊り子だよ」

「もう、そこまでは、言い過ぎです♡」

 100人傍観者が居たら、「バカップル」と言うレベルだろう。

「あ」

「おお、政宗。久々だな」

 少数の家臣を連れた政宗とばったり。

「逢引中ですか?」

「ああ」

「あー……」

 ちょっと迷った顔。

 相談したい事はあるが、時機タイミング的に悪いかな? と、困惑したそれだ。

「華への贈答品か?」

「! ……まぁ、そうですね」

「若殿、私達はかわやに行ってきます。真田様、私達はこれで」

「え? あ、おい!」

 家臣団は、理由を作って何処かへ行ってしまった。

 大河と居るのは緊張するのと、華姫の好みを聞くなら、彼に聞くのが1番という判断なのかもしれない。

「全く……不忠者め」

 口では悪く言うものの、笑みは隠せていない。

 配慮は、純粋に嬉しいのだろう。

 逢引を邪魔される大河には、溜まった事では無いが、政宗は年の離れた友人の間柄だ。

 義弟の様に可愛がってもいる。

 無碍むげには出来ない。

「お察しの通り、華様への贈答品です」

「聖夜の?」

「はい」

 百貨店が、「聖夜クリスマスは、恋人と過ごそう」と宣伝し、聖夜クリスマス商戦を行っている為、政宗の様に想い人に贈答品を送る予定の客も多い。

「華の好みねぇ……」

「真田様なら分かるかと」

「期待してくれるのは、有難いが、華の全てを把握している訳じゃないからな」

「……」

「ま、娘を送り出す気は更々無いが、一応、縁だからな」

 スマートフォンを取り出して、自宅に電話をかける。

『はい、はなです』

「俺だ」

 オレオレ詐欺みたいになりそうだが、向こうは、京都新城。

 ディスプレイに表示されているAI人工知能の声帯認証でも、華姫と認定している。

 オレオレ詐欺になる事は、まず無い。

『! ちちうえ?』

「そうだよ」

『大好き♡』

「分かってるよ」

 電話でも、甘えたがりは変わらない。

 これが数年後、思春期になった時、嫌いになるのだから、それまでの短い幸せでもある。

 もっとも大河はその様に考えていても、華姫に思春期が来るかどうかは、今の恋愛感情からすると分からないのが、本当の所だろう。

「今、百貨店なんだけど、何か欲しい物あるか?」

『ほしいもの? ちちうえがほしいな?』

「有難う」

『まっててね。いま、かんがえるから』

 結果論であるが、政宗と遭遇すると分かっていたら、最初から華姫も連れて来ても良かったかもしれない。

 今回は。冬休みの宿題をさせる為、御願いされても学業を優先させたのが、裏目に出た形だろう。

『……ふたつでもいい?』

「物にもよるがな。何だ?」

『こーすいとせっけん』

「理由は?」

『ちちうえごのみのおんなになる!』

 鼻息荒く答える華姫。

 嫉妬らしく、聞き耳を立てていた阿国が、大河の首筋に噛みつく。

 吸血鬼の様に。

「分かった。検討するよ」

『あいしてるよ~♡』

「……有難う」

 愛の告白をされ、大河は、苦笑いで通話を終える。

「何でしたか?」

「石鹸と香水だとよ。俺好みの女になりたいそうだ」

「華様に愛されて羨ましいです」

「褒めても何も出ないぞ?」

「分かっていますよ。認めて下さる漢になる様、精進させて頂きます」

 眼帯が、きらりと黒光り。

 少年は、男から漢になる為、改めて決意するのであった。

 華姫を絶対に幸せにしたい、と。


[参考文献・出典]

*1:ウィキペディア

*2:ホテル雅叙園東京 HP

*3:TABIZINE 2017年10月24日

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