第336話 聖夜ノ恋

 百貨店で逢引を楽しんだ後、大河は朝顔の下へ行く。

 お供は居ない。

 本当の意味で、夫婦水入らずを楽しむ為だ。

 ……正確には、小太郎が天井裏に潜み、警護に徹しているが。

 彼女は愛玩奴隷でもある為、人数に加えなくても良いだろう。

「……真田?」

 約束もしていないのに来た夫に、朝顔は、驚く。

 そして、直ぐに笑顔になる。

 何だかんだで2人は、鴛鴦おしどり夫婦だ。

「体調、どうだ?」

「? 急に何?」

「いや、最近、落ち込んでいるからさ」

「大丈夫よ。貴方は良いの?」

「何が?」

「立花や上杉、お市が待っているじゃないの?」

「今回は、実家と過ごすそうだ」

 朝顔の体調不良をおもんばかった女性陣は、それぞれ実家の屋敷でこの2日間を過ごす。

 誾千代は、道雪と共に立花家で。

 お市は、三姉妹と猿夜叉丸と共に浅井家で。

 謙信は、景勝、累と共に上杉家で。

 珠も与祢もそれぞれ、光秀の待つ明智家や山内一豊の居る屋敷で。

 ……

・実家が遠方になった千姫

・元々、実家が無いエリーゼ

・天涯孤独のアプト

・華姫、鶫

は、集まって、聖夜を過ごすという。

 なので、大河はこの2日間、自由だ。

 朝顔も御所に帰る事は出来なくは無いが、帝に気を遣われるかもしれない為、帰り難い。

「よっこらせ」

「!」

 朝顔の隣に座ると、彼女は、びくっと、体を震わせた。

・2人きり

・12月24日

・大河の穏やかな雰囲気

 夫が自分を望んでいるのは、明白だ。

「……私は」

「知ってるよ。単純に会いに来ただけだから」

「え?」

「約束は守る。手は出さない。そこまで俺は堕ちていないからな」

「……」

 普段はとっかえひっかえ、女性陣と乱痴気騒ぎを起こしている癖に、手を出さないのは、異例だろう。

(私に魅力無いのかな?)

 朝顔とて12歳。

 自分の外見的評価を気にする年頃だろう。

 安全なのは、嬉しい。

 然し、魅力が無いのならば、ショックだ。

「……」

 ちらっと、大河を見た。

「?」

 穏やかな雰囲気のまま、紅茶を淹れている。

「どうした?」

 意を決して。

「……本心を聞かせて欲しいの」

「何が?」

「私って……どう思う?」

「そりゃ好きだよ」

「! 有難う……」

 簡単に言われ、朝顔は真っ赤になる。

 間髪言われる事は薄っすら感じていたが、言われると恥ずかしい。

 然し、こうもいけしゃあしゃあと言えるのだから、普段から言え慣れている可能性も否めない。

「……本当?」

「そうだよ。だから、約束した年齢まで待つんだよ」

「その時が来ても、私が、怖がっていたらどうするの?」

「その時は待つさ」

「一生、来なくても?」

「ああ。一緒に居るだけで、楽しいからな。子供だけが幸せじゃない」

「……」

 誾千代を連想する。

 彼女は、不妊だが、幸せそうだ。

 大河から最も寵愛を受けているのもあるだろうが、不妊症を受け入れてくれた事は、相当、大きいだろう。

「後継ぎの事は、他の皇太子様や皇女様が任せれば良いだろう。変に考え込むと、精神衛生上、悪い」

「……私との子供は欲しい?」

「欲しいよ。好きだから」

 大河は、即答した。

 その真面目な顔は、普段、色んな女性に鼻を伸ばしている好色家とは思えない程のギャップだ。

「でも、子供は、コウノトリ次第だ。どれだけ頑張っても出来ない時はある。こればかりは、変えられんよ」

「……」

「朝顔が、怖いのは分かる。だから、俺は待つよ。ずーっとこのままの関係でも良い」

 朝顔の前に紅茶が置かれる。

「若し、俺が重いと感じるならば、迷わず言ってくれ。直せる所は直したいし、若し、無理ならば、別れてくれても良い」

「!」

「朝顔の重荷になるのだったら、俺は駄目な夫だった、という訳だ」

「……」

 そう言われると、自分が責められている様にも感じられる。

 無論、大河が、そんなねちっこい男ではない事は重々承知の上だ。

「……そんなに私が大切?」

「そうだよ。好きな人の幸せを願っても良いだろう?」

「……」

 次に大河は、イギリス産のクッキーを差し出した。

 公務で疲れた時に朝顔が時々、食べる大好物を。

「……次は、物で釣る気?」

「要らないなら―――」

「要らないとは言ってないわ」

 鳶の様に掻っ攫うと、朝顔は、手掴みで食べ出す。

 不作法だが、侍従長等、礼儀作法に厳しい人達が周りに居ない為、リラックスして食べる事が出来る。

「御代わり」

「はいはい」

 まるで母の様に大河は、世話を焼き、2袋目を開けるのであった。


 日付が変わり、暦は、万和3(1578)年12月25日に。

 深々と冬は、降り続いている。

 都内は、以前の雪害の教訓として、ロードヒーティングされている為、以前程積もる事は無い。

「……寒いわね」

「そうだな」

 2人は、仲良く炬燵こたつ《こたつ》に入って、蜜柑を食べていた。

 普段は、夜更かしする事は無いのだが、今回は聖夜という事で、特別だ。

「ケーキ、食べる?」

「あるの?」

「あるよ」

HER〇のバーのマスターの様に答えて、大河は冷蔵庫から取り出す。

 苺のショートケーキのホールを。

「大きいね?」

「これだけありゃあ十分だろう? 足らなければ買って来るけど?」

「良いよ。有難う♡」

 優しさだけでも、もう既にお腹一杯だ。

 オレンジジュースを盃に注ぐ大河の肩に頭を預ける。

「眠たい?」

「それもあるけど、有難うね? 色々」

「何がよ?」

 大河は、笑顔を振り撒いて、朝顔の前に盃を置く。

 オレンジジュースなのは、子供扱いされている感が否めないが、大河が酒に良い印象が無い為、仕方の無い事だろう。

 朝顔も酒を好まない。

 未成年であるが為、飲酒歴は無いが、明治天皇が酒を好んだ為に寿命を縮めた歴史がある様に、やはり酒は病気にも繋がり易い。

「気を遣ってくれているんでしょ?」

「そうだよ。好きだからな」

「あんまり何度も言うと、逆に軽く感じるけどね?」

 頭を擦り付けつつ、朝顔は、フォークでケーキを突き刺して食べる。

「切り分けないのか?」

「じゃあ、御願い」

「へいへい」

 ナイフを使って、ショートケーキにしていく。

「……やっぱり、大きいから1人じゃ無理ね」

「そうだな。残った分は、明日以降、食べるか?」

「そうしたいけれど、独り占めは、悪いわ。今、起きている人で参加したい人を呼んできてくれる?」

「はいよ」


 そして、幸姫、松姫、アプト、阿国、楠が集まった。

 エリーゼや千姫等は、既に就寝中で不参加である。

 彼女達の場合は、子持ちなので、仕方の無い事だろう。

 朝顔も無理矢理起こし、参加させる程のパワハラ上司ではない。

「陛下、良いんですか?」

「良いよ。食べて。遠慮しないで……ふわぁ」

 松姫達は、戸惑うも、朝顔が勧める以上、断る理由が無い。

 朝顔は、大河の膝に乗っている。

 既にお眠らしく、時々、欠伸を漏らしいた。

「もう寝るか?」

「良い。今、楽しいから」

「そうか」

 が、暫くすると、

「zzz……」

 船を漕ぎ出した。

 上皇とはいえ、12歳。

 夜更かしは、難しい所があるだろう。

 朝顔に配慮しつつ、女性陣は楽しむ。

「(若殿、あーんして下さいます?)」

「(アプト、狡い。ここは、順番からして私でしょ?)」

「(楠様、なら、新妻の私に譲って下さいよ)」

「(幸様、怒らないで下さい。ほら、アプトもどさくさに紛れて真田様に抱き着かないの)」

「「「(((頬擦りしている松が言うな)))」」」

 静かに口論している。

 唯一、会話に入らない阿国は、ショートケーキを食べて、その美味しさの余り、ベリーダンスを披露していた

 パトリスに教わった為、阿国が、日ノ本初のベリーダンサーかもしれない。

「……」

 ブラジャー風のトップスで妖艶に踊る様に、大河は、見惚れるのであった。


「ジャー! ジャー!」

 明け方。

 カケスが鳴く中、松姫は、目覚めた。

「……ううん」

「お早う」

「! 真田様?」

「寝顔も可愛いな?」

「……!」

 寝惚け眼が、一瞬にして開かれる。

 本当にこの男は、女性に対するONとOFFの切替スイッチが無い様だ。

 常にONなのかもしれない。

 はだけた夜着を直しつつ、松姫は、炬燵こたつから出る。

 が、

「!」

 ブルっと、体を震わす。

 不随意の筋肉の痙攣ジャーキングではない。

 言わずもがな、寒さによるものだ。

 直ぐに炬燵こたつに舞い戻る。

「まだ寒いからな。ゆっくりすれば良い」

 と言う大河だが、自分は寒空の下、半裸で木刀を振るっている。

 時刻は、午前4時過ぎ。

 まだまだ薄暗い中、一体この男は、いつ眠っているのだろうか。

 不思議に思う。

 体から湯気を出始めた頃、大河は、素振りを止めた。

「小太郎」

「は」

 傍に居た小太郎が、お湯を消火作業の如く、ぶっかける。

「主、今後は?」

「うん? 又寝るよ? それとも、寝たい?」

「はい♡ 、お願いします♡」

好事家こうずかだな?」

「開発されましたから♡」

 2人は、早朝からイチャイチャ。

「……」

 少しだけ松姫は、むっとする。

 眠っていた間、交わっていたのだとすると、複雑だ。

「真田様―――」

「冗談だよ。小太郎、休憩に入れ」

「は」

 頷くも、小太郎は、離れる事は無い。

 相当、大河に依存しているのだろう。

 思えば、奴隷だ。

 大河が休憩を出しても、忠誠心故、離れられないのかもしれない。

 タンクトップを着た後、大河も炬燵こたつに入った。

 小太郎は、入らない。

 愛人として、正妻に配慮しているのだ。

 然し、大河は許さない。

「入れ」

「は」

 愛人とも言えども、小太郎は、情報機関のVIP。

 風邪でも引けば、業務に滞るかもしれない。

 無論、愛情もあるからして、同席を許しているのだろう。

 炬燵こたつには朝顔も居る為、事実上、日ノ本の頂点である上皇と、最底辺である奴隷が、同じ空間に居る事になる。

 これは、異例な事だろう。

 朝顔は、小太郎を問題視していないが、多くの公家は、2人が同席するのは、嫌がっているから。

「……真田」

 大河を身近に感じたのだろう。

 朝顔が、寝惚けたまま、抱き着く。

「居るよ」

「……」

 大河の優しい言葉に、朝顔は笑顔になり、再び眠る。

「松も寝たら?」

「真田様は、寝ないんですか?」

「寝るよ」

 片腕で松姫を抱き寄せる。

 すると、

「松ばっかり」

 楠が、ポツリ。

 起きていた様だ。

「お早う」

「うっさい」

 不貞寝し様と、楠は、再び横になる。

「ちゃんと見てるよ」

「うっさ―――きゃ!」

「静かに」

 大河は、強引に楠を抱き寄せて、その額に接吻。

 強引な言論封殺であった。

「……!」

 楠は、じたばた暴れるも、大河の拘束を解く事は出来ない。

 軈て、諦めた。

「……死ね」

「寿命が来たらな?」

 楠の頭を撫でつつ、松姫の手を握る。

「じゃあ、二度寝だな?」

「「……」」

 楠と松姫は、お互いを見て、苦笑い。

 そして、大河の両隣に寝転がるのであった。

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