第334話 霑体塗足
赤線での仕事を終え、京都新城に戻る朝。
「若殿。面会人です」
「うん?」
鶫が小姓を連れて来た。
見た所、高校生くらいか。
その也は、
大きな目で、
「佐吉と申します。こんな朝から御訪問し、申し訳御座いません」
声は、女性の様に高かった。
「良いよ。気にしてない」
味噌汁を置き、話を聞く。
「それで御用件は?」
「は。近衛大将様が茶好き、と聞き、我が寺で開催される観音寺に茶会が開催されるので、その御招待に来ました」
「観音寺?」
「はい。近江の米原、伊吹山にある天台宗の寺です」
「若殿。ここです」
鶫が、地図を持って来た。
(……そういう事か)
・小姓
・「佐吉」
・お茶
……
これらの方程式から出されるの答えは―――
(―――石田三成、か)
―――
『痩躯にして色白く、透き通るが如し、目は大きく、睫毛甚だ黒し、声は女の如し』(*1)
と、江戸時代に記録されていた様に、三成は女性と見紛うほどの優男であった。
又、小姓というのは、時に男色の相手にもされ易い。
事実、織田信長の小姓であった森蘭丸や前田利家は、主君と男色の関係にあったとされる。
史実で三成の仕官先であった秀吉に同性愛の傾向は無かったが、身分が小姓だと、なれた理由もその外見ならば、頷けるだろう。
「何時、開催なんだ?」
「元日です。初日の出と共に」
「良い時機だな。参加する」
「有難う御座います」
「あと、佐吉。文官に興味無いか?」
「文官、ですか?」
「ああ、嫌なら無理強いはせんが」
「……考えさせて下さい」
多くの場合だと、大河からの誘いを断れず、その場で即決するかもしれない。
例え、大河が、「無理強いはしない」と言っても、断り難いのが人間だ。
だが、三成は、違った。
こんな話が残っている。
―――
ある年の10月、毛利輝元から季節外れの桃が秀吉への献上品として届けられた。
三成は毛利家の重臣を呼び、
「時節外れの桃とはいえ中々見事で御座る。
しかし時節外れ故、公(秀吉)が召し上がって何かあれば一大事で御座るし、それでは毛利家の聞こえも悪くなりましょう。
故に時節の物を献上なされよ」
と返却した。
心ある人は、
「もっともな事であり、三成の様な才人こそ武人の多い豊臣家で公に最も信任されているのだ」
と評したが、その他の人は秀吉の権勢を笠に着て横柄だと評したという(*2)。
秀吉への忠誠心の高さが出ている逸話だ。
しかし、後に大谷吉継が、三成に対し、「お前は、横柄だから人望が無い」と言っている様に、問題視される性格でもあった様である(*3)。
主君からは、気に入られても、同僚は不快感を覚えられても仕方の無い事だろう。
―――
「若し、希望したいのならば、大谷平馬に会うんだ。同郷だし、同年代から馬が合うかもしれない」
「分かりました」
これが、大河と三成との初対面であった。
(秀吉のルートが消えたか?)
大谷平馬にも三成の事は紹介する。
「へ~。若殿が誘う何て珍しいですね?」
「そうか」
平馬と酒を飲みかわす。
もっとも、大河は酒を飲まない為、お茶。
平馬も気を遣って、ノンアルコールビールだ。
「相手が小姓だと聞いて、てっきり、衆道の気があるのかと」
「無いよ」
笑って否定する。
「男色は否定せんが、俺は、女性しか愛せないよ」
「筑前守(=羽柴秀吉)様と同じなんですね?」
「そういう事だ」
主君と忠臣が、2人きりで飲むのは、珍しい事だろう。
「お市様が、若殿が赤線に仕事に行った時、寂しそうにしてましたよ」
「最古参の癖に可愛いな。全く」
後で会いに行かなければならない。
「若殿は、結局、何人、奥方を作るんで?」
「もうこれ以上は―――」
「100回聞きましたよ」
「……そうだな」
自覚がある為、反省はしている。
しかし、これは大河が望んでいる訳ではない。
大河自身、これ以上の増加はしたくはないが、好意の感情は適当に扱えない。
「だー」
「お、どった?」
飲みの席に華姫が
「だ!」
訳注:会いに来た!
「そうかそうか。
華姫を抱きあげて頬擦り。
「では、この辺でお開きに―――」
「いや、良いよ。平馬にも相談したい事があるし」
「? 何です?」
華姫を肩車しつつ、大河は口を開く。
「敦賀城に赴任してもらいたい」
「! 城主ですか?」
「ああ。5万石だよ」
「!」
1万石(1石=5万計算)は、現代の価値に換算すると、慶長3(1598)年時点で(*4)、
領地総収入 :5億円
内税(4~5割が領主の収入):2~2億5千万円(四公六民、五公五民)
軍役義務(養う人数) :100~200人
領地諸経費 :1200万
大名年収 :3500万
家臣年収 :5億6千万 (1人当たり約2千万)
部下年収 :1億3500万 (1人当たり135万)
とされる。
単純計算で、その5倍だとすると、平馬は、
領地総収入 :25億円
大名年収 :1億7500万円
となる。
が、京都から離れる事は、事実上の左遷とも受け取れる。
栄転か左遷か、判断し辛い所だ。
「……何故、敦賀城なんですか?」
「”熊”対策だ」
「熊? ……! まさか」
「ああ、北陸の熊には、使用者責任を取ってもらわないといけない」
「で、ですが、既に引退していますよ?」
「引退しても、影響力はある。人間は、引退し、死んでも人々から忘れ去られた時に初めて死んだ事になるんだ」
「……」
例えば、あれ程嫌われているヒトラーでもネオナチから好かれている。
又、トルコでも『我が闘争』がベストセラーにもなっている。
同じ様にロシアでは、一部で
ネパールやインドでは、
大河の目に光は無い。
佐久間盛政を自害に追い込んでそれ解決かと思われていたが、大河は許していなかったのだ。
この性格だと、「仏」ではなく「鬼畜」の表現が正しいだろう。
「……何れは、殺すので?」
「さぁな。その時次第だ」
華姫の頬に接吻する大河。
家族愛に満ちた笑顔だが、平馬には、復讐に満ちた鬼に見えた事は言うまでも無い。
万和3(1578)年12月下旬。
聖夜が数日まで迫った頃、京は、大雪に見舞われる。
今年最後の大雪なのかもしれない。
「田子の浦に うち
縁側で『新古今集』の山部赤人の歌を詠む朝顔。
余りにもホワイトアウトが酷い為、大事を取って在宅勤務である。
大河が朝廷(現・宮内省)に高額な献金をして以降、朝廷は、彼を無視出来なくなり、様々な改革案を受け入れるしかなくなっていた。
その内の一つが、在宅勤務である。
この様な悪天候の場合等は、無理して出勤するより、家に居ながら仕事をするのが1番だろう。
もっとも、朝顔の公務は、書類に目を通し押印するだけ。
大河も書類を用意し、質問があれば答えるという仕事だ。
「冬には適当な歌だな?」
「好きなの。歌も貴方も」
「そりゃあ良い事だ」
大河は、照れた様子で、朝顔の隣に座る。
「あら、不敬じゃない?」
「そうだね」
そして、横になった。
朝顔の膝に頭を預け、目を閉じる。
「御疲れ?」
「そうだね。ちょっと仮眠を―――ぐふ」
大河の顔が踏み潰された。
「陛下、大丈夫ですか?」
犯人は、お市。
顔が潰れた大河を与祢と珠が、引き摺り下ろす。
「陛下、御怪我は無いですか?」
「若殿の不敬を御許し下さい」
3人は、大河が不敬を行い、朝顔を困らせている、と考えている様であった。
「いてて……」
「真田様、陛下を困らせないで下さい」
お市が怖い顔で覗き込み、
「よいしょっと」
珠が、腹部に
「赤線で愛人と愉しくしていましたよね?」
「仕事なんだが?」
「分かりますよ。でも、嫉妬してしまうのが、人間です」
与祢が、耳を
「痛いよ?」
「私も心が痛いですよ。愛人まで優しいのは、分かりますが、私達にも愛を下さい」
「……」
3人は、今にも泣きだしそうだ。
朝顔を見ると、苦笑いするばかり。
「真田、愛されているな?」
「まぁ、婚約者だからな」
与祢と珠を抱擁し、お市にも接吻する。
「済まんな。これからは、夜伽の回数を増やすから。与祢」
「は」
「職務を引き継いでくれ。一旦、俺は、休む」
「分かりました」
近衛大将の代理は、本来、高位者でしか出来ない。
それを一介の侍女を託すのは、本来、有り得ない事だ。
責任重大だが、それだけ大河から信頼されている、ともいえる。
吐き気を感じる与祢であったが、
「分からならければ、無理はするな。付箋で貼っておいてくれ。後は俺がやるから」
頭を撫でられ、パブロフの犬の様に唾液が口内を埋め尽くす。
大河にされると、本当に気持ちが良い。
「……はい♡」
信頼され、又、愛されている事を感じた与祢は、恍惚な表情で頷くのであった。
[参考文献・出典]
*1:『淡海古説』
*2:『翁物語』
*3:『常山紀談』
*4:戦国武将・戦国大名たちの日常
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