第312話 巣林一枝

 大河の月収は、数兆円に上る。

・大家としての賃貸収入

・メイド服やストロー等の権利料

・公務員としての定期収入

 等を合わせた額だ。

 然し、年収に見合った生活を送っているとは言い難い。

 朝廷に多額の寄付を行い、慈善事業も積極的なので、実際に受け取っているのは月数千万円位だろう。

 これでも、妻達が名家出身者なので、公務時は相応の経費がかかる。

 又、

・華姫

・累

・元康

・デイビッド

・猿夜叉丸

 の養育費や将来の為の貯金。

 この他、未だ産まれるかもしれない子供達の為の貯金も必要不可欠だ。

 なので、大河の懐に入るのは、月数百万ちょっと。

 これに奴隷である小太郎の必要経費も差し引かれる為、実際には、殆ど残らない。

 これが、”闇将軍”の経済状態である。

「……若殿、今月もこの位ですが、宜しいでしょうか?」

「良いよ。贅沢には、興味無いから」

 アプトが、算盤で計算し、出た額が大河の御小遣いになる。


 現代日本のサラリーマンの御小遣いの平均値は、以下の通り(*1)。

 男性会社員:3万9419円

 女性会社員:3万3854円


 大河のそれは、これと殆ど変わらない。

 激務な上にこの額だと、多くの場合、不満だろう。

 然し、大河は大久保利通の様に華美な生活は、好まない。

 彼の様に予算がつかない公共事業に私財を注ぎ込む事も厭わない。

 大久保利通は死後、財産が140円に対して借金が8千円(=現代の貨幣価値だと1億円以上)にもなっていた。

 だが、債権者達は彼の金の遣い道を知っていた為、遺族に借金の返済を求める事はしなかった(*2)。

 政敵を暗殺する等、決して平和主者とは言い難い大河であるが、この様な人柄だからこそ、人々は惹かれるのかもしれない。

 現に盟友であり、名君の明智光秀や、上司・近衛前久も、大河の異常性・残虐性に気付いてはいるが、何も言わない。

 まさに『小の虫を殺して大の虫を助ける』。

 コヴェントリーを見殺し(説)にし、イギリスを戦勝国に導いたチャーチルの様に。

 決して英雄は、全て白とは言い難い。

 将来的な白の為に、時には黒くならざるを得ないのだ。

 もっとも、アプトとしては舐められない為にも、もう少し豪華な生活を送っても良いと思っているが。

「若殿、清貧なのは、分かりますが、一応、陛下の夫でもあります故、地位に見合った生活をした方が良いかと」

「心配?」

「はい」

「そうか」

 瓦版を読むのを止め、大河は、アプトを背後から抱き締める。

「……若殿?」

「気持ちは有難い。でも、これが俺の生き方なんだ」

「……」

「俺の分迄アプトが、贅沢したら良いよ」

「そんな、『天下の悪妻』と呼ばれてしまいます」

 節約家の夫に比べて、浪費家な妻。

 世間的には、悪妻と見て、夫に同情が集まるだろう。

「評判は、評判だ。俺が理解してれば良い。それに毎月、小遣い渡しているだろう? 自由に使って良いからね?」

「有難う御座います♡」

 珠は、デザイナーでもある為、必然的に所有する服が多くなる。

 なので、他よりも出費が嵩む。

 大河が使わない分、女性陣が経済を回せばいい。


 橋姫は暇潰しに思い出メモリーを見ていた。

(これが……大河の戦争か)

 まさに地獄絵図だ。

 何たって、

[シリア側]

・シリア政府軍

神の党ヒズボラ

・イラン

・イラク

・ロシア

・中国

・北朝鮮

・アルメニア

・アゼルバイジャン

・ベラルーシ

・カザフスタン

・キルギス

・モルドバ

・タジキスタン

・ウズベキスタン

・セルビア

 等

[反体制派]

・反体制派

・アメリカ

・トルコ

・ロシア

・カタール

・サウジアラビア

・トルコ

・イスラエル

・フランス

・ヨルダン

・エジプト

・リビア

ムスリム同胞団アル・イフワーン・アル・ムスリムーン

イスラム抵抗運動ハマス

・アルカイダ

 等

[クルド人勢力]

・民主派

・フランス

・アメリカ

・ロシア

・シリア

・チェコ

・アラブ首長国連邦

・イギリス

・オーストラリア

・オランダ

・ドイツ

・ノルウェー

・ヨルダン

・ロシア

 等

 と、見て分かる様に敵味方が大いに入り乱れている(*3)。

 軍事作戦によっては、仲が悪い米露が共闘したり、対テロ作戦に従事している国々とテロ組織が同じ勢力に属しているのが、混乱に拍車をかけている。

 結果論だが、独裁政権の時代が弾圧はあったもののの、平和であっただろう。

 否、アラブの春自体が失敗だった。

 リビア、エジプト、シリア……

 そのどれもが、内戦になったり、政治的混乱が続いている。

 その中で最悪なのが、シリアだ。

 日本では、これ程、敵味方の顔触れが変わるのは、応仁の乱が有名だろう。

 応仁の乱は、応仁元(1467)年~文明9(1477)年と10年間続き、その正確な死者数は判っていない。

 シリア内戦も又、シリア人権監視団が2020年1月4日時点で38万人と発表しているが、この数字には、政府によって拷問で死亡した8万8千人や、戦闘中に行方不明になった人々は、含まれていない(*4)。

 規模は違うが、シリア内戦は、現代版応仁の乱なのだ。

(居た居た……)

 大河が、戦災孤児に水を与えていた。

 戦地での貴重な水を、簡単に他人に提供するのは、勇気が要る事だ。

 顔は返り血なのか、真っ赤なのに。

 その行動を見ると、やっぱり、大河は変わっていない。

 水を飲み干した孤児達に、大河は次に日本語を教え始めた。

 シリア内戦に日本は政府として参加していない。

 従って、自衛隊も居ない。

 その為、孤児達は、記者以外で初めて見る日本人に興味津々な様子であった。

「す・し。言ってみ?」

「シュシュ……」

「惜しいなぁ」

 大河は、笑顔で孤児を抱っこ。

(成程。この時の経験から育児には、慣れているのね)

 橋姫の知る男性は、総じて、育児に不慣れだ。

 主夫、という概念が存在しない時代の為、致し方ない事なのだが。

 だからこそ、先進的な考えの大河に、多くの女性は惹かれるのだろう。

 橋姫もその1人だが。

 今度は、蹴球を始めた。

 戦災孤児だけでなく、同僚の傭兵とも一緒に。

 蹴球は、ボール一つだけあれば、出来る簡単なスポーツだ。

 橋姫の居る時代でも蹴鞠があり、蹴球は歓迎され、今では野球同様、全国大会が広がる程、人気を博している。

 蹴球する子供達を見て、大河は、本当の父親の様に微笑んでいる。

 戦時下とはいえ、娯楽は必要不可欠だ。

「二等兵!」

 エリーゼが登場し、大河の耳を引っ張って、部屋に連れ込んだ。

(濡れ場?)

 妄想が広がる。

 が、予想は、外れた。

「肩揉んで」

「……何故、自分が?」

「うっさい! 早くしろ!」

 頬を赤く染めつつ、エリーゼは急かす。

 大河は困り顔だが、素直に受け入れ、揉み始める。

「ん……く……」

 大河が嫌がっている様子は無い。

 むしろ、エリーゼの喘ぐ姿を興奮した顔で見詰めている。

 2人は、この時代からの付き合いだ。

 尻に敷かれているのも、この時代からの様だ。

 濡れ場を期待したのだが、意外にも2人は、ここでは純愛らしい。

 戦時下だからこそ、燃え上がる恋もあるのかもしれないが。

(……)

 ずーっと見詰めていると、心が痛くなってくる。

 恋心は、大河の願いにより、諦めているのだが、やはり、自分には彼しか考えられない。

 想い人が異性と仲良くするのは、例え将来の妻であっても、心苦しい。

 涙が出そうになった時、

『橋』

 想い人から呼ばれた。

 思い出から帰ってくると、大河が八つ橋を持って待っていた。

「一緒に食べ様ぜ?」

「あら、珍しい。普段は、奥さん優先なのに」

「友達も優先な時があるよ。なぁ、累?」

「だー♡」

 累の頬は、既に八つ橋塗れ。

 待ち草臥れて先に食べてしまった様だ。

「奥さんは?」

「全員、買物だよ。百貨店で服を見たいんだと」

「子守りって訳?」

「そうだよ。橋も時々、子守りしてくれるし、その御礼も兼ねて用意したんだ」

(……全く、この男と来たら)

 知り合った女性に見境なく手を出し、通じ合った全員を大切にする姿勢は呆れるばかりだが。

 こうして相対すると、独占欲が出て来る。

「だ!」

 橋姫の気持ちを察したのか、累が「駄目だよ」と牽制。

 大河の血を引いている辺り、橋姫が考えている事は分かる様だ。

 その大河は、鈍感であるが。

「累、橋を威圧するなよ」

「うー……」

 軽く叱られ、累は、不満顔。

 累には悪いが、彼女の存在を無視して、橋姫は、2人きりを楽しむ。

「大河、あーんして」

「何で?」

「何時も奥さんにしているじゃない?」

「甘えん坊だからな」

「早く早く」

 おちょぼ口でせがむと、大河は苦笑いで応じる。

 箸で切り割れた小さな八つ橋を、橋姫の口に運ぶ。

「美味しい♡」

「良かった」

 橋姫が食べた所で、大河は食べ出す。

 家長なのに、橋姫を優先させている時点で、彼の驕らない人柄が窺い知れる。

「……大河、相談なんだけどね?」

「何だ?」

「貴方の摩訶不思議な絡繰り箱があるでしょ? それで最近、本を読んでてね。小人になりたくなったのよ」

 大河が就寝中等の間、橋姫は、彼のスマートフォン(実際の所有者は、エリーゼだが)を借りて、電子書籍を読む事にハマっている。

 スマートフォンの電源が切れないのは、橋姫が魔力を使って、半永久的に使用出来る様にしている為なので、幾ら拝借しても、ネットに繋げても問題無い。

「小人? ふ~ん」

 興味無さげだ。

「なって如何するんだ?」

「勿論、貴方の傍に居るのよ」

「? 今も一緒じゃんか?」

「……そうだけど」

 無自覚な発言が、腹立たしい。

 少しも忘れていない証拠なのだが、橋姫としては、もう少し、恥ずかしがってくれた方が、大切にされている感があるからだ。

「私が、視覚的に居た方が、悪い虫が寄り付かなるでしょ?」

「そうか?」

「これ以上、奥さん増やしたくないでしょ?」

「う―――そうだな」

 妻を出せば、大抵、大河は折れる。

「どの位の小ささ?」

「15cm」

「そりゃあ小さいな」

「貴方の衣嚢いのう(=ポケット)に入る為よ」

 微笑んで、橋姫は、縮小化。

 宣言通り、15cmになる。

 そのまま、衣嚢にすっぽり。

「暖かい」

「そりゃあ良かった」

 衣嚢から這い出ると、今度は、右肩に立つ。

 そして、大河の頬に接吻した。

「もう離れないからね?」

「何時もだろう―――ぎゃあ!」

 橋姫とデレデレしている様に見えたのか、大河は哀れにも、累に手を噛まれるのであった。

 

[参考文献・出典]

*1:新生銀行 2020年サラリーマンのお小遣い調査

*2:ホンシェルジュ 2017年2月1日

*3:ウィキペディア

*4:AFP通信 2020年1月5日

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