第307話 合歓綢繆
ツンツンな幸姫であったが、大河の配慮を契機に、徐々に心を開く様になった。
報告を受けた利家は、満足だ。
「これで、我が家は、安泰だな」
「利家、貴様は、真田に媚びるのか?」
勝家は、不満げだ。
「親父様、媚びている訳ではありません。家存続の為です」
「……幸は、幸せなのか?」
「はい。慶次の報告によれば、幸せそうですよ」
「……」
勝家は、尚も不満そうだ。
これまで、
主君・信長
想い人・お市
を奪われ、今は親しい利家も、そうなりそうなのだから当然だろう。
「……それよりも、御気を付けた方が宜しいですよ?」
「間者か?」
「はい。真田の手の者と思われる間者が、複数名、確認されています」
「返り討ちに出来ないか?」
「行った場合、秘密警察が直々に調査に来ます?」
「……そうだな」
間者を殺傷するのは簡単だ。
然し、その後の危険が高過ぎる。
大河の事だ。
偶然による事故死であっても、強引に事実を捻じ曲げ、
「佐久間殿は、どうされいる?」
「療養中だ。お前が力任せに殴った所為の怪我だよ」
「……」
京都新城侵入事件の首謀者・佐久間盛政は、事件の責任を問われ、謹慎処分にもなっている。
事件自体が、大河の配慮なのか、報じられていない為、それが唯一の救いだろう。
もっとも、別の狙いがあるのだろうが。
「兎に角、親父様、真田殿とは敵対しない方が良い」
「俺は、武士だ。負けんよ」
勝家は、グイっと盃を飲み干し、勢いとく机にそれを叩き割るのであった。
近江国では、観光が続いている。
信楽焼作りを体験し、琵琶湖花噴水を鑑賞。
伊吹山にも登る。
10人以上の大所帯の為、各地には迷惑をかけない様に予約したり貸し切りにする等、大変だがその分、観光地は潤う。
「ここが、近江神宮か」
「初めて来た?」
「うん」
荘厳な門構えに大河は、圧倒される。
一方、朝顔は、自慢顔だ。
近江神宮が
当然、万和3(1578)年には無いのだが、目の前にある以上、やはり、時間の逆説を感じざるを得ない。
主祭神が天智天皇の為、朝顔からすると、御先祖様の1人が祀られている様な感覚だ。
ここでは、毎年1月、
大河が近江神宮の存在を知った際、「じゃあ、開いてみようぜ。天智天皇が『小倉百人一首』の最初をお詠みになられているから」と提案した所、それが採用されたのである。
御参拝に合わせて、参拝者は、和装だ。
女性陣は、皆、『ちはやふる』の様に着飾り、美しい。
「でも、驚いたわね? まさかエリーゼも参拝するとは」
「他宗教も学ぼうかと」
和服でデイビッドを抱くエリーゼは、朝顔に頭を下げた。
日ノ本での滞在が長くなりにつれて、エリーゼから敬虔さが失われつつあり、最近では、神社も参拝する様になった。
ユダヤ教を棄教した訳ではないが、他の文化を理解するのも必要だろう。
「兄者、抱っこ」
「はいよ」
お江は、歩くのが嫌なのか、階段を数段上がるだけで、この調子だ。
大河も快諾し、抱っこ。
「兄様―――」
「お初、そう怖い顔するな。華姫も」
お初、華姫も抱っこ。
「兄者、有難う♡」
頬に接吻。
「甘えたがりだなぁ?」
「幼妻だからね~」
「理由になってる?」
「そういう事~」
意味が分からないが、可愛いは正義だ。
最上段まで来た所で大河は、3人を下す。
「ちちうえ~、もう終わり?」
「兄様、もう少しお願い出来ます?」
「帰る時な?」
2人の頭を撫でていると、与祢と珠が物欲しそうな目で見詰めていた。
「後でな?」
「「はい♡」」
可愛い婚約者達である。
「はいはい。正妻優先でしょ?」
「ぐえ」
耳を引っ張られ、大河は、誾千代に捕まった。
「おいおい、聖域で耳を
「聖域で正妻を放置する方が、駄目だと思うけど」
「はい、すみません」
ドッと、笑いが生まれる。
「ね、幸様、楽しい家でしょ?」
「そうですね。楠様」
幸姫もその名に恥じぬ様、幸せそうに笑うのであった。
参拝後、近江勧学館に移動。
山城真田家は、紅白に分かれ、競技
紅組は、
・誾千代(総大将)
・楠
・華姫
・茶々
・お江
・与祢
・橋姫
・小太郎
・ナチュラ
白組は、
・謙信(総大将)
・阿国
・松姫
・お江
・アプト
・千姫
・お市
・鶫
・幸姫
と、9人ずつに分かれ、傍観者は、
・大河
・朝顔
となった。
2人が参加出来ないのは、
大河→体が一つしかない為、
朝顔→参加した場合、参加者が委縮してしまう可能性がある為、参加を辞退。
との理由からだ。
大河が詠む。
『
心もしのにいにしへ思ほゆ』
「「「……」」」
日頃から練習していない為、『ちはやふる』の様に素早く取る者は居ない。
「はい!」
最初に奪ったのは、茶々であった。
「真田様、これですよね?」
「そうだよ。おめでとう」
「やった!」
紅組の面々とハイタッチ。
一方、白組は、悔しそうな顔だ。
「次は、取るわよ?」
「「「はい!」」」
まるで戦争だ。
戦国時代を経験していた手前、負けず嫌いなのである。
次は、朝顔が詠む。
『かき
あらければ
うきたる舟ぞ
しづ《こころ》心なき』
「はい!」
今度は、阿国が取る。
これで、双方、1枚ずつだ。
100枚ある為、51枚獲得すれば、勝利出来る。
然し、双方に競技歌留多の経験者は居ない為、実力伯仲。
「「「3枚目お願いします!」」」
「お、応……」
双方からお願いされ、大河はドン引きするのであった。
50枚を過ぎた所で、流石に大河と朝顔は読み疲れ、2人は誾千代と謙信と交代する。
2人は、百人一首は好きだが、流石に競技をする程の熱量は無い。
そこで、近江神宮の周辺を散策する事にした。
「「御供します」」
与祢と鶫がこっそり抜けだして来た。
「あ~、与祢、済まんが、幸も呼んできてくれ。小太郎もな?」
「? 分かりました」
暫くして、2人も合流する。
「真田様、何ですか?」
「楽しんでいるか?」
「はい。皆様、お優しいので」
「済まんな。呼び出して」
「いえいえ。何ですか?」
「一緒に回りたい、と思ってな?」
にっこりと、大河は微笑む。
楽しんでいたのを邪魔された感があるが、こんな顔をされたら、幸姫の不快感は無くなっていく。
そして、
「(前田家が俺達の仲を疑っている。済まんが、握手してくれ)」
「……」
周囲を伺うと、それらしき、人間が居た。
私服の刑事なのか、幸姫と目が合うと、視線を逸らす。
「(何で守ってくれるんです? ただの人質なのに?)」
「(欲しくなった。それだけの事だ。嫌なら強要しないが)」
「(……分かりました。結婚します。どの道、こんな大きい女を娶ってくれる人は居ませんし)」
「(ここに居るよ)」
そう言って、大河は強く握った。
正直、まだ彼の事をそれ程信用している訳ではないが、実家に居るより安心感がある。
女性陣が純粋に楽しそうな雰囲気から、嫁入りしても問題無いだろう。
又、女性の権利が高まった今では、尼寺に駆け込まずとも、離婚が可能だ。
朝顔が大河の逆の手を握る。
「又、誘ってるね?」
「守る為だよ。人権保護」
「物は言いようね?」
「
朝顔の額に接吻すると、彼女は唇を尖らせつつも、しっかり握り返すのであった。
近江神宮の前は、歓楽街だ。
京と比べると、そのレベルは劣るが、それでも尚、人口は多い。
大型連休だけあって、やはりここも、観光客が殺到していた。
近江神宮前駅の通りは、土産店が並ぶ。
「如何ですか? この糸切り餅。試食出来ますよ?」
「食べる~」
朝顔は、早速、試食。
可愛い幼帝だ。
「旦那様も如何ですか?」
「有難う御座います」
大河も食べる。
「うん。美味しいな。与祢もお食べ」
「はい、有難う御座います♡」
大河にあーんされ、与祢は笑顔で頬張る。
「あ、若殿。口元についています」
「うん?」
拭おうとする前に与祢が背伸びして、舐めとる。
「若殿は、子供ですね?」
「与祢もな?」
頭を撫でると、気持ち良さげに目を細める。
鶫、小太郎、幸姫の3人は、丁稚羊羹を楽しんでいた。
「これ美味しいね?」
「そうですね?」
「買います?」
一応、3人の中では、最も幸姫がお金を持っている。
然し、限りがある為、極力、使いたくない所だ。
「真田様に頼んでみます―――」
「良いよ」
聞こえていたらしく、大河は、快諾した。
「ただ、全員分な?」
「お優しいんですね?」
「家長だからな」
独占欲が強いのか、幸姫の傍から離れない。
「何です?」
「いや、愉しんでいるな、と」
「楽しまなきゃ意味ないでしょ?」
「そりゃあそうだ」
その夜、
「……」
幸姫は、眠れず、毛布に包まっていた。
(私って……魅力無いのかな?)
あの時、大河は、自分ではなく、自分より格下の愛人を選んだ。
直後は、安堵したのだが、よくよく考えたら、告白したにも関わらず、愛人を優先するのは、心外である。
と、同時に悲しくもある。
確かに、大河は強要を嫌う。
あの時、自分が嫌な感じを出したから、愛人に方向転換したのかもしれない。
それはそれで分かるのだが、女性として見られていないのは、残念だ。
(……夜這いしてみようかしら?)
事前情報では、大河は、ほぼ毎晩、女性と寝ているという。
最年長のお市から、最年少は珠迄。
事実婚から侍女にまで手を出しているのだから、夜も忙しい筈だ。
性教育は受けている為、興味はある。
(……物は試し、という事で)
こっそり個室を抜け出し、大河の部屋へ。
すると、廊下でばったり、お市と松姫のコンビと出遭う。
2人は、
「あ、幸様。夜這いですか?」
「真田様は、
「有難う御座います」
2人は、幸姫と同じ人質なのだが、其々、事実婚と正妻の立場を得ている。
その為か、非常に幸せそうだ。
松姫の教え通り、露台に行くと、大河が手摺に肘を突いて、月を眺めていた。
「……」
「!」
童顔の男性のその様は、儚く感じる。
大河は、井原西鶴の名句を詠む。
「……『鯛は花は 見ぬ里もあり 今日の月』」
「!」
「幸か? 如何した?」
気配だけで人物を特定した。
大河は、振り返らない。
「眠れないか?」
「……はい」
「敬語は良いよ。演技は辛かろう?」
「……何処で気付いていたの?」
「何となくな」
振り返った大河は、近江茶を飲んでいた。
地元産の銘茶を片手に月見鑑賞。
軍人の癖に文化人の様な趣味だ。
「……その、私って魅力無い?」
「何で?」
「男っぽいから」
「……」
グイっと飲んだ後、大河は、近付く。
「幸の事は好きだが、夫婦になるか如何かは、君次第だ。心迄は、個人の自由だらな」
「……こんな巨人でも好きなの?」
「好きだよ」
「……」
真顔で言われ、幸姫は、照れる。
「じゃあ……好きなら抱いてくれる?」
「良いよ」
笑顔で大河は、足払い。
約190cmの巨体が宙に浮き、御姫様抱っこされる。
「……凄いね?」
「鍛えているからな」
「「……」」
2人は見つめ合い、接吻。
幸姫、ファーストキスであった。
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