第308話 楚夢雨雲

 近江国滞在3日目。

 今日が最終日となる。

 幸い、京は隣国なので、直ぐに帰れる。

 が、その前に臨時の正室会議が開催された。

 議題は勿論、幸姫の加入についてである。

 2人が寝た事は直ぐに、与祢から報告が上がったのだ。

 当然、婦人会の誾千代は問題視し、会員を緊急招集。

 宿泊先の貸切った大会議室で、急遽、行われる運びになった。

 会員は、以下の通り。


・誾千代 会長

・謙信 副会長

・朝顔  会員

・三姉妹 〃

・阿国  〃

・楠   〃

・千姫  〃

・松姫  〃


 会員は皆、正室で占められ、事実婚や婚約者、愛人は入会する事が出来ない。

 報告書には、睦言むつごとが詳細に記されていた。

「「「……」」」

 腹立たしい気持ちだが、幸姫を追い出す事は出来ない。

 彼女は、実家との折り合いが悪く、加賀国にさえ帰りたくない程の地元嫌いなのだから。

 大河が憐れんで抱いたのかもしれない。

 誾千代が尋ねる。

「与祢、夫は?」

「御部屋で、お市様等と子守りをなさっています。幸様も御一緒です」

「楠、幸様の人間性は?」

「問題ありません。過去に前科もありませんし、問題視する様な病歴はありません。思想的にも同様です」

「あの高身長は?」

「軍医の見解では、検査しなければ分かりませんが、巨人症と思われます。成長ほるもんの過剰分泌により、大きくなる様です」

 謙信達は、沈黙する。

「「「……」」」

 病気だとは思っていたが、実際に言われると自分の事の様に辛いものがある。

「続けて」

 誾千代が促す。

「は。発症した場合は、短命になる可能性が高いと」

「「「!」」」

 以下、その短命者だ(*11)。


 トリーンティ・キーファー(1633~1616) 享年17 約254cm

 チャールズ・バーン   (1761~1783) 享年22 約254cm

 バーナード・コイン   (1921~1897) 享年24 約254cm

 ユリウス・コッホ    (1872~1902) 享年30 約246cm

 ロバート・ワドロー    (1918~1940)   享年22 約272cm

 曾金蓮         (1964~1982) 享年18 約247cm

 ……


 等がその例だ。

 当然、長寿な人も居る。

 然し、時は安土桃山時代。

 幾ら時間の逆説の結果、医学が進歩していると言っても、確実に長寿に成り得る保障は何処にも無い。

 前田慶次、前田利家は現時点で長生きだ。

 かと言って、幸姫も長寿かは分からない。

 優しい大河の事だ。

 その事を察し、山城真田家に迎え入れ、前田家よりも住み易くさせたかった思惑も否定出来ないだろう。

「有難う……では、決め様」

 与祢が紙が配っていく。

 歓迎するか否かは、民主的な方法で決められる。

 簡単に言えば、投票だ。

 挙手や起立で決める事も出来なくはないが、それだと、皆、朝顔の動向を気にする可能性があった。

 その分、無記名投票は、非常に民主的だ。

 憲法等でも保障されている。

 今回のは、政治的ではないが、それでも、朝顔の地位を考えると、他の女性陣が影響されても不思議ではない。

 朝顔もその事情は理解しており、どちらかというと、この秘密投票に賛成派だ。


『幸姫の嫁入りに対する賛成又は反対の意思を表してください。

 はい いいえ』


 このどちらかに〇をすればいいだけの事だ。

 全部で10票ある為、万が一、割れた場合は婦人会会長である誾千代を除いた9人で再投票を行い、決める。

 投票を監視し、開票し、集計作業を行うのは、与祢の仕事である。

 非常に簡単な事なので、書き次第、順次、ジュラルミン製の投票箱に入れていく。

 全員が投票し終えたのは、それから約5分後の事であった。

 結果は当然の様に、満場一致で賛成。

 何だかんだで短い間だが、幸姫と過ごし、問題性は無い事が判断された為、それも又、結果に影響を与えた、と思われる。

 万和3(1578)年9月中旬。

 幸姫の嫁入りが正式に決定したのであった。


「これで、我が家は安泰です」

 利家は、満足気であった。

 現在、彼は岐阜城に居る。

 大型連休だけあって、休暇を取り、旧主君に挨拶に行ったのであった。

「本当に義弟は、好色家だな? もう何人目だ?」

「11人目の正妻かと」

「それで毎晩、満足させているんだろう? 若いとはいえ、あっちは、盛んだな?」

「毎晩、戦国時代らしいですよ? 5人を相手にする時もあるそうで」

「元気なのは、良い事だ」

 余生を過ごす信長は、義弟の夜の活躍を自分の事の様に喜ぶ。

「妹の様子は如何だ?」

「慶次の報告によりますと、正妻同様、愛されている様ですよ」

「なら良かった。あいつには、幸せになってもらいたいからな」

 浅井長政を殺した信長は、お市に気を遣っていた。

 だからこそ、大河が、浅井家の復権させたのも認めたし、文句は無い。

「まだ、事実婚?」

「はい。前夫に配慮している様で……」

「全く……」

 酒を飲む。

 同席していた濃姫が、諭す。

「貴方、程々にね?」

「分かっているよ。それで、勝家は、如何してる?」

「は。未だ、真田殿を嫌っている様で」

「猿は、如何だ?」

「親父様程ではありませんが、嫌っていますね。酒の席で愚痴っています」

「あいつは、俺の家臣には、不人気だな」

「そうですね。明智殿とは仲良しな様ですが」

「珠を娶っているからな。それで険悪だと先が思いやられる」

「そうですね」

 利家は、太陽を見る。

(幸、幸せになれよ?)


 正式に正室と決まった幸姫は、直ぐに花嫁衣装に着飾る。

 サイズが合わない為、特注品だ。

「おお~」

 白無垢を見た燕尾服の大河は、思わず声を出す。

「何よ?」

「いや、綺麗だなと」

 交際数日で結婚は、早過ぎるだろうが、御見合いでそのまま結婚する事が過去、多かった事を考えると、これでも異例だろう。

「……」

 幸姫は、そっぽを向いて、大河を抱っこ。

「こんな女でも幸せにしてくれる?」

「そのつもりだよ」

 2人の式場は、教会。

 2人共、耶蘇教という訳ではないが、反耶蘇感情から支持を失い、困窮化している教会を経済的に救いたい、という大河の意向から決まった。

 その為、司式者は、日ノ本が認めた切支丹―――新教プロテスタントが行う。

 反耶蘇の日ノ本が、新教を認めたのは、旧教より保守的でないからだ(*2)。


           旧教      :新教

 司式者の名称   :神父様     :牧師様

 バージンロードの色:赤or緑     :白

 神を拝する場所  :御堂みどう :礼拝堂

 再婚者の結婚   :不可(死別は可):離婚理由等状況により可

 神を拝する式   :弥撒      :礼拝

 十字架     :キリスト像が付く:十字架のみ


 となっており、現在、旧教に代わって、新教が日ノ本には、浸透しつつある。

「「「……」」」

 出席者は、朝顔等、山城真田家のみ。

 前田家の出席は、幸姫が「来ないで」と嫌がり、叶わなかったのだ。

 長身な新婦は、新郎より背が高い。

「……なんだかあべこべね?」

「そうか?」

「そうよ」

 全然長身を問題視しない大河に、幸姫の笑みは絶えない。

 日ノ本が認めた外国人宣教師が、問う。

「新郎・真田大河、貴方はここに居る幸を、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」

「はい。誓います」

「新婦・幸、貴女はここに居る大河を、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」

「……はい。誓います」

「では、誓いの接吻を」

「「……」」

 2人は、向かい合い、接吻。

 既に婚姻届けは、最寄りの市役所に届出済みだ。

 これで式も終えた事になる。

 2人が離れると、1番近くに居たお江が立ち上がると、大河に近付き抱き締める。

「……兄者、私にも後でして」

「分かってるよ」

 新妻を迎える事に賛成した女性陣だが、嫉妬しない訳にはいかない。

 お江以外も朝顔、阿国、松姫、お市、楠等は、複雑そうな表所だ。

 今晩は、初夜になるのだが、その前に彼女達の不満を払拭しなければならないだろう。

「さ、幸。改めて皆に挨拶な?」

「ええ」

 照れつつ、幸姫は、皆の前に進み出て、会釈。

「この度、新しく妻となりました幸です。宜しく御願いします」

「「「おめでとう~!」」」

 皆酔って集って、ライスシャワーを投げる。

 謙信に至っては、ビールを頭からぶっかける。

「おい、謙信、酔って―――ぐべ!」

「まぁまぁ。祝い事だから」

 無理矢理喇叭飲みされ、大河は、昏倒。

 そのまま5人―――小太郎、鶫、与祢、アプト、珠に運ばれていく。

「さぁ? 宴よ!」

「「「応!」」」

 教会は、酒で浸る。

 謙信は、幸姫をヘッドロックしたまま、大いに飲む。

 他の女性陣も、酒嫌いな大河を最初に退場させたのは、誾千代による策略であった。

「幸も飲み」

「え? 良いんですか?」

「結婚だから。良いのよ。山城真田家では、通過儀礼なの」

 初耳だ。

 大河を気にするのも、彼はもう居ない。

「あの馬鹿は、放っておきなさい」

 朝顔がジュースを片手にやって来た。

「陛下」

「良いのよ。畏まらなくて。さ、楽しみましょ? 結婚記念日になるんだから」

 朝顔にそう言われては、幸姫も飲まざるを得ない。

「……はい」

 前田家では、居場所が無かったが、ここでは、非常に過ごし易い。

 心の底から思う。

(……結婚出来て良かったな)

 幸姫が幸せの涙を流した事は言う迄も無い。

 この日、山城真田家に新妻が誕生したのであった。


[参考文献・出典]

*1:ウィキペディア

*2:ゼクシィ キリスト教式の基礎知識&流れを知っておこう

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