第304話 水清無魚
「幸で御座います」
巨人症を思わせる程、大きな女性の挨拶に、
「「「……」」」
女性陣は、
当事者の大河は大広間から追い出され、現在、華姫と与祢から折檻を受けている最中だ。
「慶次殿、これはどういう事ですか?」
冷え切った目で誾千代が問う。
同席する朝顔、謙信、三姉妹、お市、楠、阿国、松姫……
全員が苦い顔だ。
「以前、御宅様に野盗が侵入しました」
「「「!」」」
お市以外初耳だったらしく、女性陣は騒然とする。
「……静かに」
朝顔の一声で、直ぐに静寂に。
まさに鶴の一声だ。
謙信が、促す。
「慶次殿、続きを」
「は……その野盗は、如何も我が家と近しい者だった為、慌てて、今回、人質としてお送りさせて頂いた次第です」
「御見合いとも聞いていますが?」
「は。立花様。事前にお伝えし様と思ったのですが、焦り過ぎ、報告を怠ってしまった我が家の失策です」
「「「……」」」
「元々、我が家は、御宅様との関係を重視し、御見合いの候補を選定していました。その際、まつより『
「我が家の事情を考慮せず、連れて来たんですか?」
「申し訳御座いません。押し掛けてきてしまい……」
「「「……」」」
女性陣の圧が凄い。
が、幸姫は豪胆らしく、ずーっと珠の服飾に興味津々だ。
「(これが京の最先端……成程)」
ぶつぶつと呟いている。
珠並、いや、それ以上に服飾に真剣に向き合っている。
「……」
勝手に観察されている珠も、悪い気はしていない。
それ所か、好敵手を見付けたかの様に、目をぎらつかせている。
「……分かりました。人質の件は、認めましょう。不手際があった以上、責任を取るのが道徳ですから」
「有難う御座います―――」
「ただ、御見合いの件は、私達正室の全員一致が基本原則です。それについては、御理解下さい」
「はは」
その頃、大河は、
「ちちうえ、せーざ」
「もうしてるけど?」
「口応えしないで下さい。御見苦しいですよ?」
「馬鹿」
「浮気者」
華姫、与祢、エリーゼ、千姫から折檻室で詰問されていた。
一応、均衡を取る為に大河側に、
・鶫
・ナチュラ
・アプト
・小太郎
が居るが、彼女達は側室あるいは、事実婚の立場。
当然、正室と対等に話せる訳にはいかない。
「本当に貴方って人は、無節操ね?」
「……」
エリーゼに抱かれているデイビッドも不満げ。
父を尊敬している様だが、その女性関係については別な様だ。
「……」
同様に茶々の元康は、怒っている様な顔。
母を苦労させる憎き父、と感じているのかもしれない。
「幸姫の事は、俺もさっき知ったばかりだよ。慶次も謝っていただろう?」
「そうだけど、魅力的な貴方が悪いのよ」
「え~……」
暴論過ぎて、これ以上の反論する気を失う。
「失礼」
楠が報告書を持って現れた。
「慶次と前田家の証言が一致したわ。正式に謝罪文が送られる予定よ」
「「……」」
エリーゼと千姫が覗き込む。
「……本当の様ね」
「全く、山城様は生きてるだけで女性を誘惑してしまうのかしら? ……鶫、解いてあげて」
「は」
手錠が外され、やっと大河は、自由の身に。
「な? 無実だろ?」
「その顔、ムカつく」
「ですね」
「……」
3人から一斉に腹にパンチを食らう。
冤罪なのに、この仕打ち。
とんだ悪妻だ。
「「「何か不満でも?」」」
「……ありません」
相変わらず、我が家の女性陣の読心術は、世界一だ。
若し、主婦業を廃業しても超能力特別捜査官の道があるかもしれない。
「ちちうえ、はんせいしなさい」
「もう少し、自制をお願いします」
華姫、与祢からも有難い(?)助言だ。
感動の余り涙が出そうである。
3人の頬に接吻していく。
「俺は、妻を裏切る様な真似はしない。今迄浮気した事あったか?」
「「「無いわ」」」
「だろう? だから、こういう話は、事前に相談するよ」
真面目な顔でそう言うと3人を抱き締める。
「俺は、常に妻が優先だ。これだけは譲れない」
「「「……」」」
不機嫌だった3人の額から、徐々に青筋が薄くなっていく。
完全に不信感は、払拭出来ないだろうが、大河は、これ迄、妻を第一に考え、それを有言実行してきた。
今度は、其々の唇に接吻していく。
「……『愛してる』って言って」
「
「
再度、接吻すると、デイビッドが笑顔で頬を撫でる。
大河を父親と認めてくれた様だ。
「デイビッドもな? 愛してるよ」
「だー♡」
「よしよし、良い子だ」
デイビッドを撫でていると、
「山城様」
「だー……」
不穏な空気再び。
振り返ると、千姫と元康のコンビが、不機嫌モード。
「大丈夫だよ。嫉妬しないで」
「じゃあ、私にも同じ事して下さいな」
目を閉じて、千姫が唇を突き出す。
「あいよ」
普段なら小太郎を利用して、代理にさせる所だが、ふざけると、今の良い雰囲気がぶち壊しになる可能性が高い。
すんなり、大河は受け入れる。
ちゅっと。
そして、耳元で囁く。
「愛してるよ」
「……本心ですよね?」
「ああ」
今度は、頬にちゅっ。
鴛鴦夫婦の喧嘩の後は、接吻で仲直りが1番効果的かもしれない。
「元康、今晩は、良い夢見れるわ」
「だー♡」
母親が上機嫌なのが、元康にも伝染。
あれだけ敵意剥き出しだったのが、嘘の様だ。
2組は、上機嫌で、折檻室を出て行く。
「ちちうえ」
「若殿」
次は、(元)養女と婚約者だ。
「「私達にも接吻を―――」」
「マセガキ」
「「な!」」
2人は、髪の毛を逆立たせた。
「そういうのは、もう少し成長した時な?」
優しく説くと、大河は、楠を抱き寄せる。
「助けてくれて有難う」
「積極的ね?」
「恩人だからな?」
「ふん、当然でしょ?」
楠とイチャイチャしつつ、大河の触手は千手観音の如く、各方向に伸びていく。
「え?」
「私も?」
「あは♡」
「主♡」
蚊帳の外であった4人を抱き寄せて、鶫と小太郎を左右に。
アプトとナチュラを楠同様、膝に乗せる。
「ちちうえ!」
「若殿!」
「あー、煩い」
「「きゃ♡」」
2人はそれぞれ、アプト、ナチュラの膝へ。
直接大河に触れる事が出来ないのは不満だが、気を遣ったアプト達が彼の手を2人の下まで持って来てくれた。
これで大河は、アプト達を抱き締めつつ、2人にも触れられる様になった。
「楠、上の様子は如何だった?」
「貴方の事を心配していたよ。お江は、『又、女作って』と激怒していてお市様に慰められていたよ」
「あ~。お江か」
簡単に想像出来る。
三姉妹の中で早くから大河に懐き、結婚後は、最も子供を欲しがっている女性の1人だ。
長姉・茶々の妊娠、出産後は、日増しにその願望が強くなり、恋敵が増える事を嫌っている。
お江が反対派な以上、幸姫の嫁入りは、絶望的だろう。
アプトが尋ねる。
「若殿は、幸様の事は?」
「今日が初対面だよ。ただ、傾奇者とは思わなかったが」
「ちちうえもかぶきものだよ?」
「そうか?」
「だって、いつももふくきているじゃない?」
「喪服? ……あー、これね?」
言われて思い出す。
公務以外では、洋装―――黒のスーツを着ている事を。
余りにも毎日、着ていて、自分の肌の様に馴染んでいる為、朝、着ると、夜着替える迄、着ていた事さえ忘れてしまう。
大河が黒服を持ち込んだ事で日ノ本では、スーツが流行し、特に若い男女には、受けている。
一度、逢引で着て以降、女性陣には、好評で、基本的に城内では、ほぼ100%これだ。
左右の鶫、小太郎は、
「「……」」
密かに黒服をクンカクンカ。
匂いフェチがバレたくないのだろうが、余りにも鼻息が荒い為、誰でも分かるだろう。
「華は、これ好き?」
「すき!」
「じゃあ、俺とこの服どっちが―――」
「ちちうえ!」
即答だ。
華姫のファザコンは、業が深い。
もっとも、2人は血縁関係が無い為、法的な結婚は不可能だが、事実婚は理論上、可能だ。
(……政宗には悪いが、やっぱり、奪われたくはないわな)
華姫の頭を撫でる。
そして、逆の手で与祢を握りつつ、アプト達と接吻するのであった。
翌日、正式に前田家から文書が届き、幸姫の人質が正式に決まる。
お見合いについては、本人が乗り気で無い以上、現時点では白紙だ。
「兄者は、宦官希望者」
「拒否者だよ」
読書する大河の頭を、お江が噛みついていた。
歯が頭皮に食い込んでいる。
お初も御立腹だ。
これ以上、妻が増えない事を安心していたのに、又、候補者が来たのである。
幸姫も大河にも結婚願望が無いのが、唯一の救いだろう。
累に絵本を読みつつ、その手はしっかりと大河の手を握っている。
「……お初」
「……」
無視だ。
「……」
大河は、無言でお初を抱き寄せた。
累も這い這いとついてくる。
「……お初」
「……」
まだ無言だ。
根負けした大河は、お初を放す。
が、彼女は、離れない。
追い付いてきた累を抱き抱え、大河に寄り掛かる。
心の底から怒っている訳では無い様だ。
「……さてと」
読書を止め、大河は、お江を膝に乗せる。
「今週末の大型連休、旅行し様か?」
今週末は、通常の土曜日、日曜日に加え、敬老の日、秋季皇霊祭(現・秋分の日)があり、所謂、
その為、台風で疲弊した日ノ本では、多大なる経済効果が期待されている。
「何処行く?」
不意にお初が尋ねた。
なんだかんだで話を聞いていた様だ。
「希望はあるか?」
「4日間しかないからね。陛下も一緒なんでしょ?」
「そうだな。だから、余り遠出は出来ない。近場で最長3泊4日、最短日帰りだな?」
「じゃあ、雄琴温泉だね。久々に行こうよ。皆でさ」
お江の提案にお初も頷く。
これで2票。
「兄様は?」
「最後で良いよ。親衛隊」
「「「は」」」
小太郎、鶫、与祢の3人が、やって来た。
与祢は侍女なのだが、もう兵士同等、俊敏な動きを見せている。
山内一豊の血を色濃く継いでいるのだろう。
「鶫は、今週末の予定の調整を」
「は」
「小太郎、近畿地方の観光地の警備体制の確認を」
「は」
「与祢は……」
じー。
物凄い視線だ。
正直、2人と比べると、与祢はまだ二等兵級だ。
然し、十分なやる気は買いたい。
「引き続き、侍女の業務を続けてくれ」
「え~」
露骨に嫌そうな顔である。
「我慢してくれ。今は平和な時代。侍女も大切な業務だよ」
「分かりますけど……」
「累」
「だー!」
大河の指示で累が、与祢に突っ込む。
「だー」
「ほら、累も懐いているだろう? 子守りを頼む」
「乳母ですか?」
「そこまでは頼まんよ」
乳母は、母親が忙しい時や疲れている時に限って、アプトやナチュラ等が担っている。
与祢も将来的には、その様になる選択肢もあるが、現時点で大河は望んでいない。
「子守歌とか、出来る事で良いよ。それも重要な仕事だから」
「……は」
尚も不満げだ。
大河は、頭を掻きつつ、伝家の宝刀を使う。
「与祢にも将来、子を産んで欲しいからねぇ。良い経験になると思―――」
「やります」
鬼気迫る表情で同意した。
『鬼じゃない』
大河の体内に宿る橋姫でさえ震える程の勢いであった事は言うまでもない。
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