第303話 千朶万朶
台風が過ぎ去った後の閣僚会議で、京都新城侵入事件が議題に上がった。
「真田、何故、簡単に侵入を許したのだ?」
「は」
信孝に大河は、答える。
「人員を避難所の職員として派遣していた為、歩哨を少なくしていました」
「然し、貴君ほどの者が、警備を
”一騎当千”の大河が侵入者に負ける事はまず無い。
それは、閣僚達も知っている。
問題なのは、大河の妻にお市や三姉妹が居る事だ。
身内が被害者なのは、織田家として見過ごす事は出来ない。
更に朝顔も居る為、最悪、朝廷との関係も悪化しかねない。
信孝が心配しているのは、その二つであった。
「我が家は少数精鋭です。人員数は、それ程重視していませんよ」
「そうだが、近衛兵位は、流石に配置してくれ。陛下に何かあったら大変だ。最悪、総辞職せねばならん」
大正12(1923)年12月27日。
午前10時45分頃、東京府東京市麹町区虎ノ門にて、皇太子(後の昭和天皇)が、摂政として貴族院に自動車で向かっていた所、散弾銃で狙撃された。
犯人は、難波大助。
山口県出身の
銃弾は、窓硝子を破り、同乗していた侍従長を負傷させた。
幸い、標的になった皇太子は無傷で、そのまま貴族院に到着。
事件後、「空砲だと思った」と側近に語っている事から、冷静沈着であった事が伺える。
その後、公務を終え、御所に戻り、首相・山本権兵衛等の見舞い客と対面し、その日の午後には、庭球を楽しむ程の余裕っぷりであった。
然し、世間はそうは行かない。
山本内閣は、警備の責任を取り、総辞職。
警視庁警務部長の正力松太郎も又、懲戒免官に遭い、大助の父は衆議院議員であったが、事件当日に辞職。
大助の死刑執行後は、故郷で閉門蟄居を行い、壮絶な餓死を遂げた。
これだけに留まらず、
・山口県知事 2ヶ月間の2割減俸
・京都府知事
→途中、大助が京都府に立ち寄ったとされた為。
・大助の郷里の全ての村々は正月行事を取り止め謹慎
・大助が卒業した小学校の校長と担任は教育責任を取り辞職
と、その悪影響は、計り知れない(*1)。
更に安土桃山時代には、切腹が存在する。
責任を負い、切腹に走る者も居るだろう。
信孝としては、有能な家臣が死ぬのは本意ではない。
「では、朝廷と交渉し、近衛兵を配備して頂ける様、御相談します」
「ああ、頼んだ。後、もう一つ、侵入者は、誰だったんだ?」
「「「……」」」
全閣僚の注目が、大河に集まる。
「野盗でしたよ。火事場泥棒の類でしょう」
答えつつ、大河は、柴田勝家の反応を探る。
「……」
興味なし、と言った感じで、こちらを見てはいない。
目を瞑ったままで、腕を組んだまま不動だ。
「そうか?
「誤報でしょう。国家保安委員会の調査では、背後関係は、無かったので」
「それなら良いが……」
内閣が安定してきている今、権力闘争は、信孝の望みではない。
朝廷とも信頼関係が構築出来ている。
内政は、暴動と内乱が立て続けにあったが、どれも大河の活躍により、直ぐに収束した。
今は、普段以上に内政に集中しなければならない時機であろう。
「ただ」
「ただ?」
「『世の中には月夜ばかりはない』と申しますに、油断大敵でしょうな?」
微笑む大河の笑っていない目に信孝は、
「……そうだな」
同意するしかなかった。
侵入事件の黒幕・佐久間盛政は、柴田勝家を立てる為の
失敗直後、盛政は立て直す為に「病気療養」と称し、加賀国に戻っていたのだが、
「この大バカ者が!」
前田利家にぶん殴られる。
盛政は吹っ飛び、障子を突き破って、庭に転がった。
「貴様は浅はか過ぎる! ”一騎当千”の恐ろしさを分かっていない!」
槇島城の戦い等で戦功を挙げている有能な盛政だが、ここぞという時に弱い。
本能寺の変後、羽柴秀吉は黒田官兵衛の助言に従い、中国大返しを敢行。
見事、山崎で明智光秀を打ち破り、天下人へ走り出す。
一方、勝家はこの時、同じく弔い合戦の為に上洛し様とするも盛政が情勢を説き、
但し、この説は疑わしい、ともされている(*3)。
その結果、秀吉の出世を不本意ながら援護射撃する様な形になってしまった。
更に賤ヶ岳の戦いでも、盛政はやらかす。
秀吉の臣下であり、彼と兄弟の契りを結んでいた中川清秀を討ち取るも、勝家の撤退命令を拒否。
勢いそのままに勝利を狙うも、
・羽柴方に援軍が到着
・美濃大返しにより、羽柴秀吉登場
・前田利家撤退
により、敗北してしまう。
本能寺では主君の政敵を遠回しに援護してしまい、賤ヶ岳では主君の命令に反し、敗戦の原因の一つを作ってしまったのは、勿体無い話だろう。
諌止しなければ命令を遵守していけば、柴田勝家とお市が北ノ庄城で自害する運命は変わっていたかもしれない。
戦国時代の重要なY字路は、”鬼玄蕃”に作られた、とも言える。
「詫びに行くぞ!」
「叔父上」
「慶次か? 如何した?」
6尺5寸(197cm)、目の下にこの時代には珍しいアイ・ブラック、そして眩しい程の金髪な傾奇者こそ、前田利益(1533~1605 *異説あり)である。
彼が連れて来たのは、前田利家の長女・
史実に於いて、加賀藩の基礎を作った前田利常(1594~1658)の養母である。
永禄2(1559)年生まれの彼女は、今年―――万和3(1578)現在、19歳。
この時代に珍しく、まだ独身であった。
若い頃、
・6尺(約182cm)
・
・女物をマントの様に羽織ってブイブイ言わせてした利家の娘
だけあって、傾奇者の血を引いている。
髪型は茶筅髪。
服装は、虎の毛皮を加工して現代なら、ワシントン条約に引っかかる事間違い無いな出で立ちだ。
身長も186cmと、父親よりも大きい。
顔面偏差値も、信長の小姓を務め、その寵愛を受けたイケメンな父親から譲り受けたらしく、非常に美しい。
にも関わらず、貰い手が居ないのは、やはり、傾奇者だからだろう。
「幸を詫びの印に送ってみては如何です?」
「人質か?」
「はい。現在、領内に間者と思しき者が活動中です。いずれ、『謀反』の罪を着せて真田の特殊部隊が派兵させるかもしれません」
「……成程な」
盛政の所為で、前田家の存続も危ぶまれるのは、利家の本意ではない。
「幸、京に行きたいか?」
「御洒落が出来るならね。人質でもなんでも良いわ。聞く所によれば、珠という傾奇者もあの人の婚約者なんでしょ?」
「ああ。明智殿の御息女だな」
珠は、単純に趣味としてゴスロリをしているだけなのだが、如何せん、まだその概念が浸透していない日ノ本では、彼女の様な嗜好の持ち主でさえ傾奇者と見られる。
『【傾奇者】
江戸時代前期、江戸その他の都市を舞台に反体制的行動を展開した武士、奉公人等を指す。
「傾き」という言葉は偏った異様な風俗や行動をいう。
歌舞伎の源流である「かぶき踊」と同じ時代相を背景として発生し、共に異端的なものとして受け取られていた。
初期のかぶき者には、
・没落した在地小領主
・
・
が多かった』(*4)
その為、幸姫の様な地方在住の傾奇者にとって、傾きに寛容な大河は、良き理解者だ。
「御洒落を許してくれるなら、良いよ。どうせここには、私の居場所が無いんだから」
「そういうなよ」
「じゃあ、決定ね。母上には父上から説明してね? じゃあ、そういう事で」
「お、おい!」
利家の制止を聞かず、幸姫はさっさと屋敷に戻っていく。
引っ越しの準備をする為だろう。
「叔父上―――」
「言うな。慶次。仕方ない。お前も行け」
「子守りは―――」
「自由人のお前の事だ。規則が緩いあの家なら、過ごし易いだろう。我が家と山城真田家を繋げろ」
「はいはい」
頷く慶次。
仕事さえしてくれれば、大河は私的な部分は、非常に寛容である。
又、彼の義理の息子であり景勝にも興味がある。
代理とはいえ、史上最年少で近衛大将を務め、更に事実上の近衛都督の景勝は、将来有望株だ。
彼に仕えるのが、慶次の目標であった。
加賀の雄、前田家が動き出す。
詫び状と幸姫を連れて、慶次は早速、上洛を果たす。
万和3(1578)年10月1日の事である。
初めての大都会に2人は、酔う。
何せ山城国だけで加賀国の数百倍もの人口を誇るのだ。
地元では、滅多に見ない外国人も多い。
護衛もぐったりしている。
これだと早々に宿舎に入った方が良いだろう。
幸い、前田家の在京屋敷は、京都新城に近い。
「「「……」」」
皆、疲れた表情で、屋敷に向かっていると、
「前田殿?」
声をかけられ、振り向くと、大河が謙信と松姫を共に歩いていた。
会合で大河と慶次は、何度か会っていた為、見知った仲だ。
「若殿、如何しました?」
侍女として付き従っていた珠が、ひょっこり大河の背後から顔を出す。
「前田慶次殿だよ。久し振りです。今日は観光で?」
「引っ越しですよ」
正式に登城をして、詫びる予定だったのだが、この時機で偶然会うとは。
それに加えて、普通に歩いているとは思わなんだ。
一方、幸姫は、
「珠様ですか?」
「え? はい?」
「その衣装、凄いですね? 何処で買えるんですか?」
大きな女性に話しかけられ、珠は、怯えて、大河の背中に隠れる。
「幸、怖がっているよ。皆に御挨拶しなさい」
慶次に窘められて、幸は挨拶。
「はい。この度、人質兼御見合いの相手として前田家より来ました。幸です。宜しく御願いします」
「「「……は?」」」
謙信、松姫、そして珠の表情がぴしりと凍り付く。
「御見合い?」
大河も寝耳に水だ。
「えーっと」
単刀直入過ぎて慶次も戸惑う。
「……済みません」
そして、謝るしか無いのであった。
[参考文献・出典]
*1:ウィキペディア
*2:『村井頼重覚書』
*3:岡田正人 『織田信長総合事典』 雄山閣 1999年
*4:コトバンク
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