第302話 罪悪滔天

 暴風雨の中、三度笠さんどがさを被り、合羽を羽織った集団が京都新城を目指していた。

「「「……」」」

 皆、一葉に表情は暗い。

 彼等は、決死隊。

 ある閣僚から命じられた大河暗殺部隊である。

 この台風の日に実行したのは、警備隊が避難所に割り振られ、京都新城の警備が手薄になるからだ。

 案の定、普段は屈強な警備員が居る正門も今は居ない。

「「「……」」」

 武装勢力は、すんなり侵入に成功し、天守を目指す。

 が、然うは問屋が卸さない。

 赤外線カメラが彼等を感知し、沈黙のまま、見守っていたのだ。

『……』

 じーっと。

 その警備室では、

「正門から不審者発見。武装確認。人数は……15人。直ちに迎撃を許可する」

 和装の侍女達が、数十台もの画面の前から指示していた。

 彼女達は普段は、大奥等で働いているのだが、緊急時には警備兵の代わりに担当していた。

 国民皆兵の為、平民でも武家でも隔たりは無い。

 能力ある者が重宝される、実力至上主義な山城真田家であって、素人は居ない。

Aアルファ、了解。不審者を確認。これより迎撃する』

Bブラボーも確認。Aアルファと連携する』

Cチャーリーも確認しました。援護します』

 山城真田家が誇る3部隊が迎撃に入った。

 水と銃は、基本的に合わない。

 濡れた銃を使用すると銃身等に悪影響を及ぼし、最悪、暴発する危険性があるかるからだ。

 なので、3部隊が使用するのは、APS水中銃アフタマート・ポドヴォドヌィイ・スペチアリヌィイ アーペーエス

 水中銃、という名前だが、地上でも100mもの有効射程を有する。

 装弾数も26発のそれを帯銃した彼等は、密かに彼等に近付く。

 ソ連が開発した時、自国内でしか供給を許さず、同盟国の北朝鮮の工作員が密輸し様とした際、KGB国家保安委員会が逮捕した程、冷戦期は隠されていた。

 日の目を浴びたのは、平成元(1989)年のマルタ会談での事。

 この時、会場に来ていた特殊任務部隊スペツナズが装備していた事から初めて、西側諸国が知った。

 現在は自由化に伴い、ソ連(ロシア)以外の国々でも採用されている(*1)。

 開発から約30年間、隠し続ける事が出来たソ連の秘密主義も素晴らしい。

 話は戻って、現在。

 隠密行動に長けた彼等は、まさに特殊任務部隊スペツナズの様である。

 浅井家の屋敷の前を通りかかった時、5・56x40mm MPSが先頭の男を撃ち抜く。

「「「!」」」

 脳天に風穴。

 まさに狙撃手スナイパーの様な一撃必殺ワンショット・ワンキルである。

 残り14人。

「く、糞! 見付かった!」

「撃て! 撃て!」

 が、彼等が所持しているのは、火縄銃。

 一応、連発出来る様に改良されているが、それでもAPS水中銃には、敵わない。

 奇襲に動揺し、頼みの綱である火縄銃を濡らしてしまう輩も居る。

 3人射殺された所で、3部隊の最高指揮官である大谷平馬が命じる。

「よし、討ち取れ」

「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」

 野太い漢達の声は、落雷にも負けない位、大きい。

 大河の下に仕官した少年は、今や最大1万の家臣を持つ武将だ。

 豊臣秀吉が「癩病でなければ、100万の兵を任せたい」と評した事には、まだまだ遠いが、実現に近付いているのは、確かであろう。

(殿をいつかは、天下人に)

 平馬は、下っ端時代から可愛がってくれる大河に心底恩を感じ、忠誠を誓っていた。

 15人居た武装勢力は、侵入後、僅か数分で3人迄減らされる。

「糞!」

「煮るなり焼くなり好きにしろ!」

「殺せ!」

 3人は、既に死を覚悟していた。

 然し、平馬は、許さない。

「喋れる口は、一つあれば良い。与祢」

「は」

 槍を構えた与祢は、躊躇い無く2人を突き殺す。

 正確に胸を狙ったのは、大河の教えた通りである。

 少女が平気で殺人を行った事に最後の1人は、震える。

「……」

「吐きなさい。誰が黒幕?」

 与祢が疑うのは、彼等が野盗ではなく、洗練された武士であったから。

 皆、整備された武器を持ち、身形も綺麗。

 どれも野盗とは程遠いだろう。

「……! 隊長、これを」

「! これは!」

 与祢が気付いたのは、火縄銃に入った家紋であった。

 他のメンバーのは、削って消されているが、生存者は、家紋に愛着があったのだろう。

 ―――三つ引両。

 武門の名家・佐久間氏のそれだ。

「早速、若殿に報告します」

「ああ、頼んだ」

 黒幕が判明した以上、生存者に用は無い。

 平馬は、日本刀を抜き、一気にその首を刎ねるのであった。


 首は、直ぐに大河の下へ運ばれる。

「佐久間ねぇ……」

 意外にも、大河は驚かない。

 それ所か、生首を前にしても、お市とイチャイチャしていた。

「もう、貴方、胸揉まないでよ」

「乳房こそ至高」

「名言みたいに言っても駄目よ」

 普通なら、暗君なのだが、大河は軍人だ。

 幾ら普段、セクハラが凄まじくとも、誰よりも訓練を怠らない。

 結果も出している。

 だからこそ、首実検の時にイチャイチャしても、部下から窘められる事は無いのである。

「若殿、予想していたんですか?」

「何で?」

「冷静ですから」

 セクハラに厳しい与祢でさえも、この時ばかりは、驚く他無い。

「”鬼玄蕃”と仲が悪いからね」

「! 佐久間盛政と?」

「うん」

 頷きつつ、大河は、お市と接吻。

「あん♡」

 大河も異常者だが、お市も同類項だ。

 死体を前にしても、イチャつけるのだから。

 現代の日本人には無い豪胆さがある。

 尤も、目の前で多くの人々が死ぬ戦国時代を生き抜いたのだから、それ位、肝が据わっているのが、この時代には、普通であろう。

「若殿、そろそろ―――」

「あいよ」

 与祢が沸々と怒り出した時機で、大河は、止める。

 愛を一身に受けていたお市は少し残念そうだが、締まる時には締まらないといけないだろう。

「”鬼玄蕃”と過去に因縁が?」

「いいや。ただの逆恨みだろうよ。あいつの上司、”鬼柴田”が、お市に惚れてるだろう?」

「はい」

「どうせ、上司に花を持たせたくて送った刺客だろうよ。若しくは、”鬼柴田”が指示を出したか。或いは、その両方か」

「……今後、如何するんです?」

「何もしないよ」

「え?」

「平和主義者だからな」

 ニヤリと嗤いつつ、大河は立ち上がる。

 お市をそのまま抱っこ。

「俺が愛するのは、女性と平和だ。これだけは、譲れない」

「……」

 だが、与祢は、気付いていた。

 今まで大河が一度たりとも瞬きしない事を。

 平和主義者を自称するが、平気で拷問をする等、とても平和主義とは思えない内面を持っているので、内心は、相当、怒っている筈だ。

「……与祢、久し振りに見学するか?」

「! 良いんですか?」

「ああ、千代様には、内緒だぞ?」

「は~い♡」

 生首を焼却炉に放り、大河に付いていく。

 大河の手を握り、寝所へ。

 直前まで殺気を放っていたのが嘘の様な晴れやかな表情だ。

 何だかんだで、与祢は殺人術も、より大河の傍に居たいから習得したものであって、本意ではない。

 久々の見学に鼻息荒くするのであった。


 台風は、約1日かけて近畿地方を横断した。

 気象庁が、早めに備えを呼び掛けていた為、人的被害が少ない。

 全国では100人もの死者が出たが、人口が東アジアで清に次いで多い事を考えると、それ位は仕方の無い事だろう。

 中には、避難命令を無視した自業自得な場合もある。

「……」

 台風が熱帯低気圧に変わり、消滅した事を知り、朝顔は安堵の溜息を吐く。

 条例が功を奏し、山城国では、1人の死者が出なかった。

 日ノ本で人口が最も多く、世界の首都の中でも京の都市人口は上位だ。

 天正3(1575)年の記録だが、世界の推定都市人口に於いて、京は、北京(70万6千人)、イスタンブール(68万人)に次ぐ第3位(30万人)。

 余談だが、山口は30位(9万人)、堺は38位(7万5千人)となっている(*2)。

 万和3(1578)年現在、中国大陸は欧米列強に分割され、北京の人口は分からない。

 その為、形式に当て嵌めると、京は世界第2位の巨大都市の可能性がある。

 それでいて、犠牲者が居ないのは、奇跡だろう。

「兄者、晴れたね?」

「ああ、台風一過だ」

「台風って家族なの?」

「そりゃあ一家違いだな」

 お江が天然で可愛い件。

「可愛いなぁ♡」

「もう、私はいつでも可愛いんだよ?」

 馬鹿にされた、と受け取ったらしく、お江は大河の頭に飛びつき齧る。

 ガジガジと。

「兄者、妹を馬鹿にしないで下さいますか?」

 珍しくお初も不機嫌だ。

 同類項として見られたくないのかもしれない。

「全然馬鹿にはしてないよ。愛でてるだけ」

「同義では?」

「気に障ったら謝るよ」

 お初を抱き上げて、その頬に接吻。

「も~、兄様は、接吻魔ですね?」

「違う。愛妻家だよ」

「物は言いようですね?」

 呆れつつも、お初は嫌がらない。

 言葉だけでなく、態度で日々、愛を証明してくれる。

 面倒臭い時もあるが、新婚なので楽しい毎日である。

「ちちうえ~」

 華姫が駆けて来た。

「おお、無事だったか?」

「うん。へーきへーき」

 華姫等、一部の女性陣は、念には念を入れよ、という事で地下壕に避難していた。

 核爆弾にも耐え得る様に設計されたそこは、非常食が多く備蓄され、最長10年間は、暮せる事が出来る。

 尤実際した場合、先の見えない避難生活且つ地下、という事で精神が崩壊する方が早そうな事は否めないが。

「真田様、御久し振りです」

「松、数時間振りだろ?」

「数時間でも会いたかったです♡」

「阿国は、寂しがり屋だな?」

「……」

「珠は、無言で泣くな。ほら」

 珠と抱擁。

 にへら、と微笑む。

 謙信、誾千代とも会う。

 珠を抱き締める大河を謙信が蹴った。

 まるでヤクザ・キックだ。

「おいおい、痛いぞ?」

「正妻を差し置いて侍女に手を出す馬鹿には、これ位が丁度良いわよ。ねぇ、誾?」

「そうね」

 珠から無理矢理奪い取ると、誾千代は、大河の手を握る。

「地下に閉じ込めるってどういう事よ?」

「正妻だからな。当然だろう?」

「その間、お市様と愉しくしていたんでしょ?」

「ああ」

「ちゃんと穴埋めしなさいね?」

「ああ、得意だよ。俺は、探鉱者だからな。夜の―――」

「死ね」

 手荒い突っ込みが炸裂。

 誾千代は、大河を抱き寄せて、無理矢理、接吻。

 茶々等が目の前に居様が、関係無い。

 舌を絡ませ、そのまま大河を拘束する。

「存分に穴埋めさせてもらうからね?」

「分かってるよ」

 2人は、接吻を続行。

 エリーゼは、デイビッドを抱きつつ、嘆息した。

(とんだ変態夫婦よね)

 と。

 台風は過ぎ去ったが、まだまだ山城真田家の女性同士の争いは、激しいのであった。


[参考文献・出典]

*1:ウィキペディア

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る