第301話 万和ノ風

 最大風速70m/Sは、歴代1位の『昭和40(1965)年台風第23号』が持つ69・8m/S(観測地点:室戸岬)をもしのぐ。

 令和元(2019)年の台風19号『ハギビス』も当初、その位あった。

 最終的には、55m/S(気象庁解析)に弱まったが、最大瞬間風速70mを時速に換算すると、時速252㎞/hとなる(*1)。

 新幹線並の風が襲うのだ。

 当然、人は立っていられない。

 瓦は吹き飛び、停車中の貨物自動車は横風の煽られ横転。

 大坂湾に停泊中の油槽船が、連絡橋に衝突し、橋梁きょうりょうが大きく損傷。

 1940年11月7日に強風で落橋らっきょうしたタコマブリッジの如く連絡橋は崩落する。

 空港は孤立し、数千人が孤立した。

 空港は空軍基地も兼ねていた為、国軍が施設を開放し、避難民の安全は保証された。

 各地では、浸水被害が相次ぐ。

 堤防決壊寸前、近隣住民は高台に避難した事で何とか最悪の結末は免れたものの、『平成27(2015)年9月関東・東北豪雨』の鬼怒川の如く、関西地方の川は、各地で氾濫。

 避難命令を知らない路上生活者や、拒否し家に居た者は、情け容赦無く流されていく。

 国軍は救出活動したい所だが、如何せん相手は、自然。

 二次被害の可能性も否定出来ない為、動く事は出来ない。

「……」

 山城国にある国軍真田隊の本部では、大谷平馬が唇を噛んでいた。

 血がにじむ程に。

 左近が、諭す。

「平馬、気持ちは分かる。でも、天災だ。人災は、防ぐ事が可能だが、天災は無理だ。減災する事は出来ても死傷者を0にする事は不可能だ。分かるな?」

「……はい」

「陛下も心を痛め、上様が支えているそうな。俺達の出番は、台風が過ぎ去った後だ」

「……はい」

 本当は、台風通過後、暫く経った後の活動が1番望ましいだろう。

 水を含んだ山が崩壊するかもしれないし、水が引かないまま歩くのはマンホールに吸い込まれる恐れもある。

然し、孤立した住民は、早期の救出を願っている。

 彼等の為にも、早めに動かないといけないのだ。

 報道は、続く。

『――――大和国吉野郡大塔村の国道では、地滑りが起き、村民数百人が孤立しています。現地では、半刻(1時間)に70mmと観測史上最大の降水量を記録し、更なる被害の増加が懸念されています』


 山城国でも被害は甚大だ。

 数時間続く強雨により、排水作業が追い付かず、各地は水浸し。

 新幹線等の車両基地もその被害に遭い、経済的な被害も大きい。

 不幸中の幸いといえば、人的被害が少ない事だろう。

 台風上陸前に決まった条例の下で、各世帯に、

土嚢どのう

・非常食

・懐中電灯

・電池

鉄兜ヘルメット

 等を配り、又、避難所を設置した成果と思われる。

「避難命令を無視した者、拒否した者は助けない」

 という事前の通知も功を奏した。

 民主主義国家であるが、日ノ本は、全国民を助ける気は更々無い。

 税務署が滞納者を不定期に確認し、その世帯のみ行政サービスの対象外にするからだ。

 その為、火事が起きても延焼防止で納税者の他の家のみ守っても、滞納者の家に関しては知らんぷり。

 滞納者が倒れても、救急車は来ない。

 犯罪被害に遭っても、警察の捜査は入らない。

 投票権も無い。

 無政府主義者アナーキストには、この上無い楽園かもしれないが、日ノ本は、病気等、特別な事情が無い限り、自分の意思で滞納する人々には、非常に分かり易い対応なのだ。

 都内各地に設置された避難所では、各世帯に防音機能付きの天幕テントが用意され、個人情報も守られる。

 警察官が常駐し、犯罪対策にも努めている。

 因みに震災等、平時とは違った状況下での犯罪は、「火事場泥棒」という事で、平時より罪が重い。

 例えば熊本地震の際、避難所で性犯罪が把握されているだけで10件(*2)あるが。

 若し、ここで行わば、1発死刑。

 性犯罪ではなく、窃盗の場合でも同じだ。

「……この者は?」

「行方不明者の居場所を超能力で言い当てて、金銭を要求していた自称・霊能力者です」

「ふむ……」

 雑賀孫六は、私刑に遭った男を見る。

 手足は折られ、頭は鉄兜で殴打されたのだろう。

 出血し、今にも死にそうだ。

「こっちは、死体から指輪等の貴金属を奪っていました。死後硬直で外せない時は、指を切断して、指ごと、奪っていました」

「……鬼畜だな」

 もう1人の男は、両目をり貫かれ、耳鼻を削ぎ落された。

 アキレス腱も切られている。

 これでは、逃げる事もままならないだろう。

 2人がこれ程の状態なのは、自警団が行ったからだ。

 非常事態が故に警察の手が回らない場所に関してのみ、審査を通過した自警団が、代理として警察権を行使している。

 彼等は元々、武士なので、殺人への躊躇いも無い程、残虐な一面があった。

 恐らく、アイヒマン実験テスト(ミルグラム実験)も影響しているのかもしれない。

 人間は、一定の条件が揃うと簡単に残虐になれる。

・台風という閉鎖的な環境

・自分に責任が無い状況

・警察からの指示

 ……

 ナチスを代表する戦争犯罪人の1人、アイヒマン(1906~1962)も「命令に従っただけ」と虐殺の自身の責任を否定。

 死刑判決になっても尚、無罪を主張していた。

 自警団は、アイヒマンの様な心理状態なのかもしれない。 

「冤罪ではないよな?」

「はい。現行犯で捕らえた為」

「では、規則通り、死刑で」

「「「は」」」

 敬礼した自警団は2人を連れて、一旦、外に出る。

 流石に避難所で執行するのは、無い。

 強雨の中、避難所の近くにある木に括りつけられた。

 逃走防止の為にイエスの様に手足に釘を打たれた状態で。

 自警団が、避難所に戻った数秒後、雷が木に直撃。

 そのまま炎上する。

「「……」」

 落雷に遭った2人は、ぐったり。

 生きているのか死んでいるのかさえ分からない。

 軈て、火は、2人を覆い、肉の焼ける臭いが避難所の玄関迄伝わってくる。

 強雨に負けない業火は、2人を骨まで燃やし尽くすのであった。


 上陸して暫く経った後、

「あ」

 停電した。

 与祢が何度か試し、停電を確認する間、アプトが懐中電灯を持ってくる。

 珠は、非常電源を入れ様としていた。

「待て。珠」

「はい?」

「点けるのは、夜で良い。病院じゃないんだから、それ程必要としていないよ」

「そうですが……」

「最優先は、基地と病院。私達は、後で良いわ」

「……分かりました」

 朝顔も援護射撃し、珠は、渋々納得した。

 電気が断たれた事で、京都新城の警備も手薄になるが、守備兵の数は揃っている。

 復旧するまで、旧式に頼らなければならない。

 3・11の計画停電の際、千代田区は、重要な官公庁がある為、計画停電の対象外であった。

 然し、陛下は、率先して電力使用を自粛された。

 京都新城は正式な皇居ではないが、上皇が居る以上、事実上の皇居であろう。

「……」

 華姫の震えは、止まらない。

 強風で震度2の揺れがずーっと続いているのだ。

 これは敢えて、揺れさせる事で強風を受け流させている事による。

 地震の時も同じだ。

「華、おいで」

「……うん」

 優しく抱きしめ、その背中を軽く叩く。

「……」

 にへら、と心底笑う。

 温もりは、正直、元養母・謙信より温かい。

 何度も救われている為、華姫は、大河が大好きだ。

 もっと年齢を重ねれば、本気で夜這いも実行する事だろう。

 華姫を抱き締めつつ、大河は他の女性も心配する。

「お江、怖いか?」

「全然」

 と否定する彼女だが、大河の背中に抱き着いて離れない。

 14歳――――思春期真っ只中の筈なのだが、やっぱり、夫の傍から離れる事は無い。

 ヒュー!

「「ひ」」

 2人は、前後から大河を挟む。

「風だよ」

「わかっている」

「分かってるよ」

 強気だが、その目には、涙が滲んでいる。

「じゃあ、一旦、台風は忘れ様か?」

「できるの?」

「出来るよ」

 大河は、微笑んだ後、2人を米俵の様に担ぐと、自室に連れ込む。

 何をするか興味を持った女性陣も付いて来た。

「台風を消す方法って知ってるか?」

「あるの?」

 お江が食いついた。

 長年、台風に苦しめられている為、興味津々なのだろう。

「あるよ。爆弾を使えばな」

 台風を人工的に消滅又は弱体化させる方法は、沢山の方法が提案されている。

 その中で現実的、とされるのが、

・爆弾で吹き飛ばす

・海水の温度を下げる

 の二つだ。

 前者は、台風の目の辺りに、爆弾を落とし爆発させ、台風を消滅させる。

 当然、消滅させるだけの爆風となると、相当強大な爆発エネルギーが必要になる。

 完全消滅なら、数十万個分の核爆弾が必要とも言われている。

 1960年代、実際に台風の目に核爆弾を落として、台風を消滅させる実験が計画された。

・大量の核爆弾が必要


・核爆発による放射性物質を大量に撒き散らす


 などの理由から現実的では無いだろう(*3)。

 アメリカでは、政府が本気でハリケーン対策の一つに核爆弾の使用を度々、検討している。

 例

 1959年

 気象学者

『潜水艦に核爆弾を載せ、水中からハリケーンの目の中に発射すれば、ストームを弱める事が出来る』(論文)


 1961年

 気象局長官

「いつの日か遠く離れた海の上で核爆弾を使ってハリケーンを破壊する日が来るかもしれない」

 

 日本では、『藤原効果』で知られる気象学者・藤原咲平(1884~1950)が、核爆弾が台風を破壊する事は不可能だとしても、進路に影響を与える事は可能かもしれないとした論文を1940年代に発表している。

 現代では、「何故、ハリケーンを核攻撃して破壊しようとしないの?」という質問が掲載に対し、アメリカの海洋大気庁が次の様に回答している。

『発達したハリケーンの放出する熱量は50兆~200兆ワットに及び、これは20分おきに10メガトンの原子爆弾を爆発させた時のエネルギーに匹敵する。

 つまり膨大なエネルギーが必要なわけで、核爆弾でハリケーンを破壊する事は不可能である』(*4)


 と。

 言わずもがな、核爆弾を使用すると大量の放射性物質が放出され、環境に壊滅的な影響を与えるので、全く良い考えではない(*5)。

「理論的には、爆弾で消滅、或いは弱体化出来る。だが、自然保護の観点からは当然、危ない」

「「「……」」」

 興味深い話に女性陣は、聴き入ってしまう。

 教祖の説法を傾聴する信者の様に。

 直後、近くに雷が落ちる。

「「「きゃ」」」

 女性陣は小さく悲鳴を上げ、大河に殺到。

「ぐえ」

 蛙の様に押し潰される大河であった。


[参考文献・出典]

*1:アレコレ気になる物事 2019年10月12日

*2:2018年3月29日 西日本新聞

*3:暮らしの辞書

*4:海洋大気庁 HP

*5:トランプ大統領、核爆弾でハリケーンの破壊を提案 でも可能なの? 森さやか 2019年8月27日

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