第299話 拈華微笑

 万和3(1578)年9月中旬。

 日ノ本は、秋雨あきさめに入る。

 通常、秋雨は8月後半なのだが、今年は夏の異常気象で約1か月遅れた様だ。

 台風対策も法整備され、山城国は来るであろう猛烈な台風に備える。

 そんな中、

「本当に私で良いんですか?」

「ああ」

 大河は、ナチュラの部屋に居た。

 正妻とは違って、地位は低いものの、私室が用意されている。

 小笠原諸島の地図が壁に飾られ、

・パッションフルーツ

・マンゴー

・パパイヤ

 等、小笠原諸島で食されている果物が棚に飾られている。

 そんなナチュラの郷土愛が爆発したその部屋で、大河は彼女の手料理を食べていた。

 並んでいるのは、

・煮物

・味噌汁

 ……

 全てナチュラの手料理だ。

「何故、昼食に私を御指名に?」

「そういう気分だったからしょうがないだろう?」

 ああ、とナチュラは内心、納得する。

 家長の大河は平日、侍女達(アプト、与祢、珠)が、朝昼晩を作っている。

 土日は、その他の正妻が輪番制で担当している。

 が、どうしても、その日の担当者が、疲労困憊だったりする時も当然あるだろう。

 その場合、大河は担当者を責める事はせず、気分次第で愛人を巡っている、と思われる。

 そうすれば、非番の女性が急遽、駆り出される事無く、献立も考える必要は無い。

 愛妻家なりの配慮なのであった。

 愛人からすれば、「都合の良い女」と感じるが、実際そうなのだから、不満は無い。

「頂きます」

「あれ? 珈琲、飲めましたっけ?」

「苦手だけど?」

 と、言いつつ、大河は珈琲コーヒーを飲む。

「他と差し替えますのに」

「良いよ。飲めない訳じゃないし」

 仕事のミスとマナー違反以外は、基本、大河は、寛容だ。

 志〇妙の様な暗黒物質ダークマターを出しても、文句一つ言わず、完食するだろう。

「……」

「んだよ?」

「いえ。若殿の食事を拝見出来るのは貴重な機会だから目に焼きつけておこうかと」

 普段、正妻と愛人は、同じ空間に居る事は無い。

 お互い敵視している訳ではないが、立場上、同位にするのは、難しいだろう。

 その為、ナチュラは、久し振りに大河が食しているのを見ているのであった。

「ナチュラも食えよ」

「残飯で良いです」

「いや、それは許さん」

 強い口調でそう言うと、大河は、ナチュラの腕を掴み、無理矢理、隣に座らせる。

 今では考えられないが、夫の食べ残しを食べる妻は、存在する。

 夫を家庭内でも立て様、という価値観なのかもしれないが、現代人の大河には、流石に食べ残しを食べさせる行為は、推奨出来ない。

 というか、引く。

「食いたくない時は、無理して食べる必要は無い。だが、規則正しい生活を送るには、食べた方が良い」

「……分かりました」

 正妻同様接してくれる大河の優しさを、ナチュラは素直に受け入れる。

 独裁を嫌う大河だが、この手に関しては、結構な確率で強要するからだ。

「……」

 黙々とナチュラが食べ始めた時、大河のスマートフォンが鳴る。

「もしもし?」

『若殿、今、何方ですか?』

「与祢か。今、実家?」

『はい。ただ、挨拶と部屋の掃除、郵便物の整理だけして帰りました』

「長居して良いのに」

『嫌です』

 婚約者は、実家より、京都新城での暮らしが楽しい様だ。

 御両親からすれば複雑だろうが、嫁に出した以上、仕方の無い事だろう。 

『それで何処ですか?』

「ナチュラの所」

『分かりました。アプト先輩、珠さんと行きますね?』

「おいおい、世話は勘弁な? 今日は、休日―――って、切りやがった」

 正式な肩書は、侍女なので、これは失礼だろう。

 恐らく、イケイケ時代の信長が主君であったら、手打ちに遭っていたかもしれない。

「与祢様は、心底、若殿想いなんですよ。だから、怒らないで下さいね?」

「この程度で怒らんよ」

 大河は、呆れ顔で味噌汁の具を食べる。

「ナチュラ、美味しいよ」

「有難う御座います」

 仲良く食べる。

 それから、合流した3人と共に、平和な昼食を済ますのであった。


 イスラエルの様な国民皆兵となった日ノ本は、女性も徴兵の対象だ。

 もっとも、


『【日ノ本憲法第19条】

 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない』


 と憲法にある様に、強制的なものではない。

 所謂、『良心的兵役拒否』が認められているのだ。

 模範となったイスラエルでは、敵国に囲まれている為、法律で認められているものの、実際に認可される場合は少なく、行った場合には1~4週間の禁固刑に処されるのが一般的とされる(*1)。

 一方、日ノ本では憲法を遵守し、イスラエルの様な事は無い。

 但し、義務からは逃れないのも事実だ。

 そこで日ノ本が採ったのは、現代の台湾で実施されている様な代替役である。

 良心的兵役拒否者には、

・警察役

・消防役

・社会役

・環境保護役

・医療役

・司法行政役

・土地測量役

・公共行政役

・外交役

 等に就く義務が発生する(*1 )。

 これすら拒否した場合、徴兵忌避と判断され、軍法会議行きとなり、

・遠島(事実上の海外追放)

・死刑

 のいずれかになる。

 戦国時代、雑兵ぞうひょうは徴発される代わりに、八貫文(現代で40万円)を出せば、贖えた文化があったが(*2 )。

 天下統一が成され、国民に日本人という自己同一性アイデンティティーが生まれた以上、徴兵忌避は許されない。

 政府が用意した代替役すら拒否した場合は、南北戦争以来、米軍史で唯一、敵前逃亡により銃殺刑に処されたエディ・スロヴィク(1920~1945)の様な最期が待っている。

 無論、良心的兵役拒否者でも兵役に就く事は可能だ。

 デスモンド・T・ドス(1919~2006)が、良心的兵役拒否をしながら衛生兵として沖縄で活躍し、良心的兵役拒否者として初めて名誉勲章を受章した様に。

 場合によっては、衛生兵等、戦わずに済む役職も用意されている。

 結局は、良心的兵役拒否者次第だ。

「……」

 松姫は、召集令状―――赤紙を複雑な表情で見詰めていた。


『【召集令状】

 受取人が保持し、部隊への到着時に提示する事

 武田松殿

 山城国上京区―――在住

                      万和3(1578)年9月20日 徴兵局

 

 防衛大臣の命令により本状の受取人は直ちに遅滞なく婦人陸軍に出頭する様命じられている。

 これは、数日間の訓練を実施する為である。

 正当な理由なく召集に応じない予備役又はその他の軍人には、懲罰が科せられる。

 加えて、召集に続いて直ちに集合令も発せられ、もしそれに従わない場合は、その瞬間から軍人は帰隊違反の状態に置かれ、その結果として国防法に基づき、訴追が行われる。

 ……』(*3)


 宗教上の理由から、代替役をする事も可能だ。

 然し、近衛大将の妻ともあろう者が、それをするのは、正直忍びない。

 同着の阿国も不安げだ。

「松様、如何します?」

「如何しようかね?」

 尼僧と巫女の聖職者同士、考え物である。

「如何した?」

 謙信と共に大河が、やって来た。

 何時もの様に謙信の尻を触っている。

 朝っぱらから元気だ。

「ああ、真田様、実はですね―――」

 松姫の説明に、大河は一言。

「武装聖職者としての選択肢もあるぞ?」

 大河はその場に謙信と共に座る。

「「武装聖職者?」」

「従軍僧みたいなもんだ。直接、作戦には関わらないから殺傷は、殆ど無いよ」

「あるといすれば、自衛の時だけよ。訓練も任意だし、貴女達には、丁度良いんじゃない?」

 謙信は大河を抱き寄せ、安〇先生の様に顎をタプタプ。

 大河も抵抗せず、幸せそうだ。

「貴女達には、適職だと思うけどね?」

「「……」」

 民主主義国家の為、個人の信条に反した配置は、基本的にされない。

 代替役も機能している為、戦前の徴兵忌避の様な事は、滅多に無い。

 超ホワイトな軍隊だ。

「ま、これには、『直ちに』って書いてあるけど、戦時中じゃないから焦る事は無いわよ」

 そう言って、2人を大河に押し付ける。

「貴女達の本職は、この馬鹿との子作りよ。与祢の様に予備役としての登録も可能だし、検討しなさい」

「「は」」

 2人は、謙信に頭を下げた。

 ”越後の龍”であり、山城真田家の古参の正妻だ。

 逆らう事は出来ない。

 謙信は、大河の頭を撫で、その頬に接吻する。

 出産以降、育児に忙しく、基本的に夫婦の時間は無い。

 然し、結婚した以上、夫への愛は、益々深くなっている。

「座って」

「はい」

 膝に座らせると、裸絞。

「2人を最前線に出しちゃ駄目よ?」

「分かってるよ」

 技を極められつつ、大河は余裕だ。

 謙信と寝る際は、何時も寝技をかけられている為、自然と耐性がついたのだろう。

 どれ程、首を絞められても、苦しむ事は無い。

「誰も死なせはしないよ」

 笑顔で告げた後、大河は、2人を抱き寄せる。

「君達が戦う時は、本土決戦だ。その時は、俺が最前線に立つ」

「「!」」

 大河は革新派に見えて、実は保守的な所もある。

 家を守れ、とは言わないが、女性は基本、戦場に行かせたくない。

 婦人隊等の創設も、本土決戦に備えた場合であって、決して本心からではないのだ。

「良心的兵役拒否は、認められた権利だ。謙信が提案したのもあくまでも選択肢の一つだから、義務は無い。よく考えて答えを出してくれ」

 因みに謙信や楠等は、既に代替役を選び、公共行政役に就いている。

 基本的人権を自ら放棄した小太郎は、非国民、との観点から徴兵対象外。

 鶫の場合は、癩病を理由に兵役免除となった。

 万一、合格した場合でも、まだまだ癩病への理解が浅い現状から、軍隊内部で差別される可能性があった為、徴兵局及び鶫側も利害が一致した事になる。

 既に30代のお市の場合は、年齢を理由に免除された。

 現代の韓国では、2020年に30歳まで兵役を延期出来る様になったが、日ノ本では、その様なを徴兵する事は無い。

 あっても、予備役位だ。

 年齢差別、という訳ではないが、30代以上の人々を徴兵させると、同時期に入隊した20代や10代は委縮しかねない。

 だからこそ、年齢制限が設けられているのであった。

 大河は、2人を抱き締める。

「愛妻を戦地に送る様な真似は、職権乱用してでも止めるよ」

「「……はい♡」」

 大河の熱い思いが知れて、2人は、照れる。

「私は?」

「勿論だよ」

 謙信と接吻し、その愛をする。

 その後、松姫と阿国は、公共行政役に就くのであった。


[参考文献・出典]

*1:ウィキペディア

*2:山口博『日本人の給与明細 古典で読み解く物価事情』角川ソフィア文庫 2015年

*3:葉書で読み解くフランスの第一次世界大戦

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る