第297話 琴瑟調和

 平和な分、文化も成熟し始めている。

 大坂では、落語家の事務所・吉竹興行が上場を果たし、芸人養成学校も出来る。

『―――アジャラカモクレン、セキグンハ、テケレッツノ、パ』

 どっ!

 と、笑いが起きる。

 人気噺家はなしかの1人が、上方落語の祖とされるつゆ五郎兵衛ごろべえだ。

 京都出身で、元は日蓮宗の談義僧だんぎそう(=仏教の教えなどを、わかりやすく面白く説き聞かせる僧 *1)。

 還俗して辻咄つじばなしを創始し、京都の北野、四条河原、真葛が原やその他開帳場等で笑い咄、歌舞伎の物真似、判物を演じた。

 北野天満宮境内にはその人気の高さから、存命中でありながら、記念碑が建てられている(*2)。

 京坂の往来が盛んになった分、京都の噺家が大坂に行き、落語を披露する事も容易になった。

 女性の社会進出が目覚ましい事もあり、「落語は男がるもの」という観念も無くなり、女性落語家も多く誕生。

 昭和50(1975)年に上方落語で初のプロの女性落語家が誕生した史実を考えると、約400年先行している事になる。

 外国人噺家も多い。

 史実での初めての外国人落語家は、明治期に活躍した初代・快楽亭ブラック(1858~1923)と見られるが、これも約300年早い事になる。

 日ノ本が女性や外国人には寛容な国になりつつあった。

 山城真田家でも落語が好きな女性は、多い。

「祇園に寄席が出来たから、今度、行ってみようよ」

「そうだね。『死神』が良いと思う」

「いや、『元犬』でしょう?」

「『庖丁ほうちょう』も良くない?」

 阿国、楠、謙信、誾千代は、パンフレットを見つつ言い合う。

 この世界での寄席は、お上の許可が無いと開く事が出来ない。

 民に人気な分、落語家のイデオロギー次第では、煽情し易い場所でもあるからだ。

 その為、開いても巡査が臨検席で監視している。

『表現の自由』を侵害している劇場取締法であり、大河もこの法律に関して言えば、反対の立場であるが、ブラック・ジョークならまだしも、芸も無いのに政治運動をする噺家が現代でも居る事を考えたら、廃止には出来ないだろう。

 客は娯楽を求めているのであって、寄席は政治集会の場所では無いのだから。

「真田、落語家は、呼べないの?」

「ここに?」

「そう。私が行ったら民は、気にして楽しめないだろうから」

「そうだなぁ」

 朝顔の意見は、一理ある。

 御忍びで行く事も出来なくは無いが、居合わせた客が全員、私的プライベートを尊重してくれるとは限らない。

 尊重した、としても朝顔の存在に気付いた場合、気が気ではないだろう。

 噺を聞きたいのに、入場料を払っただけで勿体無く不満に感じるかもしれない。

「分かった。呼ぼう。露の五郎兵衛で良いな?」

 史実の露の五郎兵衛は、後水尾天皇(108代・1596~1680)の皇女の御前で演じた事もあるという。

 御前の適任者と言えるだろう。

「やった」

 朝顔は、万歳して、大河に頬ずり。

「真打の御噺が直接聞けるんだ!」

「貴重な経験だね!」

「楽しみ!」

 アプト、与祢、珠も嬉しがる。

「鶫、師匠の予定に合わせて御招待を。出演料は、向こうの言い値で」

「は」

「小太郎は、警備を固めろ」

「は」

 妻達への日頃の御礼は、講談に決まった。


[参考文献・出典]

*1:コトバンク

*2:ウィキペディア

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