第295話 不羈独立

 万和3(1578)年9月1日。

 夏休みが終わり、大河は復職。

 朝顔と共に御所に居た。

「真田、これ、どういう意味だ?」

「は。これはですね……」

 小麦色に日焼けした2人は、初日からテキパキと働いている。

 朝顔の代わりに帝は1か月、遅い夏休みだ。

 アナウンサーの様な取り方だが、流石に上皇と帝が一緒に休めない。

 2人が働いている間、侍女達は休む。

 もっとも、御所から離れる事は無い。

「先輩、最近、夜伽の方はいかがですか?」

「相変わらずよ。珠は?」

「毎回、愉しませて頂いています」

 3人が居るのは、御所の目前にある喫茶店。

 休み時には宮内省等、各省庁の国家公務員が集まり、昼食を楽しむ場所である。

 その時、

「あ」

 入店者の少年が、3人を見付けて、声を発した。

「御三方、常連なんですか?」

「伊達様?」

 アプトが気付き、3人は、立ち上がる。

「御久し振りです。アプトです」

「珠です」

「与祢です」

「伊達政宗と申します」

 政宗は、礼儀正しく、頭を下げた。

「御一緒しても?」

「どうぞ」

 アプトが頷き、その間、与祢が近くから椅子を持ってくる。

 4人は、同じ席になった。

 聞き役は、アプトだ。

「伊達様も常連様なんですか?」

「いえいえ。今日は偶々たまたま立ち寄っただけです。都内の地理を勉強中ですよ」

 それから、政宗は声を潜めた。

「実はですね。御三方を探していたんですよ」

「私達を?」

「はい。実はですね。華様の事なんですけど」

「「「あー」」」

 政宗が華姫に片思い中なのは、山城真田家でも有名な話だ。

 華姫が上杉家と絶縁した際、「好意を持つ伊達家に送ろう」という意見も出た程である。

「単刀直入に申し上げますに、どうしたら気に入られますかね?」

「与祢」

「はい」

 3人の中で、華姫と同年代な与祢が適任者であろう。

「申し上げ難いのですが、華様は、若殿に恋心を抱いています」

「知っています。あの後、進展はあったんですか?」

「若殿が無回答の為、現状、分かりません」

「成程」

 その場でメモしだす政宗。

 本当に華姫の事が気になって仕方の無いのだろう。

「何故、真田様は無回答なんすか?」

「父親として傷付けたくないんでしょう。ですが、奥方への想いもあって敢えて無回答なのかと」

「真田様は、お優しいですね」

「はい! 英雄なんです!」

 喜色満面の与祢。

 大河への賞賛は、自分の事の様に嬉しい。

「若殿にまず取り入るのは、どうでしょう?」

 珠が提案する。

「華様のお幸せを第一に考える若殿の事ですから、何かしらの利点を主張すれば琴線に触れるかもしれませんよ?」

「そうですねぇ……」

 それは政宗も考え、実行した。

 大河に気に入られる様に、御中元を豪華にしたりと、何かある度に贈り物をした。

 当初、大河は快く受け取ってくれていたのだが、公務員法に抵触する可能性が出て来た為、あなまり反応はかんばしくない。 

 政宗が、利害関係者かどうかは分からない。

 最初、大河が受け取っていたのは、あくまでも「付き合いの延長線上」であった為だ。

 然し、山城真田家の顧問弁護士が、「これ以上、受け取り続けると賄賂と解釈されかねませんよ?」という助言から、急遽、塩対応になったのである。

 実力(能力)至上主義の大河が、贈答品程度で政宗を重用する気は更々無い。

 だが、法で定められいる以上、悪意的に解釈され、追い落とされたら敵わない。

 だからこそ、余所余所よそよそしくなったのである。

 なので贈答品作戦は、度が過ぎた為、大河の心証を悪くさせる可能性が高い。

「華様の御好みってなんですか?」

「「「若殿」」」

 見事なハモリだ。

 何も知らない人達は、三つ子と勘違いしてしまうかもしれない。

「そうじゃなくて、好きな食べ物とかです」

「う~ん。甘党らしいけどね」

 3人の中で最も与祢が華姫と近いが、大河に夢中になるあまり、彼女の事をそれ程見ていなかった。

「あれだったら、若殿に御願いして、城下に屋敷を引っ越したら如何?」

「! 妙案ですね」

 現在、伊達氏の屋敷は、郊外にある。

 遠方故、都内の立地は、山城国に距離が近い大名が独占した為、出遅れたのだ。

 然し、与祢の提案通り、京都新城の城下町はまだまだ土地が有り余っている。

 大きなビルに何十もの大名が、事務所を構えている為、空室と家賃さえ払えれば、そこも入居可能だ。

 実際に、東北地方の武将は、そこに入居し、家族毎住まわせている場合もあった。

「御家賃ってどのくらいなんですか?」

「ちょっと待ってね?」

 アプトが、メモ帳を開き、調べる。

「当然だけど、駅の周辺が高くて遠くなればなるほど、安くなるわ。若殿の物件は、若殿が御認めになれば無料になる時もあるし、相場通りの時もあるから一概には言えないわね」

 山内家は、大河から気に入られた為、京都新城と京都駅双方に近い一軒家を無料で手に入れる事が出来た。

 伊達氏も大河から好かれているが、山内家同等の待遇が受けられるとは限らない。

 現代の行政区画で見れば(*1)、

・下京区 6万3千円

・中京区 6万1千円

・南区  5万9千円

・西京区 5万8千円

・東山区 5万7千円

・左京区 5万6千円

・伏見区 5万5千円

・右京区 5万2千円

・北区  5万円

・山科区 4万8千円

 となっているが、ここでも同じだ。

 京都駅にある現・下京区が最も高い。

 現代人も、この世界の人々も駅近を欲する証拠であろう。

「真田様に手紙、書いてみます」

「頑張って」

「応援してるよ」

「御健闘を」

「有難う御座います」

 3人の声援に政宗は、照れるのであった。


 政宗からの手紙は早速、翌日、届けられた。

 秘書の鶫が尋ねる。

「御返事どうします?」

「良いよ。但し、身辺調査してからな」

「は」

「小太郎は、思想調査な?」

「は」


『思想及び良心の自由は、これを侵してはならない』

(憲法第19条)


 とあるが、実際には、思想調査は避けては通れない。

 日ノ本が認めるそれとは、


『憲法施行の日以後に於いて、憲法又はその下に成立した政府を暴力で破壊する事を主張する政党その他の団体を結成し、又はこれに加入した者』


 所謂、欠格事由によく書かれている事だ。

 政宗は今までの心象から、それに抵触するとは言い難い。

 然し、入居や就職の際には必ず、調べる必要がある。

 面倒だが、それが法律で定められている。

 事件を防ぐ為にも必要な事であろう。

「じゃあ、2人共、頼んだよ」

「「は」」

 その後、身辺調査、思想調査をクリアした伊達氏は城下町に住む事になった。


 9月に入っても残暑は、厳しい。

 8月の1か月だけで、1万人(全国)が、熱中症で倒れ、その内、1千人が死んだ。

 唯一、死者が出なかったのは、意外にも日ノ本で最多の人口を誇る山城国であった。

 大河が熱中症対策の為に「水分補給を細目に」と山城真田家内に厳命した所、それが口コミで都内全土に広がり、結果的に都民もならった結果である。

 周辺で死者が出なかったのは幸いだが、大河が不安視しているのは、これから来るであろう、台風であった。

「……」

 気象庁から貰ったその予想に、大河は難しい顔から変える事が出来ない。

(2019年と同じパターンか)

 その年は、前年に続く猛暑の年であった。

 

 北日本を中心に記録的高温となった5月に続いて6月上旬は大陸からの暖気に覆われて高温だったが、中旬以降は太平洋高気圧の張り出しが弱かった影響で西日本中心に梅雨前線の北上が遅れた為、6月全体では平年を少し上回る程度になった。

 7月に入ってからも梅雨前線の北上が遅く、上旬から中旬にかけては本州で梅雨寒が続いたが、下旬に梅雨明けすると太平洋高気圧が強まり一気に猛暑になった。


 7月31日、北海道釧路市 31・4℃(観測史上2位)

 8月13日、岐阜県高山市 37・7℃(観測史上1位)

 8月14日、新潟県高田  40・3℃(観測史上1位)


 を観測し、8月15日は台風10号のフェーン現象により新潟県を中心に記録的な暑さとなり、胎内市中条(アメダス)の40・7℃を始め複数のアメダスで最高気温40℃以上を記録。

 糸魚川市(同)では最低気温31・3℃を記録。

 1990年8月22日に同市で観測された最低気温30・8℃を上回って最低気温の国内最高記録を29年ぶりに更新。

 佐渡市相川でも気象官署として最高記録となる最低気温30・8℃を観測する等、複数地点で最低気温が30℃を上回り、相川では最高気温も38・1℃と観測史上最高であった。

 又、最高気温40℃、最低気温30・2℃と最高気温40℃と最低気温30℃の両方を同日に達成した三条(アメダス)では日平均気温が34・3℃に到達。

 その後、一旦暑さは収まり、8月下旬は平年を下回ったが、9月に入ってから北日本を中心に記録的な残暑となった。

 夏全体の平均気温は西日本では平年並みだったものの北日本・東日本では平年を0・4~0・8℃上回る高温となった。

 この年は10月以降も高温傾向が続き、秋の気温・翌年冬の気温は連続で観測史上最高となった。


 5月26日

 北海道で異常気象ともいえる記録的な高温となる。


 佐呂間町 39・5℃(北海道の観測史上最高気温及び5月の国内最高気温)。

 帯広市  38・7℃

 等、それまでの5月の観測史上最高気温上位20位の内、19位の秩父市以外を全部北海道で塗り替える。

 北海道44地点を含む全国53地点で猛暑日を観測(それまでは1993年5月13日の13ヶ所)、道内36ヶ所で観測史上最高記録更新。

 5月としては異例の全国562地点で真夏日を観測、全国289所地点で5月の観測史上最高気温を記録する等、極めて異例な猛暑日となった(*2)。


 この影響か、秋以降は台風が相次いだ。

 特に被害を出したのは気象庁が命名した『令和元年房総半島台風』と『令和元年東日本台風』である。

 前者は、主に千葉県を中心に、死者9人を。

 後者は、由来通り東日本で死者100人以上を出した。


(本当、災害大国だな)

 住んでおきながら、呆れる大河であったが、仕事はきっちりこなす。

「アプト、議員を通して災害対策に予備費を投入させろ」

「は」

「与祢は、土嚢を。珠は、非常食の確認を」

「「は」」

 伊勢湾台風並の台風が来ても家を守る。

 改めて大河は、決意するのであった。


[参考文献・出典]

*1:CHINTAI 2020年12月15日更新

*2:ウィキペディア

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る