秋天一碧

第294話 徳高望重

 手を下さずとも、反乱の鎮圧に成功した大河に、再び平和な日常が戻る。

 世間では、

・スペイン

・ポルトガル

 と同時に断交し、大騒ぎになっているが、大河には、知らぬ事だ。

 そして夏休みも終わりが近付いた頃、

「ちちうえ~。そといこ~」

 縁側で昼寝をしていたら、華姫が腹にまたがって起こしてきた。

「外? 買物?」

「あいびき」

 流石、現役女子小学生作家。

 逢引を知っているのは、天才だ(親馬鹿)。

「だー!」

 累が這い這いでやって来た。

 物凄い速度で大河に衝突。

 頭突きされ、たん瘤が出来る。

 ぷくーっと、膨れ上がったそれを擦りつつ、大河は涙目で抱き上げる。

「累も行きたい?」

「……」

 こくこくこく……

 両目を輝かせて、何度も頷く。

 これ程、ファザコンな我が子を喜ぶ父親は、居ないだろう。

「分かった。じゃあ、行こうか?」

「あら、こんな所に居たの?」

 累を探していた謙信と会う。

「一緒に御昼寝してたら何時の間にか、何処かに行っちゃって」

「累、御昼寝は、もう良いのか?」

「だー♡」

 満面の笑みで肯定した。

 本当の所、まだまだ眠たいのだが、折角の好機だ。

 父親に目一杯甘えたい。

 大河は、笑顔で累を抱っこ。

 愛娘に衝突されても怒らないのは、愛情深い証拠だろう。

「じゃあ、一緒に行こうか?」

「だー♡」

 大河に頬擦り。

 それから、顔中をペタペタ触りまくる。

「ぐぬぬ」

 悔しそうな表情を浮かべるのは、華姫である。

 累が生まれるまで、その愛情を独占出来ていたのに、今は半減している感じが否めない。

「謙信も行く?」

「行きたいけど、景勝に用事があるから今回は、遠慮しておくわ」

「そうか……」

「も~泣かないの」

 苦笑いで謙信は、接吻する。

 愛妻家な大河は極力、妻達と一緒に居たい。

 大河の涙を手巾で拭きつつ、

「今晩は、一緒だから。分かった?」

「ああ」

 まるで母と子だ。

 名残惜しそうに大河はもう一度、謙信と接吻した後、別れる。

「(ちちうえは、がき)」

「何?」

「なんでもな~い」

 口笛で誤魔化す。

「だー……」

 *訳注:母上に甘え過ぎ。

「御免な。大好きなんだよ。御母さんの事が」

「……」

 不満げな累だが、両親が険悪でない事は、良い事だ。

 大河の腕の中で目を閉じる。

 累は、両親を心底、尊敬していた。

 母親は、”越後の龍”。

 父親は、近衛大将。

 これ程、ハイブリッドな事は無いだろう。

 それに父親は、上皇の夫であり、天下人の義弟でもある。

 まさに華麗なる一族だ。

『累』

 大河の中の橋姫が、声をかけた。

『一度、魔法で大人になってみる?』

『出来るんですか?』

『私は、鬼よ。出来ない事は、何も無いわ』

『じゃあ、お願いします』

 即断即決。

 大河は、自分の事を赤子としか見ていない。

 血縁者同士が、中々、恋愛感情を抱けないのは、遺伝子学レベルで「近親相姦を避ける為」だとされている。

 その証拠に、体が大人になっていく思春期になると、娘は父親に反発し、嫌う事が多い。

 何れ、累は大河を嫌う時期が来る筈なのだが、如何せん、の子供だ。

 通常、忌避するそれが無いのは、異常者の遺伝なのであった。

 橋姫が、累に協力したのは、大河とより一層仲良くなる為。

 両者の利害が一致したのである。

「がいしゅつ、がいしゅつ~♡」

 華姫が、大河の手を取り、引っ張る。

「おいおい、危ないぞ」

 腕力のみで抱き上げ、華姫は、累と同じ位の位置に。

 両手に花ならぬ、両腕に子供だ。

 大河は、2人が落ちない様にしっかり抱きつつ、

「夕方には、帰ろうな?」

 と、しっかり門限を作るのであった。


 逢引には、与祢も加わる。

 アプト、珠は、「大所帯になると、他人様の迷惑になりなねない」との理由で断った。

 行きたそうな顔だった為、次は、優先的に誘わなければならない。

「若殿、ここは?」

「『和京わきょう屋』。初めてだっけ?」

「はい」

「じゃあ、覚えていた方が良い。我が家が贔屓にしている製造業者様だ」

 国有鉄道西大路駅(現・京都市南区)にそれはある。

 店名の由来は、「みやこす」から。

 医学が進歩し、更に女性の権利が拡大する中で、女性を客層とした新進気鋭の衣料品製造業者だ。

 当初は、下着のみの専門店であったが、その後、化粧品販売にも事業を拡大させ、多くの公家は勿論の事、山城真田家にも卸している。

 所謂、御得意様なので、店員の腰は低い。

「奥方様ですか? どうぞこちらへ」

「「「……はい」」」

 橋姫、華姫、与祢は、「奥方」と言われ、笑顔で付いていく。

「真田様は、こちらで御待ち下さい」

「有難う御座います」

 その間、大河は、別室で待機だ。

 因みに累は、橋姫が抱っこしている為、今は、1人だ。

 商品の下着を直視する訳にも行かない。

 なので、置いてある雑誌を読むしかない。

「……」

 と、そこへ。

「父上」

 澄んだ声。

 見ると、ポニーテールの女性(推定10代後半)が。

 既視感があるが、「父上」というので、それなりの関係性なのだろう。

 だが、これ程、大きな子供は居ない。

 当然、隠し子でも。

「ええっと……?」

「失礼しました」

 女性はポニーテールを揺らし、跪く。

「だー」

「……?」

「だー」

「……! 累か?」

「はい♡」

 ア〇ナの様な美少女だ。

「橋?」

「はい。魔法を使って半日だけ変身させて頂きました」

「ほ~」

「だから、怒らないであげてね。私がお願いしたんだから」

「全然」

 大河は怒る所か、嬉しがっていた。

 親友が禁じ手とはいえ、愛娘の成長した姿をこんなにも早くも見られるとは思いもしなかった。

 累を直視し、その手に触れる。

 小さかったそれは、今では、松姫の様に大きい。

 大河の子らしく、筋肉もある。

「……」

 ツーっと、大河の目から汗が垂れる。

 涙腺が無くなった、と思われていたが、愛娘の成長した姿を見れて、これ程嬉しい事は無い。

「父上?」

「良かった」

 累を抱き寄せて、その胸ですすりなく

「……」

 初めて見る父親のその姿に、累は、唖然とする。

 そして、実感した。

(父上も人間なんだ)

 と。

 涙腺が無い蛇並に泣かない父親であったが、号泣するとは思いもしなかった。

「美人に育ったなぁ」

 頭を撫でて、褒める。

「母上の遺伝だよ」

「じゃあ、俺のは?」

「筋肉」

「俺の子だな」

 大河は泣いたまま微笑んで、更に抱き締める。

「……」

 累も笑顔で応じ、抱擁し返す。

 近くで見ていた橋姫は、感動していた。

(何だ。泣けるじゃない……馬鹿)

 自分の為でないのは不満だが、でも、子供の為にこれ程感情を素直に表現出来る大河の事は大好きだ。

 怒られるかも? と思って覚悟もしていたのだが、まさか泣かれるとは思いもしなかった。

(さて……誤解を招かない様に、錯覚でもかけとこうかね)

 親子水入らずに配慮し、橋姫はそっと消え、与祢達に会いに行くのであった。


 店員に綺麗に御化粧された女性陣と再会。

 紙袋も持っている為、下着も買ったのだろう。

「父上は、黒がお好きですよね?」

「知ってたか?」

「あれ程、私の目の前で女性と寝ているんですから、父上の好み位、分かりますよ」

 累も購入済みで紙袋を揺らす。

 右腕を累、左腕を橋姫は独占している。

「ちちうえのうわきもの」

「若殿、私をお忘れですか?」

 元養子と婚約者からの圧が凄い。

「忘れてないよ」

 一旦、足を止め、2人を其々、某兄弟の様に肩に乗せる。

「しがみついててな?」

「「はい♡」」

 橋姫や累よりも高い場所になれたので、2人の不機嫌は、何処へやら。

 一時は、険悪だった両者だが、最近では、めっきり喧嘩は、減っている。

 大河が喧嘩両成敗を宣言した為だ。

「橋、出来ればちょいちょい累を頼む」

「今みたいに?」

「ああ。凄く良いから」

「分かった」

 ガールフレンド、元養子、実子、婚約者を連れて歩く。

 その中で大河が最も愛情を注ぐのは、累であった事は言う迄も無い。

(ふふふ)

 跡が付く位、力を入れられた握手に累は、嬉しそうに握り返すのであった。

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