第278話 伊勢神宮

 万和3(1578)年8月。

 日ノ本を猛暑が襲う。

 気温はどんどん上がり、人々は涼を求め、

・市民プール

・湖

・海

 に殺到。

 どこの海水浴場も人でごった返す。

 人口増加傾向の日ノ本でも、海水浴場の数は、それに比例して激増している訳ではない。

 その為、大所帯となった場所では、水難事故の多発とそれに伴うライフガード不足が予想され、入場規制が行われる。

 当然、入れなかった人々は不満を持つが、苦情は無い。

 国民主権を謳っている日ノ本だが、全ての海水浴場の所有者は国だ。

 詰まり、全て国営と言える。

 全て国営なのは、共産圏感が否めないが、国営にした事により、悪質な業者は入る事が出来ず、安心して利用出来る点もある。

 公娼の次に海水浴場が成功し、大河もホクホク顔だ。

 国民に避暑地を還元出来た、と。

「兄者、行こうよ~」

「ああ」

 お江に手を引かれ、大河は、華姫と手を繋ぎ、累を抱き、リムジンに乗る。

 今日は、夏休み初日。

 国立校は休校となり、役所も夏季休暇となる。

 と言っても、窓口は年末年始以外、開いている為、職員は交代制で休むを取る事になる。

 大河は、高位なので、窓口に立つ事は無い。

 最長3年間も継続して取る事が出来るのは、特権だろう。

 その分、責任重大とも言えるが。

「……」

 すっと、阿国に背後に回り込み、背中に飛び乗る。

「如何した?」

「歌劇団で疲れた」

「俺が休めないんだけど?」

「良いの」

 阿国は、背中に頬擦り。

 可愛い踊り子である。

「そこだと座れん。せめて前で―――」

「は~い」

 元気な返事で阿国は、器用にも前に回る。

「あ~!」

 楠が叫ぶ。

 狙っていたのだろう。

 彼女も普段、情報省の副長官として、日々、忙しくしている。

 その為、誰よりも、夏休みを心待ちにしていた様だ。

「……」

 クナイを出し、阿国を今にも刺す様な勢いである。

「殺人事件は、御免だぜ」

 苦笑しつつ、楠も抱擁。

 すると、彼女の殺気が和らぐ。

 分かり易くて有難い。

「皆、好きねぇ~」

 誾千代が右横に座り、大河から累を受け取る。

「だー」

「累、御父上はね? 性欲お化けなの」

「だー」

 累に肩を叩かれる。

 子供なので、それ程痛くは無いが、愛娘に嫌われるのは、精神的苦痛の方が大きい。

「累、御免よ。今晩、添い寝するからな」

「だー」

 ぷんすかとそっぽを向かれる。

「累~」

「ほら、泣かないの。家長でしょ?」

 謙信が左横に座り、塵紙を出し、拭く。

「だって、累が~」

「貴方、その調子だと思春期の時、地獄だよ?」

「累は嫁には出さん! 一生、俺の娘だ!」

「いっぱい、めとってなにいってるの?」

 今度は、華姫からの強烈な正論。

 沢山の女性陣を娶ったのだから、それと同じくらいの父親から恨まれていても可笑しくは無い。

「ふ~んだ」

 可愛く大河もへそを曲げ、華姫と2人を強く抱きしめる。

「「「あ」」」

 その勢いと温かさに思わず、3人は、声を漏らす。

「兄者は、餓鬼」

「そーそー」

「本当、困ったものね」

 姉妹と朝顔は、同意する。

 ナチュラ、ラナも苦笑い。

 一方、茶々、エリーゼ、千姫は子育てに忙しい。

「良い? 猿夜叉丸、あんな父上になっちゃ駄目よ?」

「デイビッド、あの馬鹿みたいになったら、去勢するからね?」

「元康、分かってるわよね?」

 3人は、夫を反面教師にし、子供達を育て様としている。

「ねぇ、アプトちゃん、珠ちゃん、与祢ちゃん」

「「「はい」」」

「大河って当主だよね?」

「そうですよ」

「そうです」

「はい」

「……威厳無くない?」

「「「ですね」」」

 これに関しては、大河の中に居る橋姫も賛同するしか無い。

 蜥蜴トカゲの尻尾切りの様に親友を見限る。

『そうだ! そうだ! この性欲大魔神!』

 大河に聞こえる様に心の中で叫ぶ。

「若殿は、女性関係に軽薄過ぎると思います」

 婚約者の中で1番嫉妬深い与祢の意見。

 然し、正論だ。

「お市様、管理の方、これからも宜しくお願いします」

「分かってるわよ」

 2人は、ガッチリと握手を交わす。

 最年長の事実婚の妻と最年少の婚約者の同盟に、大河は震えた事は言う迄も無い。


 行先は、伊勢国(現・三重県)。

 伊勢神宮も予定に入っている為、公務的な意味合いもある。

 本来、この様な旅行は、何か月も前に予定表を地元政府に提出して、警備体制等の確認をする必要があるのだが、伊勢国は別だ。

 伊勢国の警察機関は、伊勢神宮を擁すだけあって、VIP警護にはお手の物である。

 それは、現代にも生き継がれており、平成28(2016)年のG7が伊勢志摩で開催された時も選定理由の一つが、


・VIP警護に慣れている事


 であった。

 その為、朝顔が急なお伊勢参りを希望しても、即応出来る体制なのである。

 大河も伊勢国と縁がある。

 以前、北畠氏と対立し、伊勢国に侵攻した時、伊勢神宮側は難色を示し、独自に兵を動員。

 万が一、飛び火を恐れての当然の行為だろう。

 大河も聖域を侵す事はせず、秘密裡に使者を送り、説明責任を果たすと共に、多額の玉串料を奉納。

 更に国軍の一部を送り、伊勢神宮を戦火から守った。

 以来、伊勢国からは、「話が分かる都会の城主」として有名だ。

 天照大御神を祀る伊勢神宮に朝顔が、参拝するのは、一般と意味合いが違う。

 天照大御神は、皇祖神こうそしんとされ、その来孫らいそんが初代・神武天皇だ。

 その為、お伊勢参りは御先祖様に会いに行く事なのである。

「……」

 思えば、忙しさの余り、結婚の報告もしていなかった。

 遅れた分、誠心誠意、報告しなければならないだろう。

 朝顔は、正装で伊勢神宮に入る。

 由緒正しい聖域の為、ここでは、何時も元気なお江等も、

「「「……」」」

 目に見えて静かだ。

 大宮司案内の下、朝顔のみ、中に入る。

 皇族ではない大河達は、参拝するだけで朝顔程より深く入る事は出来ない。

 異教徒のエリーゼとデイビッド以外の顔触れで、二拝二拍手一拝を御神前で行う。

 この時、多くの人々が勘違いで、「~出来ます様に」と祈るだろう。

 然し、伊勢神宮の場合は、不適当だ。

 ここは、他とは違い、神様に感謝する場所なのである。

・名前

・住所

・感謝

 この3点を心の中で述べる。

 但し、お願い事が全く出来ないという訳ではなく、それをする場所は、

・多賀宮

・荒祭宮

 でする事が出来る。

 又、正宮には、賽銭箱も無い。

 これは、私幣禁断しへいきんだん(=皇室以外から捧げものを禁ずる)という歴史から、伝統的に無いのだ。

 日本人の自己同一性の代表的な神社であって、

・参拝の順番を守る事

・露出が多い服での参拝は、控える事

・参道の真ん中を歩いてはいけない

・鳥居前で軽く一礼後、必ず潜る事

・手水の作法

・正宮で願い事してはならない

・参拝時は、二拝二拍手一礼

・御賽銭してはならない

 と、八つの規則を遵守すれば、神様も参拝者をよく見てくれるだろう(*1)(*2)。

 朝顔を待っている間、おかげ横丁を散策する。

 早朝だけあって、人通りは少ない。

 この時間帯を選んだのは、

・混雑時を避ける為

・他の参拝者への配慮

 だ。

 皇室と繋がりが深くても、他者に迷惑をかけたくないのが、朝顔の方針だ。

 史実では明治2(1869)年に明治天皇が、在位中の天皇として初めて参拝したが、上皇としては、彼女が初めてだろう。

 先におかげ横丁を楽しんでいたエリーゼ達と合流する。

「見て。デイビッドが饅頭まんじゅうを気に入ったの」

「……」

 顔中をあんまみれにしつつ、デイビッドは、饅頭を爆食い。

「じゃあ、箱買いだな。ただ、1日1個で」

「そうするわ」

 顔を手巾で拭きつつ、エリーゼは、デイビッドを抱く。

 愛する夫との間に出来た子供だ。

 溺愛しない訳が無い。

 元康、猿夜叉丸は、其々それぞれの母親と伊勢饂飩いせうどんを食べる。

 千姫、茶々はふーふーと冷ます。

「俺達も食べ様か?」

「兄者、食べさせて」

「じゃあ、甘酒作って。口噛み酒で」

「甘酒も飲めないでしょ? 変態」

 突っ込みと共に、お初が隣に座る。

 楠がお酌。

「はい。伊勢茶」

「有難いけど、酌しなくても?」

「私は、こう見えて尽くす女なのよ」

「……」

 出番を奪われた与祢が、悲しそうな顔だ。

「与祢、肩揉んで」

「! はい!」

 喜び勇んで、駆けてきた。

 珠も来るが、

「休んでていいよ。交代制だ」

「……はい」

 仕事が出来なかった事に珠も残念そう。

 全く、あんな顔されて放っておくのは、男じゃない。

「あー、気が変わったわ。与祢と一緒に揉んでくれ」

「! はい!」

 右肩を珠が。

 左肩を与祢が担う。

 侍女に気を遣う必要は無いのだが、愛する人の悲しい顔をさせたくないのが、大河だ。

「……」

 アプトも参加したい所だが、肩は二つしかない。

「アプトは、お市を頼む」

「!」

「案ずるな。夜、頼むなよ」

「! はい!」

 楠とお初を侍らせ、膝にお江を座らせる。

「あ、兄者、ほっぺに付いてる」

「餡?」

「うん」

 お江が舐めとり、今度は、自分の頬を主張アピール

 そこには、餡が。

「兄者もして」

「え~。恥ずかしい」

「私もしたんだから」

「分かったよ」

 大河は、意味深に微笑んで、指パッチン。

 次の瞬間、お江の頬を左右から接吻された。

 鶫と小太郎に。

「……え?」

「お江様、申し訳御座いません」

「主の御命令ですので」

 騙される方が悪い、とばかりに大河は、嗤う。

「も~!」

 怒ったお江は、大河をポカポカ。

 現場が温かな笑いに包まれるのであった。


 報告を終えた朝顔と再会出来たのは、夕刻であった。

 緊張が解れたらしく、彼女は宿の客室に入った途端、どっと疲れが出て来た様で、

「……御免なさい」

 謝った直後、大河の腕の中に倒れてそのまま寝入る。

「御疲れ様」

 忠臣として同行出来なかったのは、残念だが、こればかりは朝顔しか出来ない。

 朝顔をお姫様抱っこし、布団に寝かせた後、縁側に行く。

「あら、良いの?」

 夜風に当たるラナと会う。

 手には、日本酒が。

「何がです?」

「敬語は良いわよ」

「……何が?」

「皇帝に寄り添わなくても?」

「1人で寝たい時もあるだろう。呼ばれれば行くさ。何時でも」

「忠臣ねぇ」

 苦笑するラナ。

 笑い方が、ナチュラそっくりだ。

「長居させてもらって申し訳無いね? ここ、居心地良いから」

「気にしてないよ。でも、国は、大丈夫なんで?」

「その辺は、陛下が何とかするでしょ?」

 実際には、帰国命令が何度も来ているのだが、ラナは、その都度、仮病等で断っている。

 発展途上の祖国より、先進国の日ノ本での生活が楽しいから。

「ナチュラを頼むわね?」

「はい?」

「あの娘、ああ見えて、繊細だから」

「……」

 正式な妻ではない愛人を選んだナチュラだが、その本心は分からない。

 噂によれば、子供が欲しい、とよく酒の席で鶫達に愚痴るらしい。

 その本気度は分からないが、本気でも別段、不思議ではない。

 近場で累等を見れば、影響されていても可笑しくは無い。

「愛人にした事は怒らないのか?」

「あの娘が選んだ人生だからね。私が導く事じゃないでしょ?」

「……」

 縁側には、2人しか居ない。

 女性陣は、大浴場に居るから。

 もっとも、客室の両隣で与祢達が居るから、聞き耳を立てているだろう。

 浮気対策の為に。

「私からの要望は、一つ。あの娘を幸せにしてあげて」

「……分かってるよ」

「理由は、聞かないんだ?」

 意外そうな顔をするラナ。

 血縁関係が無いナチュラをこれ程想うのは、疑問に感じても可笑しくは無いだろう。

「本家と分家の事だろう?」

「流石、地獄耳ね」

 ラナは、苦笑い。

「そうよ。あの娘の実家は、私の実家が滅ぼしたの。統一戦争でね」

「……」

「本当は平和的に行きたかったのだけれども、貴国もつい最近迄内戦状態だったでしょ?」

「ああ」

「だから、私は滅ぼしちゃった分、ナチュラには幸せになって欲しいの。唯一の救いは、あの娘が『ハワイ人』という意識が無い事。多分、戦争を経験していたら、私の事を恨んでいたと思うわ」

「……」

 ナチュラの出自は、肌の色から分かる通り、ポリネシアにある。

 が、彼女自身、出生地が小笠原諸島であり、日本人として生きて来た為、ハワイ人という感覚は、薄い。

 ハワイ王国にし、その出自を目に見えて感じれば、ハワイ人として意識するだろうが、現状、その可能性は低いだろう。

 本人も里帰りする気は無さそうな為。

「知っているだろうけども、あの娘の家は、我が家に破れて離散したのよ。一部は、王家に仕える分家として。一部は追放された。後者が、ナチュラの御先祖様よ」

「……ああ」

「オガサワラに同胞を受け入れる環境があって良かったわ。有難う」

 ちゅっと、頬に唇の感触が。

「……え?」

「好きになっちゃった、かも」

「あー!」

 振り向くと、酒瓶を抱いたナチュラが。

「浮気だ~!」

 大騒ぎ。

 そして、大泣き。

 泣き上戸である。

「真田様が寝取った~」

「おいおい、言い方。後、誤解が―――」

「若殿!」

 隣室から与祢が突っ込んできて、槍で思いっきり叩く。

 大河の頭を。

 撲殺されつつ、思う。

(何故に?)

 と。

 その後、橋姫によって死者蘇生された事は言う迄も無い。


[参考文献・出典]

*1:Tadaima Japan 2016年3月12日

*2:伊勢神宮 HP

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る