第279話 白砂青松

 お伊勢参り後は、海水浴だ。

 朝から泳ぐ。

 二見浦海水浴場に近いこのプライベート・ビーチは、大河達が使用後、国に払い下げられ後に海水浴場として開業する。

 海水浴場不足に悩む周辺住民には、有難い事だ。

「貴方、油塗って」

「はいよ」

 ビーチパラソルの下で寝そべった誾千代の背中に、日焼け止めを塗る。

 因みに大河には、首輪が装着され、誾千代がしっかり握っている。

 前日、旅館でラナを口説いていた罰だ。

 実際には大河が被害者なのだが、いかんせん、好色家故、冤罪は晴れない。

「自業自得」

「そうそう」

 お初とお江は、ジト目。

 累と華姫も大河に向けて砂を投げている。

 家長として、父親としての威厳は無い。

 その他の女性陣は、何時もの事なので、砂遊びや遠泳等、各々で楽しんでいる。

「お市様、真田様を生き埋めにしましょうよ」

「妙案ね」

 阿国の提案にお市は、全乗っかり。

「アプトちゃん達、穴掘って」

「「「御意」」」

 3人は早速、円匙シャベルを持ち、掘り出す。

 首だけ出す要領だ。

 日に日に大河の株が右肩下がりである。

 ムカつくのは、ラナも参加している事。

 問題の原因なのに、女性陣と仲良くしているのは、不思議だ。

「大河」

「ぐえ」

 がちゃりと、首を引っ張られる。

「で、実際、如何なの?」

「何が?」

「口説いたの?」

 目が怖い。

「全然」

「本当?」

「ああ。信じられないなら、殺してくれ。誾が怒っているのは、耐えきれん」

「……」

 じっと、大河を見る。

 残念ながら、本心だ。

 どれだけ大河が、誾千代を想っているか。

 他の女性と結婚際も、彼女に配慮し、ずーっと側室のままで正室に格上げする事は無かった。

 誾千代が呼べば、どんな時でも素っ飛んで行っている。

 多妻で、全員と平等に接している大河だが、1番は、誾千代なのだ。

「……本当、狡猾こうかつな男ね」

 はぁ、と溜息を吐いた後、座った誾千代は首輪を外す。

「……良いのか?」

「良いわよ。何処へなりとも行って。今は、貴方の顔、見たくないから」

「そうか」

 大河は、了承後、誾千代の傍に座る。

「何よ?」

「俺は、誾の隣が良いんだ」

「昨日の今日で口説くの?」

「残念。前戯ぜんぎだよ」

「え?」

 誾千代が聞き返した直後、大河は、彼女の背後をとり、抱き締める。

「!」

 抵抗し様にも、力は強い。

 そのまま御姫様抱っこされ、海へ。

「もう、放してよ?」

 一言で返事し、大河は、そのまま入水するのであった。


 何れは、国営になる海水浴場の為、汚す事は忍びない。

 又、山城真田家では、自浄作用がある。

 自分で汚した物は、自分で片付けるのが、基本的規則だ。

 そのまま放置すると、折角の資産価値も下がってしまう。

 持ってきたゴミ袋をゴミ箱に設置後、BBQを楽しむ。

「若殿、はい」

「おお、有難う」

 珠特製の御握りを頬張る。

 女子が文字通り、手塩に掛けたものだ。

 色んな意味で興奮を禁じ得ない。

「私も作ってみました」

 与祢もお握りを出す。

「おいおい、そんなに一杯に食べれない―――」

「……」

 作り笑顔の与祢。

 その背後には、ラ〇ウの様な闘気が満ち満ちている。

 何故、彼女達は独身時代、可愛かったのに、結婚後は恐妻になるのか。

 子を産んだり、惚れていた夫が予想と違った事により、強硬派になるのかもしれない。

「はい」

 ビビッて、食べると、与祢は本当の笑みを見せる。

「若殿、今度、我が家に来て下さいよ。両親に改めて紹介したいんです」

「分かった」

「じゃあ、私も」

「明智殿は、知っているぞ?」

「良いの」

 珠は、嬉しそうに大河の手を握る。

「あ~珠、狡い!」

 お江に見付かり、逆の手を奪われる。

「駄目でしょ? 婚約者なんだから」

「まぁまぁ、怒るな。正妻ならどしっと構えろ」

 大河は、微笑んで、お江を抱っこ。

「後で、パフェ奢るから」

「約束ですよ?」

 すんなり沈静化。

 お江もまだまだ子供の様だ。

 

 貸し切りの期限が迫って来た為、皆で後片付けし、撤収する。

 本来、侍女等がする仕事も今回、彼女達を連れてきていない為、各自で行う。

 朝顔も率先して参加し、ゴミはゴミ箱へ。

 持参した食器類等は、言わずもがな持って帰る。

 その場で不法投棄や海上投棄する様な真似はしない。

「明日は、愈々いよいよね?」

「そうだな」

 お市は、ルンルン気分だ。

 明日、今回の旅最大の目的である二見興玉神社へ向かう。

 伊勢の美しい海とは、今日で最後だ。

 もっとも1日中、泳いだ為、流石に数日間は遠慮したい気分である。

 夫婦岩は、女性陣も話を聞いて、興味を示している。

 ラナは、ナチュラと一緒にゴミを拾っていた。

「意外と楽しいわね?」

「そうですね」

 ほんわかとした雰囲気の中、汗を流す。

 清掃活動を終えた時は、夕刻であった。

 昼間、掻いていた汗は、既に渇いている。

 このままだと風邪を引くかもしれない。

「そろそろ終わるか」

 念の為、ゴミや落とし物が無い事を再確認。

「疲れたわ」

 朝顔は、フラフラとした足取りで、大河に寄り掛かる。

「そうだなぁ」

 同意しつつ、背負う。

 大きな背中に幼帝は、抱き着く。

 朝顔以外も遊び疲れていた。

 皆、日焼け止めクリームが無効になる位、日焼けしている。

 特に癩病の鶫は、真っ黒だ。

 墨を頭から被ったの如く。

「ヒリヒリしないか?」

「大丈夫です。無痛ですから」

「若し、違和感があれば、俺に構わず、直ぐに通院するんだぞ?」

「は!」

 勢いよく返事する。

 が、鶫の性格上、無理しても任務を継続するだろう。

 小太郎に目配せ。

(気付いたら、無理矢理連れて行け)

(は!)

 まさに以心伝心だ。

 大河の瞬きだけで、その意思を汲み取る。

 流石、日ノ本一のくノ一だけあるだろう。

(私も負けない!)

 密かに闘志を燃やす楠であった。


 大所帯の為、修学旅行の様な賑やかさがある。

 年齢が近い者同士、会話に花を咲かせる。

「えりーぜ様、茶々様、子育てについて御相談が」

「あら、何?」

「千の頼みなら何でも聞くわよ」

 3人は、ママ友達だ。

「あぷと、累の子守り、何時も有難うね?」

「いえいえ。予行演習ですから」

 謙信、アプトのコンビも仲が良い。

 遊び疲れた朝顔、お初、お江は、子供達と既に就寝している。

 大河の相手をするのは、

・華姫

・阿国

 と、遅れて合流した松姫(信松尼)の3人だけだ。

「初日から一緒に参加したかったです~」

 泣き顔で存分に甘える。

 8月は、墓参りの時期だけあって、尼僧も忙しい。

 本当は、休みたかったのだが、信者の為に6~8月初旬まででも、檀家を回っていたのだ。

 ほぼ2か月間、ぶっ通しで働いた松姫も疲労困憊だ。

 大河に抱き着いて、を補充する。

「仏教も働き方改革だな」

「出来ますの?」

「ああ」

 檀家の為に過労死しそうな程、働くのは、流石に大河も黙認出来ない。

 松姫を抱き締め返す。

「もう今年は、働くな。良いな?」

「で、でも。檀家が―――」

「松の代わりを送れば良い。別に松1人が頑張らなくて良いんだよ」

 残酷だが、大抵、代わりが幾らでも居る。

 現代の日本でブラック企業が無くならないのは、それが理由の一つだ。

 どれだけ社員が過労死や自殺しても、新人が入ってくので、企業側は改善する事は無い。

「……」

 大河の優しい言葉に、松姫は、泣き出しそうな顔をする。

 今迄、こんな事は言われなかったから。

 松姫を可愛がりつつ、阿国にも手を出す。

「歌劇団の調子は、如何だ?」

 阿国を横に座らせる。

「好調です。初回の桃太郎も好演でしたし」

 広告主として、大河は、歌劇団が成功してもらわないと困る。

 座長・阿国の歌舞伎踊りも好評だ。

 羽田屋等、歌舞伎の名家にも教えているので、今後、歌舞伎界にも広まるだろう。

「皆、疲れているし、今晩は、2人が相手してくれないか?」

「もう、真田様ったら♡」

「良いですよ♡」

「だーめ」

 華姫が、割って入り、大河の膝に無理矢理、座る。

 松姫は、押しのけられた形だが、直ぐに大河に抱き寄せられ、元の位置に。

 阿国も同様にされ、3人は、バック・ハグされる。

「ちちうえ、きょせーされちゃうかもよ?」

「良いんだよ。夫婦なんだから」

 華姫の頭を撫でる。

「わたしとは?」

「さぁな」

 意地悪く微笑み、明言は避ける。

「でも、好きだよ」

「え」

 言葉を失う華姫。

 面と向かって、告白されたのは、ほぼ初めてだったから。

「結婚は、分からないな。でも、大切だよ」

 子供だから、とは言わない。

 華姫の恋心に配慮してだろう。

「……」

 怒りを鎮め、華姫は、大河の胸に顔を埋める。

 初めて好きになった人が養父なのは、非常に辛い。

 然し、こうして、女性扱いしてくれるのは、非常に嬉しくもある。

 考えてみたら、自分には何より養子としての利点がある。

 結婚は、大河の言う通り、分からないし、現状、困難だろう。

 だが、この利点を活用すれば活路が見出せるかもしれない。

 照れた顔を見せまいとする華姫の背中を優しく撫でつつ、大河は両頬の接吻を受ける。

 其々、阿国と松姫から。

「真田様、養子に興奮しては駄目ですよ?」

「私達が夜伽よとぎの相手しますからね」

 伊勢の夜は、今日も更けていく。


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