第274話 虚心坦懐

 京の復興が進む中、万和3(1578)年7月中旬。

 ハワイ王国から特使が来日する。

 欧米系島民にポリネシア人が多く、そのつてを頼り、本土の政府に接触を図ってきたのだ。

 色鮮やかな開襟かいきんシャツ―――アロハシャツに、

「「「……」」」

 初めて見た公家達は、驚きを禁じ得ない。

 現代日本人には、ハワイを連想させる御土産や、実際に着用する場合が多いだろう。

 が、これは、ハワイ人の正装だ。

 これを着て弔問に来たハワイ人力士に「礼儀を欠く」という批判もあった様だが、ハワイ人からすると、冠婚葬祭で使用する事もある民族衣装である。

 また、これは、多くの日本人が知らないだろうが、その起源は和服が有力視とされている。

 19世紀終盤~20世紀初頭、シュガープラント・農業に従事していた日本移民は、パラカ(欧州人船員達が着ていた開襟かいきんシャツ)が日本の木綿絣もめんがすりに似ている事から好んで愛用しており、持参品であった着物を再利用する際にパラカ風に仕立て直したのが起源と言われている。

 他には、日本の着物の美しさに惹かれた現地人が「着物をシャツにしてくれ」と頼んだのが起源という説もある。

 ――ー

『「1930年代初頭には、アロハシャツとは「派手な和柄の開襟かいきんシャツ」を意味していた』(*1)

 ―――

 とある様に、この頃にはアロハシャツという呼称が定着していた様である。

 1935年6月28日、ホノルルの服飾店が掲出した広告中にも「アロハシャツ」という文字を見る事が出来る。

 服飾店は創業時は1904年に最初の官約移民の1人である宮本長太郎(東京出身)により創業された、日本の反物を使ってシャツを作る会社であった。

 1915年に長太郎が他界すると、日本で暮らしていた長男の孝一郎がハワイに帰国、店名を改名した。

 また、中国系商人が1936年とその翌年に商標登録を申請し、20年間の独占利用を認められている(*2)。

 特使は、和装に囲まれた完全アウェーの状態の中、

「この度は、貴国との国交樹立を御相談するべく、こうして来日した次第です」

 日本人武士達が国防軍の様になっている為、特使の日本語も流暢だ。

 公家達が、聞き返す事は無い。

 代表者の近衛前久が質問する。

「こちらこそ、貴国と知り合えて光栄で御座います。然し、我が国は立憲君主制を敷いている為、外交政策については、この場で回答する事は出来ません。後程、政府が回答させて頂きます」

「それについては、日本人移民から聞いています」

 特使は、慌てずに冷静沈着に説明する。

「今回、宮内省に来たのは、御縁談の相談です」

「縁談?」

「は。我が国と貴国は島国同士。また、両国に其々の同胞が住み、民間では、友好関係にあります。それを帝室と王室が、家族になる事で更に強化出来ないか、と我が国王は、考えています」

「ふむ……」

 多くは無いが、日ノ本にはポリネシア人が来日し、力士になったりと、現代同様の活躍を見せている。

 一部は、祖国では滅多に飲めない日本酒に溺れ、アルコール依存症となり、破門される等、問題を起こしているが、多くは日本人と結婚し、家庭を築いたりし、日本文化に適応している。

 真面目な国民性と陽気な民族性は、真逆な感じだが、其々の短所を補う事も出来る為、友好関係を構築し易いのかもしれない。

「分かりました。それで、縁談相手というのは?」

「それが……」

 特使は、目を逸らす。

「如何しました?」

「我が訪問団の来日を知り、無理を言って同行したのですが、港で逸れてしまいまして……」

「は?」

 目が点になる。

 前久だけでなく、他の公家も。

「ええっと……それは、詰まり?」

「はい、行方不明です」

 大らかな民族性なのか。

 特使は、冷や汗を少し掻くだけで、素直に認めるのであった。


 史上初めて来日した外国の国家元首、カラカウア(1836~1891)は、アメリカの支配下から独立を目指す為、外遊の最中、アメリカ人監視員の目を盗んでは、訪問先の政府に対し、ハワイ王国との外交樹立を説得し様とした。

 が、結局、監視の目が厳しく、失敗に終わる。

 最後の訪問先、日本では、日本人通訳に無理に頼み込み、当時の明治天皇と会見する事に成功した(*3)。

 一国の国王とは思えない程の行動力であろう。

 後に日本では、手違いで昭和天皇が誤誘導され、一時的に行方不明になった。

 所謂、『昭和天皇誤誘導事件』(1934年11月16日)である。

 この時、昭和天皇は、全然気にしていなかったのだが、野党が問題視。

 責任者の警部は自決を図る程、精神的に追い詰められた(*4)。

 王国の力が弱体化している頃のハワイと、戦前の日本という違いはあるものの、やはり、現代日本でも同様の事件が起きると、大騒ぎになるだろう。

 が、お転婆なお姫様は、自由奔放だ。

(これが、日ノ本か)

 日本人武士から貰った和装で、京都を歩く。

 褐色の外国人女性の和装は、当然目立つが、現代同様、京都は外国人に人気な観光地の一つで、仮装は珍しくない。

 ハワイ王国と国交が無く、また、ハワイ王国が新興国でもある為、都民の誰もが彼女を王族とは思わない。

 逆に気付いたとしても、「そんな訳無い」と信じないだろう。

 王女もそれを計算した上で、観光客になりきっていた。

 彼女が日ノ本に興味津々だったのは、日本人武士達のみが理由ではない。

は、元気かねぇ?)

 ふらふらと、歩いていると、

「姉ちゃん、美人だな」

「如何だい? 高給取りになれる仕事あるよ?」

「男の相手するだけだよ」

 彼女が入ってしまったのは、赤線。

 勧誘者の男達は、公娼志望者を探すスカウトマン。

 公娼だけあって、言っている内容は、事実だ。

「相手って何をするの?」

「そりゃあ、話したり色々だよ」

「色々って?」

「まぁ、それは、店内でゆっくり―――」

「止めんか。馬鹿共」

 現れたのは、女性のみで構成された自警団。

 赤線の警察的組織であり、悪質なスカウトマンを取り締まっている。

「異人を勧誘するのは、違法だぞ?」

「「「う……」」」

 男達は、渋面で逃げていく。

「追え」

「「「は!」」」

 隊長の指示の下、部下達が男達の後を追い、斬殺する。

 悪・即・斬が体現された。

「異人、貴様は、保護する」

「あ~れ~」

 何事にも興味津々なお姫様は、自警団に捕まるのであった。


 日ノ本では少ない異人であった事により、お姫様は、すぐに見付かった。

 防諜機関・特別高等警察が機能している証拠でもあろう。

 朝廷より捜索要請があった特別高等警察は、数少ない情報でも直ぐに人物を特定。

 行方不明後、僅か数時間でのスピード解決である。

 入国管理局に連行された彼女は、と再会する。

「御姉様、来てたの?」

「ええ。悪い?」

 2人は、久々の再会に喜ぶ。

 ナチュラは、の頬に触れる。

 姉―――ラナは、ナチュラに似た褐色の美人だ。

 2人は、親戚だ。

「この国で領主をしていた癖に、今は愛人なんだね?」

「そうよ。御姉様は、今でも王女?」

「末端の末端だけどね? だから、自由よ」

 王位に近ければ近い程、不自由だ。

 来日出来たのは、末端の王族でもあるからだろう。

 王位継承にもそれ程影響力を持っていない為、政略結婚にも出し易い。

「貴女の家は、城?」

「うん。宿は?」

「取っていない。自由に過ごせないでしょ?」

「あー……」

 折角の御忍びなのに、束縛されては、御忍びにはならない。

「分家の娘である貴女が羨ましいわ」

「まぁまぁ。分家でも苦労がありますから」

 ハワイ王国に滅多に帰り難い為、 分家なりの苦労もある。

 これが、本家ならば、誰よりも最優先で、帰国出来るだろう。

「御城に案内して」

「え? でも、私の所有物じゃないですよ?」

「良いの。見たい」

 ラナの興味は、尽きない。

 日本人武士達がハワイ王国でも、同じ様な城を建てているが、如何せん起源オリジナルには劣る。

 その点、日ノ本で本物を見て学ぶのは、異文化理解にもなるだろう。

 同行していた大河の部下に目で問う。

 大丈夫ですか?

 と。

「……」

 部下は、「自分では判断し辛い」という渋面だ。

 愛人が王家の娘であった事は驚きだが、更に王女が姉とは思いもしなかった。

 理解が追い付いていないのかもしれない。

「じゃあ、決定ね」

 何を見て快諾された、と思ったのか。

 が、ラナの積極的過ぎる行動に、日本人達は反対する時間も与えられる事は無かったのは、言うまでもない。


 ナチュラが連れて来た王女に大河は、戸惑いを隠せない。

「王族だったのか?」

「隠していて申し訳御座いません。分家ですので」

「責めていないよ」

 大河は、国家保安委員会が入手した資料を改めて見る。

 それによれば、ナチュラは、カメハメハ大王が統一した王家とは別の家出身。

 正確には、王家と最後まで敵対した家だ。

 実家は、敗戦後、王家に吸収され、今は見る影も無い。

 ナチュラ自身、戦争は生まれる前の出来事である為、王家に恨みは無い。

 また、故郷は、出生地・小笠原諸島だと思っている。

 ハワイ王国とは、無関係であり、大河に話す事も無いと判断するのは、当然だろう。

「へ~。貴方が、妹の相手か?」

 ずかずかと上段まで来ると、大河を間近で見る。

 まるで舐め回すかの様に。

「「「……」」」

 鶫、小太郎、与祢の視線を気にしない。

 お初、お江も睨んでいるが、それでもだ。

 王女だけあって強心臓らしい。

「決めたわ。ここを宿にするわ」

「え?」

「妹を色々、可愛がってくれているんでしょう?」

「まぁ……」

「だったら、信用に値出来る人間よ。貴方を日本学の専属講師に任命するわ。光栄でしょ?」

「……」

 絵に描いた様なお嬢様キャラだ。

 人種や身長等、違う事は多いが、中身は、ル〇ズの様な性格らしい。

 大河が困っていると、誾千代が寄り掛かる。

 夫には手を出すな、と牽制しつつ。

「異文化交流よ。講師になったら如何?」

「良いのか?」

「良いわよ。ほら、信孝からの紹介状もあるし」

「はい?」

 差し出された手紙を開封すると、

 ―――

『近衛大将・真田大河

 上の者をVictoria Lanaの日本学専属講師に任命する。

 拒否権は無い。

        日本国総理大臣・織田信孝』

 ―――

「……何で?」

「大方、問題があった時用の人身御供ひとみごくうじゃない?」

 もし、王女に何かあれば、受入国の日ノ本に責任問題が生じかねない。

 恐らく政権内部で閣僚会議が行われ、適任者が大河になったのだろう。

 良い意味で任命され、悪い意味で押し付けられた。

 家族と一緒に過ごしたかったのだが、女難の相は、大河の想像以上に酷いものらしい。

(暴動の次は、これか)

 一難去ってまた一難。

 大河は、妻達の視線に怖がるのであった。


[参考文献・出典]

*1:『アロハスタイル』 ワールド・ムック―マスターブックオブハワイアンシャツ 261 ワールドフォトプレス 2000年

*2:『THE ALOHA SHIRT―ハワイのスピリット、アロハシャツのすべて』共著:デール・ホープ グレゴリー・トジアン 訳:小林令子 デザインエクスチェンジ 2003年

*3:『その時歴史が動いていた』NHK 幻のハワイ・日本同盟計画〜カラカウア王・祖国防衛に賭けた生涯〜 2006年8月23日

*4:ウィキペディア

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