第275話 布哇王国

 愛妾あいしょうの姉とはいえ、身分は、王女。

 この複雑さが、日ノ本側を困らせた。

 ナチュラの再調査を行う為に国交の無いハワイ王国に調査員を派遣する手続きから始まり、正妻との関係も考慮しなければならない。

 身分上、愛妾あいしょうである以上、正妻との同位は、不可能だ。

 それは、本人も分かっているのだが、カイウラニが居る前でナチュラを軽視する事は出来ない。

 外務省は、苦悩の末、ナチュラを正妻として身分の格上げを総務省に要請する。

 が、総務省は、

「どんな理由であれ、陛下と愛妾あいしょうを同位にする事は出来ない」

 と、拒否したのだ。

 臨機応変に対応出来ない、頭でっかちな部局割拠主義セクショナリズムが、浮彫うきぼりとなった。

 現代では、

・FBI対CIA

・国司対地頭

等、昔から仲が悪い者同士が日本史を作ってきた。

 なので、今更驚くべき事ではない。

「へ~。これが、貴方の国か」

 天守の縁側から身を乗り出し、カイウラニは、都内を一望する。

 金閣寺に銀閣寺、嵐山、鞍馬寺と天気が良く、また、


・古都保存法(古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法)

・首都景観条例

・景観法


 等の諸法により、歴史的建造物の周囲に高層ビルが建造される事は禁止されている為、ほぼ、山城国全土を見回す事が出来る。

 これらの法律は、経済を重視する建築会社等からは評判が悪いが、都民からは受け入れられている。

 見栄えの悪い電線も、都では地下だ。

「綺麗ね。新旧入り混じって」

「有難う御座います」

 王女相手だけあって、大河は、低姿勢だ。

 が、正妻達は、面白くない。

 折角、子供も出来、育児中心の家庭になると思っていたのだが、王女の登場だ。

 朝顔は話を理解してくれて、また、してくれる事も多いのだが、ラナは、義妹がベタ惚れの男という事で興味津々である。

「お姉様、真田様が困っています。離れて下さい」

「あら、御免なさい」

 ナチュラも肩身が狭い。

 正妻達から「何故、あんな女を連れて来た?」という無言の威圧を犇々ひしひしと感じつつ、義姉を立てたい思いもある。

 然し、利点もあった。

 ラナの御目付となった事で、必然的に大河との時間も増えたのだ。

 こればかりは、棚から牡丹餅と言え様。

 もっとも、ラナ帰国後は、愛人生活に逆戻りになるかもしれないが。

「サナダ、と言ったか?」

「はい」

「妹を愛人にしてどうだ?」

「えっと……」

 正妻が近くに居るのに答え辛い質問だ。

「妹から聞いたぞ? 寡婦から皇帝、三姉妹に侍女にまで手を出す好色家とな?」

「……は」

 事実だ。

 そっと、大河の手を取ると、その甲に接吻。

「「「!」」」

 背後の正妻達の殺気が強まり、与祢に至っては、障子を破っている。

 心なしか、累の視線も日本刀の様に鋭い。

「! お姉様?」

「気に入ったわ。この男を私の親衛隊長に任命するわ」

「専門講師では?」

「専門講師兼親衛隊隊長よ」

 長い肩書だ。

 ある企業の「執行役員コンシューマ事業統括プロダクト&マーケティング統括モバイル事業推進本部本部長兼コンシューマ事業統括プロダクト&マーケティング統括プロダクト本部本部長兼コンシューマ事業統括プロダクト&マーケティング統括新規事業開発室副室長兼コンシューマ事業統括プロダクト&マーケティング統括新規事業開発室グローバル事業開発室室長」(*1)のように、いずれはそれくらい長文化するかもしれない。

「親衛隊長は、別に居ますよね?」

「でも、貴方の方が強いでしょ?」

「……」

 否定は出来ない。

 ハワイ人の用心棒は屈強だが、数は多くない為、暴れても、数で勝る武士達に簡単に制圧されるだろう。

 武器も日ノ本側の方が進んでいる為、武器を使用した交戦でも負ける事はほぼ無い。

「真田、ちょっと」

 朝顔が手招き。

「ナチュラ、頼んだ」

「はい」

「では、陛下、自分はこれで」

「後でね~」

 投げキッスで見送るラナ。

 美人が故に映える。

 大河が独身ならば、直ぐに口説いていたかもしれない。

「どうした?」

「近衛から書状が届いたわよ。宮様が縁談相手に決まったんだって」

「どうやって決まったんだ?」

「両家が協議した結果、宮様が最有力候補になったそうよ」

「成程。宮様も賛成なのか?」

「前向きらしいわよ。ただ、ラナの方が、そこまで考えていないんじゃないかな?」

「……だろうな」

 ナチュラが寺社仏閣や山を一つ一つ説明していき、ラナは傾聴している。

 時折、質問している事から日本文化に関心があるのは、事実の様だ。

「まぁ、宮様には、他にも縁談相手が居るから慎重に決めるんだろうけども」

「だろうな」

 ハワイ王国と友好関係になるのは、日ノ本側としても大歓迎だ。

 然し、それに伴う政略結婚には、反対だ。

 また、外国人王族との結婚は、ハプスブルク家の様な成功例があるが、伝統を重んじる保守派は、嫌がり易い。

「後、ハワイ王国との国交が結ばれたわ」

「! まじか?」

「貴方が嫌がらず、相手してくれた御蔭よ」

 太平洋諸国では、初めての事だ。

 思わず、大河は朝顔を抱き締め、喜びを露わにする。

「これは、成長だ!」

 ハワイは地政学上、重要な拠点だ。

 アメリカが共和派を推して王制を倒し、無理矢理、版図に加えたのもそれが関係している。

 現代では、中国が、「ハワイを境目に太平洋を両国で管理し様」と提案し、アメリカが拒否した報道がある様に。

 今尚、ハワイを重要視している国は、存在しているのだ。

 これを機に福島県いわき市にハワイの名を関した観光地の建設や鳥取県の羽合町(現・湯梨浜町)の町興しにも成り得る。

 布哇との友好関係は、内需拡大にもなるだろう。

「もう、子供じゃないんだから」

 高い高いされた朝顔は、顔を赤らむ。

 12歳の幼帝であるが、1人の女性でもある。

「おお、御免よ」

「全くもう」

 お返しとばかりに頬擦り。

 子供扱いうは嫌だが、愛されている事は十分伝わっている為、朝顔が問題視する事は無い。

「皇帝をそんな簡単に抱擁するのね?」

 ラナは、若干、引き気味だ。

 これ程臣下と距離が近く、夫とラブラブな皇帝は、世界広しといえども、日ノ本だけかもしれない。

「夫婦だからな」

 自慢げに大河は、朝顔を見せ付ける。

「馬鹿」

 更に赤くなり、大河から脱出。

 そのまま逃げていく。

 存分に愛された為、今日はもういい、という思いもあるのかもしれない。

 代わりにお市が、接近する。

 何故か、セーラー服で。

「どう?」

「良いよ」

 即答。

 鼻息荒く、大河は、絶対領域をガン見。

 31歳というのにJKが似合うとは、奇跡だ。

「それ、どうした?」

「子供達が着ているのを見て、触発されたのよ」

 国立校の生徒は、現代同様、制服を着ている。

 但し、義務では無い為、着様が着まいが本人の自由だ。

 お市の様に子供に影響されて、制服を着たがる大人も居ても可笑しくは無い。

 胸部や腰部、臀部のラインが、より強調されているのは、愛娘のを無理矢理着た為である。

「母上の似合うでしょ?」

 所有者・お江は、にんまり。

 現代だと娘の学校の制服を母親が無許可で着用したら、壮絶な母娘喧嘩になるだろう。

 それが起きないのは、それ程母娘仲が良好な証拠だ。

「似合うよ」

 ラナをそっちのけでイチャイチャ。

 その様子をラナは、ジト目で見詰めていた。

「ナチュラ、貴女、大変ね?」

「良いんですよ。夜もたっぷり愛して下さいますから」

 達観した様に答えるナチュラであった。

 

『【モンテビデオ条約第1項】

 第1条 (国家の要件)

 国際法人格としての国家は、次の要件を要する。

 a 永久的住民

 b 明確な領域

 c 政府

 d 他国と関係を取り結ぶ能力』


 これは、米州諸国によって締結されたものであったが、その第1条に規定された国家の資格要件に関する規定は広く一般的に適用されるものと考えられている(*2)。

 日ノ本もこの概念に基づき、相手国を「国家」として承認している。

 京都、ホノルルそれぞれに大使館が設置され、双方に外交官と駐在武官が派遣される。

 日本のハワイ王国の外交史の始まりだ。

 大使は、驚いた。

「こ、こんな場所で?」

 ハワイ人大使は、驚いた。

 日ノ本が用意したのは、上京区の一等地。

 然も、御所に近い。

 どの国家の大使館よりも厚遇だ。

「何故、こんな場所に?」

「ある人からの指示です」

 皇族には、政治的命令を下す事は出来ない。

 と、すると、織田信孝くらいだろう。

 が、生憎、外交官とそれ程接点は無い。

(誰だ?)

 この謎な出来事は、瞬く間にハワイ王国本土まで届き、親日感情が高まると共に七不思議の様に語り継がれていくのであった。


「何故、あんな場所に?」

 カラカウアは、訪ねる。

 今回は、西陣織の着物で、都内を散策中だ。

「あそこが1番適当だからだよ」

「イギリスが、貴国の1番の友好国じゃないの?」

「まさか」

 大河は、鼻で笑う。

 そして、チャーチルの名言を引用する。

「我が国以外全て仮想敵国だよ」

 現代日本人の多くが、唯一の同盟国であるアメリカを心底信頼しているだろう。

 然し、アメリカは、利を考えた上で日本を統治下に置いているのだ。

・東アジア最大の米軍基地

・中露朝に対する牽制出来る場所

・太平洋を支配する防波堤

 等、沢山の理由がある。

 ソ連(現・ロシア)も太平洋を進出したいが為に日本が地理上、邪魔で仕方がない。

 そこで在日米軍基地撤退を条件に北方領土返還を提案した。

 然し、当時の日本政府は、安全保障条約からこれを拒否している。

 もし、条件を鵜呑みにしていたら、日本は、バルト三国やウクライナ等の様に侵略されていたかもしれない。

 冷戦終結後の現代でも、在日米軍基地の存在は、それ程、東アジアの情勢に影響力を与えているのだ。

「じゃあ、我が国は、何故?」

「単純に好きな国だからよ」

 そう言って、ナチュラを抱き寄せる。

 公私混同、とも言えるだろうが、大河がこれ程ハワイを重要視するのは、経済的観点だけでない。

 将来、誕生するかもしれない、アメリカへの牽制でもあった。

 ハワイ王国は、アメリカに1898年に併合され、その独立国としての歴史を終えた。

 当時の日本政府は、これに反対の立場であり、併合直前の1893年11月、邦人保護を理由に東郷平八郎率いる防護巡洋艦「浪速」他2隻をハワイに派遣し、ホノルル軍港に停泊させて政変勢力を威嚇させた。

 この入港は米軍艦のボストン等、3艦が停泊中の出来事であった。

 この行為については、女王を支持する先住ハワイ人達が涙を流して歓喜したと言われる(*3)。

 日本海軍は、翌年には「浪速」を「高千穂」と交替させている。

 然し、同年3月、日本政府は巡洋艦高千穂の撤収を決めた。

 日本の軍艦派遣は、米布併合の牽制には一定の成果をあげたものの、嘗ての親日的なハワイ王国政府を復活させる事は出来なかった(*4)。

 1898年8月12日、マッキンリー大統領はハワイの米領への編入を宣言し、同日、イオラニ宮殿に掲げられていたハワイ王国旗が降ろされて星条旗が揚げられた。

 この時、古来のハワイ住民等は悲しみの声をあげたという。

 これによりハワイはアメリカ合衆国の準州として編入され、王国の約100年間の歴史は完全に幕を閉じた(*5)。

 こうしてハワイ王国は、アメリカの一部となり、太平洋戦争開戦の契機となった真珠湾攻撃が行われる等、日米史にも大きく関わる事になる。

 アメリカが、併合を公式に謝罪したのは、1993年の事。

 併合から実に95年後の事であった。

 アメリカの魔の手から日ノ本を守る為にはハワイ王国を緩衝国にし様、というのが、大河の考えだ。

 幸か不幸か、史実で侵略され、国を失う事になるとは思いもしないラナは、大使館に掲げられた祖国の旗を誇らし気に見詰めるのであった。


[参考文献・出典]

*1:インターネットコム編集部 2017年11月30日

*2:森川幸一「国際法上の国家の資格要件と分離独立の合法性」『専修大学法学研究所所報』第50巻 専修大学法学研究所 2015年

*3:山中速人『ハワイ』岩波書店〈岩波新書〉1993年

*4:佐々木隆『日本の歴史21 明治人の力量』講談社 2002年

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