第273話 狐仮虎威
日ノ本は永世中立国を宣言したが、世界情勢は常に不安定だ。
中国分割に正式にイギリスも参加し、着々とアジアにも植民地支配の魔手が迫っていた。
そして、ハワイでも、
「悪魔だ~!」
「逃げろ~!」
上陸した白人の海賊達は、逃げ惑うハワイ人を撃ちまくる。
女性は襲われ、子供は奴隷に。
男性は問答無用で殺される地獄絵図だ。
その状況にハワイ王国の国王、カメハメハ大王は日本人傭兵に要請する。
彼らは厳しい戦国時代を生き抜き、平和になった新時代では、
この様な武士は、各国に散らばっていた。
フィリピン、中国、インドネシア……
と。
家柄や戦功があれば、別だが、何も無ければ食い
その一部が
「「「は!」」」
彼らは、ハワイに似付かわしくない鎧兜で戦場を駆け回り、日本刀や槍を器用に使い
時には、火縄銃を用い、侵略者達を蹴散らしていた。
海賊達と対峙した彼らは、停泊中の海賊船に夜襲をかけたり、糞尿の入った袋を投げ入れては、疫病を蔓延させる。
戦法は元寇の際、鎌倉の武士達が、元軍に行ったものとそれ程変わらない。
白人海賊団は、舐めていた事から即応出来ず、次々と討ち取られていく。
「ああ、命だけは……」
目の前で斬首されていく船員達を前に、船長は命乞い。
が、武士達に情けは無い。
何の実績も無い自分達を厚遇してくれる国王の敵を助ける必要は無い。
「「「……」」」
無表情でその首を斬るのであった。
「よくやった」
齢40のカメハメハは、褒め称える。
20歳にして、ハワイを統一した銅像そっくりの美男な王は、ハワイでは有能である彼だが、外国からの侵略には、頭を痛めていた。
今では、彼ら無しに国防は、成り得ない。
後で言う所のバチカン市国に於けるスイス傭兵の様な感じだろう。
「「「有難う御座います」」」
給料さえ払えば、彼らは反乱などしない。
御恩と奉公の関係性だ。
現代でも海外に移民した日本人や日系人は、基本的人権の尊重を主張しても、移民先で独立運動はしていない。
ブラジル等の南米やオセアニア州の一部の国々では、大統領になったり、州の公用語が日本語になったり等し、その仕事振りが評価されている。
宰相が提案する。
「陛下、今後は、日ノ本との関係を構築した方が宜しいのではないでしょうか?」
「そうだな」
それは、カメハメハも想定していた事だ。
史実でも、優れた外交手腕で米英等の西洋諸国との友好関係を維持してハワイの独立を守り、伝統的なその文化の保護と繁栄に貢献した。
また、彼が作った「ママラホエ」と呼ばれる法律は、戦時における非戦闘員の人権を保護するものであり、今日では世界中で受け入れられている先駆的なものであった(*1)。
現代日本では、童謡によって陽気な国王の様な心象があるだろうが、その実は名君なのである。
「日ノ本には、平和主義者の皇帝とそれを補佐する優秀な軍人が居るらしいな?」
「は。大国を次々と打ち破る軍師でもあり、また、天才発明家らしいです」
「我が国にもその様な人材が必要不可欠だな」
群雄割拠のハワイを統一したのは良いが、今度は、外敵だ。
「まずは、王族を留学させ様」
「適任者は、どちらですか?」
「日ノ本には、同胞のポリネシア人も多いらしいから環境に馴染めさえすれば、適応出来るだろう。お転婆が短所だが、彼女ならば」
ハワイ人の先住民の
アメリカの2000年の国勢調査では、40万1162人がハワイ先住民(純血混血問わず)であると自らを認識しているが、アメリカ先住民としての
その内、14万652人が純血のハワイ先住民と自らを認識している。
ハワイ先住民の大半が、
・ハワイ州
・カリフォルニア州
・ネバダ州
・ワシントン特別行政区
に居住する。
3分の2はハワイに、残り3分の1は他の州に住むが、特にカリフォルニア州に集中している(*1)。
現代日本では、力士やラグビー選手が、多く活躍し、一部は横綱や日本代表になったりと、その身体能力の高さを披露している為、ポリネシア人は珍しくないだろう。
日ノ本でもナチュラ等、ポリネシア人を出自に持つ欧米系島民が居る。
その為、留学生を送り出しても孤独になる事は少ないかもしれない。
(いずれは、重要な貿易相手国に)
新興国・ハワイ王国の外交方針が定まった。
休暇中、大河は、朝顔と共に正倉院に訪れていた。
招待者は、管長だ。
「陛下と近衛大将をこうして御招き出来て、私共としても非常に光栄であります」
深々と頭を下げる。
朝顔は、上皇なので当然だが、大河も一緒なのは、彼が近衛大将としてと、重要な支援者でもあるからだ。
現存する大仏殿が完成したのは、宝永6(1709)年の事。
それまでの歴史は、不幸続きであった。
・治承4(1181)年(治承4年)
平重衡等の南都焼討によって焼失。
その後、建久元(1190)年に再建され、建久6(1195)年の落慶法要には源頼朝等も列席した。
・永禄10(1567)年
東大寺大仏殿の戦いの最中に焼失。
出火原因は諸説あり。
ルイス・フロイスは、三好軍に居た耶蘇教徒が寺院仏像の破壊目的で放火したと記録している。
―――
『今夜子之初点より、大仏の陣へ多聞城から討ち入って、数度に及ぶ合戦を交えた。
穀屋の兵火が法花堂へ飛火し、それから大仏殿回廊へ延焼して、丑刻には大仏殿が焼失した。
猛火天に満ち、宛ら落雷があった様で、殆ど一瞬に無くなった。
釈迦像も焼けた』(*2)
―――
と記されており、穀屋から出火し、法花堂、回廊と燃え広がった後、大仏殿が完全に焼失したと考えられる。
その後、仮の仏堂が建設されたが、慶長15(1610)年の暴風で倒壊した(*1)。
鎌倉の大仏殿は、地震で倒壊して以降、再建される事は無かったが、奈良のここは、何度も復活を遂げている。
並々ならぬ人々の信仰心が、影響しているのだろう。
大河もまた、ここを高く評価し、大仏殿再建の為に寄付金を惜しまない。
史実では、江戸時代に完成しているが、この調子だと16世紀以内に落慶出来るかもしれない。
管長が、大河をわざわざ招待したのは、当然の事だろう。
朝顔は、ワクワクしていた。
なにせ、今日は、”天下第一の名香”―――
「『古めきしずか』、楽しみです」
上皇を目前に管長も冷や汗が止まらない。
なにせ足利家の歴代将軍や信長を相手にして来たが、帝は初めてだ。
「管長、御招待して下さった事は感謝しますが、自分は、嗅ぎません」
「何と?」
管長は驚き、朝顔は、不安げに見返す。
1人にするの? と。
大河は、真面目な顔で告げる。
「過去、
「真田―――」
「同伴しますが、嗅ぎませんよ」
そう言って、大河は、布マスクを装着する。
朝顔に配慮した行動だ。
「……」
孤独ではない事に安堵しつつも、やはり、夫婦として感覚を共有したい気持ちもある。
が、希望は言わない。
何故なら自分は、上皇だから。
ここで無理を言って、大河と嗅げば、後々、「悪例」となるかもしれない。
皇族と婚約ないし結婚した者が、権威を笠に悪さする事も考えられる。
「有難う」
大河に付く用心棒も、流石にここは、不可だ。
「「……」」
2人共、寂しそうに見送る。
東南アジアで産出される沈香と呼ばれる高級香木で、日本には聖武天皇の代(724~749)に中国から渡来したと伝わるが、実際の渡来は10世紀以降とする説が有力である。
一説には『日本書紀』や聖徳太子伝暦の推古天皇3年(595年)記述という説もある。
正倉院の中倉薬物棚に納められており、これまで、
・足利義満
・足利義教
・足利義政
・土岐頼武
・織田信長
・明治天皇
等が切り取っている。
徳川家康も、切り取ったという説があったが、慶長7(1602)年6月10日、東大寺に奉行の本多正純と大久保長安を派遣して正倉院宝庫の調査を実施し、
翌年、宝庫は開封して修理が行われている(*4)。
言い伝えに則り、切り取る事はしない。
朝顔が嗅ぐのは、東大寺大仏殿の戦い(1567年)の際、混戦の中、切り取られた物だ。
両軍の兵士が其々、どさくさ紛れに行った時に出来た欠片である。
両軍は戦後、衰退している事から言い伝えは事実であろう。
唯一、それを跳ね除けたのが、明治天皇かもしれないが。
「……」
天下一、と評されるだけあって、物凄い香りなのだろう。
大河も欲求にかられるが、必死に我慢する。
(主役は、朝顔。自分ではない)
と、必死に自分に言い聞かしていた。
「……」
朝顔は、その手を握る。
自分に出番を譲った忠臣が愛おしく感じる。
表現出来ない程のその心地良さに朝顔は、満足するのであった。
「御礼です」
現代日本円換算で、約10億円もの大金が、東大寺に運び込まれていく。
比叡山や本願寺等、敵対した仏教過激派には、厳しく望む大河だが、東大寺に関しては別だ。
地元民の信仰心の高さとその歴史的価値、また、平安時代に興福寺と共に僧兵を使い強訴した事はあれど、前例程政治に積極的に関わっていない。
これが、大河が出資する理由だ。
東大寺としても、権力争いに巻き込まれるよりも、政教分離の原則を遵守している大河を信頼し易い。
実際に
東大寺もいずれ聖堂同様大勢の信者を獲得する時が来るかもしれない。
「はは~。有難う御座います!」
平身低頭の管長。
これだけあれば、大仏殿完成の日も近付くだろう。
「寄付者の名前は、匿名でお願いします」
「は。その様に」
政教分離を掲げている以上、個人名義で寄付しても、勘繰る者は否めない。
今でも首相が、靖国神社に玉串料を奉納しても、騒ぐ反対派が居る様に。
大河の気持ちは尊重され、東大寺には、永遠に彼の名が残る事は無い。
「有難う御座いました」
深々と頭を下げ、朝顔は出ていく。
半歩遅れて大河も続く。
嗅げなかったが、貴重な経験であった事は事実だ。
「大河」
苗字ではなく、名前で呼ぶ。
この合図は、2人が主従関係から夫婦になった時だ。
「勿体無かったね?」
「そうか?」
「凄い良かったのに」
「嗅ぐに値する人間じゃないよ、俺は」
「……後悔するわよ?」
「良いよ。でも、今のままで幸せだから」
大河の方から手を繋ぐ。
一回り位の年齢差がある2人だが、
喧嘩しても、大河が直ぐに謝る為、夫婦喧嘩にはならない。
「……馬鹿」
赤面し、握り返す。
「次は、陛下の番よ」
「そうだな。じゃあ朝顔、お誘いしてくれ。手続きは俺がするから」
「分かったわ」
腕に絡み付き、朝顔は夫婦の時間を満喫するのであった。
[参考文献・出典]
*1:ウィキペディア
*2:『多聞院日記』
*3:『当代記』1602年6月10日
*4:続々群書類従所収『慶長十九年薬師院実祐記』
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