第270話 長ゐ刀ノ夜

 皇道派は、死に体であった。

 その指導者・北は、大原に逃亡していた。

 広大な大原には、逃亡者を受け入れ易い環境がある。

「糞……」

 廃寺に隠れて、武器を確認する。

 二十六年式拳銃1丁。

 9mmx22R弾薬6発。

 これだけだ。

 当然、予備兵を含め数百万、国民皆兵を考えると数千万の国軍に敵う訳が無い。

 1人1殺でも最多で6人。

 運を味方に付けて、大河に近付けたとしても”一騎当千”にこれだけでは、心元無い。

 が失敗した以上、死しかない。

 既に攘夷党党首・吉田は、死んだ。

 戦友達も自刃或いは戦死している。

 数千人居た皇道派も残す所、数人位だろう。

 運良く生き残っても、偏執病の気がある大河の事だ。

 執拗に追い続け、事故死に見せ掛け殺すだろう。

 北の死も近い。

くなる上は」

 殺されるのは、分かっているのだから、死なば諸共、大河を道連れにするしかない。

 決心した後、廃寺を散策。

 すると、埋葬されたと思われる、小綺麗な服が見付かった。

 身分証もあり、そこには、

 

『共和党員・難波大助』


 とある。

 共和党とは、その名の通り共和主義を掲げる政治結社だ。

 然し、君主制のこの国では、その名を口にしても一笑されるのが、オチである。

 特別高等警察からも危険視され、弾圧の対象となっている。

 近くには、白骨化した死体が。

 ここで餓死したのだろう。

 もっとも、それは、それで幸運でもある。

 何故なら、特別高等警察に捕まれば、激しい拷問を受けるか、新薬の実験台にされるからだ。

 現代では警察による拷問は、禁止されているが、警察権が強い国々の一部では、当然の様にある。

 人権団体によれば、同性愛が禁止な某国では、逮捕された同性愛者は、同性愛のポルノ画像を見せられると同時に電気ショックを与えられ、次に異性愛のそれを見せては、電気を停止する拷問が行われている、とされる。

 日ノ本でもテロリストが捕まれば、想像以上に過酷な拷問が待っている事だろう。

「死なば諸共もろとも、か」

 潔く自刃するのも手だが、敗死は、受け入れ難い。

 ならば、窮鼠きゅうそ猫を噛む。

 1%の可能性を信じて、敵の懐に飛び込み、華々しく死ぬのも手だ。

 北の腹は、決まった。

 思い立ったが吉日。

 死体の物と思われる衣服を着るのであった。


 皇道派は、壊滅状態となり、逆に統制派が力を強める。

 が、大河は、認めた訳ではない。

 両派を危険視し、動いた方を粉砕しただけ。

 チトーが社会主義国でありながら、言論の自由等をある程度認めつつ、過度な民族主義を力で抑えつけ、多民族国家のユーゴスラビアの統治に成功した様に。

 何方にも肩入れせず、均衡バランスが必要なのである。

 し、これを機に勢力を挽回させ様と努む統制派の弾圧を開始した。

「弥助、統制派の拠点を攻撃しろ」

「は」

「楠、攻撃は、皇道派の残党の仕業に偽装しろ」

「は」

 国軍を掌握する気は皆無だが、今後、この様な事が無い様に、が必要だろう。


 万和3(1578)年630

 後に『長ゐ刀ノ夜』と呼ばれる粛清事件が起きる。

 深夜。

 突如、統制派の中将と大将が外患誘致罪に問われ、銃殺される。

 更に早朝、統制派の保養所を、皇道派に偽装した弥助達が襲う。

 前日、遅くまで祝勝会兼決起集会が行っていた彼等は、まだ体に酒を残しており、殆ど無抵抗に斬首されていく。

 素面であった一部は、正体に気付き、懇願する。

「弥助、俺達は何もやっていない……命だけは、助けてくれ」

 恥を忍んで、土下座して軍靴を舐める。

 が、面貌で顔を隠した弥助は、同情しか出来ない。

「俺は何もしてやれない……。俺には何も出来ない……」

 中には、一緒に遊んだ者も居る。

 然し、山城真田家の家訓にある様に、


『第1条 家長は、常に正しい。

 第2条 家長が間違っていると思ったら第1条を見よ』


 と、大河が「黒」と言えば、「黒」なのだ。

 不正解でも弥助達に覆す力は無い。

「……」

 耳栓し、涙を堪え、1人ずつ殺していく。

 この時ばかりは自らの両耳を削ぎ落したい衝動に駆られた事は言うまでも無い。


 粛清の嵐は、激しかった。

 標的は、

・交通局局長

・国防軍官房長

・最高幕僚長

・運輸省官僚

 等に及ぶ。

 中には、統制派に属さない者も居たが、彼等は国家保安委員会から危険視されたり、工作員と個人的に馬が合わない等の理由から、殺されたのであった。

 粛清は、7月2日まで続き、そこで最後の1人が処刑されたのを機に、国家保安委員会が宣言を出す。

『この数週間、国軍の一派が、反国家的集団及び国外の団体と狂信的な関係を続けていた事が明らかとなった。警察の逮捕に際して彼は武器を持って抵抗した。銃撃戦の為に政府軍は、勇猛果敢に戦い、一部は名誉ある戦死を遂げつつ、内戦は避けられた』

 と。

 言わずもがな情報操作だが、

 ―――

『私達が大衆に見せる物が即ち現実だ。彼等はそれしか知らないし、知る必要も無い。彼等に見せなければ、それは存在しない事になるのだ』(*1)

 ―――

 という言葉が示す様に。

 国家が認めなければ、それが如何に真実であろうとも、架空フィクションになるのだ。

 諸外国は、この出来事を事件名は、5世紀のウェールズでのザクセン人傭兵による、ブリテン人への宴席での騙し討ち(長いナイフの裏切り)に因み、『長いナイフの夜』と名付けた。

 1934年の同名の事件を、354年早く、国家保安委員会が、実行したのである。

 これにより、統制派は、壊滅。

 両派が同時に共倒れした事で、国軍の暗闘は、一時的だが、沈静化したのであった。

 これで、正式に国軍が、大河の完全なる影響下に置かれたのであった。

 防衛大臣・柴田勝家は、面白くない。

(奴め。完全になめやがって)

 自分が謝罪行脚に忙殺される中、大河は、両派を完膚なきまでに叩き潰した。

 軍の長は、大河ではなく勝家。

 自分で尻拭いしたのだったが、全て大河のいいとこ取りだ。

 恨まない訳が無い。

(嫌になってきたなあ)

 信長、信忠の2代に仕え、当代の信孝にも忠誠を誓っている。

 然し、3人共、老臣を軽視し、パッと出の何処の馬の骨とも分からぬ元浪人を贔屓している。

 織田家が家柄に縛られず、完全実力主義なのは、誰の目で見ても明らかだ。

 織田家の誰よりも優秀であり、信長が義弟にする位の逸材である事も、勝家は、認めなければならない。

 然し、お市と事実婚し、信長が引退しても救わなかった大河は、嫌いだ。

(討つべきか)

 勝算は、無い。

 織田家は、無論の事、何より朝廷が、支援者だ。

 本人が尊王派で多額の寄付金と貢献を惜しまないから、朝廷内で彼を嫌う者は居ない。

 居るとするばなら、根っからの出生地差別主義者位だろう。

 京都至上主義者の多くは、既に彼を名誉京都人と見て、出生地の謎に目を瞑っている。

 恐らく、死後は、出生地を都内(説)とされるかもしれない。

 それ位、簡単にやってのけるのが、朝廷だ。

(反逆か忠誠心か?)

 思い悩む”鬼柴田”であった。


 大原から都に舞い戻った北は、民間人に偽装し、大河を付け狙う。

「……」

 が、狙撃は難しい。

 用心棒自体は、常時1~2人と少ないのだが、その分、私服警官が多い。

 好機も殆ど無い。

 警察の目がそれ程厳しくない貧民窟に潜む。

 然し、ここでも安心出来ない。

 金目当てに警察の諜報員となる路上生活者や、路上生活者に扮した警察官が星の数程居るからだ。

 反体制派が多い、とされるここでも、大河の指示一つでどうとでもなる。

 石器時代に戻す事も、発展するのも、全て大河次第だ。

「「「……」」」

 は、当然、目を付けられる。

 現代でも指名手配犯が潜伏している事が多いそこは、逃亡者を受け入れる土壌があった。

「あんさん、どっから来たんや?」

「……」

「言いたくないなら言わんでええ。只、目立つなよ?」

「……おおきに」


 北の情報は、国家保安委員会に筒抜けであった。

 報告を受けた大河は、貧民窟ひんみんくつの地図を眺めつつ、

「……区画整理だな」

 ぽつりと漏らす。

「大河、どういう事?」

「楠、貧民窟は暴動が起き易い。防犯対策の為だよ」

 貧民窟の代表的な街であるフランスの郊外バンリューでは、実際に暴動事件が起きている。

 実例がある以上、悪化する前に対策を採らなければならないだろう。

「弥助と交代だ。孫六、平馬。思う存分、殺って来い」

「「は」」

「武蔵、左近は補佐だ。逃げる者は、斬れ」

「「は」」

 篤志家である大河だが、貧民窟には興味がない。

 逆に危険視さえしていた。

 貧民窟は、公共サービスが行き届き難くく、犯罪の温床にさえなる事が多い。

 事実、ブラジルのファベーラでは、犯罪組織同士の抗争が絶えず、治安が悪過ぎる。

 こんな場所には、当然、投資するだけ無駄だ。

 大河が、貧民窟を開発しないのは、それも理由であった。

 然し、北が逃げ込んだ事により、関心を持てた。

 一気に都市開発出来る好機だ。

「遠慮は、要らん」


 万和3(1578)年7月10日。

 貧民窟浄化作戦が、行われる。

 表向きは、


『暴動事件の残党が、逃げ込んだ為』


 であるが、実際には、抵抗勢力の一掃である。

 指名手配犯に落武者等は、皆、斬られ、長屋は血で真っ赤に染まっていく。

 北を匿った人々も、犯人隠避罪により、次々と逮捕後、行方不明に。

 通常逮捕ではないのは、内乱幇助罪が、適用された為だ。

 現代では、これは、7年以下の禁固と条文に明記され、死刑対象外だが、大河からすると、自らの意思で幇助した場合、同罪にしか見えない。

 こういう時こそ、国家保安委員会が暗躍し易い。

 北も逮捕され、武器を奪われた上で大河の前にしょっ引かれる。

「着替えたのか?」

「悪いか?」

「帝国軍人の誇りを簡単に捨てるんだな?」

「浪人の癖に国を盗んだ大罪人には、言われたくない」

 刹那、鶫が抜刀し、肩を斬る。

「ぐ!」

 が、わめかない。

 その辺は、流石、帝国軍人だ。

 盗っ人呼ばわりされた大河だが、怒ってはいない。

 北条早雲に似た様な話がある。

 ―――

 ある時の事、北条領内で馬を盗んだ者が居た。

 然し、直ぐに捕まり、早雲同席の下、取り調べを受ける。

 奉行が、

「馬を盗んだ事を認めるか?」

 と、問う。

 すると盗人は正直に、

「はい」

 と返事をした。

 続けて、

「確かに馬を盗みました。然し、たかが馬ですよ? でももっと大きな物を盗んだ御仁が居るではないですか? 貴方の主人は国を盗みになった。それに比べたら私が馬を盗んだ罪なんて、無いも同じではないか?」

 奉行は、盗人に斬りかかろうとした。

 その時、早雲は、大笑い。

「お前の言う事はもっともである」

 と。

 そして、この盗人を放免したといわれている(*2)。

 ―――

 早雲の出自の謎と豪胆さを表した逸話だろう。

 若しかしたら、北は、この話にのっとり、無罪を得た上で起死回生とばかりに襲う事も考えていたのかもしれない。

 然し、早雲程大河は、寛大では無かった。

「へー」

 興味なさげに鼻を穿ほじりつつ、返事する。

 とても、高位な人物とは、思えない程の下品さだ。

「帝国軍人らしい、切腹を期待したんだが、潔くないね。皆、たっぷり遊んでやれ」

「「「は!」」」

 小太郎は、刃毀はこぼれした日本刀を。

 鶫は、ほうびた槍を。

 楠は、逆刃刀さかばとう其々それぞれ選ぶ。

「気絶したりしたら、水責めしろ。死にかけたらその都度、死なない程度に治療しろ」

 ダークモード、大河の誕生である。

 指示しただけで自分は、何もしない。

 という事は無く、のみと金槌を持ってきては、問答無用で小指を落とす。

「ぎゃあああ!」

 包丁を用いる心象が強い指詰めだが、実際には、のみと金槌で一気に落とす、という(*3)。

「……」

 目が据わった大河は、躊躇わず、全て詰める。

 流れ作業の様に。

 次に女性陣による試し斬りだ。

 苦しみながら死ぬ。

 北の末路であった。

 彼が潜んでいた貧民窟は、浄化作戦により、犯罪者は消え、公営賭博場の建設が決まった。

 非合法の賭場ではない所が、味噌だ。

 権利には京阪の商人が加わり、貧民窟は生まれ変わるのであった。


[参考文献・出典]

*1:LIVE THE WAY ウラジミール・プーチンの名言30選 2020年10月15日 一部改定

*2:ひろぞう戦国物語 戦国の話

*3:ユーチューバー 懲役太郎氏より

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る