第269話 青年将校

 ♪

 国家主義者にして海軍中尉の三上卓(1905~1971)作詞作曲の『青年日本の歌』(『昭和維新の歌』とも。1930年)の曲を皇道派は、陣中にて大合唱していた。

 肩を組み、最後の酒を飲み、涙を流して。

 彼等は、私利私欲のテロ組織とは違う。

 純粋に国を想っての決起したのだ。

 西欧化の流入に反対し、女性が簡単に素肌を曝け出す時代に如何もついていけず、大都市優先の経済政策に不満を持っていた。

 多くの軍人は地方出身者で、地方と大都市圏の経済格差に驚き、落胆し、嫉妬。

 一部の地方では、未だにその日暮らしの人々が多く、朝顔行幸前の東北地方の様な貧しい生活を送っていた。

 格差是正の為にも挙兵したのだが、


・準備不足

・民の不支持

・軍全体の理解を得られたなかった事


 等により、最初の勢いは良かったものの、数日も経たない内に形勢は逆転。

 理想に燃えた若者の挑戦は、失敗に終わりつつあった。

 

 本陣以外の皇道派は、各個撃破されていく。

 市街地だろうが、山岳地だろうが、野外だろうが、無関係に国家保安委委員会の餌食になる。

「おい、あれは、何だ?」

「酒樽じゃね?」

 空から落ちてくる酒樽を何の気無しに見詰めていると、着弾したと同時に炸裂。

 中から錆びたり、人糞が付着した刃物が飛び出し、皇道派を襲う。

 即死するか、感染症で苦しみながら死ぬかの選択肢だ。

「ぎゃああああああああ!」

「いて、いてえぇよ!」

 即死を免れたものの、皮膚を裂かれた者達は、その激痛と感染症への恐怖心からのた打ち回る。

「こうなったら投降しようぜ」

「そうだな」

 降伏を選び、拠点から出て来ても、死は免れない。

 ズキューン!

「!」

 狙撃に斃れる。

「う、うわああああああああああ!」

 慄いて逃げても、

「チェスト~!」

 抜刀隊に斬られる。

 当初、田原坂やスターリングラードの様な激戦であった都内であるが、それは、国軍が北陸道等を心配していただけであって、決して弱体化した訳では無い。

 帝と皇太子の無事が確認出来次第、反撃に転ずる。

Aアルファ、嵐山、制圧クリアしました」

Bブラボー、大原を制圧クリアしました」

Cチャーリー、瀬田にて徳川、武田両隊と合流し、これより哨戒に移ります」

「二条城前は、DデルタEエコーFフォックストロットGゴルフが、制圧クリアしました。現在、明智隊、羽柴隊、柴田隊と共に戦闘中の亀岡に移動中です」

 対外的には、「暴動」と発表されているが、内容は、何処まで隠し切れるかは、分からない。

 国軍の反攻が凄まじいのは、外国の目も気にしているからだ。

 吉田という精神的支柱を失った皇道派は、脆い。

 あっという間に総崩れしていく。

 その中で最も悲惨だったのは、瀬田を占拠していた部隊だ。

 瀬田を封鎖する事で、政変が終わるまで何人も入京する事は許さない、と意気込んでいたのだが、吉田爆殺の報せに動揺。

 そして徳川・武田の電撃戦に一気に踏み潰された。

 ほぼ壬申の乱以来の戦場と化した瀬田の唐橋では、瀬田川が真っ赤に染まる。

 動揺していた皇道派を両隊は、まず、M1エイブラムスで本陣を砲撃。

 慌てて出て来た彼等を今度は、狙撃手達が狙い撃ち。

 抵抗が無くなったのを確認後、抜刀隊が検視を行い、生存者が居れば介錯をする。

 死体は、無造作に川に投げ込まれ、河岸の僧侶がお経を読む。

 これが、両隊の戦い方だ。

 生存者を許さない辺り、大河の方針に影響された、と見られる。

 松姫も祈る。

「……」

 直接狙われた訳では無いが、関係者として、尼僧として無視出来ないだろう。

 読経後、振り返る。

 褐色の軍服に身を包んだ夫が、立っていた。

「終わったか?」

「はい。真田様は?」

「玉串料を奉納したよ」

「有難う御座います」

 深々と、頭を下げて彼の横へ。

 馬に同乗する。

 松姫が、前側で大河が抱き締める様に手綱を握る。

 松姫は、その勇ましい姿にうっとり。

「……」

 目が合うと、大河は、微笑んで返す。

 有事は、触れる誰もが傷付く様な殺気満載なのだが、妻には、何時も優しい。

 これ程、オンとオフの切替が盛んな武将は、珍しい。

「御所は、良かったの?」

「忠臣が居るからな。俺の出番は、少ないよ」

 自分が1番強い癖に、部下を上げる。

 家臣団が近くに居ない為、本音だろう。

「では、御所に着く前は、私を1番に愛して下さいね?」

「勿論」

 馬に乗りながらイチャイチャ。

 軍人と尼僧の奇妙なカップルは、ゆっくり帰京するのであった。


 国軍、特別高等警察、国家保安委員会の3組織の華麗なる連携と即応により、瞬く間に京は、秩序を取り戻していく。

 当初、長期戦を予想し、自国に報告書を送っていた各国大使っであったが、まさかの短期決戦に幻滅してしまう。

 内戦(日本政府は、「暴動」と呼称)が長期化すれば、双方を支援し、そのまま内戦に介入。

 日ノ本を弱体化させ、植民地化と計画をしていたのだ。

 それを阻止したのが、大河である。

 民族を分断させ、植民化させるのは、当時の侵略国家の常套手段だ。

 インドでは、イスラム教徒とヒンズー教徒の宗教対立を煽り、後世に迄混乱を残す印パ問題の遠因が作られ、スリランカでは少数派のタミル人が厚遇され多数派のシンハラ人が冷遇される。

 ルワンダではツチ族とフツ族が、独立後、スリランカ同様、内戦が起きている。

 民族対立が起きなかった国は、アジアで植民地化されなかった日本とタイ位だろう。

 もっとも、タイは深南部で過激なイスラム教徒が存在し、テロを起こす等、所謂いわゆるタイ南部紛争が起きている。

 その為、厳密に平和が保たれているのは、日本だけと思われる。

 現代人・大河はそれらを見越した上で、早期解決を望んでいた。

(徳川慶喜も英断を下した御蔭で、侵略から日本を救った。まさか、慶喜になるとはな)

 新政府軍目線の歴史観では、やはり、仇敵という事で慶喜の無能さが目立つ。


 例

・新政府軍が錦旗を掲げた後の大坂から江戸への逃亡


 然し、現代では、日本の内戦を早々に終結させ、諸外国からの侵略から救った英雄との見方も出来る。

 大河も又、彼を再評価している人物の1人だ。

 徳川家の将軍でありながら、最後は潔く将軍の座から降り、大政奉還を行ったのは、並大抵の人間では出来ない。

 最後の最後まで死を恐れて、権力にしがみ付く場合が多いだろう。

 大河も同じ立場なら、高潔に判断する事は難しい。

 慶喜という先駆者と歴史があってからこそだ。

 焦土と化した都内には、死臭が立ち込め、時折、死体と遭遇する。

 松姫は、荼毘だびに付される前に読経し、見送る。

 尼僧として当然の事だろう。

 巫女である阿国も、御払いを欠かさない。

 ここに仏教と神道の協力関係が構築された。

「「「有難や~」」」

 信者は、涙し、感謝する。

 エリーゼも聖職者・ラビの資格は無いが、ユダヤ教徒の葬儀に裏方として協力している。

 耶蘇教は無いが異教徒の妻達が、宗教対立せず、其々それぞれの信者の為に努めるのは、大河の理想とする姿である。

 京都新城の付近で、珠と再会する。

 彼女もエリーゼ同様、無資格だが、耶蘇教徒として信者の為に扮装していた様だ。

 美肌は、すすで汚れ、睡眠不足らしくくまが確認出来る。

 2、3日会っていなかっただけだったが、相当、不安だったらしく、大河を視認した瞬間、駆け寄っては抱き着く。

「若殿!」

 大河に頬擦りし、全てを感じる。

「只今」

 優しく頭を撫でて、応える。

 珠と一緒に居た与祢も、遅れて抱き着く。

 本来ならば、正妻に譲らなければならない時機だが、2人はそれを忘れる程、心細かった。

 嗚咽を漏らす2人。

 鶫、小太郎も貰い泣きだ。

「「……」」

 唯一、大河は泣かない。

 蛇の様に涙腺が無い―――からではなく、シリア内戦で地獄を体験し、以降、「泣く」という感情が欠落しているのだ。

 優しく4人を抱擁し、平和に感謝する。

 橋姫が胸中でささやく。

『泣きたい時は、泣いても良いのよ?』

(良いよ。橋の胸で泣くから)

『もー、強がって』

 直後、背中が重くなる。

 透明人間になった橋姫が背中から抱擁したのだろう。

 鬼だけあって、4人合わせての力より、断然強い。

『婚約者を泣かせた罰よ』

 そう言う声もどこか、震えている。

 一心同体なのに、誰よりも大河を知っている筈なのに号泣しているのは、如何に。

 然し、感情表現が豊かなのは、親友の長所でもある。

 大河が、唯一、認めた異性の親友の可愛い所だ。

(鬼の目にも涙、か)

『殺す』

 怒った口調だが、力は変わらない。

 鬼を目の前にしてもこの減らず口なのは、橋姫が彼に心底惚れた部分の一つだ。

 死後目一杯扱き使ってやる、と思いつつ橋姫はその大きくて優しい背中を堪能するのであった。


 都の混乱に帝は、蜻蛉帰り。

 直ぐに民の前に現れ、人々を慰めていく。

 直接見るだけでも、一生、あるか無いかというのに。

 非常に軽快な国家元首だ。

 朝顔も同行している。

 上皇と帝の強力タッグは、民間で例えると『笑っていいとも!』最終回の大物芸能人勢揃い位の超貴重な機会であろう。

 この場には、大河は居ない。

 近衛大将として、通常は、同行義務があるのだが、今回に限っては、2人が、「治安維持を優先する様に」との勅令から不在だ。

 想い人が傍に居ないのは、不安だが、上皇としての務めを果たさなくてはならない。

『show must go on』や『人生は舞台である』(シェークスピア)という言葉がある様に。

 一度始めた事は、何であれ、自己都合で中断する事は出来ない。

 1人1人の体験談に傾聴し、励まし、時には涙を流す。

 2人は、現代で例えると、タイのラーマ9世(和名『プミポン国王』 1927~2016)が最も近い存在だろう。

 国王でありながら、国民の為に汗を流し、軍部に物怖じしないその姿勢は、まさに名君だ。

 私服の護衛官に守られつつ、焦土と化した都内を歩く。

 ゆっくりと踏み締め、事実を受け止める。

「朝顔、成長したな?」

「そうですか?」

「ああ。昔の君なら衝撃で泣いていたよ。きっと」

「……」

「やはり、恋が理由かね?」

 帝は、笑う。

「……分かりません。そうなんですか?」

「さあな。只、成長した事は言える」

「……」

 独身だった場合、孤独である為、この様な惨状に気を病んでいたかもしれない。

 然し、今は、既婚者になった今、1人ではない。

 どれ程落ち込んでも、帰宅すれば支えてくれる夫が居る。

 場合によっては、公務の時さえ傍に居てくれる事も。

「帰ったら目一杯、真田に甘えるんだ。それが癒しだよ」

「……陛下の癒しは?」

「君が元気で居る事だよ」

 大河に負けない位の笑顔の帝であった。

 復興も近い。

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