第271話 忠臣貞女

 暴動鎮圧後、大河は女性陣と正式に再会する。

 京都新城の避難所に居た彼女達は、国軍が治安維持活動を警視庁と開始後、炊き出しを行い、都民を激励していた。

 大河もその間、都内を近衛兵と共に哨戒していた為、再会出来る時機を逸していたのだ。

 誾千代と謙信は、大河を見るなり、抱擁。

「不在の間の城主代理、有難う」

「良いよ。久しぶりに城主を味わえてたし」

「そうそう。責任ある仕事だけど、楽しいものよ」

 2人は、落涙を必死に抑えている。

 臨時城主とその補佐として、他の女性陣、家臣団の目を気にしているのだろう。

 大河は2人を左右に侍らせつつ、千姫、茶々、エリーゼにも会う。

「山城様、御苦労様でした」

「茶を御用意しました」

「お疲れ」

 3人は、作り笑顔だ。

 山城真田家をまとめつつ、育児にも奔走していた為、不眠不休なのだろう。

 少し老け、顔色も悪い。

「有難う。皆は休息を」

「「「……」」」

 頷き、3人は私室に入っていく。

「私は、茶々を看とくわ」

「有難う」

 お市と接吻せっぷんし、彼女を見送る。

 お腹を痛めて産んだ我が子である以上、過労を心配するのは、当然だろう。

「「……」」

 お初、お江も心配そうだが、大所帯だと茶々もゆっくり出来難いので、お市に任せるしかない。

「兄者、姉様大丈夫かね?」

「多分な。一応、医者にも診てもらう」

「そうだね」

 安心したお江は、大河の背中に抱き着くと、そのままじ登る。

 そして、肩に乗った。

「私は、兄者に診てもらう♡」

「分かった分かった」

 お江のに頬擦りしつつ、最後は、阿国と朝顔。

 2人共最後の最後まで其々それぞれ復興に努め、歌劇団を都内に呼び、復興支援演奏会を共催する等、協力している。

「真田様」

「真田」

只今ただいま

 2人は、両目に涙を溜めて、駆け寄る。

 そして、大河の胸に飛び込む。

 2人共、夫を心配し、又、会いたがっていた。

 わんわん大泣き。

 与祢、アプト、ナチュラ、小太郎、鶫、稲姫も貰い泣き。

 政争に忙殺ぼうさつされていた大河が正式に帰って来た事により、山城国は一段落。

 北陸道等の地方も上杉家等の活躍により、順次、落ち着きを取り戻しいく。

 京都騒乱(政府の公式文書では、『京都暴動』)は、数日間で終わるのであった。


 復興は、官民一体となって行われる。

 税金からは、予算の予備費が。

 民間からは、寺社仏閣が炊き出しや寄付金を行い、各地には、土木作業員が集う。

 幸運にも元々、首都の人口は、世界一。

 人口密度も現代のバングラデシュ並だ。

 近江国や摂津国で主に仕事をしていた彼等は、故郷で仕事出来るだけあって、士気は高い。

 無給でも喜んで働いてくれそうな位である。

「……」

 うずうず。

 城下が気になる大河は、何度も何度も火灯窓から覗く。

「心配性ね?」

 誾千代は、呆れ気味だ。

 長ゐ刀ノ夜前後から、大河は休んでいない。

 皇道派の殲滅と統制派の弾圧で心身共に疲れ切っている筈だ。

「陛下から休暇を頂いているのだから気にしちゃ駄目よ」

「そうだが……」

 暴動鎮圧に大きく貢献した山城真田家は、勅令により1週間程の休暇が与えられている。

 戦功に対する褒美もさる事ながら、実際には、帝が上皇に対して配慮だろう。

「働いちゃ駄目よ、あ・な・た」

 甲斐甲斐しくお茶を点てる。

 玉座は、大河の膝の上と化していた。

 厠以外ずーっとこの位置だ。

「陛下、そろそろ譲って下さいませんか?」

「流石に御時間長いかと」

 お初とお江がやんわりと抗議。

「じゃあ、御出で」

 座り直し、2人分の場所を作る。

「「……」」

 頑なな朝顔に姉妹は、苦笑い。

「朝顔、流石に交代したら如何だ?」

「そうしたいけど、離れたくないの」

「でもなぁ?」

 累に母乳を与える謙信を見る。

「陛下は、貴方以上にお疲れなのよ」

 そう言って取り合ってくれない。

 室内の他の女性陣にも視線で助けを乞う。

 が、誰も上皇には、逆らえない。

 部屋には、正室と婚約者兼侍女、愛妾兼用心棒が勢揃い。

 累やデイビッド、元康も居る。

 あろう事か、華姫も。

 居ないのは、浅井家に養子に出された猿夜叉丸位だ。

 謙信と華姫はあの一件以来、絶縁関係にある。

 その為、目を合わそうとも、話そうともしない。

 大河に近付こうとすれば、与祢が槍で刺殺しかねない程の勢いで睨む。

 下手をすれば大化の改新以来、皇族の前での殺人事件が起きるかもしれない。

「華、御出おいで」

「!」

 酷く驚く。

 謙信、与祢の視線が更に厳しくなる。

 が、大河は、気にしない。

 華姫の頭を撫で、

「暴動の時、何処に居た?」

「ひなんじょ」

「良かった」

 華姫の額に接吻し、逆に2人を牽制する。

 普段、恐妻家で妻に譲歩する事が多いが、子供が関わると、話は別だ。

 裁判では実家の内情として極力、関与を控えたが、上杉家から離れたからには、大河が守る必要があるだろう。

「華、今度からは、常に武装しておきなさい」

「! ぶそー?」

「ああ。帯刀帯銃は、許す。武家の女性だからな―――」

「大河!」

「謙信、女性も武装する時代だよ。それが、男女平等だ」

「……」

 言い包められ、謙信は、黙り込む。

 ―――

『【アメリカ合衆国憲法修正第2条】

 規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保有しまた携帯する権利は、これを侵してはならない』

 ―――

 では無いが。

 男性が帯刀帯銃しているのならば、女性が所持しても何ら問題無い。

 又、華姫に許可したのは、暗殺防止の観点もある。

 史実で、景勝に、

・身の上を案じる手紙を頻繁に送る

・習字の手本として自ら『伊呂波尽手本』(いろは文字)を書いて送る(*1)。

・北条高広

・佐野昌綱

・本庄繁長

 が挙兵した際も、反乱鎮圧後に帰参を許す等、”越後の龍”は、寛大だ。

 然し、 場合によっては、許さない事も当然あった。

・柿崎景家(*2)

・宇佐美定満(『北越軍記』 『謙信公御年譜』では、事故死説を採用)

 等、謙信に殺害された(説)家臣も多い、

 粛清の理由は、その都度によって違うのだろうが、華姫が行ったのは、誅殺されても可笑しくない悪行だろう。

 養父に横恋慕し、実際に手を出したのだから。

 大河は、華姫が殺されない様に先手を打ったのだ。

「謙信、俺はこの子を全力で守るよ。跡継ぎでも養子でも無くなったが、子は子だ」

「……本気なの?」

「家族だからな。嫌なら離縁してくれ。俺が惚れたのは、弱者に優しい謙信だ」

「!」

 大河の言葉に目が覚めたのか、謙信の殺気が溶かされていく。

 敢えて、皆が居る前で問題を持ち出したのは、大河がそれを白黒はっきりさせ、他の女性陣を味方に付ける為だ。

「「「……」」」

 醜聞の詳細を知らない女性陣だが、話を聞く限り、謙信に良い気分ではない。

 若さに嫉妬した感情的な母親が、養女の権利を剥奪し、弱い者虐めしている様にしか見えない。

「―――謙信」

「!」

 それまで沈黙を保っていた朝顔が、口を開く。

 謙信は、全身に悪寒を走らせ、身震いする。

 見た目は幼帝だが、その威圧感は万和3(1578)年現在、皇紀2238年の歴史を誇るだけある。

 朝顔も醜聞は、又聞きで知ってはいたが、上杉家の内政と判断し、大河同様静観していた。

 然し、今回の謙信の態度を見る限り、華姫が虐められている、と判断せざるを得ないだろう。

「感情的は、見苦しいぞ? もう少し、冷静になったら如何だ?」

「……は」

 直接的な表現は避けているが、御叱りなのは、事実だ。

 平身低頭しつつ、謙信は、冷静沈着になっていくのであった。


 朝顔が仲裁に入って以降、上杉家からの華姫への圧力が、まるで嘘だったかの様になくなっていく。

 監視体制は解かれ、上杉家への帰還も許可される。

 跡継ぎへの復帰も可能だが、猜疑心を抱いた華姫は、断固拒否。

 上杉家との絶縁は、決定的となった。

「ちちうえ、さなだせー、なのっていい?」

「良いよ」

「やった~♡」

 これで、華姫は、養父同様、真田姓を名乗る事になる。

 現代では姓を変えるのは、離婚時等、限られた場合だが、この時代、改名の基準は緩い。

 時代は違うが、葛飾北斎は、30回も改名した。

 真田幸村も生前、戦死前日まで『信繁』として名乗っていた(*3)。

『幸村』と署名された古文書は2通(『真武内伝附録』『大峰院殿御事蹟稿』) 現存しているが、何れも明らかな偽書で、信繁が幸村と自称した事の証明にはならない。

 通称が見られる様になったのは、寛文12年(1672)年刊行の軍記物『難波戦記』がその初出であるとされる。

 その後、元禄14(1701)年の『桃源遺事』(徳川光圀言行録)では既にもう、編集者がわざわざ、幸村は誤り、信仍のぶしげが正しいと書き記した(*4)程である(もっとも、信仍というのも誤っている)。

 時代が下るにつれて「幸村」の名が余りに定着した為、江戸幕府編纂の系図資料集である『寛政重修諸家譜』や兄・信之の子孫が代々藩主を務めた松代藩の正式な系図までもが「幸村」を採用した(*5)。

 松代藩が作成した系図の『真田家系図書上案』では信繁だけだが、『真田家系譜』になると幸村が現れる(*6)。

 文化6(1809)年、徳川幕府の大目付から「幸村」名についての問い合わせを受けた松代藩・真田家は、「当家では、『信繁』と把握している。『幸村』名は、彼が大坂入城後に名乗ったもの」との主旨で回答している(*7)。

 華姫の場合は姓なので、これらとは事情が違うが、真田姓は、魅力的だろう。

 短所としては、益々、大河との結婚が困難になるが。

 又、法律の壁も厚い。

 ―――

『【民法第736条】

 養子若しくはその配偶者又は養子の直系卑属若しくはその配偶者と養親又はその直系尊属との間では、第729条の規定により親族関係終了後でも、婚姻をする事が出来ない』

『【民法第729条】

 養子及びその配偶者並びに養子の直系卑属及びその配偶者と養親及びその血族との親族関係は、離縁によって終了する』

 ―――

 こればかりは、華姫には、如何する事も出来ない。

”闇将軍”も好色家だが、遵法精神がある為、例え我が子の為にも、民法を改正する事は無いだろう。

 が、華姫には、勝算があった。

 朝顔が厠で留守の間、思いっきり膝の上で甘える。

「しょーらいは、ちちうえとけっこんする」

「無理だよ。親子の結婚は」

「いいもん。じじつこんがあるし」

「はぁ?」

「えへへへ♡」

 分かり易く上目遣い。

 その目は、子供のそれではなく、1人の恋する女性のそれであった。

 例えどんな事があっても、何度でも救い、この関係性が続くだろう。

 大河は、困惑気味だ。

「……本気かよ?」

「ほんきだよ。ほんしんだから」

「……諦めてくれたら嬉しいんだけど?」

「やだ♡」

 華姫は、抱き着く。

 すーっと、ふすまが開き槍がチラリ。

「若殿?」

 与祢が怖過ぎる件。

 年が近い同士、2人の仲は、悪い。

 恋敵として意識し合っているのだろう。

「……与祢、御出で」

「若殿の浮気者」

 槍で少し突かれる。

「城主なのに?」

 痛い思いをする大河であった。


[参考文献・出典]

*1:上杉家文書

*2:『景勝公一代略記』

*3:丸島和洋 『真田信繁の書状を読む』 星海社新書 2016年

*4:編:三木之幹 宮田清貞 牧野和高 稲垣国三郎 『水戸光圀正伝 桃源遺事』 清水書房 1943年

*5:小林計一郎 『真田幸村のすべて』 新人物往来社 1989年

*6:平山優 『真田信繁- 幸村と呼ばれた男の真実-』 KADOKAWA〈角川選書563〉 2015年

*7:『御事績類典』

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